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第6話 里帰り

「あら、ルイスとエラ。久しぶりねぇ!」


 街をルイスと二人で歩いていると、出店のおばさんが声をかけてきた。

 ルイスは笑顔で手を振る。


「おばさん、久しぶりだね。元気にしてた?」

「してたわ。でも、久しぶりにあなたたちを見て、もっと元気になったわ」

「そう言ってもらえると嬉しいな」

「おお、ルイスとエラじゃねぇか! 食いもん持っていくか?」

「ええ、いいの? もらっちゃおうかな~」


 ルイスは機嫌良さそうに返事すると、こちらを振り返った。

「エラ、どうする?」

「え? あぁ、もらっちゃおうかな」


 エラも微笑むと、店のおじさんは豪快に笑う。


「持ってけ、持ってけ! お前らが元気そうで嬉しいよ」


 エラとルイスは里帰りをしていた。エラたちの地元は活気のある商人の街だ。どこへ行っても店ばかりが並んでいる。久しぶりに地元の街を歩けば、顔見知りばかりと会う。エラとルイスは商家の子だ。そのため、店同士の繋がりで店を出している人とは、知り合いが多かった。


「エラ。辛いこともあるでしょうけど、元気出してね」


 それは同時に、アルフのことを知っているということでもあった。アルフの家が犯した罪を知っており、婚約が破棄になったことも当然のように知っていた。


「ありがとう。私は大丈夫だよ」


 そう答えれば、おばさんは安心したように息を吐いた。


「魔族は怖いわね」


 おばさんはぽろりとそう零す。身近な人が魔族の誘惑に負けて、犯罪を起こしたのだ。魔族が人間の国に入り込む事件も昔から絶えない。

 いつも元気な出店のおばさんも表情が暗い。活気のある商人の街だから、客を不安にさせないように明るく振る舞っているのだろう。だが、本当は店の人たちも怖い。同じように商売をしている以上、何がきっかけで魔族に関わることになるかわからないからだ。


「でも、怖さに負けてられないね! 怖くたって生きていかなきゃいけないんだから!」

「怖くたって、生きていかなきゃいけない……」

「そうよ! 生きていれば、いろんなことがあるんだから。いちいち気にしてられないよ!」


 エラはルイスに目を向ける。ルイスは楽しそうに店の人たちと話していた。ルイスは魔族だ。怖い存在だ。何をしでかすかわからない。でも、ずっと怯えてはいられないだろう。

 この街にいるルイスを見ていると、昔に戻ったように思えてしまう。

 ルイスは街の人たちに人気があった。愛嬌のある子だから、当然なのだろう。たまの里帰りでも、こんなにも歓迎される。だからこそ、不思議な気持ちになる。


 ……ルイスは魔族なのに。


 ルイスは知らない人になってしまった。はずだった。だが、目の前の彼はよく知っている彼に見えてしまう。大切な幼なじみの彼に。


「エラ、そろそろ行こうか」


 ルイスに声をかけられ、手を振りながら、出店の通りを抜けていく。見知った街を二人で歩いていると、子どものころに戻ったような感覚になった。


「エラの家に顔を出そうか」


 ルイスの提案にうなずく。アルフの一件があり、連休は実家に顔を出すことが叶わなかった。きっと、父親もエラのことを心配しているだろう。


「ルイスの家は行かなくていいの?」

「うちは……いいかな」


 ルイスは自分の父親に苦手意識を抱いている。一緒に里帰りをしても、エラの家にお泊りすることが多かった。エラの父親もルイスの父親が厳しいことを知っているからか、それを咎めることはしない。自分の息子のように受け入れている。


「エラ、ルイス。おかえり」


 実家に帰ると、父親のカルロが迎えてくれた。黒い天然パーマの短い髪にひげ面の男だが、表情はとても柔和で優しい目をしている。筋肉質でガタイの良い体がエラを抱きしめる。


「会えて嬉しいよ」


 久しぶりの父親の匂いにエラは笑みを零す。


「ただいま、お父さん」

「今日は休みを取ったんだ。仕事は従業員に任せてある。だから、三人で食事を取りに行こう」


 カルロはルイスに笑顔を向けた。


「エドにも、今日はルイスが帰ってくることは伝えてある。でも、顔を出すかどうかは君に任せるよ」


 ルイスの父親であるエドはカルロと顔なじみだ。カルロとエドが仲がいいからこそ、エドはカルロを信頼してルイスを預けてくれるのだ。


「ありがとう」


 ルイスはホッとした表情でお礼を言った。

 カルロは近くの飲食店に連れて行ってくれた。子どものころからよく通っていた店だ。大衆料理屋で昼の時間でも混みあっていた。個室に入り、さっそく酒を頼み、うまそうに飲んでいる。


