第14話 賭け
ルイスが学園に来なくなって、一か月経った。
「ルイス、最近来ないね」
「どうしたんだろ」
「実家にいるって聞いたけど……」
ルイスは友達が多い。そのため、学園に来なくなると心配した声が聞こえてきた。
エラ以外に誰にも話していないのか、憶測ばかりが流れている。
エラだけは彼が魔族の国へ行ったことを知っている。だが、誰もエラのもとにルイスのことを聞きに来ない。
「…………」
ルイスがいなくなって、エラの周りはまた静かになった。一人には慣れたかと思っていたが、ルイスがいないだけで、少し寂しい。
……ルイスは自分と一緒にいるために、行動してくれている。自分に何かできることはないだろうか。
エラはルイスがいない間、自身の出自について調べた。
「――そもそも、戸籍ができたのは数十年前なんだ」
実家に一度帰り、父親に聞いてみた。どうやったら、過去のことを調べられるのか。
「役所に行けば、ある程度の家系図は出てくるだろう。それで、エラの調べたいことは調べられる?」
カルロの言葉にエラは首を振る。
「……足らないわ」
人間と魔族が結婚し、子をなしたのは神話の話だ。数十年前だと、全然足りない。
「エラは何が知りたいの?」
エラは少し口を閉ざしたが、思い切って言ってみた。
「……私の特殊な体質について」
「特殊な体質……ちょっと待ってて」
カルロはそう言って、二階へと上がっていった。そして、数冊の本を手に持ち、戻ってくる。
「これは、エラの母さんの日記だ」
「母さんの日記?」
「ああ。母さんの家系は少し特殊な家系で……魔族に関わるなと言われてたそうなんだ」
「魔族と……」
「エラがどんな体質なのかわからない。教えたくなければ、言わなくてもいい。この本に何かヒントになるようなものが書かれていればいいが……」
そう言って、カルロは日記を差し出した。
「持って帰って、よく読んでごらん」
エラは言葉に甘えて、母親の日記を持ち帰った。そして、寮の部屋で一冊ずつ読んでいった。
日記は母親が子どものころから書いていたもので、毎日短い文字数で書かれていた。母親は友達が多いようで、誰々と遊んだ、どこかへ行ったというようなことがよく書かれていた。母親は幼いころに亡くなってしまった。どんな人となりをしていたのか、もう覚えていない。けれど、昔の母親がどんな人だったのか、様子を知ることができ、胸が温かくなる。
春の花が綺麗に咲いたとか、もらったお菓子が美味しかったとか。楽しかったことを表現しようとしたのか、拙い絵も描かれていた。
とりとめのない日々の日記が続いていた。すると、いつもより書かれている文章が長い日を見つけた。
――ザックに誘われて、国の境界の門へ行った。そこには魔族の商人がいた。
エラは思わず前のめりになる。震える手を抑えながら、続きを読んでいく。
――職場体験っていうことで、ザックのおじさんが連れて行ってくれた。魔族の商人は優しい表情で握手をしてくれた。その人が何かを呟くと、手が光った。それで、その人は言った。
『君は鍵の子かな?』
そのあと、母親は何もなく家に帰れたようだった。彼女は自身の父親にその話をしたら、怖い顔で言われたという。
『先祖代々から言われている。……魔族に関わるな』
エラの母親は不思議に思いながら、自身の父親の言うことにうなずいたと書かれていた。
「……母さんも鍵だった?」
エラは口を手で覆う。鍵は人間と魔族の血が混じった存在だ。それはエラの母親の家系だったのかもしれない。
そうなると、エラが鍵である可能性は高くなる。魔族にそれがバレれば、大変なことになるだろう。おそらく、神の世界に繋がる扉のあるところへ連れていかれ、彼らは扉を開いて、願いを叶えようと……。
そう考え、ふと思う。
……いや、むしろ、あえて気づかせれば?
