第16話 神の世界に繋がる扉
教会に着いたときには、辺りは暗くなっていた。教会は大きく、エラの家の何倍もの大きさだった。建物の向こうには、国の境界を示すための壁が続いていた。
最近は暖かくなってきたというのに、妙に寒く感じられた。辺りは静かで木々の揺れる音も聞こえない。
エラはバートに腕を掴まれ、馬車から下ろされた。優雅に降りることも許されないらしい。
「入り口は二つあって、人間の国側と魔族の国側の両方にあるんだ。こっちは人間用の入り口だよ」
バートはそう言いながら、教会に入っていく。
「手続きは必要ないの?」
「ないよ。この教会は魔族側に買収されている。ここにいるのは魔族の息のかかった者ばかりだよ」
教会の中は蝋燭の火で灯されていた。厳かな空気にエラは緊張する。いくつもの長椅子が並んでいる。ここは礼拝堂なのだろう。奥には祭壇と、高い天井につくくらい大きな扉が設置されている。
「見えるだろう? あの大きな扉が神の世界に繋がる扉だ。祭壇に置かれている大きな石。真ん中に置かれている丸いの。見える?」
祭壇の真ん中には綺麗に丸く加工された大きな宝石が置かれていた。エラの顔くらい大きい石だ。柱に備え付けられている蝋燭の光を浴びて、青く煌めいている。その石は綿の入った布の上に置かれていた。
「あそこに鍵の血をたらせば、扉が開くと言われている」
鍵……つまりエラの血だ。エラはバートから離れようとするが、彼の手の力が強く振り払うことができない。
「逃げようとしても無駄だよ。君は魔族の息のかかった者たちに囲まれている。それに、ここから逃げても、近くに村もないからね。飢えて死んでしまうだけだよ」
バートはエラの腕を引き、耳に囁く。
「大丈夫。神に言葉を聞いてもらえれば、君も消えることになる。苦しまず、消えることができるんだ。……幸せだろう?」
エラはキッとバートを睨む。
「どこが幸せ!? 魔族の思惑で勝手に消されることが幸せだなんて、私は思わない!」
「でも、君がここに来た時点で、未来は決まっているんだ。なら、幸せだと思った方が気持ちが楽になるじゃないか。君は人間を消した当事者になるんだからね」
「だから、させないって言ってるってば!」
「そうなるといいね」
バートはエラの腕を引いて、祭壇の方へと歩き出した。エラはバートの力が強く、引きずられる形で前へと連れていかれる。
祭壇に置かれている石の前に来た。
「ほら、綺麗だろう?」
石は青色に見えていたが、中央部分はいろんな色が複雑に混ざり合っている。
「この石は神の世界にしかないものだと言われている。神の世界に繋がる扉を開く特別な石だ。そんな石を見れるなんて、君はついているよ」
バートはエラの手首を掴み、石の上にかざした。懐からナイフを取り出し、刃をエラの指に突きつける。
「血は少しだけでいい。君も痛い思いをしたくないだろう? 大人しくしていてくれ」
ナイフが指に当たる。ナイフが引かれそうになったとき、教会の扉が開いた。
「バート様大変です!」
バートはエラの指からナイフを離し、扉の方を見た。
「どうしたんだ、いきなり」
「それが……」
扉から入ってきた男は両腕を塞がれていた。彼の後ろから何人もの人が入ってくる。その恰好からして普通の人ではない。
「騎士だと……?」
手に剣を握り、胸元には国の騎士であることを証明する紋章をつけている。ただ、それは人間の国のものではなかった。
「なぜ、魔族の騎士たちが動いている……っ!」
バートが怒鳴る。団長と思わしき騎士がバートを見た。
「魔族が教会で悪さをしようとしているという通報があった。ここにいるのは、全員魔族か?」
バートが小さく舌打ちをする。
「……来い」
彼は小さな声でそう言って、エラの腕を引きながら、壁際に下がろうとする。ほかの者に対処させるつもりなのだろう。
「団長。そこにいる男子生徒です。その者が今回の首謀者の一人です」
聞き覚えのある声が聞こえた。目を向けると、そこにいるはずのない者がいた。
「……ルイス様」
バートがその者を睨みながら言う。騎士に守られるように立っているルイスはにこりと笑った。
「こんばんは、バート先輩。あなたの悪事を暴きに来ました」
