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第3話 「何がいけないの?」

「アルフの家って……」

「そうそう。人身売買。人間を魔族の国へ売ってたらしいよ」


 簡単に信じることができなかった。だが、噂は急速に広まっていく。

 学園内では多くの人がアルフの話をしていた。背ひれ尾ひれがついて、大袈裟になっていく。

 エラは教室で一人、ずっと堪えていた。


「あの子って、アルフの婚約者よね」


 こちらを見ながら話す者もいた。


「よく一人で来れたものね」


 授業中にも関わらず、周りはこそこそと話をしている。


「そこ、静かにしなさい」

「はーい。そういえばさ、アルフも加担してたって本当?」


 先生に注意されてもお構いなしだ。先生は肩をすくめて、授業を進める。

 アルフの両親が捕まった。彼の家が押さえられた。罪状は人身売買。人間を攫っては、魔族の国へ売り飛ばしていた。それが最近起きていた失踪事件の真相だという。

 アルフや彼の家の話のあることないことが噂として広まっていく。エラはどの話を信じればいいのかわからなかった。


「アルフに会うことができれば……」


 彼に会えれば真実が聞ける。でも、彼とどうすれば会うことができるのかわからなかった。





 昼休み、エラは一人で教室を出た。いつもなら、食堂の前で待ってくれているアルフの姿がそこにない。

 エラは誰とも話さず、カウンターで食事を受け取り、空いている席に座る。

 教室の外もアルフの話で持ち切りだった。


「魔族の国の商品って好きじゃないんだよね。攫われた人間が商品を作らされてるって本当?」

「いや、商品に人間が使われてるって話だけど?」

「やっぱり、魔族と取引してると、考え方まで魔族に染まるのかな」

「アルフってやつは人間じゃないのかもしれないな」


 魔族が嫌われているのは今さらだ。だが、アルフのことまで悪く言われるのは我慢できない。違うと大きな声で言ってやりたかった。アルフのことを知らないからそんなこと言えるのだと。エラは立ち上がろうとした。だが、肩を誰かに押さえつけられる。


「エラ。落ち着いて」


 そこにいたのはルイスだった。


「触らないでっ」


 思わずルイスの手を払う。彼は魔族だ。今回のことに関わっている可能性もある。

 ルイスを睨みつけると、彼は眉を下げた。


「警戒しないで、エラ。僕は君のことを心配してるんだ」


 エラを落ち着かせようと、ゆったりとした口調で話す。


「アルフの話は聞いたよ」


 彼はエラの向かいに座る。食事を取りながら、静かな声で話しはじめた。


「周りがエラの様子を窺ってる。あまり騒がない方がいいよ」

「でも……」

「噂が消えるまで、我慢するんだ」


 ルイスにそう言われ、エラは大人しく食事を取りはじめる。それを見て、ルイスは微笑みながらうなずいた。


「エラ。放課後、時間ある?」

「あるけど……」

「じゃあ、話をしようか。……アルフの話」

「何か知ってるの?」

「少しだけね」


 エラとルイスは静かに食事を取った。周りの話し声はよく聞こえる。ルイスは魔族だ。警戒しなければならない相手だ。わかっている。けれど、一人でいるよりも、少しだけ気持ちが楽になるような気がした。



