第7話 変わってない
いつもは大きく丸いルイスの目は、鋭く細められ、目の前にいる魔族の男たちに向けられている。倒れていた魔族は頭を押さえながら、苛立った様子でルイスに目を向けた。
「お前、何をす……」
ルイスに目を向けた途端、彼は顔を青ざめた。気づけば、ルイスの頭には黒い艶やかなツノが生えている。それを見て怯えているようだ。
「どうして、あなたのような人が……」
「なぜ、人間を庇うんだ!」
ルイスは柔らかい笑みを浮かべる。けれど、目元は笑っていなかった。
「大切な人を守るのは当然だろう?」
魔族の男たちは目を大きく開く。そして、こちらを見た。同じ魔族が人間を味方したのが理解できなかったのだろう。倒れていた魔族の男は立ち上がる。そして、ルイスの方に手のひらを向けた。
「そんなこと、俺たちの知ったこっちゃない! そいつを連れていったら、任務が完了するんだ!」
「俺たちにはもう……時間がないんだ。魔族の国に戻るためには、そいつが必要だろう!」
任務? 時間?
任務という言葉は前にも聞いた。ルイスが魔族とわかった酒場で魔族の一人がルイスに言ったのだ。
『任務の方はどうだ』と。
つまり、ルイスや他の魔族たちは任務をこなすために、人間の国に来ているということだろう。その任務が終われば、魔族の国に戻れるのかもしれない。だが、ルイスはにこりと微笑むだけだった。
「だから、何?」
その笑みに背筋がぞわりと震える。それだけ迫力のある笑みだった。
魔族の男たちはびくりの肩を震わせる。だが、首を横に振ると、気を取り直して、手のひらをルイスの方に向けた。ブツブツと何かつぶやく。呪文のようなものを口にすることで、魔術を発動させることができるらしい。彼らはルイスに向かって、両手から炎を噴き出した。だが、ルイスも同じように呟くと、男たちに両手をかざす。手が光った。強い風が吹き、炎は打ち消される。
「うわあぁっっ!!」
男たちは吹き飛ばされて、建物の壁に打ち付けられた。
ルイスは魔族の男の一人に近づくと前髪を掴む。そして、無理やり顔を上げさせる。
「任務に囚われて可哀想。だけどね、僕は違う」
ルイスの大きな瞳が男を映し出す。男の瞳が恐怖で揺れていた。
「……僕には彼女がいないと意味がないんだ」
そう言って、男の頭を壁に打ち付ける。男は頭から血を出し、呻く。ルイスはさらに男の顔を足の裏で蹴ろうとした。
「ルイス、待って!」
エラは慌ててルイスのもとへ駆け寄り、彼の腰にしがみつく。
「そこまでしなくていいから!」
ルイスの息は荒れていた。男たちを睨みつけたまま、目を離さない。
「でも、エラが……っ」
「私は大丈夫だから!」
「……大丈夫」
「そう、大丈夫だよ!」
何度もうなずいてみせると、彼は男から目を外し、エラを抱きしめた。
「よかった……っ」
ルイスは縋るように抱きしめている。彼の体は震えていた。肩にぽたりと雫が零れる。
「ルイス……泣いてる?」
「……泣いてない」
声が震えている。嘘だというのはすぐにわかった。
本気で自分のことを心配してくれた。エラを傷つけた相手に本気で怒ってくれた。……自分がルイスのことを警戒しているとわかっていても助けてくれた。
子どものころのことを思い出す。友達がいじめられてエラが年上に立ち向かったとき、ルイスが助けに来てくれた。怖かっただろうに、一緒に立ち向かってくれた。あのころと同じだ。
……変わってない。ルイスは変わっていなかった。
別人になってしまったと思っていた。けれど、ルイスは変わっていなかった。たとえ魔族でも、ルイスはルイスだ。
「心配かけて、ごめんね」
背中をポンポンと叩きながら言う。彼は呼吸を整えながら言った。
「……エラが無事でよかった」
こうやって心配されるのは嬉しかった。大切な幼なじみだったからだ。いや、今でも大切な幼なじみなのだろうか。アルフを陥れた。それは変わらない。それでも目の前にいるのは自分が知っているルイスだ。
「どうして、そんなに心配してくれるの?」
「好きだからだよ」
ルイスは顔を上げ、こちらを見る。鼻を赤くして彼はもう一度言う。
「……エラが好きだからだよ」
胸がきゅうと締め付けられるような感覚がした。顔が赤くなり、気持ちが落ち着かなくなる。
「……えっと、その」
視線をさまよわせると、ルイスはくすりと笑った。
「僕の気持ち、知っててよ」
彼はそう言うと、エラから離れた。彼のぬくもりが離れて、少し寒く感じた。
ルイスは倒れている男たちを見た。彼らは戦意喪失していて、逃げる様子もない。
「大人しく捕まってくれるね?」
男たちはうなずくこともしない。男の一人が顔を上げた。
「……どうして、あなたのような人が人間の味方をしてるんだ」
ルイスは鼻で笑う。
「だから言ったでしょ? 僕は彼女を愛してるんだ。理由はそれだけだよ」
魔族の男たちは人間の警備隊に捕まった。本屋の店主が裏口から抜けて、助けを呼びに行ってくれていたらしい。おかげで、男たちはすぐにお縄につくことになった。
「また、魔族の事件か……」
警備隊の人の話し声が聞こえた。その言葉に違和感を覚える。
魔族の事件……失踪事件はアルフの家が関わっていたはずだ。彼の家が捕まったのなら、もう事件が起きないはず。……それなのに、また事件が起きた。
よく考えれば、エラは幼いころに襲われた。そのときからアルフの家は犯罪に手を染めていたのだろうか。……いや、彼らはルイスに唆されて、犯罪に手を染めた。
魔族の男たちが言っていた任務という言葉を思い出す。
ルイスを含む魔族たちは任務のために人間の国に来たと言っていた。そのことがこれまで起きている魔族の事件に関わっているとしたら……。
「エラ」
ルイスに声をかけられ、エラは顔を上げた。
「警備隊の人たちが話を聞きたいって。……一緒に行けそう?」
彼は心配そうにこちらを見ている。それに胸がきゅっとした。
「大丈夫だよ。怪我もしてないし」
「そっか、よかった」
ルイスはほっとしたように笑みを零した。彼の頭にはツノが生えていない。また隠したのだろう。
魔族の男たちはルイスのツノを見て、驚いた様子を見せていた。彼らにとって、黒いツノは何を意味するんだろうか。
「エラ、行こうか」
ルイスがこちらに手を差し出す。エラはその手をじっと見た。
子どものころ、よくルイスと手を繋いでいた。そのときの記憶が蘇る。
『僕はエラが好きだよ』
ルイスがよく口にしていた言葉だ。そのころから、その言葉に特別な意味は含まれていたのだろうか。
エラがそっと手を伸ばすと、ルイスがその手を握った。温かなぬくもりに顔が熱くなる。
「ふふふっ」
ルイスが嬉しそうに笑う。
「また、エラと手がつなげて嬉しい」
優しい笑みを向けられ、エラは顔を上げられなくなった。




