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第5話 「排除してあげるよ」

「何を言ってるの……?」


 問いかけるエラに対し、ルイスはわからないという顔をしている。


「だって、アルフはもういないんだよ? いない人のことを気にしたって仕方がないじゃない?」


 彼はにこりと微笑んで言った。ルイスが本気で言っていることがわかる。

 エラは首を横に振って後ろに下がる。


「何言ってるの……? ルイスだって、アルフと仲良くしてたじゃない。それなのに、どうしてそんなこと言えるの?」

「僕がアルフと仲良くしてたのは、エラが望んだからだよ」

「私が望んだから?」

「そう。君がアルフと婚約が決まって、彼を紹介してくれたとき言ったでしょう? 仲良くしてねって」


 そう言われてみれば、言ったかもしれない。だが、言われたからと言って、そんなにも忠実に守るものだろうか。


「意味がわからないよ。私が言ったからって、そんなこと……」

「エラに言われたら、仲良くするしかないでしょう?」

「ルイス、あなたおかしいよ」

「おかしくもなるよ。……それだけ、君のことが好きなんだから」

「……もういい。私にかまわないで」


 そう言ってその場から去ろうとすると、ルイスはその手首を掴んだ。


「逃げないで、エラ。僕は君に頼ってほしいんだ」


 彼の目は濁っている。それなのに、優しく目を細めた。


「君をいじめる人、悪く言う人、邪魔する人……全員、僕が排除してあげる」


 頬を染めてにこりと微笑む。


「一人残らず全員、排除してあげるよ。だから、エラ。僕を頼って」


 エラは思わずルイスの手を振り払った。


「いい加減にして。ルイス、やっぱりあなた、おかしいよ」


 言われたから。好きだから。そんな理由で人の人生を左右するほどの行動を起こせるものだろうか。普通の人なら、そんなことできない。


「僕はエラの望みを叶えてあげたいだけだよ」

「私が望むのは一つだけよ。……もう私に関わらないで」

「ごめんね、それは無理かな」

「じゃあ、お願いだから今回の件は関わらないで。……これは私の問題だから」


 ルイスをじっと睨むように見つめる。ルイスはしばらく黙っていたが、仕方なさそうに息を吐いた。


「わかったよ。今回の件は手を引いてあげる。……その代わり、僕の望みも聞いてくれる?」


 ルイスは優しい笑顔で言う。


「週末、僕と出かけてよ」

「どこに?」


 警戒しながら言うと、ルイスはくすりと笑う。


「里帰りだよ。地元に帰りたいんだ」

「どうして?」

「……ちょっと、用事があるんだよ」


 エラとルイスは同じ街で育った。そこに帰るくらいならなんてことないだろう。エラはうなずく。


「……それくらいなら」


 エラの言葉にルイスは嬉しそうに笑った。


「本当? 約束だよ」


 その表情は幼いころから見ていたルイスと変わらなかった。……関係が変わってしまったことが不思議なくらいに。

 ルイスはエラの手首を放す。


「じゃあ、帰ろうか。もちろん、寮まで送らせてくれるよね?」


 本当は一緒に帰るのも嫌だった。だが、下手に断ると、前言撤回してくるかもしれない。


「……わかった」


 ルイスは顔を輝かせる。彼は笑顔のまま、エラの隣を歩いた。





 次の日、エラが寮を出るとルイスが待っていた。朝の空気は少し冷たく、ルイスは身を縮ませて立っている。


「おはよ、エラ」

「どうしたの、こんな早くに……」


 エラはルイスと鉢合わないように、いつもより早く出ていた。だが、ルイスはそれよりも早く外で待っていたようだ。


「いつから待ってたの?」

「うーん、一時間前から? かな」


