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第15話 道中

 揺れている感覚がした。体が痛い。ゆっくり目を開けると、目の前にバートが座っていた。


「おや。目覚めたかい?」


 バートは穏やかに笑みを浮かべている。体を起こすと、後頭部に鈍い痛みを感じた。頭を手で押さえながら、周りを見渡す。


「……馬車?」


 エラの問いかけに、バートはうなずいた。


「そうだよ。馬車の中だ」

「どこに向かってるの?」

「教会だよ」


 馬車は造りが良いようで、あまり揺れない。椅子のクッションが柔らかかった。まるで貴族が使う馬車のようだ。

 窓を覗くと、既に街から抜けているようで、森の中を走っていた。辺りはすっかり薄暗くなっており、どこを走っているのか検討もつかない。もっとも、エラは知っている土地にしか出かけたことがないため、知らないところを走っているのなら、見たところでどこにいるか判断もできない。


「大きな教会は街の中心部にあるはず。こんな森を抜けるなんて……どこの教会へ行くつもり?」

「君は知らないだろう。今向かっている教会は、人間の国と魔族の国の境にあるんだ」

「そんなところに教会が……?」

「普段は人間も魔族も、足を運ばない。けれど、そこにあるんだよ」


 バートは目を細めて言う。


「神の世界に繋がる扉がね」


 エラは息を飲む。神の世界に繋がる扉。それが存在していることは知っていたが、簡単に近づくことができないものだと思っていた。まさか人間の国と魔族の国の境にあるものだと思っていなかった。


「……どうして扉のところへ行くの?」


 エラは何も知らないふりをした。バートは何かしらの情報を持っているだろう。エラが知っているのは本で調べたことだけだ。できるだけ、彼から情報を得なければならない。


「言っただろう? 君が鍵だって」


 バートは人差し指を立てる。


「神の世界に繋がる扉を開ける鍵はどんなものか知ってるかい?」

「……知らないわ」

「鍵は人間だ。昔、人間と魔族の間に子が生まれた。その子孫は人間と魔族の血が流れている。二つの血が流れていると……魔術が効かないんだ」


 バートは手を挙げる。その手が光を纏った。そして、こちらに手のひらを向けた。その眩しさに思わず目を閉じたが、何も起こらず光は消えていく。


「ほらね。君には魔術が効かない。君が鍵である証拠だよ」

「私が鍵だなんて……」


 自分で言っていて、白々しいと思う。だが、彼は疑っていないようだ。


「信じられなくても、事実だ。君を連れていけば、扉は開かれる。そうすれば、願いを叶えてもらえるんだ」


 願い、そう願いだ。ルイスやバートがこの国に来た理由。それは神に願いを叶えてもらうことだ。彼らは一体何を叶えてもらおうとしているのだろうか。


「……あなたたちの望むものは何? 何のためにこの国に来たの?」


 鍵を見つけ、捕らえられたことで気分が良いようだ。バートは目的をするりと吐き出してくれた。


「人間を消すためだよ」


 頭がぐらりとした。耳鳴りもする。頭が彼の言葉を理解するのを拒んだ。


「人間を消す……? 何のためのに……?」

「われらが魔族の王様がお望みなんだよ。人間はいるだけで煩わしいからね」


 彼はそう言って、前髪をかき分ける。先ほどまでのにこやかな笑顔が消え、鋭い目はこちらを向く。


「人間なんて、魔術も使えない劣った種族だ。なのに、われら魔族と同等の立場を求める。生意気じゃないか。科学が使えなければ、サル同然のくせして」

「何を言って……」

「君の婚約者が関わっていた人身売買の件。人間も関わっていたくせに、あいつらは偉そうに賠償を請求してきたんだ。呆れるだろ? 魔術も使えなければ、頭も使えない。そんな愚か者はいっそいなくなってしまえばいい。……そう思うのは普通じゃないか?」


