報告-17の月、8日、1枚目
思い出すことと、これからを考える事
サクラは実験を重ねながら、出されていた宿題に取り掛かる。
ゴッセやコッヘルが王族としてではなく、一市民として暮らしていける国であり、ホプキンスを始めとする西の国の人々が出来る限り穏やかに過ごしていける国にするには、これから何を整えていくべきかを提案しなければならない。
――――全てを実現させるほどの提案でなくても良いとは言われている、けれど。
王となった人物に全てを委ねることも、その寿命が尽きるまで決定権を握ることもない国に生まれ育った人間として、記憶の限り提案していくのが、今のサクラの存在意義だと感じる。
スティーブンに作ってもらった大きな一枚の紙に、単語を思いつき限り記入していく。
魔術として成り立ちそうな単語を、別の小さな紙に魔力を込めて記入し、ペアンに具現化してもらっている。
そんなサクラの姿をテーブルの反対側に座って眺めているペアンが口を開く。
「しかし、サクラは器用だな」
「?・・・器用と言いますか、一つのことに集中する力がないんですよ」
「なるほど、物は言いようか」
「そんなものです。それに魔術に関してはペアンくんにまかせっきりで、私は思いついた漢字を書いているだけですからね」
そう、サクラは『漢字に魔力を込めると何かが起こる』ということは理解出来た。
熱、火、炎、延焼、氷片、水滴、水柱、溢水、旋風、微風、冷風、温風。
必要としている現象を正しく表現できれば、予想通りの魔術が展開されるのだ。
「サクラの魔術は展開するまで予想がつかないから面白いものだ。新しい知識だな」
「ふむ。知識の魔物であるペアンくんにとってはいい栄養分になっていますか?」
「あぁもちろんだ。汝の知識は刺激的であり、悪意がなく清々しい。人間でいうフルコースのような楽しさが続く」
「それなら良いのです。では、これはどうでしょう?ひらがなが入っているのですが"ぬるま湯"という、人間の体温くらいの温かい水が出てくると思います」
サクラから渡された紙に、ペアンが魔力を込めるが何も出てこない。
不完全な魔術の織が淡く光って消えただけだった。
「ふむ・・・発動には何かが足りないようだ」
「分かりました。他を試します」
発現するのは漢字のみなのか、条件設定が甘いのか、そもそも言葉の選択が悪いのか。
制度を思い出しながら、どんな単語であれば魔術となるのかを選んでいる。
サクラとしてはひたすらに思いついた言葉を書いていくだけだが、実は魔力が削られているそうで、ペアンが適当なところで休憩を挟んでくれる。
「サクラ、そろそろお茶にしよう」
「あら・・・それでは朝届けて頂いた牛乳で、ミルクティーを作りますね」
サクラは顔を上げて、紙を裏返す。
途中になってしまった考え事は、一度頭の中から抜くことにしている。
もう一度椅子に座ったときに、新しい視点が生まれることがあるからだ。
大きく伸びをして、厨房に向かう。
「あぁ・・・そういえば、サクラは城の者から受け取った書籍は読まないのか?」
「あれは読むためではなくて、スティーブンさんから貰った白本を隠すために借りた本ですね。ひたすらに書き物をしたくて、ペアンくんからスティーブンさんにお願いしてもらった本ですが、もし見つかれば、検閲されたりすると考えましたので」
「ふむ、まぁ余計な詮索はされるかも知れん。内容は日記か?何を書くんだ?」
「皆と西の国に戻ってから行う政の基盤を、私の知識で作ってとのことでしたので、それぞれの分野でメモをしています。今後企画書や計画書になるものですね」
「七冊なのは、アイツらに渡すからか」
「はい。私の分と彼らの分ですし、それぞれの性格や好みに合わせて、分野別にもなっています。執務室に置いて、お互いの報告も足して良ければいいなぁと考えています」
サクラは小鍋に牛乳を入れ、火にかける。
煮立つ直前で火を止め、茶葉を投入し蒸らす。
その横でペアンは砂糖や蜂蜜、お菓子を準備している。
「その知識は我には見せないつもりか?」
「?・・・あぁ、ペアンくんもいつでも見てください。というよりも、魔法をかけておいて、追加されればいつでも分かるようにしておけばいいのではないでしょうか?」
「我をこの本とつないでおけと?」
「繋ぐという表現が適切か分かりませんが、私の持っている記憶の中で、ペアンくんが楽しめるものは見て貰っていいのですよ。その上で、皆から貰った意見を書き足して新しい方針を加えたり、ペアンくんのご意見も貰えれば、さらに良い知識になります。どんな知識でも使われ無くなれば、結局廃れて忘れられていくだけです」
「ふむ・・・我の城に自動的に複製されるようにしておこう」
「出来るんですね。魔術ってすごい」
「これは魔物だから可能な魔術だ。人間にはほとんど出来ない」
「トレス機能、記録媒体」
「何か言ったか?」
テーブルにカップを運んだペアンは振り返り、サクラに問う。
小さく手を振ったサクラは、茶こしを通した牛乳をティーポットに注ぐ。
「いえいえ、あっ、お茶が出来ましたよ。飲みましょうか」
「うん。・・・ありがとうで良いんだったか」
「・・・そうですね。どういたしまして、とお返ししますね。美味しく出来ていると良いのですが」
「サクラが作る物は何でも美味しいさ」
「ありがとうございます」
「・・・何も受け取っていないのに、ありがとうというのか?」
「美味しいと誉めていただいたので、私が嬉しい気持ちになりました。誉めてくれたことに感謝して、嬉しい気持ちをお裾分けしたくて、ありがとうと伝えたのです」
「ふむ。そうすると我はどういたしましてと答えるべきか」
「そうですね。この場合はどういたしましてと言わない人も多いでしょう。笑うだけで何も言わない人もいます」
個性とマナー違反の線引きは難しいとサクラは思う。
本人のキャラクターを周りがどう捉えるかで、評判が変わってしまうこともある。
ミルクティに口を付けながら、ペアンは眉をひそめて話す。
「人間の貴族たちは着飾った女を見ると、誉めなければならないだろう。あの一連の会話に鳥肌が立つ」
「そんなマナーもありましたね。そこは、この後の予定がうまく行くように、笑顔で会話を始めるための、ちょっとした仕掛けだと諦めてください。適切な誉め方をされて、嫌な気持ちになる人はいません」
「サクラのいう誉め方は『適切』の部分が重要なのだろうな」
「もちろんです」
身分の差を制度でなくしたところで、人々の意識の中にはしばらく残るだろうとサクラは考える。
互いにいがみ合うよりも、当たり前のことを認め合って、感謝して暮らしていけるようになったら、良い国になると思うのだ。
「ご馳走様でした」
お茶菓子と紅茶がなくなったところで、サクラは魔力を切った状態での書き物を再開する。
魔力切れの後にポーションを飲むことを繰り返すと、体内の魔力の限界量が増えるとのことで、一度使い切って、ペアンに魔力を少し補充してもらった。
ペアンが人間の姿でじっと見ているのが少し恥ずかしくなったサクラは、ペアンに猫の姿に戻ってもらい、交換条件としてサクラの膝の上で丸くなってもらった。
ペアンはサクラに接していることでも知識を見ることが出来る為、あまり抵抗せず膝の上に乗る。
そして、いつしか眠ってしまう。
ペアンを起こしたくないが、生理的欲求を我慢できなくなったサクラが、ペアンをたたき起こすまで、あと二時間。
最後の穏やかな日々。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
連日23時アップ予定です。