 昼間は暖かいが、朝は少し寒い。それなのに、そんなに早く待っているなんて……。


「どうして、そんなに早くから……」


 ルイスはくすくすと笑う。


「だって、エラがいつ出てくるかわからなかったもん」


 彼は当たり前のように言う。相変わらず理解できなかった。


「一緒に登校しよう?」

「でも……」

「ここでもめたら、目立つよ?」


 朝早くても、登校している生徒たちは何人かいる。すでに視線のいくつかがこちらに向けられている。エラは小さく息を吐いた。


「……わかった」


 そう答えれば、ルイスは嬉しそうに微笑んだ。


「じゃあ、行こうか」


 登校途中、周りの視線はこちらに向けられていた。だが、昨日みたいにひそひそと話されたり、絡まれたりことはない。


「すごいね。わかりやすく注目を浴びてる。有名人みたい」


 ルイスはこの状況を少し楽しそうにしていた。おそらく、ルイスがいるから周りも下手なことをして来ないのだろう。


「早く落ち着くといいね」

「…………」


 ルイスに守られているのを実感した。一人で頑張っていこうと考えていたのに、結局ルイスに助けられてしまう。それが情けなかった。


「エラ? どうしたの、体調悪い?」


 ルイスが顔を覗き込んでくる。エラは首を横に振った。


「大丈夫」


 だが、今回の件はルイスに頼らないと決めた。自分で解決しないと。エラは手を強く握り締めると、前を向いた。


 ルイスが教室まで送ってくれる。彼と別れてから、エラは自分のロッカーに向かった。


「うわ……」


 ロッカーの中は泥水をかけられていた。昨日のうちに荷物を移動させていたので、私物の被害はないが、土やら草やらがぶちまけられている。


「よくも、こんな労力のかかることを……」


 エラは全体が見えるように下がると、カバンからあるものを取り出した。記録の魔術具だ。この魔術具を使うことで、目の前に見えるものが記録され、いつでも見れるようになる。

 魔術具をロッカーの前にかざして、記録した。証拠を一つ残すことができた。

 エラはアルフからたびたび魔術具を買っていた。魔族自体は好きになれないが、アルフの家に嫁に行く以上、商品について理解する必要があった。そのため、エラはいくつかの魔術具を持っていた。


「これでよし」


 魔術具にちゃんと記録されているのを確認すると、エラはロッカーを綺麗に掃除しておいた。また汚されるかもしれない。だが、このままにしておくわけにもいかなかった。


「ほかの証拠も集めなきゃ」


 ロッカーが綺麗になったのに満足すると、エラは教室へと入っていった。


 


 放課後、エラは帰り際、教師に呼び出されていた。帰りが遅くなり、早足で廊下を歩いていると、教室の方から声が聞こえた。


「エラ、よくもまぁ、学園に来られるよな。アルフはもういないくせに」


 教室を覗き込んでみると、数人の生徒たちが喋っていた。その中には昨日声をかけてきた男子生徒たちもいる。


「ルイスもなんで構うんだろうな」


 自分たちの話がされているのがわかった。エラは壁の陰に隠れ、記録の魔術具を起動する。記録の魔術具は音声も記録できる。話し声が記録できるように、魔術具だけ彼らに近づける。


「ロッカーも俺らが来た時にはもう綺麗にされてただろ?」

「エラが早くに来て片付けたみたいだな。ショックを受けているところ見たかったのに」


 どうやら、ロッカーは彼らがやったことみたいだ。いい証拠がとれた。


「まあでも、アルフの悪い噂を流してるから、しばらくは居心地悪いだろ。不登校になればいいのに」


 彼らは自分たちのしたことをペラペラと話してくれる。想像もしていなかった収穫だ。この証拠をどこに出そうか……。今後のことを考えると、彼らに何かしらの罰を与えてもらわなければならない。教師に言うか、それとも……。