「それにしても、アルフのことは残念だったなぁ」


 カルロは酒を煽る。


「アルフの家のことは対処が大変だったよ。自分の店の評判に影響を与えないように、必死に立ち回ったさ。もう経験したくねえな」


 はあ、と息を吐き、コップを置く。


「いい人たちだったのにな。どうして犯罪に手を染めたんだか……」


 エラもアルフの家の人たちはいい人だと思っていた。エラがよく遊びに行くと歓迎してくれ、娘のように接してくれた。嫁に行っても、やっていけるだろうと思っていた。だから、こんな結果になってしまったのが、悲しく思う。


 ……アルフは今、どうしているだろうか。


「あとから聞いた話だが、人身売買以外にも悪いことしていたみたいだ」


 食事をしている手が止まる。


「え……。そうなの?」

「ああ。うちは魔族の商品を扱ってなかったから知らなかったが、前からほかの店から取引先を奪って、商品を独占していたようだ」


 その話は聞き覚えがあった。クラスメイトが言っていたことだ。思いがけない情報に、思考が止まる。


「商売っていうのは、みんなでやるものだ。奪うものじゃない。それで、ほかの店から反感を買っていたみたいだ」


 ……知らなかった。アルフは知っていたのだろうか。いや、知っていたのだろう。長期休みに帰省するという話をしたとき、アルフはエラたちに実家と関わらないでくれって言っていた。あのときから知っていたのだ。……知っていて、隠していた。


「人間にとって不利な情報も流されていたらしい。それもいつからやっていたのか……。もしかすると、人身売買に手を出す前からかもしれない。政治、商売、それにそこに住む者の情報……。貴族とも関わりがあったから、貴族の情報も流れていたようだし、街の人のことが書かれた資料が出てきたとか。特に子どもの情報が多かったらしい。俺たちの情報もどう扱われていたか……いい人たちだと思ってたのになぁ」


 手が震えた。思わずルイスの方を見た。彼は食事の方に目を向けており、こちらを見ていなかった。

 ルイスに驚いた様子はない。おそらく知っていたのだろう。犯罪に手を出す前から、それに近いことをしていた。それにもルイスは関わっていたのだろうか。


「魔族といえば、今向こうは国が少し荒れているらしいな」


 カルロは思い出したように言う。


「どうして?」

「後継者争いだそうだ。アルフの家が関わっていた事件。あれは第一王子が関わっていたそうだ」


 思わず息を飲む。アルフの家が関わっていたのは、人身売買だ。表向きには、人間と魔族は仲良く交易をしようとしている。その関係にヒビを入れるようなことを王族がしていたとなれば、問題だろう。


「跡継ぎは第一王子が有力だと言われていた。だが、第二王子の力も強くなっているようだ。第二王子は人間嫌いだと噂を聞いているが……もし、その人が王になれば、この国はどうなるだろうな……」


 魔族に関わりたくなくて、情報を仕入れていなかった。エラはちらりとルイスに目を向ける。平然な顔をして食事を取っているが、気になるだろう。ルイスはこのことをどう考えているのだろうか。


「エラにも次の嫁ぎ先を探さなくちゃだな……」


 カルロはニコニコしているルイスの方に目を向ける。真剣な表情をしながら、ルイスの顔を見た。


「……ルイスんとこでもいいかもしれないな」

「お父さん!」


 とんでもない。カルロにはとても言えないが、ルイスは魔族だ。彼と結婚するなんて、あってはいけない。それを知らないカルロは大きな声で笑う。


「はははっ。ルイスはどうだ? エラが婚約者になったら嬉しいか?」

「僕は嬉しいよ。……でも、エラの気持ちを優先してほしいな」


 その返事は意外だった。ルイスはエラにプロポーズをするくらい執着している。だから、カルロの提案に食いつくと思っていた。


「まあ、すぐには決まらないさ。相手はエドだからな。どう口説くか……」


 カルロは酒を飲みながら思案する。エラはルイスに目を向けていた。

 今日の里帰りの目的はてっきり、カルロを説得して、婚約者の座につくことだと考えていた。だけど、そうじゃないらしい。じゃあ、どうして里帰りを……?

