報告-17の月、4日、コッヘル
すれ違心心
「昨晩は急に伺ってしまい申し訳ありませんでした」
「いえ、昨晩はお話を聞いていただき、ありがとうございました」
午後の茶会を開き、ラスパの庭の横に設えたガゼポで、目の前の女性と向き合う。
紅茶を一口含むが、一晩経っても答えが出なかった問題に、また意識が引っ張られてしまう。
昨晩庭園の見回りに行ったラスパが、サクラ嬢の部屋に違和感を抱いた。
王城の警備に引っ掛かるような悪意は報告を受けていないが、カーテンが開いているのは不用心であるし、既になにか起こっているのではないかと言われる。
未婚の女性の寝室に夜間に訪れるなど誰に噂されるか分からないのに、その一報を聞き走ってしまう。
思わず部屋に走り込みそうになるが、戦闘になるかも知れないとの予感が過り、扉を開ける直前でそっと部屋に滑り込むことにした。
ラスパとエレバも一緒に入ってくれるとのことで、何とか言い訳出来たら良いとも考えていた。
ただ、その後の展開が怒涛過ぎて、何をどう考えれば良いのか一晩経ってもまとまらない。
寝不足ついでに寝坊して、朝から食事をこぼしたり、インクの瓶を倒して、周囲を困らせてしまった。
何の目的をもって入れ替わったのですか?
いつから入れ替わっていたのですか?
どうしてあの時に言わなければならなかったのですか?
そこにどんな悪意や利益があるのだろうか。
考えても分からない。
何度考えても何個も答えを思い浮かべても、雲をつかむような居心地の悪さを感じる。
視線を下げていたことに気づき、慌てて顔をあげる。
静かにいつも通りの微笑みで彼女はそこに座っている。
「・・・っ」
「ギシンアンキですよね」
「ギシン?えっと・・・サクラ嬢がいらっしゃるのに、考え事をして申し訳ありません」
「いえ・・・重ねてお伝えいたしますが、昨日お話したことは事実です。そして、貴方様には質問する権利があることを忘れないでください」
「・・・質問する、権利?」
「貴方様の敵かも知れない人間と、親しくお話をと提案しれも拒絶されましょう。貴方様にはあの話を公に糾弾する権利も、処罰する権利もあるのです。まぁ、ひとまず権利という言い方で貴方様の反応が得られたので、私の作戦勝ちです」
悪戯が成功したかのような笑顔で笑うサクラ嬢。
分からないならば、分からないなりに聞いてみるのも良いのかもしれない。
王族や貴族は幼い頃から、言われずとも自らを律して人に甘えるようなことはしてはいけないと教えこまれる。
分からないから教えてほしいなどというのは、何年ぶりなのだろう。
「作戦・・・・そうですね、権利という言葉に反応してしまいました。では、甘えて質問をさせて頂いてもよろしいですか?」
「えぇ、何なりと。返事に嘘偽りはございません。出来れば三つくらいに纏めて貰えると助かります」
「・・・では一つ目に、何の目的をもって入れ替わったのですか?」
「・・・お答えします。私とメッツェン様、そしてアドソンさん、スタンツェさんの自由が欲しいからです。ただし、それぞれの自由の意味は異なります。私の自由はこの世界で生きる自由が欲しかったのです。誰かにここに居ても良いのだと言ってもらい、一緒に食事をして会話をする自由が欲しい。そのためにはこの世界で居場所を作らなければならないので、この話を受けました」
「それは・・・あっ、これは二つ目の質問になってしまいますか?」
「いえ、私の返答を受けての返事の範囲になりますので、一つ目に含みます。話題を変えたところで二つ目の質問と区切ります」
「分かりました。サクラ嬢にとっては、王族であると詐称することは発覚すれば処刑になると考えませんでしたか?」
「処刑になるなら、なったで構いません。この世界では自由を得られなかったと捉えるだけです」
「他の方が巻き込まれるとは考えなかったのですか?」
「ふふ、貴方様はお優しいのですね。先に私を『入れ替わり』に巻き込もうとしたのはメッツェン様ですよ。ただ、最後まで悩まれていて、先に決断をしたのは私ですがね」
「・・・自分の決断で人が亡くなるのは、気持ちのいいものではありませんから、メッツェン嬢は命令ではなくて、悩んでいたと」
推測の域を出ないけれど、エレバとラスパと検討した結果、何らかの理由で王女はここに居ない。
昨晩のメッツェン嬢を演じていたのは騎士のゴッセだ。
王女がどこにいるのかは言えないのかという質問は流石に国家機密に当たるのではないかと控える。
小さく頷いてサクラ嬢は話を続ける。
「悩まれていました。ただ、巻き込まれる側の私はそれでいいからと、メッツェン様にお願いしたのです。この世界にいていい理由になるのであれば、ぜひにと」
「この世界にいて良い理由・・・」
「えぇ・・・そうですね・・・もしこちらの世界で命が潰えたとしても、私は元の世界には戻れません。あちらの世界では既に亡くなったでしょうし、この世界でもう一度死ぬだけです」
「サクラ嬢、貴方はそう考えるのですね」
大人になるまで生きていられるか分からない人生だったから、いつ死んでも良いと俺も考えてきた。
それでも、今を穏やかに過ごせるように、少しでも体調が良くなるようにと周りが配慮してくれているのを知っていたので、自分がいなくなったときに誰かが悲しむのは切ないと思う。
素のサクラ嬢はとても潔い人なのだと考える。
紅茶のカップを見ていて、会話が途切れてしまったと気づく。
慌てて顔を上げると、複雑そうな表情の彼女が見えた。
「・・・それは拒絶ですか?侮蔑ですか?区別?それとも受容ですか?」
「・・・サクラ嬢?」
静かに低い声で質問をしてきた彼女の表情が読み切れない。
初めて魔力に揺らぎを感じた。
その揺らぎと質問の意味するところを、捉えきれない。
「・・・いえ、何もございません・・・二つ目の質問はありますか?」
「あ・・・いや、今は思い浮かばないのです」
「それであれば思いついたときにお手紙で頂いてもいいですし、他のお二人からの質問でも大丈夫です。大変申し訳ございませんが、そろそろ失礼致します」
「あぁ、来てくれてありがとうございます」
いつも通りの笑顔で退席した。
彼女が庭を出た瞬間、膝の力が抜けた。
エレバが支えてくれたので、膝をつくようなことはなかったが、なぜか強い疲労感に襲われた。
なぜ?なぜ彼女はこちらに何も聞かないんだ?
なぜ彼女は微笑んでいるのに、背筋が冷たくなった?
なぜ彼女が怒っているように見えたんだ?
なぜ?
「なぜ」と「なんで」のニュアンスは違うと考えるサクラ。
何もつかめないコッヘルのすれ違い。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
連日23時アップ予定です。




