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第13話 思い出づくり

 その日は朝から落ち着かなかった。


「服、どうしよう……」


 部屋に据え付けられている姿見の前で、エラは服を自分に合わせていた。今日はルイスとのデートの日だ。前日から服を決めておけばよかったが、昨日も昨日で、服にずっと悩んでおり、結論が出ずにそのまま眠ってしまった。


「やっぱり、昨日のうちに決めておけばよかったよぉ」


 そう零したところで、状況は変わらない。エラはできるだけルイスの前で着ていなかったであろう組み合わせで服を選び、急いで化粧をした。胸元にはあのネックレスを着けて。変なところがないか、しっかりと見てから立ち上がる。

 ルイスとの待ち合わせ場所は女子寮の前だ。遅刻してはいけないと思い、少し早めに起きたから、きっとルイスより前に寮を出ることができるだろう。

 そう思って、準備万端で寮を出ると、そこにはルイスが立っていた。


「何で!?」


 思わず声に出すと、ルイスは不思議そうに首をかしげた。


「おはよう、エラ。どうしたの?」

「どうして、ルイスの方が先にいるの……?」


 エラの言っていることを理解したようで、ルイスはくすくすと笑う。


「あぁ。一秒でも早くエラに会いたかったから。早く起きたんだ」

「いつからいたの?」

「今来たところだよ」

「……本当は?」

「今来たところだって」


 ルイスの指は眉に触れている。絶対にもっと早く来ていたはずなのに、ルイスはそう言って譲らない。


「わかった。……手、繋ごう?」


 エラがそう言って手を差し出すと、ルイスは顔を輝かせた。


「うん!」


 ルイスはエラの手を握る。その手はとても冷たかった。





 エラたちは学園の近くにある街に出た。その街は広く、いろんな店が出ている。もっとも、貴族の学園の近くにある街はもっと広いらしいが。

 エラとルイスは手を繋ぎながら、街の中を歩いた。街の中は活気のある声が行きかっている。エラはあちこちを見渡しながら歩いていた。


「エラは街に出るのあまりない?」

「そうね。街に出るとつい買い物しちゃうから、控えてるの」


 エラは買い物好きだ。実家が商家だから、珍しいものがあるとつい手に取ってしまう。寮にあるエラの部屋も、実家にある部屋も、物でいっぱいだ。


「ルイスはあまり物買ったりしないよね」

「うん。あまり興味が持てないんだ」


 ルイスは物に対しての執着が薄い。おそらく、幼いころに育て親である養父に物を取り上げられつづけたのが原因だと、エラは思っている。


「物はすぐに壊れちゃうからね。こだわり続けても意味ないと思うんだ」


 そう言う彼の横顔が少し寂しそうに見えた。


「じゃあ、ルイス。今日の思い出に何か買ってみようよ」

「今日の思い出?」

「そう。遠出したわけじゃない。近くの街に来ただけ……。でも、数年経って、学園を卒業したら、懐かしい思い出になるでしょう? 何でもない日だけど……何か残しておけば、思い出すことができるじゃない」


 ルイスはくしゃりと笑う。


「それはいいね。エラと過ごした日々はどれも大切な思い出だから……たまには何かを残してもいいかもしれない」


 エラはルイスの手を引く。


「じゃあ、探してみよ! 思い出になりそうなもの!」


 ルイスは繋がれた手をぎゅっと握ると、エラの隣を歩いた。

 この街は学生向けの店がたくさん出ている。地元の商人の街ほどではないが、いろんなもので溢れかえっている。エラたちはいろんな店に入った。


「これは?」

「素敵だね」

「じゃあ、これは?」

「うん。すごく良さそう」


 エラが提案するものに対して、ルイスは全肯定した。本気で思い出になるものを探しているかわからない。


「あんまり乗り気じゃない?」


 思わず問いかけると、ルイスは首を横に振った。


「そんなことないよ。本当にどれも素敵だと思ったから……」

「そっかぁ」


 物に執着のないルイスにとっては、どれでもいいのだろう。だが、それでは意味がないような気がした。


「じゃあ、私が選ぶよ」

「お願いしていい?」

「任された!」


 エラはルイスの手を引きながら、店の中を歩く。どれにしようか。どんなものなら、ルイスは喜んでくれるだろうか。そんなことを考えながら歩いていると、ルイスが立ち止まった。