 エラはカルロと同じように考え込む。その様子をルイスが笑みを浮かべて見ていた。



 その日、ルイスはエラの家に泊まった。エラの母親の部屋が空いている。いつの日からか、その部屋はルイスが泊まるための部屋になっていた。


「エラ」


 寝るために部屋に戻ろうとしていたエラをルイスが引き留める。


「……何?」


 エラは少し警戒した様子でルイスの方を見た。ルイスは気にした様子なく話しはじめる。


「明日は街のはずれにいきたいんだけど、いい?」

「街のはずれ? 何かあったっけ」

「本屋があるんだ」

「ルイスが本を好きだなんて知らなかった。何の本を買いたいの?」

「あまり出回ってない本なんだ。じゃあ、よろしくね」


 ルイスはそれだけ言って部屋に入っていく。ルイスはあまり本を好んで読まないはずだ。それなのになぜ本屋に? エラは不思議に思いながらも自分の部屋に入っていった。

 次の日、カルロに別れを告げる。


「エラ、ルイス。また帰って来いよ」


 カルロはエラとルイスの髪をクシャクシャと撫でる。


「次会うときは、二人が婚約者だといいな」

「もう、お父さん!」


 エラの声にカルロはガハハッと笑う。ルイスはニコニコしたまま何も言わなかった。


 エラの家出て、ルイスと二人で歩き出した。


「それで、行きたい本屋ってどこ?」

「こっちだよ。ついてきて」


 ルイスのあとをついていくように歩いていく。エラたちの故郷は商業で盛んだ。商家の子が多い。店に住んでいる人も多く、一階が店、二階が住居となっている。そのため、歩く先々は店ばかりが並んでいる。


「ねえ、ルイス」


 歩きながら、ルイスに声をかける。


「なぁに?」

「……ルイスがアルフの家に犯罪に手を出すように仕向けた。あなたはそう言った。でも、本当にルイスのことがきっかけだったの? お父さんが言ってたように、前からあの家は犯罪まがいのことを……」


 ルイスは足を止めて、眉を下げながらこちらを見た。


「アルフもね、家のことを心配してたんだ」

「アルフが?」

「そう。……いつか本当に犯罪に手を出すんじゃないかって」


 アルフはルイスに相談していた。……エラの知らないところで。ルイスもアルフも、アルフの家が犯罪に手を出しそうなことを知っていたのだ。自分だけが知らなかった。


「カルロおじさんが言ってたとおり、あの家は人身売買を行なう前から、犯罪まがいのことをしてたんだよ」

「どうして私に話してくれなかったの」

「言えなかったんだよ。……君が傷つくから」


 彼はそう言いながら、足元の軽く小石を蹴る。


「結局、僕にはあの家を助けられなかった。……それだけだよ」


 ルイスはそう言って歩き出す。それ以上、何も言わなかった。ルイスが何を思っているのかわからない。もしかしたら、彼もアルフの家を助けたかったんじゃないか。けれど、上手くいかなかったから、自分のことを悪くいったのでは……。

 目の前にいるルイスを見る。彼はこちらを向かずに歩いていた。


 街のはずれの方へ進んでいく。街の中心の方が人が多いため、はずれに行くと店の数が減っていく。歩いている人も見えなくなった。こんなところに本屋があるのだろうか。


「ここだよ」


 ルイスが連れてきたのは、古い外観をした本屋だった。ギィ……と音を立て、扉を開ける。中に入れば、本の独特の匂いがした。


「いらっしゃい」


 カウンターにいたのは穏やかな表情をしたおじいさんだった。彼はルイスを見ると嬉しそうに目を細める。


「おお、ルイスじゃないか。久しぶりだね」

「お久しぶりです。手紙で取り寄せを頼んでいた本は届いてますか?」

「ああ、届いているよ」


 ルイスと店主が会話を始める。エラは一人で本屋の中を歩いてみた。本棚にはたくさんの本が並んでいる。古い本も並んでおり、昔からこの店が営まれていたことがわかる。だが、その本もきちんと手入れされており、ほこりも被っていなかった。こんなにも多くの本を見るのは、学園の図書館以外ではじめてだった。