「エラ。迎えに来たよ」


 放課後、最近帰りに迎えに来なかったルイスが顔を出した。顔が強張る。それを見て、ルイスは苦笑いをした。


「大丈夫。何もしないよ」


 周りの視線がこちらに向かっているのを感じた。ルイスはその視線からエラを隠すように立つ。


「……行こうか」


 ルイスの誘導に従って、荷物を持って教室を出ようとした。


「ルイス。犯罪者に関わらない方がいいんじゃないの?」


 クラスメイトからそういう言葉が出た。エラはびくりと体を震わせる。そっとルイスの方を見ると、彼は優しく微笑んだ。


「それを決めるのは僕だよ」


 ルイスはエラの手を取る。そして、エラに微笑みかけるとそのまま教室を出た。


 連れられてきたのは、学園の近くにある庭園だった。季節の花が花壇に咲いており、あちらこちらにテーブルと椅子が備え付けられている。

 よくアルフとここでお茶をしたことを思い出し、涙ぐみそうになる。

 ルイスに手を繋がれている。怖いと思うと同時に不思議と安心感があった。自分の中でまだ混乱しているのだろう。少なくとも、無理にルイスの手を離そうとは思わなかった。


「ここで話そうか」


 繋いでいたルイスの手が離れた。ルイスが椅子を引いてくれる。エラが座ると、彼は向かいに座った。

 空は曇っていた。遠くには厚い雲も見える。辺りは少し薄暗かった。

 ルイスは眉を下げて、悲しそうな表情を浮かべる。


「アルフのことは残念だったね。こんなことになってしまったなんて……」

「ルイスは何を知ってるの?」


 エラは何も知らなかった。何も知らされていなかった。だが、ルイスは何か知っている。少しでも正確な情報が知りたかった。


「きっと、君のお父さんからも情報が来ると思うよ。君とアルフは婚約者だからね。今後のこともあるから、きっと話があるだろう。けど、早く本当のことを知りたいよね」


 エラがうなずくと、ルイスもうなずきかえす。


「アルフの家が犯した罪は人身売買。人間の国では法律で禁止されている。魔族の国でも許されていない。アルフの両親は捕まり、家ももう商売を続けることはできないだろう」

「アルフは?」

「アルフは寮に入っていたから、商売には関わってないよ。だけど、もう彼の家はダメだから……これは僕の想像だけど、どこか遠い家に養子に出されるじゃないかな。もうこの学園には戻って来られないと思う」

「そっか……」


 家も出る。学園にも来ない。遠い家に行くのであれば、もう彼に会うことはできないのだろう。

 気持ちがずんと落ちていく。昨日、彼の様子がおかしかった。きっと彼はこうなることをわかっていたのだろうか。……どうして話してくれなかったんだろう。

 話してくれなかったといえば、ルイスも同じだ。


「どうして、ルイスはこんなにもアルフの家のこと詳しいの? 噂が流れたのは今日なんでしょう?」

「僕は失踪事件について興味があって調べてたからね。エラ、資料もらっただろう?」


 エラは自分のカバンの中に入っている紙の束のことを思い出す。


「これ……」


 カバンから取り出して見せると、彼はにこりと微笑んだ。


「ありがとう。せっかく調べてもらったんだけど、無駄になっちゃったな」

「どうして失踪事件について調べようと思ったの?」

「大切な人が……エラが巻き込まれたら嫌だったからね。少しでも情報を得たかったんだ」


 そのとき、ルイスは眉を触った。……嘘を吐いた。ルイスは何かを隠している。


「すごいね。さすがルイス。……ねえ、ほかにどんなことを調べたの?」


 情報がもっと欲しかった。ルイスが隠している情報を。

 ルイスは気を良くしたのか、微笑みながら知ったことを話してくれる。


「アルフの両親が捕まったのは昨日の夜のこと。店の終わる間際の時間に警備隊が来たみたいだよ。だから、店にいた客たちによって噂が広められてしまったみたいだね」


 昨日の帰りには何もなかったはずなのに、朝には噂が広まっていたのは、その客たちから広まったようだ。店同士の情報網は確立している。学園には商家の子が何人もいる。きっとそれで学園の生徒たちも知ることになったのだろう。


「ルイスはそれよりも前にアルフの家が罪を犯していたことは知っていたの?」

「知っていたわけじゃないよ。僕が知るはずだった情報はエラが持っていたし」


 ルイスがまた眉を触る。どうやら、噂が広まる前からアルフの家のことを知っていたようだ。


「じゃあ、失踪事件が人身売買に繋がっていることは知らなかったんだ?」

「知らなかったよ。まさか人身売買なんてしていたなんて……正直ショックだよ」


 眉に触れた指先は離れない。ルイスは全てを知っていた。調べていたから知っていたのか、それとも……。

 顔を下げて、ぎゅっとスカートを握る。


「売られた人はどうなったんだろう」

「奴隷にされたり、闘技場で闘わされたりしていたらしい。怖い話だよね。魔族の国に行ったら、人間は玩具だ。送られた人が救われることを祈ってるよ」


 エラは顔を上げる。そして、まっすぐルイスを見た。


「ねえ、ルイス」

「なに?」


 ルイスは穏やかに微笑んでいる。そんな彼に言った。


「――どうして、そんなことまで知ってるの?」


 ルイスは、口を閉ざす。何か考えるように視線を巡らせると、眉を触りながら微笑んだ。


「僕は失踪事件について調べてたんだ。だから……」

「でも、失踪事件が人身売買に繋がってることまで知らなかったんだよね? どうして、売られた人たちがどうなったかまで知ってるの?」


 エラはゆっくりと息を吸う。そして睨みつけるようにルイスを見た。


「……もしかして、アルフの家の犯罪に関わってたんじゃないの?」


 ルイスは眉に触れる。


「そんなわけないよ。僕は学生だ。そんなことできるわけ……」

「ルイスは魔族でしょ。まだ魔族の国との関わりがあってもおかしくない。それに、この前見た集会……。あそこにいたのも魔族ばかり。……信じたくない。信じたくないけど……あなたがアルフの家に犯罪を犯すように唆したんじゃ……」


