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Ⅵ. リグーリオ+予言魔法

 マキュリは、この間に母親達が帰ってきてはいないかと期待したが、先程と変わらず家の中はもぬけの殻だった。先程よりもアップルパイの香りは薄れており、時間の経過を感じさせる。


 広くもないが狭くもない家。しかし馬の体になってしまったマキュリには窮屈に感じてしまう。


 居間に案内されたリグーリオは椅子に腰かけた。マキュリはリグーリオに紅茶を淹れたコップを出してから、椅子をどかしてスペースを作り、そこに馬の足を折りたたむようにして座り込んだ。


「それで、」


 座りについてから初めに口を開いたのは、リグーリオだった。


「マキュリとネアス、で合ってたっけか。君たちのことも教えて欲しいな。」


 用心しているのか、リグーリオは差し出された紅茶にはまだ口をつけていない。


「わかった、話すわ。」


 マキュリは、この場所で普通に食事をしていたこと、突然身体が急激に熱くなり、上半身だけが飛ばされたこと、気付いたらこの身体になってしまったことなどを話した。リグーリオは終始ふむふむと頷きながら、静かにマキュリの話に耳を傾けていた。


「そして、ネアスのことなんだけど。」


 マキュリは振り向き、ネアスの方を見ながら言葉を続ける。


「たしかにネアスは悪魔だわ。尻尾の蛇が突然話し始めた時は私も頭が真っ白になったわ。それに当然、私も最初から信用なんてしなかったの。」


 ネアスはフンとそっぽを向く。


「けどね、私がネアスを信用したのには理由があるの。キッカケは、これね。」


 そう言いながら、頭のカチューシャから、一旦しまっておいた「夢想体現の槍」を再度取り出し、テーブルの上にゴトリと置いた。リグーリオは訝しげにそれを見つめる。


「これは、『夢想体現の槍』と呼ばれるもの。その名の通り、頭で思い描いた、いわばイメージを、そのまま現実にすることができてしまうものなの。」

「でもそれって、」


 リグーリオがずいと体を前のめりにし、翡翠色の瞳でマキュリの黄金色の瞳を真っ直ぐに見つめて言う。


「絶対魔法だよな。魔法律で禁止されているはずの。」


 リグーリオはやや強い口調でそう言った。


「えぇ、そうなの。魔法律では、絶対魔法は使用してはならないし、武器となるものの所持も禁止されているわ。けどね…。」


 マキュリは一度深呼吸をし、リグーリオの真っ直ぐな目を見つめ返して言葉を続ける。


「これが私を呼んだってことは、かなりの非常事態が起きているということ。魔法の天才の母さんですらも太刀打ちできないような、そんな巨大でどうしようもない何かの力が今、この世界を支配しているってことよ。」

「呼んだ…?母さん?巨大な力?……ごめん、言っていることがどういうことなのかさっぱり……。」


 リグーリオは見るからに困惑の表情を浮かべる。


「ご、ごめん、その…。大雑把すぎてわからなかったわよね。ちゃんと説明する。あなたと出会う直前にここで起こったことを。」


 そうして、マキュリは先程この家で起こった槍のことを事細かく説明した。リグーリオは腕を組み、困惑の表情を見せながらも黙って話を聞いていたが、マキュリが話し終えた時に1つの質問をした。


「……それで、そのどの辺がネアスを信用するに足ることになったんだ?」

「あっ、そうだった。」


 マキュリは槍の話に至るキッカケとなった、ネアスとのことについてをすっかり忘れていた。ネアスは深くため息をつく。


「この槍が現れる時、邪悪なものを排除してしまう力が発動するの。邪悪なものは灼熱の煙に耐えきれずに溶けて消えてしまうらしいわ。けど、ネアスは消えなかった。だから私は信用したのよ。魔法は嘘をつかないわ!」


 マキュリはキラキラとした瞳でリグーリオにそう話したが、リグーリオはますます顔を歪める。


「ごめん、でも俺はその様子を見たわけじゃないからやっぱり信用出来ないわ。まだこの紅茶に毒が入っていて、知らずに飲んで殺されるんじゃないかと思ってしまう。」

「疑い深いのね!まぁでも良いことよ。けど安心して。その紅茶には毒なんて入っていないし、殺す気なんてさらさら無いわ。殺す気ならさっきの魔物に襲われてる時に助けたりなんかしないわよ。」

「んぐ、たしかに……。」


 リグーリオは言葉に詰まる。


「ごめん、本当は正直わからないことだらけで、全然頭の整理がついていないんだ。なんでこんな状況になっているのか、俺の髪はどこへ行ったのか、頭に現れた目のような紋様は何なのか……。本当は全てが夢か幻なんじゃないかって。」


 そう言った後、リグーリオは俯き、目を閉じてしばらく黙り込んだ。マキュリは何かを熟考しているのかと思ったが、リグーリオの身体から魔力の波がゆらゆらと出てきていることに気がついた。なにやら魔法を発動させようとしているらしい。