 エラは本を読むのは嫌いではないが、そこまで好んで読まない。調べものがあるときに読むくらいだ。


 ルイスは店主と話が盛り上がっているのか、カウンターから離れない。本を見ているのも飽きてしまった。


「ルイス。私、外で待ってるね」


 そう声をかけ、エラは一人で外に出る。外の空気を吸って、大きく伸びをする。

 お喋りはしばらくかかるだろう。ルイスが連れてきた本屋はあまり来たことのない場所だった。周りにどんな店があるのだろうか。エラは辺りを見渡すと、ゆったりと歩きはじめた。

 街の中心は活気がある。だが、街のはずれの方は人が少ないからか、穏やかな時間が流れていた。散歩をするのに良さそうだ。

 ここらへんは昔からあるような古い店が多いようだ。趣のある建物が並んでいる。だが、多くの店は閉ざされており、営業していない様子だった。

 本屋からあまり離れないように歩いていると、男性二人が立っていた。こちらをチラチラと見ている。

 ……その目は鋭く、こちらを値踏みしているようだった。

 気にしないふりをして、そのまま通り過ぎようとした。だが、男性たちはエラの前に立つ。


「こんにちは、お嬢さん」


 エラは男性たちを避け、立ち止まらず歩きつづける。だが、男性たちはついてくる。


「ねえ、話があるんだ」

「少しだけ聞いてくれる?」


 無視しつづけても、男性たちは諦めることなくついてくる。少しうっとうしくなってきた。ルイスのいる本屋に戻ろうと歩みすすめると、その手を掴まれた。


「ちょっと!」


 エラが睨むと、男性たちはニヤッと笑う。


「大丈夫。少し実験させてもらうだけだから」


 エラの手を掴んだ男性が何かを呟く。掴まれた手が光ったように見えた。だが、何も起こらずに光は消える。


「あれ?」

「……発動しない?」


 男性たちはお互いの顔を見合わせる。男はもう一度、何かを呟いて手を光らせた。やはり、何も起こらず消えてしまう。彼らはもう一度顔を見合わせると、肩を揺らして愉快そうに笑いだした。


「当たりだ! 当たりを見つけたぞ!」

「嘘だろ、はずれだと思ってた!」

「運良すぎないか、俺たち!」


 何のことかよくわからなかった。彼らの様子が先ほどと違う。興奮したように大きく声を張り上げている。


「放してよ!」


 手を振り払おうとしても、掴まれた手は力強く、エラの力では振り払うことができない。


「……ねえ、お嬢さん」


 男性はエラの手を引き、顔を覗き込む。


「用事があるんだ。俺たちについてきてよ」


 ギラギラとした獲物を狙うような目がエラを捉える。その頭には灰色のツノが生えてくるのが見えた。それを見た瞬間、ぞわりと背筋が冷たくなるような感覚がする。


 ……魔族。


 見れば、もう一人の男性の頭にも灰色のツノが生えていた。血の気が引いて体が震えだす。

 幼い頃の記憶が蘇る。あの時も同じように男性に腕を掴まれたのだ。そして、彼は言ったのだ。


『――鍵を見つけたぞ!』


 幼いエラは大人の力に逆らうことができなかった。抵抗しても腕を掴まれ、抱えられ、逃げ出すことができなかった。それは今も同じだ。男性……魔族の男の力が強く、エラの力では逃げ出すことができない。

 体が冷え、息が荒れる。目元に涙が浮かぶ。


「お願い……お願いだから、放して」


 弱々しい声が口から零れる。その声を聞いても、魔族の男たちはニヤニヤしているだけだ。


「大丈夫、悪いことにはならないから」

「黙ってついてこい」


 ハンカチで口元を覆われる。薬品の臭いがした。瞬間、息を止めた。少し吸っただけでも、頭がぼんやりとしてくる。


 ……まずい、このままだと。


 意識が遠のきそうになる。舌を噛んで、何とか意識を留まらせる。

 目の前が暗くなる瞬間、誰かに腕を引かれた。


「――エラッ!」


 目を開ければ、エラを掴んでいた魔族の男が倒れていた。もう一人の魔族が信じられない目で男を見ている。


「どうして……っ」


 その人はルイスを見ると、顔を真っ青にした。……それくらいにルイスの顔は怒りを帯びていた。


「……お前ら、エラに何をしようとしたの?」

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