「ルイス?」


 ルイスの視線の先にはアクセサリーがあった。青い石の付いたネックレスだ。


「あ、ごめん。いいもの見つかった?」


 ルイスはすぐにそのアクセサリーから視線を外した。歩き出そうとするルイスを押しとどめて、さきほどのアクセサリーに目を向ける。


「そのネックレス、気に入ったの?」

「ちょっと気になっただけだよ」


 彼は優しく目を細めると、ネックレスを見た。


「エラの瞳と同じ色をした石がついていたから」


 そう言われてみると、エラの瞳と似たような色をしている。エラは自分の胸元に目を向けた。服の中に隠してあるが、そこにはルイスからもらったネックレスが着けられている。そのネックレスについた石はルイスの瞳と同じ色をしていた。


「……じゃあ、これにしようか」

「え?」

「ほらだって、私もルイスの瞳と同じ色をしたネックレスを持ってる。デザインも違うし、お揃いってわけじゃないけど……お互いの瞳と同じ色のネックレス持ってたら、繋がってるような気がしない?」


 たとえば、ルイスがこの国を出ていってしまったとしても。お互いに思い合っていると思えるものを身に着けていれば……遠く離れてしまっても、近くにいられるような気がしたのだ。


「もちろん、ルイスがほかのものがいいなら、また探すけど……」


 気づけば、ルイスは優しい表情でこちらを見ていた。その熱を帯びた視線に動けないでいると、ルイスがネックレスを手に取った。


「うん。これにしよう。……これがいい」

「じゃあ、私が買って……」

「自分で買うよ」

「でも、私が選んだんだから……」

「エラに選んでもらっただけで十分だよ。これは僕に払わせて?」


 ルイスは一度決めると、決して譲らない。エラは仕方なくうなずいた。


「はぁい」


 ルイスがカウンターへ支払いをしている間、エラは店の中を見て歩いた。

 アクセサリーがたくさん並んでおり、窓から差し込む光に煌めいている。エラがぼんやりと商品を眺めていると、後ろから店員が声をかけてきた。


「そのアクセサリー、気になりましたか?」


 振り向くと、店員がにこりと微笑む。


「その商品はとても人気な魔術具なんですよ」

「魔術具なんですか?」


 エラはもう一度、アクセサリーを見た。小さな石がいくつも付いたブレスレットだ。可愛らしい見た目から、とても魔術具には見えない。


「どんな魔術具なんですか?」

「このアクセサリーを身に着けている人の居場所がわかる魔術具なんです。お子さんの居場所がわかるようにしたり、時にはパートナー同士で身に着けたりしていますよ」

「そうなんですね。初めて見ました……」


 アルフの家にはこういった商品は置かれていなかった。珍しい商品なのかもしれない。そう思っていると、店員は「実はですね……」と明るい声で言った。


「商品自体は昔からあったんですけど、こうやって一般的に売られるようになったのは最近になってからなんです。この商品を仕入れているのも、うちだけじゃないですよ」


 エラが街に出ない間に、新しい商品が出ていたようだ。買いすぎてしまうからと、街に出ていなかったが、たまには出ないと最近の流行りがわからなくなってしまうことを痛感した。


