第4話 罪の重さ
アルフに関する噂はそう簡単には消えてくれなかった。
「あの人って、犯罪者の婚約者?」
「そう。何で普通に登校できるのかしら?」
アルフの家が罪を犯し、アルフは退学した。結局、最後に話してから、一度も会うことができなかった。
エラの父親からは一通の手紙が届いた。アルフの家のことで、エラの父親も大変な目に合っているらしい。もちろん、婚約は破棄したと書かれていた。
長く一緒にいたアルフとの関係は、いとも簡単に終わってしまった。顔も合わさないまま。
だからと言って、一人で引きこもっているわけにはいかなかった。
「行ってきます」
寮母に挨拶をして、寮を出た。
周りの生徒たちはそれぞれグループを作って話しながら登校している。だが、エラは一人だった。
一人で登校すると、アルフがいなくなったことを思い知らされるような気がした。いつもすぐそばにいたのに、もう一緒に登校することはできない。
エラはアルフとルイスと仲良くしており、それ以外に特別仲の良い生徒がいなかった。気づけば二人が近くにいたので、特に必要だと感じていなかったのだ。
だが、アルフはいなくなってしまった。ルイスとはあれから会わないように距離を取っている。二人がいなくなっただけで、一人ぼっちになってしまう。今の状況では他に友達を作ることもできなかった。ほかに友達でもいたら、状況は変わっていたのだろうか。
「一人に慣れなきゃ」
できるだけ下を向かないように歩いた。周りからチラチラと視線を向けられるような気がした。それでも前を向いた。自分は悪いことをしていないのだから、胸を張って歩く。
廊下を歩くと、エラを避けるように道が開かれていく。ひそひそと話す声が聞こえる。
エラはため息を吐きながら、自分のロッカーを開けた。
「え……っ」
そこにはボロボロになった教科書が入っていた。何かで切り刻まれており、使い物にならない。犯人はわからない。だが、犯罪者に対しての戒めなのだろう。
「……ここまでするか」
仕方なく、エラは何も持たずにロッカーを閉じた。教室に入ると、一瞬、教室内が静まった。いくつもの視線がこちらに向けられ、視線を戻すと生徒たちはまた会話を再開する。
居心地の悪さを感じながら、エラは席に座った。教室も気の休まらない場所になっている。
……噂が少しでもおさまってくれるといいけど。
そう期待するしか、今のエラにできることはなかった。
「エラ、教科書は?」
授業は教科書なしで受けた。当たり前だが、それを先生に指摘されてしまう。
「……使えなくなっていました」
「どういうこと?」
いじめのことを先生に伝えるのは簡単だろう。だが、騒ぎ立てるには証拠がまったくない。誰がやったかも目星がついていない。
何も言わずに黙っていると、先生は息を吐いた。
「話してくれないとわからないわ。授業を受ける気がないなら、外の空気でも吸ってきたら?」
そう勧められて、それも悪くはないなと思った。
「そうしてきます」
エラは荷物を持って立ち上がる。先生に軽く頭を下げると、教室を出た。教室を出た瞬間、ふっと息がしやすくなった。肩の力も抜ける。それに気づいて思わず苦笑した。想像していたよりも気を張っていたようだ。
授業をしている教室を眺めながら、廊下を歩く。ルイスのクラスの前を通った。彼は真剣な顔で授業を受けていた。
不思議な感覚だった。今まではエラの隣にはルイスがいた。それが当然だと思っていた。だが、今は彼を避けている。もう元の関係には戻れないだろう。
ぼんやりとルイスを見つめていると、顔を上げた彼と目が合った。彼は驚いたように目を開く。エラはさっと目を逸らした。そして、早足で廊下を歩いていく。
廊下を抜け、校舎の出入り口を通り過ぎると、暖かな日差しを感じた。ゆったりと歩きながら、日差しに目を細める。
授業をさぼって、一人で歩くのは悪くないと思った。いつもは生徒で賑やかな学園も、授業中は静かだ。エラは庭園の方へと歩いていく。庭園は最後にルイスと話した場所だ。
「花は相変わらず綺麗ね」