 ルイスが黙る。目を閉じて、テーブルの上で手を組んだ。


「違うよって言っても、信じてくれなさそうだね」

「じゃあ……」

「でもさ、エラ」


 ゆっくり目を開けると、彼は口元だけ微笑む。その目は笑っていなかった。


「――何がいけないの?」


 ルイスは大袈裟に息を吐く。


「はー。どうしてバレちゃったかな。エラって、たまに勘がいいよね。もしかして、それだけ僕のことを大切に思ってくれてるのかな?」


 茶化したような態度。とてもじゃないが、ルイスが許せなかった。


「ふざけないで! どうして、そんなこと……アルフやアルフの両親、働いてる店の人たちがこのあとどれだけ苦労するかわかってるの!?」

「わかってて、あの人たちは手を出したんだよ。わかっていて、犯罪に手を出したんだ」


 ルイスは微笑みながら言う。


「正確に言うと、僕が唆したわけじゃない。彼らにそうするように仕向けただけさ。いい商売があるよって。決めたのは彼らだ」

「どうして……」

「アルフの家は魔族の国の商品を売っている。魔族の国と交易している店は少ないからね。売れもするけど、魔族の国の商品だからって避ける人も多くいる。しかも、最近は魔族が人間を襲う事件も増えてきた。だから、買うのを避ける人も増えてきて、家が傾きつつあったんだ」


 たしかに、失踪事件が起きる少し前から、魔族が人間の子どもや女性を襲ったり、誘拐しようとしたりする事件がたびたび発生していた。この事件は失踪事件に関わっている可能性があると考えられていたが、そうではなかったようだ。


「どうして、そんなことをしたの……。ルイスが唆さなければ、アルフの家は人身売買なんて関わらなかったのに!」

「エラのためだよ」


 ルイスがにっこりと微笑む。


「アルフの家は経営が安定していなかった。それに、簡単に犯罪に手を出すような家だ。そんな家にエラを嫁がせたくなかったんだ」


 エラは信じられないというように首を横に振った。


「そんな……私のためって……そんなこと望んでない」

「君が望んでなくても、僕が望んだんだ。……君とアルフの婚約が破棄されることを」


 ルイスが目を細める。その目は暗く濁っている。笑えるような状況じゃない。だが、彼はそれは嬉しそうに微笑んでいた。


「よかったね、エラ。これで君は僕と結婚ができる」


 エラは思わず立ち上がった。


「わからない。あなたがわからないわ、ルイス。どうしてそこまで私に固執するの?」

「君を愛しているからさ。何もおかしいことはないよ」

「おかしいよ。ここまでするなんて、おかしいよ……」


 ポツリと、頬に雨が零れた。空から雨が少しずつ零れ落ちる。


「ルイス。もう私に関わらないで。……私、あなたが怖いの」


 ルイスは魔族だ。人間には理解できない考え方をしている。自分の望みのために誰かを貶めるだなんて……。もう、彼はエラが知っているルイスではない。


「怖がらないで、エラ。僕は君を幸せにしたいんだ」


 ルイスが立ち上がり、エラに近づいてくる。エラは一歩、後ろに下がった。


「近づかないで! お願いだから、もう私に関わらないでよ……もうあなたは私の幼なじみでも、何でもないわ。……あなたたんて、嫌いよ」


 ルイスは大きく目を開いた。ゆっくりと視線を下げていく。庭に生えている芝生は雨に濡れていた。


「だから、ルイス。あなたは……」


 ルイスは顔を上げると、エラの元に近づいてきた。エラは後ろに下がろうとしたが、その両肩を掴まれてしまう。


「エラ。僕は君のことが好きなんだ。愛しているんだ。嫌いだなんて言わないでくれ」


 顔を背けようとしても、ルイスが顔を覗き込もうとしている。その目が怖かった。暗く濁っている目が怖かった。


「君は僕の気持ちも知らないで、簡単に拒絶する。とてもショックだったんだ。エラ、僕の気持ちを知ってくれ。愛してる。……僕は、君を愛してるんだよ」


 ルイスはぎゅっとエラの両肩を強く握る。その力が強くて、エラは顔をしかめた。


「痛いっ」


 その言葉を聞いて、ルイスは手を放してくれた。エラは後ろに下がる。ルイスは感情的な表情をすっと消した。


「……エラを魔術で思い通りにできたらよかったのに」


 彼は雨に濡れた顔で微笑む。


「雨降ってきたね。寮に戻ろうか。じゃあね、エラ。……また明日ね」


 ルイスは寮に向かって歩きはじめる。その様子はいつも通りだった。

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