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Ⅶ. ライオン+シマウマ

 翌朝。早朝。冷え込んだ空気が身体にまとわりつき、毛布からなかなか出られない。陽はまだ昇ってはいないが、空はやや明るくなり始め、静寂の中にも一日が始まる世界の鼓動が聞こえてくるようであった。


 皆は突然起こった一日の出来事や、これから何が起きるかわからないという不安からしばらく眠りにつくことができないでいたが、日を跨いでから数刻の後、眠気の限界が来て気がつけば眠っていた。


 午前5時頃の時点ではマキュリ、リグーリオはまだ眠っていた。リグーリオは夢でも見ているのかむにゃむにゃと寝言を言っている。


 しかし静寂が支配する中、少しのざわめきも聞き逃さず、目を覚ましていたのはネアスであった。


「おいお前ら、起きろ。」


 ネアスは2人を起こそうとする。


「んん……?どうしたの、ネアス……。」


 マキュリはゆっくりと目を開けて目を擦る。


「もう少しで着くから……ムニャ……。」


 リグーリオはそんなまぬけな寝言を言っていて起きそうになかった。


「おいマキュリ。リグーリオをすぐに起こせ。」


 状況はすぐには理解できなかったが、マキュリは言われるがままゆっくりと立ち上がり、ベッドの上で大の字に寝ているリグーリオを揺する。


「リグーリオ、起きて。」

「……んん?どうしたんだ……。」


 寝起きのガラガラ声でリグーリオはそう言い、なんとか上半身を起こした。

 まだ眠りの世界から完全に戻って来れていなそうな2人を見て、ネアスは真剣な声で言う。


「いいか。今すぐこの家を出て南の方角へ向かえ。何かが北側から来ている気配がする。」

「「えっ。」」


 マキュリとリグーリオの声が重なる。そしてすぐさま部屋を出ようとしたが、慌てたリグーリオは布団が足に絡まり体勢を崩してベッドから転げ落ちた。


「大丈夫?もう何やってるのよ!ほら行くわよ。」


 マキュリがリグーリオに手を差し伸べ、なんとか立ち上がる。


 急いで家を出ようと扉を開けた時だった。


「ガラルルル……。」


 家から見て北の方角。林が生い茂っているその先から、それは聞こえた。

 ザザザザザ!と何かがこちらへ走ってくるような音と共に、何か獣らしき生物の唸るような声が、次第に近づいてくる。


「何かわからないけど、逃げるわよ!」


 マキュリは身を翻し、颯爽と南側へ向かって走り始めた。

 しかし自分の馬の蹄の音しか聞こえないことに違和感を覚え、後ろを振り返る。

 一緒に走っていると思っていたリグーリオが、家の目の前でただ立ち尽くし、動けないでいたのだ。


「んな!何してるのよ!早く!」

「あ…あ…。」


 リグーリオは林の声のする方を見たまま足がすくんでしまい動かない。

 もう林の何かは目と鼻の先まで来ているようだった。マキュリは急いでリグーリオのところまで戻り、腕を勢いよく掴んだ。


「私に乗って!」


 マキュリに勢いよく腕を掴まれたことでリグーリオはハッと我に帰った。マキュリはリグーリオが乗りやすいように身を低くし、リグーリオは慌てながらも必死に馬の背に乗ろうとした。


 その時、

「ガララアァゥォ!!!」


 林の中からそいつは飛び出してきた。それが何かも目で確認できないまま、本能のままにマキュリは体勢を立て直して走り出し、リグーリオは落ちそうになりながらも必死にマキュリの馬の背にしがみつく。


 もはや後ろから何がきているか見られず、必死に走った。


「もっと早く走れ!追いつかれるぞ!」


 唯一後ろを見て冷静にいられるのはネアスだ。ネアスはシャーと大きく口を開け、鋭い牙を剥き出してそれに威嚇をしている。


「やってるわよ!ねえ!ちゃんと見れないんだけど、何が追いかけてきてるの!?」


 マキュリは走りながらネアスに問う。


「頭がライオン!そっから下の身体はシマウマだ!」

「えぇ……だいぶ正反対な組み合わせ……。んもう!同じ馬だったら走るの負けてられないわね!!」


 マキュリは走る速度をできる限り速めた。

「ほんとか……?」

 リグーリオは必死にしがみつきながら、恐る恐る後ろを振り返ってみる。かなり身体に力を入れていないと背中から転げ落ちそうだった。


 後ろから追ってきているそれは、確かに頭部がライオンで、首から下がシマウマの奇妙な姿をした生物だった。ライオンの顔がものすごい形相で向かってくる。リグーリオは咄嗟に顔を前に戻した。さすがは百獣の王、目を合わせただけで目の前に「死」が見えるようであった。


 そしてリグーリオはふと思った。


「な、なぁ。マキュリのその『夢想体現の槍』とやらで何とかならないか?」


 言われてマキュリはハッとした。


「確かに!ちょっと待って!」


 マキュリはカチューシャにしまっておいたその槍を取り出した。そしてとあるイメージをその槍に吹き込む。

 その途端、後ろを追いかけてきていたそれの速度が急激に緩まった。


「ガルルア!!?」


 身体が自分の思うように動かない様子のその生物は、怒りで更に恐ろしい表情となる。


「やった!動きを遅くする魔法よ!さてどうしようか……。」


 マキュリは走っていた足を止め、ゆっくりと身を翻してその生物に正面を向ける。ライオンの頭部にシマウマの身体。なかなかどうして奇妙な見た目だなとマキュリはしげしげとそれを見つめる。