「おい、そこに誰がいる?」


 教室の中から声をかけられた。身を縮ませるが、逃げ場はない。足音がして、こちらに歩いてくる。


「……エラ」


 低い声が聞こえた。男子生徒がこちらを睨んでいる。エラは魔術具をポケットに入れ、立ち上がって彼らをまっすぐ見る。


「私のロッカーを無茶苦茶にしたのも、アルフの悪い噂を流しているのも、あなたたちのせいだったのね」


 彼は舌打ちをすると、がりがりと頭を掻く。


「聞いていたのか」


 だが、ほかの生徒が笑い出す。


「そうだとしても、それを話しても誰も信じないだろうよ」

「俺たちと、犯罪者の話なら、みんな俺たちの方を信じるだろう」


 周りの生徒たちは「たしかに」と笑い合う。

 エラはフンッと鼻で笑った。


「記録の魔術具で全部記録させてもらったわ。証拠はこちらにある。不利なのはあなたたちよ」


 エラの言葉に彼らは顔色を変えた。


「魔術具……。やっぱり、魔族の婚約者は魔族だったか」

「アルフは魔族じゃないわ。私だって魔族じゃない。……訂正して!」

「本当のことを言ったまでだろ。この犯罪者め」

「どうして、そこまでアルフのことを悪く言うの?」


 アルフと彼はそんなに関わりがなかったはずだ。それなのに、こんなにも嫌っているだなんて、何かあるに違いない。


「……知らないなら、教えてやる。アルフの家はうちの家から仕入先を奪ったんだ」


 男子生徒は手を強く握り締める。


「うちの家は魔族の国から商品を輸入していた。問題なく取引をしていたはずだ。だけど、あるとき、輸出先アルフの家に切り替えると言い出したんだ」

「どうして?」

「あっちの家の方が条件がいいんだとよ! ふざけやがって……!」


 アルフの家は勢いのある商家だった。輸入先を増やしているという話も聞いたことがあった。きっとその中の一つだったのだろう。


「結局、魔族は魔族だ。犯罪者の家の方がいいって言うんだからな。輸入品から手を引いてよかったぜ」


 男子生徒は鼻で笑う。


「お前も犯罪者だから、俺らの気持ちはわからないだろうな」

「どうして、あなたたちがそんなことを言えるのかしら」

「は?」

「あなたたちが悪いことをしてるってわかってる?」


 エラは腕を組んで、男子生徒を睨む。


「アルフの家が悪いことをしたのは事実よ。でも、寮生活のアルフがどれだけ関わってたかもわからないのに、悪い噂を流して……私にも害を及ぼしたのよ」

「お前が犯罪者だから……」

「私は犯罪を犯していないわ。けれど、あなたたちは教科書をボロボロにして、ロッカーも泥まみれにした。あなたたちのしたことは器物破損。犯罪よ」


 男子生徒はギリィッと歯を食いしばる。何も言い返せないようだ。


「こっちには証拠がある。あなたたちには何かしらの罰が下るでしょうね」


 何も言えずにいる彼らのことを無視して、エラは自分の荷物を取りに行こうとした。すると、その腕を掴まれる。


「調子に乗りやがって。その魔術具を出せ。壊してやる」

「壊されるとわかって、差し出すと思う?」


 男子生徒と睨み合う。魔族でもない相手なんて、怖くなかった。

 エラが怯えないとわかると、彼は手を振りかぶった。


「ふざけるな!」


 エラはぎゅっと目を閉じる。衝撃が走る前に誰かの声が聞こえた。


「――ねえ、何してるの?」


 ゆっくりと目を開けると、そこには見覚えのある人がいた。グレーの髪とそれと同じ色をした瞳、少し長い髪を後ろで束ねている。


「バート生徒会長……」


 その人はこの学園の生徒会長、バートだった。彼は少し吊り上がった目をにこりと細めると、掴まれているエラの腕を見た。


「その手、放しなよ」

「は、はい」


 バートに言われ、男子生徒は慌てて手を離す。


「女の子に暴力振るうなんて、かっこ悪いよ」

「すみません……」


