報告-17の月、7日、ペアン
幽閉二日目
サクラが珍しく深く眠っている。
寝坊などしない者であるが、慣れない環境に疲れが溜まっているのかも知れない。
少し眠らせておこうと時間を把握したところで、巡回の時間が近づいていることに気が付く。
起こすのもかわいそうだからと、彼女の姿に擬態する。
ゆっくり眠れるよう、厨房を隠しておいた。
所定の時間に所定の場所に座っていれば、侍女が食事を持ってきて、騎士が王女の存在を確認する。
会話をする必要はないし、体を動かす必要もない。
念のため、声も真似ておこうと調整する。
彼女が万が一起きても、こちらに来られないようにしてあるから安心だ。
コンコン
ノックはされたが、こちらの返答を待たずにドアが開く。
準備は出来ていたので構わないが、礼を失している。
まぁそれは昨日も同じ調子だったので、規則だと思うことにしている。
「おはようございます。食事を置いておきます」
侍女の声掛けには応えず、料理を一瞥する。
昨晩の食器は軽く水洗いして、テーブルの端に置いてあるので侍女が回収する。
騎士にも視線を合わせ、微笑んでおく。
気まずそうに視線をずらしたのは、敵国の王女だからなのか、幽閉を申し訳なく感じているのかは判断がつかない。
サクラが興味を持たないし、新しい知識を持っているようにも見えない為、我も興味はない。
二人は一礼し、部屋を出て行った。
鍵を閉めていないように思えたが、罠かも知れないので、内側に侵入防止と防音の魔術を展開しておく。
外からは開けられず、音が外に漏れることもない。
サクラの元に戻ると、まだ眠っていた。
「サクラ、まだ眠るか?」
「ほわっ、アラーム鳴りましたっ?遅刻ですかっ?」
「サクラ・・・珍しく深く眠っていたので、君の姿を借りて対応しておいたよ」
「あ、本当だ。私が二人に見えますが、声がペアンくんなので、きも・・・不思議な感じですね」
「うむ。可愛らしい姿であるが、残念だが解除しよう」
「ぜひとも解除してください。着替えてから、朝食を準備しましょう」
「食事と昨日頼んでおいた侍女用の服が届いているぞ」
「あぁ助かりますねぇ。動きやすそうです」
「着替えている間に食事を厨房に運んでおくよ」
「はーい」
ゴソゴソと着替え始めるサクラは、こちらのことを意識していないからか、潔く服を脱ぐ。
何度言っても気にしないので、ゴッセがとうとうメッツェンの口調を真似て注意するようになった。
――――あたくしが恥ずかしいと言っているのよ!
魔物は一個体が完成した形で生まれ出でている。
幼少期の姿はなく、急に世界に立っている記憶から始まるのだ。
妖精は成長過程があるが、人間よりも長命であるため、ウィスカーも非常に長く生きているはずなのだ。
魔物と人間が家族になるなどという話はあまり聞かないが、人間から差し出される対価が尽きるまで、生活を共にする魔物がいるのは確かだ。
我は人間の振りをして、仕事や人間関係というものを経験したことがあるが、あれは家族とはまた違うものだろう。
サクラに出会うまで、愛し子という存在は理解出来なかった。
その存在と共に身を滅ぼした魔物もいる。
魔物は自分では死ねず、すぐに生まれ変わってしまう。
他者から滅ぼされれば、消滅し生まれ変わることはなくなるが、大きな魔力の差があるため人間には難しい。
また消滅の瞬間に魔力の暴発が起こるため、トドメを刺す前に周囲の者たちが消滅していることもある。
そして生き残ってしまうのだ。
サクラがこのまま人間であり続けるならば寿命が来て、我を置いて死ぬのだろう。
そのときに我は何を選ぶのだろうか。
今はまだ分からない。
分からないことがあるというのは、面白い事だとサクラから学んだ。
あぁ本当に彼女の知識は面白い。
テーブルに飲み物を準備したサクラが話しかけてくる。
「ペアンくん、いただきましょうか」
「あぁ、いただきます」
冷製ではないが、ほとんど温かくないスープを飲み、柔らかくないパンを食べる。
穏やかな表情で食べるサクラは、新しいことを考えているのだろうか。
「サクラは今日は何をする予定なのだ?」
「今日はせっかくなので、実験をしようと思います。お付き合いいただけますか?」
「いくらでも付き合うぞ。何をしたいんだ?」
「ダズンローズ以外の魔術をどう扱うかを見極めたいんです。中々時間がなかったので、実験出来なかったんですよ」
「そうか、ウィスカーの手紙の件もあの花の魔術も、不可解な魔術ではあったからな。あれはもう扱わないのかと考えていた」
「使わなくて済むなら良いのです。ただ今回のように、周りに頼れる方がいなくなる場合もあります。平和なだけの世界ではないので、自分の身を自分で守る力は必要でしょうから」