 バートはそう吐いたあと、またにこりと微笑んだ。


「王様は人間を嫌っている。でも、表面上仲良くしておかなければ、警戒されてしまうだろう? だから、交易を行いながら、魔族の子を密かに人間の国へ送っていたのさ」

「どうやって、魔族の子を送り込んでいたの?」

「君も知っているだろう? 魔族に協力する人間もいることを。君の婚約者の家がそうだったじゃないか」


 エラは口をつぐむ。たしかに、アルフの家は人間を誘拐し、魔族の国へ送り込むのを手伝っていた。同じように、商家の者なら魔族の子どもを人間の国に招き入れることもできるだろう。


「魔族の子を人間の国に入れ、養子として斡旋する仕事をしてる者がいてね。魔族の子を招き入れている商人の家の子ということにすれば、身元がしっかりしていることにもなる」

「でも、そんな簡単に子どもを欲しい家なんてないでしょう?」

「知らないの? 人間の子どもの間で流行っている病気があるのを。その病気で亡くなる子は少なくない。だから、人間の子どもは少なくなっているんだ」


 その話は聞いたことがあった。たしか、ルイスが養子になったきっかけだ。ルイスの家は子をなしてもすぐに病気で亡くなってしまった。そして、最終的に母親までも亡くなってしまった。だから、ルイスが養子として迎えられたのだ。


「どうして魔族の子どもなの?」

「鍵が鍵としての役目を果たせるのが十歳から十五歳の間なのさ。ならば、子どもの方が接触しやすいだろう?」


 ルイスが幼いころから人間の国にいたのは、その土地になじませるためだったのだろう。そうすれば、周りに怪しまれることなく、鍵を探すことができる。


「だけど、十五歳を超えてしまった魔族たちは可哀想だったよ。鍵を探すことは難しくなるのに、魔族の国に帰ることもできない。人間と結婚したとしても、子をなすこともできない。自暴自棄になって、子どもを誘拐したり、襲ったり……。最終的には魔族だとバレて、捕まってしまう……。任務のために惨めなものだね」


 魔族による誘拐事件。それにエラは身に覚えがあった。……幼いころに魔族に誘拐されそうになったことがあるからだ。魔族が勝手に人間の国に入り込んでいるのは全て、人間を消すための任務によるものだったということだ。


「そんな人まで生み出して……そこまでしてその任務はしなければいけないの?」

「王様の言うことは絶対だからね。王様のために生きることができるなら、本望だよ」


 バートは満面の笑みで言う。彼は本当にそう思っているのだろう。だが、ほかの人たちはどうだろうか。


「……少なくとも、ルイスは望んで任務をしているようには見えなかった」


 勝手に人間の国に連れて来られて、任務のために生きることを義務付けられた。それは本当に幸せなのだろうか。

 バートは仕方なさそうに肩をすくめる。


「ルイス様こそ、任務をちゃんと行うべきだと、僕は思うけどね」

「ルイス様……?」


 エラが首をかしげると、バートはニヤリと笑う。


「ああ、そうか。君は知らなかったよね」

「何を……」

「ルイス様は魔族の王の子……つまり、魔族の王子様だよ」

「……え?」


 ルイスはただの魔族じゃなかった。……魔族の国の王子様。


「もちろん、第一王子じゃないよ。九番目の王子様かな。僕は彼に仕えていたんだ。彼はとても優秀だった。言われたことは何でもこなす。頭も良ければ、人を使うのもうまい。……第九王子だというのがもったいないくらいだ」


 バートは恍惚とした笑みを浮かべる。


「ルイス様を擁立しようとした派閥はもちろんあったよ。けれど、ほかの派閥の方が力が強かった。ルイス様はそのまま埋もれてしまうかと思っていた。……けれど、王様はそれを見逃さなかった。……王様はルイス様を人間の国に送ることにしたんだ。自分の望みを叶えるために」


