50:過去の結末
夢の中の風景の時間、それも刻々と過ぎて行っているだろう。
小さなルルカが去って行った、廊下の暗闇を皆が見つめていた。
そしてお爺様は、近場の椅子を引き出して、心労が溜まったったように腰掛ける。
「許してくれ……、これもお前の為なんだ……」
「どういう事……」
ルルカのそんな言葉を遮ったのは、ルーだった。
彼は暗闇から光の中へ出て、祖父のもとへと歩み寄る。
やはり歳を経ても、事前の知識があっても、幼いルーちゃんは、少ししっかりとした女の子という印象が強い。
ハチミツ色の髪は肩より長く、挿絵で見た、南国の淡い海の色の瞳、そして病気の為、あまり出歩けなかったためか、パジャマ越しに見る彼の体の線の細い。
「あぁ……」
魔法の光の下の彼は、後悔を残し別れてしまった友だちのままの姿だったので、嬉しさのあまり思わずルルカは声を漏らしてしまった。
そんな風に、皆の視線がルーに集まり、思い出の中のウイルドも目を見開き、小さなエルウィンの見つめている。
ルーが祖父の前へ出て、そして跪き祖父の手を取った。
思わず、エルウィンに目をやると彼は、複雑な表情を浮かべ笑い返す。
「どうか、お願いです。私にルルカのお薬を飲ませてください」
「それはできない」
祖父は苦し気に、首を振っている。
「何を、どこで飲んだのか、決していいません。私は……あの家の一番、上の兄として、妹たちの事を守りたいのです」
「すまない……。ルルカにはああ言ったが、この薬を君に飲ませられない理由は、他にあるんだ。あの子には家の為、結婚の約束を交わた少年がいる」
「えっ……、ルルカ結婚しちゃうの……?」
彼は驚きのあまり、思わず幼さが残る言葉を使う。
「まぁ、将来の話じゃよ……。まだしない。だが、相手が悪い……。
もし……あの子にヘイゼル特有の能力が発現していると知れば、あの家の者たちは必ず、そんな気はなくともルルカを使い潰そうとするだろう。
私にはそれが怖い……。せめて、フレットという少年が、あの子を守ってくれる存在なら……。
だが、それは今は誰にもわからない。
だから、今夜の事は私とルー、君と二人だけの秘密にしてくれないかね……?
公爵家の嫡男であるエルウィンが、こんな老いぼれを頼らねばならないほど、体調が悪いことが秘密なら、孫の秀でた力も等しく秘密にしなければならない。
それについては君たち自身の問題ではないが、新たな問題から君たち二人を守る事ができる。
だから、今夜の事は、私と君との秘密にしてくれないだろうか?……」
祖父は項垂れ、目の前の少女にも似た、少年にそう懇願していた。
「お爺……様……」
ルルカは口を押え、今にも零れ落ちる涙を必死に耐えている。
その両肩に、エルウィンとアンドリューが、優しく手をかけ、さすっている。
静かに目を閉じて、ふたたび開いた時、少年は言った。
「私は……薬を飲みたい」
その悲痛な願いに、祖父は二度頷いた。
わかるよ……と言うように……。
「そしてルルカの助けになる。
ルルカも、妹と同じように私の家族、決してそんないやな目には合わせない。
妹を見守るように、ルルカを見守ります。
ルルカの考えを一番に考えて、ルルカのしたい事をさせてあげる。
そのために力をちょうだい。ルルカのくれた力で、わたしはあの子を助けたい」
それを聞いてルルカは、エルウィンを見た。
そして彼の首へすがりつき、彼女の抱え込んでいた気持ちは、涙へと変わり、堰を切ったように頬を伝う。
彼女の背中を、騎士の卵と、大魔術師が黙ってさっている。
ルルカの見えない傷を、癒す様に……。
◇◇
錬金術同好会の部室。
月の隠れてしまっている今日、夕闇はすでに先を見るのも難しいほどに、闇の中にカサブランカを沈めている。
アンドリューから全てを聞いたゼロス先生は、珈琲を飲みながら、暗闇に沈んだ外の景色を見ていた。
えっく、えっく、と、大きなルルカは嗚咽を漏らす。
隣りに座るエルウィン、に肩を擦られながら、子どもの様……。
あの後の、ルーの様子をルルカは知っている。
ルーはその深夜から、高熱を出し、別れの日、窓の向こうからは彼女、いえ、エルウィンの熱に苦しむ足だけしか、見る事は叶わなかった。
窓枠の向こうから見える室内、彼は小さな唸り声をあげていて、心配だった。
それでも……、ばあやに手を引かれてルルカは帰って行った。
――なんて、薄情だったんだろう……。今更ながら、とても悔いが残る。
続く