「どうですか、興味ありますか?」

「えっと……」

「エラ」


 支払いを終えたルイスが戻ってきた。


「行こうか」


 ルイスはエラの手を取る。エラは店員に頭を下げる。


「大丈夫です、ありがとうございます!」

「かしこまりました。またのお越しをお待ちしております」


 店員は恭しく礼をする。エラももう一度頭を下げてから店を出た。

 外に出ると、ルイスが買ってきたネックレスを胸元に着けようとする。だが、首の後ろで金具をつけるのに苦戦している。


「うまくつけられないや。エラ、着けてくれる?」

「いいよ。ちょっとしゃがんで」


 ルイスがしゃがんで目の高さが合う。目が合って、ルイスは微笑む。その瞬間、ドキリと胸が跳ねた。気づけば、ルイスは後ろを向いて待機していた。


「エラ?」


 エラは慌てて、ルイスにネックレスを着けた。


「いいよ」


 ルイスは折っていた膝を伸ばし、胸元に着いたネックレスを見た。


「……うん、いい感じ」


 ルイスの表情がふにゃりと柔らかくなる。


「エラと思い出だ。……これで、どこにいても繋がっていられる」


 エラも同じことを考えていたが、実際にルイスの口から出ると、不安を感じた。


「ルイス、どこか行くの……?」


 ルイスはネックレスを見ていた視線をこちらに向けた。


「どうして?」

「そう聞こえたから……」


 エラ自身、ルイスがいつかいなくなることは想定していた。だが、それはすぐではないと思っていた。

 ルイスはエラの手を握る。


「少し歩こうか」


 ゆっくりと街並みを見ながら、歩みを進める。寒くなってきたからか、暖かな恰好をする人たちが増えてきた。木は紅葉しはじめ、地面には葉が落ちている。ルイスはその景色を楽しんでいるようだ。だが、エラにはその余裕がなかった。


「ルイス。どこに行くの?」

「魔族の国」

「何のために?」

「けりをつけるために」


 ルイスは隣を歩きながら、柔らかく笑う。


「僕は、エラの傍を離れる気はないんだ。君が僕のことをどう思っていようと……ずっと傍にいる。でも、そのためにはやらなくちゃいけないことがあるんだ」

「それって何?」


 ルイスは答えない。教えられないことなのだろう。だけど、エラは聞きたかった。


「バート先輩が言ってた……神の世界に繋がる扉に関わること?」

「ううん。それは関係ないよ。……でも、僕には関わること」

「……いつ、戻ってくるの?」


 ルイスは眉を触った。


「すぐに戻ってくるよ」


 エラは足を止めた。そして、ルイスをまっすぐ見る。


「離れたくない。離れたくないよ、ルイス」


 繋がれた手をぎゅっと握り締める。


「ルイスは私の……大切な幼なじみだから」


 嘘を吐いた。本当の気持ちは隠しておいた方がいい。そう思ったから。


「……幼なじみ? 本当に?」


 ルイスがエラの顔を覗き込む。熱を帯びた瞳に、胸がトクンと高鳴った。


「……ねえ、エラ。君の本当の気持ちを聞かせてほしい。僕のことが嫌いでもかまわない。君の本当の気持ちを……」


 ルイスは真剣な表情でこちらを見ている。まるで縋るような表情で……彼に嘘はつきたくない。そう思ってしまった。


「……好き」


 エラの瞳から、涙が零れでる。

 言うつもりはなかった。ずっと隠しておくつもりだった。けれど、気持ちがあふれ出る。気づけば、自分の気持ちを口にしていた。


「私は、ルイスのことが好き」


 ルイスは優しく目を細めた。蕩けるような表情でこちらを見る。


「ありがとう、エラ」


 大きな手がエラの頭を撫でる。その優しさに涙が止まらない。

 彼の顔が近づいてくる。エラの額に唇を寄せた。


「……僕も、エラのことが好きだよ」





 帰り道はぽつり、ぽつりと話しながら歩いた。繋がれている手だけが、彼の存在を感じさせてくれた。日はすっかり傾き、空の端は藍色になっている。風が冷たかった。けれど、ルイスの手は温かかった。ずっと一緒にいたい。そう思った。けれど、時間は過ぎてしまう。


「じゃあまたね、エラ」


 寮の前に着き、ルイスの手が離れていく。それが嫌で、思わずルイスの手を取った。


「エラ?」

「……絶対、戻ってきてね」


 ルイスが何をしようとしているのか知らない。応援できることかもわからない。ただ願うことは一つ。……彼の傍にいたい。

 エラの言葉にルイスは口元を緩める。


「もちろん。エラの隣が僕の居場所だからね」

「約束だよ」

「……うん、約束」


 そこまで言うのを聞いて、エラはそっとルイスの手を離した。冷たい空気がエラの手をすぐに冷やしてしまう。


「じゃあね」


 ルイスはひらりと手を振る。


「またね」


 エラは無理やり笑みを作って、手を振った。

 ルイスは男子寮の方向とは違う道を歩いていく。エラはそれを見ていることしかできなかった。


 ……次の日から、ルイスは学園へ来なくなった。

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