「んな、何…?」


 マキュリはその魔力の強さに身震いした。直接脳内に魔力が流れ込んでくるような、非常に不快な感覚に襲われる。思わずテーブルに置いてある槍に手をかけて構えようかという頃、突然魔力の放出が止まった。


「あ…、ごめん。大丈夫。驚かせちゃったね。」


 リグーリオは顔を上げ、マキュリにニコりと微笑みかけた。


「何だったの今のは……?」


 マキュリは手に取った槍を、念の為掴んだまま離さない。すると突然、ネアスが口を開いた。


「お前今、精神干渉魔法を発動させただろ。」

「え……?」


 マキュリは驚いた。精神干渉魔法はその使用が禁止されているため、今まで精神干渉魔法を受けた事がなかった。そのため、今のような不快な感覚になるのだと、恐怖と共にその魔法への好奇心も湧く。


「さすが。悪魔にはわかられてしまうな。そう、今俺は君達が本当に信用出来るのかどうか、精神干渉魔法を使って確かめさせてもらったよ。」

「で、でも精神干渉魔法って禁止されているでしょう!受けたのは初めてだわ。ああいう感覚に襲われるのね。」

「君達だって、禁止されている絶対魔法を使っているんだ。これでおあいこだろ。これは俺達の秘密ってことで。」


 リグーリオはやや後ろめたそうに微笑むと、冷めきった紅茶のカップを手に取り、ゆっくりと飲み始めた。


「あれ…。紅茶、飲んでくれてるってことは…。」

「あぁ。君たちのこと、信じるよ。」


 リグーリオは真っ直ぐにマキュリの目を見てから、ネアスの方も見て言った。


「良かったわ!ありがとう!嬉しい!ねえネアス!」

「ふん。まぁ当然だ。しかしよリグーリオ。お前、やたら魔力が高そうだが、何者だ?」


 ネアスは赤い瞳を光らせてリグーリオを見る。リグーリオは持っていたカップをカチャリと置いて、口を開いた。


「俺は…町医者をやっているんだ。ここってノーヴェンだったよな。俺はここより少し南にあるエヴェンって町の町医者だ。」

「なるほど、お医者さんだったのね!どおりで魔力が強いわけだわ!精神干渉魔法のことも納得!」


 この世界では、対価は魔力として支払わられる。それは「魔給料」と呼ばれるもので、魔給料が高い職業は医者や国の仕事、教師などである。

 魔給料が高いと自然とその人自身の魔力は上がり、難病なども治せるようになる。また、医者はその仕事上必要な場合に限り、精神干渉魔法の使用が許可されている。精神病で苦しむ患者もいるため、その治療の一環として、使用が許可されているのだ。医者は日々治癒魔術の研究にも勤しんでいる。


 リグーリオは、エヴェンという町で町人達から慕われている医者であった。


「けど…。」

「けど…?」


 リグーリオはやや伏し目がちに言葉を続ける。


「俺、治癒魔法と精神干渉魔法しか使えないんだ。一般魔法、攻撃魔法、防御魔法は、使おうと思っても使えなくて。」


 マキュリは目をぱちくりさせる。


「使えないって…どういうこと?攻撃魔法は禁止されているからともかく、一般魔法と防御魔法は…。誰かから禁止されてるとかそういうこと?」

「いや違う。使えないってのは、できないってことだ。魔法を発動させようとしてもできない。発動させようとすると、まるで無限とは何かを考える時みたいな、理解できなくて何か黒い闇に吸い込まれるような、恐怖にも似た感覚になるんだ。治癒魔法とかは普通にできるのに…。」


 マキュリはどう言ってあげるのがよいのかしばらく沈黙して考えてしまった。それには理由があった。


 この世界では、人は皆、魔法が使える。人間以外の犬や猫、馬なども使える。ネアスのように喋ることのできない蛇であっても、魔法は使うことが出来る世界である。魔法は使えるのが当たり前の世界。


 魔法は「攻撃魔法」、「防御魔法」、「治癒魔法」、「精神干渉魔法」と、それ以外の日常的に使う魔法の「一般魔法」に分かれている。

 基本的には人は皆これら全ての魔法を使うことが出来るとされている。それがこの世界での「普通」。「当たり前」であった。


 だから、そのうちの2つの魔法が使えないということは、何かしらの難病か、あるいは何かしらの「呪い」など、曖昧な原因が思い浮かばれる。


 マキュリはその「普通では無いこと」を抱えた人物に、まずどう言えばよいか戸惑ってしまったのだ。


 そんな折、沈黙を破ったのはネアスであった。


「ま、何かしらの『呪い』かもな。」


 ニヤリと不気味に笑いながら言うネアスに、リグーリオは怯える。


「の、呪いってなんだよ。」

「そうよ、どういうこと?」


 マキュリもネアスに尋ねる。ネアスはリグーリオの頭上辺りを舌で指し示しながら言った。


「お前のその、頭に描かれた目のようなマーク。それこそがおそらく『呪い』の原因となっているものだろう。」

「あ、これ…?」


 リグーリオの額よりも上、通常であれば髪の毛が生えており地肌は見えない部位。そこには目のようなマークがあり、リグーリオの髪の毛が馬の尻尾と入れ替わり髪の毛が無くなったことで、それが露わになった。先程マキュリが貸した鏡を見た際に初めてその存在に気がついたのだ。


