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Ⅰ.平和+異変

 とある晴れの日の昼下がり。

 青紫色の長い髪。少し癖っ毛。前髪はかきあげられ、銀色の造形の美しいカチューシャでまとめられている。絹のように滑らかな白い肌が、日の光で美しく煌めいている。誰が見ても美しいと言うであろう容姿のその娘は、自分の部屋の机に突っ伏して眠っていた。


 ゴトリ──。

 突然、木造の家の壁に何かが当たる鈍い音がした。

 その音でマキュリは昼寝から目を覚ました。外の様子を見ようと座っていた椅子から立ち上がったところで、台所にいた母親に呼ばれた。


「マキュリ〜!ちょっと手伝ってくんな〜い!」

「はーい!」


 大きいわけではないが、温かみのある木造二階建ての家屋。マキュリの部屋は一階にあり、部屋を出て左へと進み、狭い廊下の突き当たりにある台所へと向かった。眠い目を擦り、呼ばれるがまま台所に向かう頃には外の音のこともすっかり忘れていた。 


 台所では、青紫色の綺麗な髪を一本に束ね、長袖を捲くしあげ気合の入っている様子の母親、ヴィオラ・ロゼリが立っていた。その横顔は、娘のマキュリも思わず見惚れてしまうほど美しい。今日はなにやら髪に綺麗な青紫色の花「ビオラ」が一輪付けられていた。

「可愛いでしょ?庭に咲いていたのを、一輪ちょっとね。似合うかなと思って。」

 少し照れくさそうにヴィオラは言う。マキュリは大きく首を縦に振った。

「とっても素敵ね!似合ってる!」

「ありがとう!あ、ごめん、そこの林檎3つ、切ってくれない?」


 真っ赤に燃えるような色に染まった林檎が大きな木のテーブルの上にゴロゴロと置いてあった。艶が出ていて少しヌルヌルしている。そのヌルヌルは「油あがり」と言われ、熟していて食べ頃のサインだ。そのまま齧り付きたくなる衝動を必死に抑え、マキュリは包丁を手に取った。

 慣れた手つきで林檎を四当分し、皮と芯を取る。さらにイチョウ切りにし、溶かしたバターと溶いた卵黄を塗っていく。

 アップルパイ作りだ。

 マキュリは焼き上がったところを想像し、思わず涎が出てしまいそうになる。

 ヴィオラは生地の準備を済ませていた。生地に切った林檎を丁寧に並べていく。そして、台所で一際存在感を放っている石窯へと放り込む。あとは出来上がるのを待つだけだ。


「母さんなら、わざわざ生地を練ったり、私に手伝わさせなくても、あっという間にアップルパイなんて作れちゃうんじゃないの?」

 ヴィオラは超強力な魔法の使い手である。マキュリは素朴な疑問を投げかけた。

「ま〜、できなくはないけど?料理って、作る過程を楽しむものなんじゃないかな〜って思うのよね!」

 ニコッと美しい顔で笑う。

「それに、マキュリ。今日はあなたの盛大なお祝いなのよ?腕によりをかけて作らないとね!」

 そう言ってヴィオラは腕を曲げちからこぶをつくってみせる。


 そう。今日はマキュリのお祝いなのだ。誕生日などでは無い。


「今年のレガロ魔法学校優秀生徒ランキング1位。本当におめでとう!」

「ふふ!ありがとう!本当に嬉しい!今まで本当に頑張ってきた甲斐があったわ…。私、これからも頑張るわね!」


 魔法学校。文字通り魔法を学ぶ場所である。

 マキュリ達の住んでいるここノーヴェンという都市は、ヴァールという国の北側にあるやや大きめの都市で、魔法学校が至る所に点在している。その中でも優秀な生徒が集まるここレガロ魔法学校では毎年、年度の最後に優秀生徒ランキングというものが発表される。

 それは一学年毎ではなく、全学年の中で最優秀生徒が決められるというものだった。1年間の授業態度や毎回の試験結果、また魔法をどれだけ人のために役立たせ、生活の一部として取り入れられているか、などが評価基準となる。この学校は6年制で、基本的には毎年、6年生の誰かが1位に選ばれる。しかし、マキュリは今年2年生。20歳になりたてである。2年生が1位に輝くのは非常に稀なことで、マキュリという人物がどれだけ強力な魔力を保持し、頭も優れているかを物語っていた。


「でも私、元々魔力が強いから、これは完全に母さんからの遺伝のおかげよね。私、母さんの娘で良かったって思えるもの!」

 マキュリは、美しく強い母親をとても誇らしく思っている。


「兄さん、出来上がるまでに帰ってくるかな〜。そろそろ仕事から帰ってくる時間よね。あと、やっぱり父さんとも一緒に食べたかったな〜。」

「まぁ父さんは長期出張だから仕方ないわ。ゼクトはそろそろ帰ってくる頃ね。ゼクトが一生懸命日々働いて職場から貰ってくる美味しいリンゴを使っているんだもの!ゼクトがいないと始まらないわね。」