 エラは言葉が出なかった。

 ……ルイスと初めて会ったのは五歳のころ。まだ幼かった。そんな彼を自分のために利用しようとするだなんて……。


「ルイス様が人間の国に送られることが決まって、僕も人間の国に向かうことを立候補した。僕もルイス様の力となり、王様の望みを叶えたいと思ったんだ」

「そんなの……都合のいい駒じゃない」

「駒だよ。当たり前だろう? 王様にとってはどんな人物であろうと、彼のための駒だ。もちろん、僕もね。王様のためにどんな活躍ができるか。それが大切なのさ」

「懐中時計……。あなた、ルイスから懐中時計をもらったって言ってたでしょう? それを大切なものだと言っていた。それなのに、ルイスのことは大切じゃないの?」

「言っただろ? 重要な人だって」


 バートは胸元から懐中時計を取り出す。


「これは人間の国に来てから、ルイス様からもらったものだ。……僕たちは人間の国でもつながりがあったんだよ、僕たちは。人間の科学の結晶の懐中時計。……これを見ていると、人間への憎悪が増す。絶対に消してやろうと思えたのさ。……ルイス様が何を思って、これをくれたのかわからないけど、僕にとってはやる気を保つのにいい道具だったよ」


 ……彼の人間への軽蔑は根深いものだと思った。ほかの魔族も同じようなものなのだろうか。


「せっかくルイスがくれたものなのに、そんな扱いするなんて……。きっと、ルイスのことだから、あなたに人間の国のことをよく思ってもらおうと思ったのよ。そうやって、人間を無意味に憎まないように」


 エラの言葉に、バートは肩を揺らして笑う。


「ルイス様がそんなこと考えるわけないだろう? 盗聴器が入っているのか、それとも居場所がわかるようにしているのか……。まあ、そんな小細工をされたところで、僕には隠すこともないからね」


 バートは慈しむような目でこちらを見る。


「僕はずっとルイス様を見守っていたんだ。ずっとね。だから、君のこともよく知っていた」


 彼は立ち上がって、エラに顔を近づけ、大きく目を見開く。


「ルイス様は君のことを思っているのに、君には婚約者がいた。それが可哀想で可哀想で……。でも、ルイス様は任務を終えられたら、魔族の令嬢と結婚される。どうせ叶わない恋なら、すぐに諦めればいいと思っていたよ」


 エラはバートを睨みつけた。


「ルイスの思いを馬鹿にしないで。彼が私を大切思ってくれていたから……私も自分の気持ちに気づけた。叶わない恋なんかじゃない」


 それを聞いて、バートは「ふっ」と吹き出した。そして腹を抱えて笑い出す。


「あはははっ。君の気持ちなんて関係ないんだよ。魔族と人間。それだけでその恋は叶わないんだ。残念だったね。うんと昔だったら、君たちの思いは神様も喜ぶような尊いものだったのに」


 バートは後ろに下がると、椅子に腰を下ろした。足を組んで、こちらを見る。


「でも、君を連れていけば、僕たちの任務も終わる。人間は消えて、この世界は魔族のものだけになる。……もうすぐ終わるんだ」

「……絶対にさせない。あなたたちの思惑通りになんて、させないんだから」

「君がどうあがこうと無駄だよ。既に教会には何人も魔族を送り込んでいる。君は逃げることもできない。……さあ、もうすぐ教会だよ」


 馬車の窓を覗くと、淡い灯りが見えた。その奥には大きな建物がある。きっとそれが教会なのだろう。

 ルイスは幼いころから任務のために生きてきた。そういう人生を無理やり歩まされたのだ。……幼いのに、一人知らない場所に身を置いて。

 悔しかった。ルイスは駒じゃない。自分の人生を歩む権利がある。

 エラはぐっと手のひらを握り締める。そして、教会を睨みつけた。


 ……もうすぐ、神の世界につながる扉が開かれる。そして願うのだ。

 ルイスのように苦しんでいる人が幸せになれる世界を。

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