 生徒会長は豪商の家の息子だ。学園に多額の寄付をしているという噂があり、教師でも逆らえないといわれている。彼に逆らったら、分が悪いだろう。


「それで、何してたの?」

「それは……」


 生徒たちは顔を見合わせる。誰かが何かを切り出すのを待っているようだった。

 エラはそっとポケットに手を入れ、記録の魔術具を起動した。


『ロッカーも俺らが来た時にはもう綺麗にされてただろ?』

『エラが早くに来て片付けたみたいだな。ショックを受けているところ見たかったのに』

『まあでも、アルフの悪い噂を流してるから、しばらくは居心地悪いだろ。不登校になればいいのに』


 録音された音声が再生される。静かな教室にはよく響いた。


「……へえ」


 自分たちがしたことを再生され、男子生徒たちは顔を青くする。

 バートは目を細めて彼らの方を向く。


「何か言いたいことある?」

「俺たちは、その、悪くなくて……」

「人のロッカーをぐちゃぐちゃにして、悪い噂を流すのは悪いことじゃないんだ?」

「そうです! 悪いのは、罪を犯したアルフやエラの方です!」


 そう言う生徒に対し、ほかの生徒は「おい、やめろよ」と止める。だが、彼は止まらなかった。


「魔族みたいに悪いやつらなんです! 人間として、許すわけにはいかないでしょう?」

「魔族の国は交易国だ。仲良くしようとしている相手のことを、そうやって悪く言うの?」

「それは、その……みんなそう言ってるじゃないですか」

「君は国際戦争を起こしたいわけだ」

「そういうわけじゃ……」


 男子生徒は何も言えず、下を向いた。彼を見て、バートはにこりと微笑む。


「話は生徒会室で聞こうか。……君、その魔術具貸してくれる?」


 バートはこちらに手を差し出す。エラは首を横に振った。


「できません。これは大切な証拠です。使用用途もわからず、貸し出すことはできません」


 そう断ると、バートは目を丸くした。そして面白そうに笑う。


「そうだね。君の言う通りだ」


 彼はそう言うと、ポケットから何かを取り出した。


「これは僕の大切にしている懐中時計だ。これと交換しないか? 僕はこれを返してもらわなきゃいけないから、君の魔術具も大切に扱う。いいかな?」


 懐中時計は貴重だ。そんな高級品をエラに預けるという。エラはうなずいた。


「じゃあ、交渉成立だ」


 懐中時計と魔術具を交換する。彼は一つうなずくと、エラを見た。


「君の話はまた聞くよ。今日は一旦、お帰り」


 バートは男子生徒たちを連れて、教室を出ていった。エラはその背中を見届けると、自分の荷物を手に取った。教室を出ると、そこにはルイスがいた。


「ルイス。あなた、いつから……」

「エラがクラスメイトと話し出したあたりからかな。……頑張ったね、エラ」


 ルイスは柔らかい声を出す。


「一人でよく立ち向かったね。……かっこよかったよ」


 気を張っていたことに気が付いた。自分のしたことを認められ、思わず気が緩みそうになる。けれど、気が緩んでしまわないように、手を力強く握り締めた。


「一人じゃないわ。結局、生徒会長に助けてもらった。一人じゃ解決できなかった」

「うん、それは僕も気に入らない」


 ルイスはエラに顔を近づける。


「僕が君を助けたかった。君を助けるのは僕だったはずだったのに」


 彼の目は暗く濁っていた。その目が恐ろしく、身をすくめる。それに気づいたのか、ルイスはすぐに微笑んだ。


「……約束は守ったよ? 手を出さなかった」


 ふふふっと笑って、目を細める。


「次は君が約束を守って、エラ。週末、楽しみにしてるよ」


 ルイスはそう言って歩き出す。彼の手のひらには強く握り締めていたのか、血が滲んでいた。

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