「あなたはあの方に逆らうつもりですか?」
「僕は僕の意志に従うまでだよ。……誰かの指示に従って、何も考えない君たちとは違う」
ルイスは騎士の一人に声をかける。
「この者たちは、神の世界に繋がる扉を開き、人間を消そうとしています。これは国際問題ですよ。ですから……」
ルイスの言葉を遮るようにバートの仲間の魔族の一人が叫ぶ。
「なぜ! 国の騎士であるあなた方が、ただの学生の言葉を信じるのでしょうか! 私たちはただ教会に祈りに来ただけ! それの何が悪いのです!」
「何を言っている。……ここにいるのは第九王子のルイス様だ」
バートの周りにいた魔族たちは大きく目を見開いた。そして、顔を青ざめる。
「第九王子……? あの方が……?」
「ルイス様……聞いたことがあるぞ」
魔族たちはざわざわと騒めく。バートだけが堂々とした様子で騎士たちを見ていた。
「第九王子がなんだというのです? 我々は魔族の王アルフィス様に任務を課され、ここにいる」
バートの言葉に団長と呼ばれた騎士が息を吐いて首を振る。
「この教会は少し前から国からの指示で、常駐している者たち以外、人が入れないようにされている。だが、そこに入ることのできない者たちが入り込んだ。……これだけで、十分問題だ」
「魔族の王による任務ですよ! それに私たちを入れた者たちが悪いのでしょう? 何も知らずに入った私たちのせいではない!」
「厳格に言い渡されていたはずだ。何でもない者を入れるわけがないだろう。それこそ、誰かにたぶらかされていないかぎりな」
「だが、我々は任務で……」
騎士たちは顔を見合わせた。そして、バートたちに同情した目が向けられる。
「残念だが、魔族の王アルフィス様は既に死去された。その任務は無効だ」
バートは信じられないというように首を横に振る。
「嘘だ……どうしてアルフィス様が……」
「今の王は第三王子のリンネル様だ」
「リンネル!? 平和主義者のぼんくら王子がだと! 誰だ。誰の差し金だ……!」
バートは何かに気づいたようにルイスの方を見た。
「ルイス……貴様の仕業か……!」
ルイスはニッと笑う。言葉は発さなかったが、肯定の意味と捉えられた。
バートはルイスを睨んだが、ゆっくりと息を吸った。「仕方ないね」と呟くと、エラの肩に手を回し、その喉にナイフを突きつける。
「動かないで。動いたら、この子を斬りつける」
エラを盾にされ、ルイスは唇を噛んだ。騎士たちも動きを止める。それを見て、バートは笑う。
「大変だね。人間は一人すら犠牲にできないんだ。新しい王様のご意向かな?」
「エラを離せ」
「無理な相談だよ。……彼女は鍵なんだからね。君はそれを知っていて隠していたんだろう?」
魔族たちはルイスを見る。彼は何も言わず黙っていた。
ルイスはエラと幼いころから一緒にいた。どこかのタイミングで鍵だと知っていても、おかしくないだろう。
「魔族たちの悲願だった鍵。それを独占していた気持ちはどう?」
「……だから、渡さないって言ってるでしょう?」
エラはニッと笑うと、バートの手首を掴む。
「な……っ」
そして、自身の手をナイフで切りつけた。
「何を……!」
手のひらが焼けるように痛かった。血は零れ落ち、青い石の上に注がれる。
「私が自分で扉を開いたら……神は誰の願いを叶えてくれるのかしらね?」
「エラ、貴様……っ」
その瞬間、石が光り煌めいた。眩しさに目を細める。ゴゴゴ……と低い音がした。
バートの興味がエラから扉へと移った。
「扉が……」
祭壇の奥にあった扉が低い音を響かせて、少しずつ開かれていく。
「ああ、扉が……扉が開くぞ……っ」
バートの興奮した声が聞こえる。彼の声が響くほど、誰もが静かに、大きな扉に目を向けていた。自分の息を飲む音が聞こえる。
『……われを呼ぶ者よ』
扉の向こうから低く厳かな声が響く。扉の隙間からは鱗のようなものが見えた。鱗は光を反射し、煌めいていた。
『なぜ、われを呼んだ』
扉が開かれていくうちにその姿の全貌が見えるようになる。
全身を鱗で覆われた、蛇のような青い体。人間とも魔族とも姿が違う。そこにいたのは伝説上でしか語られない生物。……龍がいた。