「我が傍にいる限りは問題ないと思うが・・・そうだな、落盤事故もあったからな」
「はい、痛いと思う間もなく意識を失いましたが、少しでも負傷を避けたいですから、魔術を習得出来るのであればそれが良いです」
「では、食べ終わったら、部屋に籠ろうか」
我が食べ終えた食器を片付け、サクラは部屋に籠っている間に飲むお茶を用意する。
厨房と寝室の横に一部屋作り出す。
スタンツェとの開発の結果、我やウィスカーであればすぐに小部屋が作れるようになった。
家具はまた別物であるが、外から持ち込めばいい。
この部屋も机と椅子だけが置いてある。
サクラは白紙の本を一ページずつ破き、それをまた小さく破いていく。
「私は絵を描くのが苦手です。なのでダズンローズも文字で書きました。そこにペアンくんの魔術が宿ったところに花が咲いたので、それを一つずつ再現していこうと思うのですよ」
「なるほど、我の魔力で良いのか?」
「いえ、先に私が魔力を流してみます。文字の種類やインク、紙、魔力によってどう結果が変わるのかを見たいのです。後ほどペアンくんもご協力ください」
「あぁ、分かった」
いつも通りの笑顔から、少し唇を引き締めた表情へ変化する。
「それと魔力が暴発するとか、変な魔術が生まれそうなときは対処をお願いします」
「あ、あぁ・・・全力で止めよう」
「頼りにしています」
いつもの笑顔に戻っていた。
その後は昼食を軽く挟み、サクラの魔力が尽きるまで何通りも試した。
驚いたことに魔力が尽きたところで、サクラはポーションを飲み、回復した魔力をまた使いだした。
「この方法で魔力量が増えるらしいので、それもしばらくやってみようと思います。まぁこちらは数年単位ですけれども」
「後で回復魔法をかけてあげよう・・・体を壊すぞ」
「あら、二回目の限界は超えないつもりですよ。毎日一回ずつです。ふふふ」
今日の分の実験が終わり、サクラの国で使われていた文字にサクラが魔力を通すと、いくつかの文字はその名が表す効力を得られることが分かった。
「はぁ~疲れましたが、成果のある一日でした」
「不思議な魔術の織だな」
「その織を直接描ければ、私も皆と同じような魔術が使えるでしょうか。呪符みたいに」
「織を描く・・・なるほど、この世界にはない発想だな」
「文字を紙に書くのは絵画の魔術とあまり変わらないと思います。織を描くことはこの世界では珍しいのですね」
「あぁ、ダンスも歌も料理も描くには難しいものだからな。詠唱も一子相伝であるものが多い」
「なるほど、織を見る方法と写し取る方法を考えて、実験してみたいものです」
「・・・それにはゆっくりと休んで回復しておくれ。だいぶ負荷がかかっておる」
「そうですね、しばらくは立ち上がれなさそうです。もうすぐお夕食が運ばれてくるので、移動しないといけないのですが・・・」
「朝と同じように我が擬態してやり過ごしておくよ。少しだけ休んでおいで」
「椅子に座ってまーす」
「寝室に・・・あぁ、立ち上がれないのか。我が運んで良いか?」
「不本意ですが、よろしくお願いします」
「抱き上げるぞ。明日は一旦休んで、魔力が回復してから実験をすると良い」
「そうですね、明日は魔術の織を見る方法を調べようと思います。隠し持っている本があるので」
「・・・まぁベッドの上で本を読むくらいは良いかの。無理しないでおくれ」
「はーい。運んでくださってありがとうございます」
「うん。では少し離れるよ。姿を借りる」
夕食を受け取り、た騎士と侍女は出て行った。
今度は鍵を閉めていったので、昼間に逃亡するか見ていたのかもしれない。
暇なやつらだ。
寝室に戻るとサクラは眠っており、食事は食べてしまっていいと書置きがされていた。
一人で食べる気分ではないが、心配させまいと食卓につく。
ふとサクラに出会う前はどんな食事をしていただろうかと思いを巡らす。
食べたい物を食べたいときに食べていた気がするし、いつも一人だったと思う。
この世界の知識を持っていても、経験はない。
分かった気になっていたのだろう。
一人で食べる食事のなんと味気ないものか。
我はサクラに沢山の知識と経験を運んでくれている。
感謝という気持ちはこのときのものをいうのだと知ったのもサクラにあってからだ。
食べ終えた後に、サクラの真似事をして皿を洗ってみる。
作った側も作ってもらった側も、命を頂くことには変わりはないので、片付けまでやってこその「いただきます」なのだと、サクラは話していた気がする。
締めに挨拶を一人呟く。
「ご馳走様でした」
おかしいな魔法と剣の世界を描いているはず・・・。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます
連日23時アップ予定です。