願いを叶えるのは、扉を開けた者だろうか。ならば、エラが扉を開けてしまえば、エラの願いが叶うのではないだろうか。
そうなれば、逆に扉のあるところへ連れて行ってもらった方が都合がいい。
エラは日記を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。
……ルイスは未来のために行動してくれている。自分も彼のために行動してみせる。
授業を終え、エラは荷物を持って教室を出た。外に出ると、冷たかった空気が少し緩んでいる。そろそろ暖かくなってくるのだろう。青い空を眺めながら、ゆっくりと歩いていく。
「エラ」
呼びとめられて、足を止めた。聞き覚えのある声だ。振り向くとそこには、ルイスと仲の良いクラスメイトの男子生徒がいた。……アルフのことを悪く言っていた人たちだ。
エラは返事をせず、彼らを睨む。その態度にその人は眉を寄せたが、かまわず口を開く。
「ルイスはどこにいる?」
「さあ」
「知ってんだろ。教えろって」
「だから、知らないってば」
いくらルイスと仲が良くても、彼が魔族の国に行ったことは伝えられない。エラはそのまま立ち去ろうとした。その腕を男子生徒が掴む。
「ちょっと待てよ」
下校していた周りの生徒たちがこちらに目を向ける。足を止めて、見物している人もいた。
……早くこの場所から離れないと。
「放してよ」
エラは掴んでいる手を振り払った。男子生徒は舌打ちをする。
「お前、ルイスになんか言ったんだろ」
「はぁ?」
「だから、学園に来なくなったんだろ」
「勝手なこと言わないで。私は何もしてないわ」
ルイスは自分で決めて、魔族の国へ向かった。何かを成し遂げるために。それなのに、この男子生徒は、エラの言葉に傷ついてルイスが逃げたように思っている。……勘違いも甚だしかった。
「ルイスは自分の未来のために決めたことなの。私たちがどうにかできることじゃないわ」
「お前、やっぱり何か知って……っ」
男子生徒はもう一度エラの腕を掴もうとした。思わず身を引くと、男子生徒の手首を誰かが掴んだ。
「君たち騒いでるの。目立ってるよ」
そこにいたのはバートだった。男子生徒は驚いたように目を開く。
「バート生徒会長」
「また君たちか。懲りないね」
バートは仕方なさそうに息を吐いて、男子生徒の手を離した。
「それぞれ話を聞こう。まずはエラから。君は明日、話を聞くから」
男子生徒をそのまま帰らせようとする。だが、男子生徒はバートに噛みつく。
「生徒会長には関係ないでしょう!?」
「君たちが話していたのはルイスのことだろう? それなら、僕にも関係あるんだ」
「は?」
男子生徒は不可解そうに眉を寄せる。それを無視して、バートはエラの背中を押した。
「それじゃあ、行こうか。エラ」
背を押され、エラは歩きはじめる。男子生徒は舌打ちをすると、その場から立ち去った。
「バート先輩、ありがとうございました」
歩いていく男子生徒を尻目にエラはお礼を言う。バートはウインクをした。
「ちょうどよかったよ。僕も君と話がしたかった」
「話?」
「ちょっと時間くれる?」
エラはバートのあとをついていく。彼の後ろ姿を見て、思った。
バートは鍵を探している。エラが鍵だとわかれば、神の世界に繋がる扉を開こうとするだろう。そして、願いを叶えようとする。……先に扉を開けて、それを叶えられないようにすれば、魔族の陰謀を防ぐことができるだろう。
ならば、バートに鍵だということを気づかせなければいけない。
バートに連れられ、エラは生徒会室に足を踏み入れた。今日は生徒会の活動はないようで、誰も部屋にはいなかった。
「座って。お茶を淹れよう」
空いている席に腰を下ろすと、バートがお茶を用意してくれる。二人分のお茶を用意して、バートは椅子に座った。
「ルイスの話だ。君は彼がどこにいるか知ってるのね?」
「知っていても話しませんよ」
エラがにっこり笑って言うと、バートも笑みを浮かべる。
「僕の予想だと、彼は魔族の国に行ったんじゃないかな」
「……さあ、どうでしょう」
バートに魔術を使わせなければならない。彼はルイスの情報を知りたがっている。エラがのらりくらりとかわしていれば、焦れて魔術を使うかもしれない。
エラは笑みを浮かべたまま、表情を崩さなかった。だが、バートにはそれが肯定に見えたようだ。
「僕が知りたいのは、彼がどこに行ったかじゃない。……何しに行ったかだ」
バートはテーブルに肘をつき、両手を組む。
「ねえ、エラ。ルイスは何しに行ったの?」
「知りませんよ。私は何も聞いてません」
本当のことだった。エラはルイスが何しに行ったかは聞いていない。……けりをつけに行く。それだけしか聞いていないのだ。
「嘘だよ。君は何か聞いている」
バートは立ち上がると、エラの目の前に立った。 ……かかったわね。エラは心の中で笑みを浮かべる。
「……何をする気ですか」
「大したことじゃないよ。……エラが素直になるようにするだけだ」
バートはエラに向かって手を伸ばす。その目は怪しく光っていた。
「エラ、教えて。ルイスは魔族の国に何しに行ったのか……」
バートの手がエラの額に触れそうになる。その手は光りはじめた。きっと彼は魔術を使う。エラが鍵なら、無効化できる。
エラは覚悟を決めて、目を閉じる。
「…………」
何も起きない。ゆっくりと目を開けば、バートの手から光が消えていた。
「……え?」
バートは驚いた表情でこちらを見ていた。
「……どうして」
自分は鍵だった。それがここで証明された。つい頬が緩んでしまいそうなのを堪えて、エラはバートを睨みつける。それを見て、バートは腹を抱えて笑い出した。
「ははははっ! すごい、すごいよ、エラ! まさか、君がだなんて……!」
バートは両手を広げて、にんまりと笑う。
「ルイスは君にこだわっていた。そこに何か理由があるかと思っていた。でも、これでわかったよ」
そう言うと、バートはエラの手首を掴んだ。
「――君は、鍵だったんだね」
バートに手首を引っ張られ、無理やり立たされる。……悟られてはいけない。エラの狙いを。エラは抵抗しているように見えるように、捕まれた手を振り払おうとした。
「ちょっと、放してよ!」
「ダメだよ。君には来てもらわなくちゃいけないんだ」
バートはエラを引っ張って、生徒会室の扉を開ける。そこに立っていた生徒に声をかけた。
「馬車を用意して」
「バート様、ですが……」
「早く」
その生徒はバートからの突然の指示にも関わらず、すぐに動いた。きっと、バートの従者なのだろう。
「どこに連れて行く気?」
「教会さ」
「何のために?」
「君、物分かりが悪いね。鍵があるなら、することは一つだよ」
バートはエラの手首を引っ張る。
「神の世界に繋がる扉を開けに」
彼はエラの首を手で打つ。
「うっ……」
これで、扉のところに行ける。
……ルイス。私、頑張るからね。
そう思うと、エラの意識が遠のいた。