「このマーク、何なんだ?ネアスはこれが何か知ってるのか?」


 リグーリオは頭のマークをさすりながら尋ねる。


「そのマーク、見覚えがある。たしか、絶対魔法の『予言魔法』を使うことができる、唯一の民族のものだ。彼らはエルフだが、中でもその民族だけが、その絶対魔法を使うことができると聞いたことがある。その民族の名はたしか『ティス族』。そのティス族の紋章が、その頭のマークと同じものだと思われる。」


「えっ。」

「あなた、そのティス族の1人なの?」

「え、い、いや……?」


 たしかにリグーリオの耳は先端がやや尖っており、中途半端なエルフの耳といった形になっている。


 リグーリオは戸惑いを隠せないようであった。しばらく大きく目を見開き固まっていた。


「お、お~い?」


 マキュリがリグーリオの顔の前で手を振ってみせると、リグーリオは我に戻ったか瞬きをばしばしと忙しなくさせていた。


 しばらく何も言わず沈黙していたリグーリオだったが、ゆっくりと溜息を吐き口を開いた。


「…実は俺さ、小さい頃の記憶がまるで無いんだ。両親の顔も知らない。気がついたら一人で、それが当たり前として受け入れて生活してた。いつ産まれたかとか知らないから、自分の年齢もわからない……。ただ、誰かが『リグーリオ』って呼んでいた記憶だけはあって、それが自分の名前なんだと思ってリグーリオって名乗ってきた。……本当の名前は違うかもしれないけどな。」


 突然の告白にマキュリは驚き戸惑った。またしてもどう言葉を返していいかわからない。複雑すぎるのだ。マキュリには今まで出会ったことの無いような人物であった。


「……その、もしかしたらご両親がどこかにいるかもしれないわね。そうだったんだ……。」


 やっと言葉をかけることはできたが、マキュリは俯く。我ながら下手くそな返しだと思った。しかしリグーリオはにこやかに笑みを見せた。


「あ、別にそんなに気にしなくていいんだ。俺にはこれがずっと普通のことだったから、今更どうも思ってないよ。……けど、ネアスの言ってることが本当なら、俺のこと、もっとしっかり知れるかもしれない…。自分が何者でどこで産まれたのかとか、全く知らずにこの世を去るなんてことはやっぱり嫌だからな。」


 自分が何者かもわからず、親の顔もわからずに、この世を去ることを想像してしまったマキュリは、深く暗い穴に落ちるような感覚に陥った。そして同時に、リグーリオの力になりたいとも強く思った。


「なら、私達と一緒に行きましょう。私はいなくなってしまった家族や身体を探しに、あなたは自分についての手がかりとその自慢だっていう頭髪を探しに!」


 差し伸べられたマキュリの手を、リグーリオはもう躊躇わずに握り返す。


「あぁ。この世界がどうなっちまってるのかも探る必要があるしな。もし元に戻るなら戻って欲しい。自分の髪のためにも。」

「そうよね!まずこの世界がどうなってしまっているのか、わからないままで終わらせたくないわね。……あ、ネアス、あなたは自分の身体と、他に探してるものって何かあるっけ?」


 マキュリは振り返りそうネアスに問うと、ネアスは遠くの山を見るような目付になり、質問に答えた。


「俺にはな、主がいるんだ。強力な魔力を持った素晴らしいお方だ。自分がこの姿になる前は一緒にいたんだ。だから俺は自分の身体と、我が主を探す。」

「なるほど、そうなのね。」


 ネアスが話し終えると、マキュリは両手をパンッと叩き、勢いよく言い放った。


「なら、早速明日の早朝すぐ出立よ!……で、まずどこへ向かおうかしら。」

「それなら」


 リグーリオが手を挙げた。


「俺の元いた場所へ行きたい。エヴェンの町だ。まだ治療中の患者さんたちもたくさんいたんだ。心配でならない。……いいかな。」

「もちろんよ!それは心配ね。そうしましょう。」


 話し終えてから、マキュリは自分の部屋のベッドをリグーリオに貸した。マキュリは馬の身体でベッドには入れないため、自分の部屋の床に座って眠りについた。


 馬の身体の美女と尻尾の蛇、スキンヘッドでポニーテールの青年の、奇妙で過酷な物語が今、始まったのだった。








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