エラは綺麗な花を見て、笑みを浮かべた。ふっと息を吐いて、ベンチに腰を下ろす。日差しが心地よく、うとうとしてしまう。ふわりと欠伸をすると、エラは目を閉じた。
「――エーラ」
ゆっくりと目を開けると、そこにはルイスがいた。エラは思わず、身を縮め、ルイスを睨む。ルイスは気にした様子を見せず、にっこりと微笑む。
「はい。次の授業の教科書」
ルイスの手にはいくつもの教科書があった。
「え?」
「ん?」
「何で……」
「ないって言ってたのを、君のクラスメイトから聞いたんだよ」
わざわざ貸すために、教室を抜けてきたのだろうか。あれだけ拒絶したのに、普通に接してくるルイスに戸惑いを隠せない。
「借りない。……あなたには頼らない」
「でも、困ってるんでしょ?」
「……困ってない」
エラが強がって言うと、ルイスはクスクスと笑った。
「頑固だな、エラは。教科書は置いていくから。使ってね」
ルイスはエラの座っているベンチに教科書を置く。
「ルイス……っ」
「帰り、迎えに行くから」
ルイスはそれだけ言うと、庭園を出ていってしまった。エラは残された教科書を手に取る。
あんなことがあったにも関わらず、ルイスはいつも通りだった。過剰に反応しているこちらの方がおかしいように感じてしまう。
「……でも、ルイスはアルフを陥れた」
その事実は変わらない。だから、ルイスとは距離を取るべきだ。そうわかっているのに、ルイスのあとを追いかけて、教科書を返すことができなかった。
次の授業はルイスの教科書を使って受けた。教科書にはルイスの書いたメモが書かれている。想像していたよりもルイスは真面目に授業を受けているようだ。
ルイスの書いた文字を指先でなぞる。昔からルイスは優しかった。今も優しくしてくれる。それは変わらないのに、どうしてこうなってしまったのだろうか。
もう戻らない過去思い出し、エラは目を閉じた。
放課後、エラはルイスを待つために教室に残った。いつもなら、彼はすぐに教室を出てくる。そこまで待つことはないだろう。
帰り支度を終え、椅子に座ったままでいると、クラスメイトの数人が声をかけてきた。
「お前さ」
話しかけて来た男子生徒に目を向ける。あまり話したことのない人だった。アルフとも仲が良かった記憶もない。
「よく教室に来れるよな」
そう言われ、エラは眉を寄せる。
「何か用事?」
できるだけ落ち着いた声で言った。男子生徒たちはニヤニヤと笑いながら顔を見合わせる。
「犯罪者の婚約者なんだろ? しばらく学園に来ない方がいいんじゃないの?」
こんな風に絡まれると思っていなかった。エラはじっと相手を見つめる。
「私には学園に来る権利があるわ」
「犯罪者が近くにいると、俺らが不快だって言ってんだよ」
「犯罪者じゃないわ」
「犯罪者の婚約者だろ?」
どうやら、彼らの中では犯罪者の婚約者は同じように犯罪者のようだ。
ルイスを待とうかと思ったが、教室を出た方が良さそうだ。無理な言い分を押し付けてこようとする人の相手をしていられない。
エラは立ち上がり、荷物を持ってその場から去ろうとした。だが、その腕を掴まれる。
「話の途中だろ」
「私は話すことなんてないの」
手を振り払おうとしたが、掴んでいる手の力が強い。
「気に喰わないと思ってたんだよ。お前もアルフも。金のある商家の子だからって、お高く留まって。アルフがお前をエスコートにしてるのも気持ち悪いと思ってたんだよ。お貴族様かってんだよ」
男子生徒は周りにいる生徒たちに「なぁ?」と同意を求める。周りにいる生徒たちは同意するようにケタケタと笑っていた。
「だけど、アルフは犯罪者だった。金のためなら、何でもやる奴だったってことだ。いつかやると思ってたんだよ。性格悪そうだったし、魔族と気が合ったんじゃないかって話してたんだ」
「人を売るだなんてこと、普通の人間の感性じゃやれないよな」
「周りのやつらを見下してたから、そういうことできるんだよ」
男子生徒たちはアルフの悪口で盛り上がる。我慢するのが一番いいのだろう。だが、エラは我慢できなかった。