 ずっとマキュリの馬の背中にしがみついていたリグーリオは、やっと身体の力を緩めて体勢を整える。呼吸も乱れていたため、一度大きく深呼吸する。


「ねえネアス、どうしましょう。」

「ん~そうだな……。んっ?」


 ネアスが何かに気がついたように首を西の方向に向けた。マキュリ達もつられてその方向を見る。

 また別の何かが生い茂った草むらの奥からこちらに走ってくるようであった。

 頭部がライオンのその生物も、その何かに気が付き、そちらの方を見てグルルと喉を鳴らしている。


 数秒後、ザザザザ!と草むらをかき分けて何かが飛び出して来た。


 その瞬間、頭部がライオンの生物が、ゆっくりと大きく口を開けた。そして飛び出してきたそれに、タイミング良く噛み付いたのだった。


 マキュリの魔法で動きが遅くなっているにも関わらず、本能なのかしっかりと噛み付き、血飛沫が上がった。


 突然の出来事に、マキュリ達は呆然としていた。そして、マキュリは口を覆い、目を大きく見開き、その光景から目を逸らした。その光景は、吐き気をもよおすものだったからだ。


 その獅子に噛み付かれたそれは、上半身がカエル、下半身が人間のものであった。噛み付かれた部分は上半身のカエルの首の部分で、はじめはバタバタと抵抗していたが、噛み付く力を強めると、一気に動きが鈍くなり、最後にはぐったりしてしまった。


 リグーリオも衝撃の光景に言葉を失う。


 しかしライオンは、動かなくなったそれを食べるなどせずに吐き捨てた。やはりカエルの肉はライオンのご馳走では無かったらしい。しかし、吐き捨てた後、下半身である人間の部分にかぶりついたのだった。


「ううううわぁぁぁ!!」


 リグーリオは思わず大声を上げてしまった。が、そのライオンは肉を引きちぎるのに夢中になっている。


「んな、マキュリ!なんとかならないのかあれは!」


 リグーリオにそう言われ、込み上げてくる吐き気をぐっと堪えて前を見たマキュリは、更に恐ろしい目の前の光景に、再び吐き気をもよおし、その場にへたりこんでしまった。


 ただこの悲惨な状況を見てるだけしかないのか...!

 リグーリオは強く唇を噛み締める。


「俺にも攻撃魔法があれば……!」


 自分の無力さに嘆きその場に立ち尽くしてしまったリグーリオと、へたりこんで動けなくなってしまったマキュリを見て、この冷静な蛇の頭は大きなため息を一つついた。


「は~……。人間って、やっぱよえーな。」


 次の瞬間、ネアスは目から黒い波動のようなものを放った。その波動はライオンへと届き、一瞬のうちにそれは石のように固まり動かなくなってしまった。


「へ……?」

「ぼさっとすんな。リグーリオ、お前、そのカエルみたいな生物の蘇生はできるか。」


 突然のネアスの行動にまたしても固まってしまったリグーリオだったが、ネアスにそう言われた次の瞬間には、医師としての顔つきになっていた。


「損傷がひどすぎるからどうだか……。けど、やれるだけやってみる。」


 そう言うと、リグーリオは慣れた手つきで脈、損傷部位の確認を行い、損傷部位に手を当て治癒魔法を行使した。脈はほぼ感じられなかったが、高い魔力の者が治癒魔法で治療を施すと息を吹き返すことがある。かなり低い確率ではあるが。それでもリグーリオはひたすら自分の魔力を吹き込んでいく。先程までの無力なリグーリオでは無くなっていた。


「すごい…。」


 その真剣なリグーリオの様子に、ようやく吐き気も治りよろよろと立ち上がったマキュリは呟いた。


「わ、私……何も……。」


 ぶわぁと目から大粒の雫がこぼれ落ちていた。

 なんて無力なんだ。マキュリは心の中でそう思った。絶対魔法という圧倒的な力を持ちながら、目の前の現実に怯んでしまい何もできなかった。


「その槍の絶対魔法は、イメージを実際に形にするものだろ。多分お前はさっき、このままだと確実にあの蛙人間は死ぬと想像してしまっただろう。その槍を握ったまま。それが危うくそのまま現実になるところだったんだ。だから俺が手を貸してやった。感謝しろよ。」

「え……。」


 ネアスの言葉に、マキュリは眩暈がした。この槍における絶対魔法は、今までその魔法を使いたい時にしか発動しないものだと思っていたからだ。しかし、ネアスの言葉が本当であるならば、無意識下で強いイメージをしてしまった場合にも勝手に魔法が発動されてしまうということなのだ。


「無意識のうちに……私、自分の魔法であの蛙人間を殺してしまうところだったってこと……?」

「そういうことだ。」


 マキュリはカチューシャにその槍をすぐさましまいこみ、両手で顔を覆って俯いた。


「だから、あまり無闇にその槍を持たない方がいいし、お前の心を強くする必要もある。それが『絶対魔法』というやつだ。なぜ所持も使用も禁止されているのか、分かったな。」


 ネアスは冷たい声で淡々とマキュリにそう言った。マキュリは俯いたまま小さく頷いたのだった。





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