 ゼクトは、マキュリの双子の兄である。学校には通わず、町工場で仕事をしている。

 父親のアクトは、一ヶ月前に長期出張に出て以来帰って来ていない。


 今日はお祝いという特別な日。アップルパイ以外にもヴィオラは様々な料理を用意していた。

 今朝市場で売っていたという、採れたて新鮮の川魚、ドロス。見た目は全体が鶯色で、胸鰭から尾鰭に向かって黄色い線が一本伸びている。名前のインパクトとは打って変わって、味は淡白で非常に上品なものだ。なぜこのような名前がついているかは専門家に聞いてみないとわからない。そんなドロスの塩焼きと香草焼きの二種類が用意されていた。マキュリは大のドロス好きであるから、ヴィオラが今朝早く市場に出向いたそうだ。


「ドロス〜!嬉しいわ!食べるの久しぶりね!全魚の中で1番好きと言ってもいいくらい、ドロスが大好き!私も川でドロスの一本釣りとかやってみたいな〜。それでそのまま川沿いで焼いて食べるの!」

「あっはは。良いわね。けど、ドロスの生息している川には一般人は立ち入り禁止よ。恐ろしい魔物がいるとか。たしか〜、とても巨大で、見た目はロブスターみたいな大きな頭と爪を持っていて、目は7つくらいあるとか。ほんとなのかしらね、まぁ私なら魔法で一発で倒せちゃうだろうけど?生態系を壊しかねないわね。」

「そうよね。恐ろしい魔物だとしても、その川の他の生物たちと共存して生きている。その魔物がいなくなることでドロスが絶滅なんてしちゃったら…。そう考えると、ドロス漁をしている人たちは本当にすごいわ。今日もこの絶対美味しいドロスを、感謝して味わって食べないとね!」


 その魔物も、見た目がロブスターの様であれば、もしかしたら食べたら美味なのではないかとマキュリは一瞬妄想したが、ブンブンと首を横に振ってその思考を消し去った。


 アップルパイが順調に焼けてきているのか、台所には甘く柔らかい香りが立ち込めてきた。

「キョエェ!!」

 突然マキュリの背後から鳴き声がしたと思ったら、ロゼリ家で飼っている鳥のような生物だった。

「ファクト!あなたもお腹が空いたでしょう!あなたアップルパイ大好きだものね!」

 ファクトと呼ばれるその生物は、一見首の長い青い鳥に見えるが、嘴は無く、トカゲのような顔である。ずらりと鋭い歯が並んでおり、恐竜のようにも見える。

 マキュリ、ヴィオラ、ファクトは、お腹を空かせゼクトの帰りを待っていたが、仕事が長引いているのか、アップルパイが焼き上がる時間になっても帰ってこなかった。


「遅いわね〜。私たちで先に食べちゃいましょうか!せっかくの料理が冷めるわ!」

 ヴィオラはそう言い、テーブルに手際よく料理を並べて整えた。

「いただきます!」

 マキュリは元気な声でそう言い、すかさずドロスの塩焼きを取り分けて口に運んだ。

 それはそれは美味で、幸せそうな唸り声をあげていた。ファクトも真っ先にアップルパイめがけて飛んでいき、切り分けられた一片を貪るように食べていた。その様子をヴィオラはニコニコと見守っていた。

 このたまらなく幸せな時間がこの先も続くと、そこにいた誰もがそう思っていた。


 この瞬間までは。

 

 食べ終わった皿を片そうと立ち上がった時だった。

 マキュリは体が急激に熱くなるのを感じた。熱い、熱すぎる。

「なんか、急に熱くなっ…。」

 言いかけた瞬間、身体から炎が出るかのような猛烈な熱と、何者かに身体を引き裂かれるかのような激しい痛みに襲われた。

「てっ───────」

 マキュリは理解ができなかった。いや、理解する間も無かった。


 ジリリ……ジュアッ……!!!!!!!!!!!!!!!!


 何かが焼けるような音。

 それと共に、自分の視界が今まで見ていた景色から遠ざかっていく。


「!?!?!?!?!?!?」


 信じられないものが見える。遠ざかる景色に、自分の下半身だけが取り残されているのだ。つまり、上半身だけが吹き飛ばされている。


 そして一瞬、母ヴィオラの顔面だけがどこかへ飛ばされていくのが見えた。


 マキュリは激しい熱と激痛から、なにも思う、考えることすらできず、飛ばされていく中で意識を失ったのだった。




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