「……取り消して」
「はぁ?」
「取り消せって言ってんのよ。アルフの性格が悪い? 笑わせないで。あの人ほど優しい人を私は知らない。アルフの悪口を言わないで」
睨みつけると、男子生徒たちは顔を見合わせて、大きな声で笑った。
「優しいやつが罪を犯すのかよ?」
「しかも、人身売買だぞ」
「金の亡者だから、そんなことできるんだろ」
止めても、彼らの悪口はエスカレートしていくばかりだ。……耐えられなかった。
エラはギュッと手を握り締めると、その手を振りかざそうとした。
「エラ」
その手が優しく包まれる。動かないように固定されて、男子生徒の頬を打つことは叶わなかった。
「……ルイス」
後ろを向くと、ルイスがいた。彼は落ち着いた声で言う。
「迎えに来たよ。一緒に帰ろう?」
彼の穏やかな笑顔にエラの気持ちは落ち着いていく。手の力を抜くと、ルイスはその手を放してくれた。
「ルイス。お前もエラと関わるのをやめろよ。お前まで悪く言われるぞ」
男子生徒はルイスと面識があるようだ。まるで友達のように助言をしている。
ルイスはにこりと微笑むと、エラの肩を抱いた。
「ごめんね。それは無理」
ルイスはエラの顔を覗き込む。
「行こう、エラ」
エラは無言でうなずく。それを見ると、ルイスは男子生徒たちに手を振った。
「じゃあね」
そのままエラを連れて教室を出た。
ルイスと二人で歩いていると、周りの注目を集めた。少し距離を置いて歩こうとすると、ルイスがエラの手首を掴む。
「離れないで。一緒に帰ろうよ」
ルイスはエラの歩幅に合わせる。エラは小さな声で言った。
「私のことを助けなくていいよ」
「助けてるつもりはないよ。僕はエラと一緒にいたいだけ」
ルイスは優しい笑顔で言う。
「僕はエラが好きだからね」
どうしてなんだろうと思った。ルイスがもし魔族でなかったら、アルフの家を陥れていなかったら、今の言葉はとても嬉しいものだっただろう。
エラは視線を下げ、唇を噛む。泣きそうになる顔を見られないように、下を向きながら歩いた。
女子寮の前に着くと、ルイスは微笑みながら言った。
「エラと久しぶりに話したかったから。教室で待っていてくれてよかったよ」
「これ」
カバンから教科書を取り出して渡すと、彼は目を細めた。
「どういたしまして。役立った?」
「……役立った」
素直に言うと、ルイスはエラの頭を撫でようとした。
「そっか。よかった」
エラは一歩下がって、その手から逃れた。
「でも、もう私に関わらないでって言ったよね」
ルイスを睨みつける。だけど、彼は気にした様子がなかった。
「関わらせてよ。……エラ、無理してる」
無理してることは自覚していた。だけど、ルイスに心配させたくなかった。
「もうルイスと関わらない。私のことは放っておいて。……お願いだから」
「……エラは心配させてもくれないの? 本当の気持ちを聞かせて。僕はエラの味方だから」
ルイスを見ると、気を緩めてしまいそうだった。だが、彼は警戒する相手だ。気を抜いてはいけない。……そうわかっているのに。
「……辛かったの」
ぽろりと本音がこぼれる。目元から涙がこぼれる。
「悔しかったの。アルフのことを悪く言われて……アルフは優しい人なのに。人のことを思いやれる人なのに……あんな風に言われて」
誰もアルフの人となりを知らなかったのだろうか。……いや、知っていたはずだ。彼は誰にでも優しかった。彼のことを信頼していた人も多いはずだ。それなのに、彼の悪口に対して、みんな何も言わなかった。
「私のことはどう思われたってかまわない。けれど、アルフは……悪く言わないでほしかった」
「辛かったね」
ルイスは眉を下げ、優しくエラの髪を撫でる。ルイスの手は大きかった。彼の優しさに甘えてはいけないと思いながらも、その温かさに身を任せてしまう。エラはゆっくりと目を閉じた。
「……でもね、エラ」
彼は一呼吸置く。
「――どうして、そんなにもいなくなった人のことを気にするの?」
何を言われたのかわからなかった。




