報告-17月、3日、1枚目、サクラ
少しだけ関係性が変わります
今夜はゴッセ、スタンツェ、アドソンの三人が調査の為夜間に外出している。
雨は降っていないが、三人が同時にいなくなるのは初めてであるため、サクラはなんとなく眠れなくてベッドから起き上がる。
ウィスカーとおしゃべりをしたい気もするが、もう一度横になればすぐに眠れるような気がするので、敢えて呼び出さなかった。
体を起こしたことで、猫型のペアンも目覚める。
大きなあくびと伸びを見せる姿は、どうみても猫様だが、人間の姿にもなれるという。
綺麗な毛並みをそっと撫で、抱き上げる。
「今日は満月だったのですね」
カーテンの隙間から入る月明かりがいつもより強いと気づき、掃き出し窓の半分だけカーテンを開ける。
お行儀が悪いが、月夜を眺めるために、床に座り執務机に寄りかかることにした。
白い月明かりに照らされて青い闇に染まる世界は、とても静かだった。
キィ
執務室の机の向こうから扉を開くような音がした気がする。
この部屋の主は『メッツェン様』と知られているため、前触れも無くこんな時間に誰かが訪れるとしたら、犯罪者しか居ないだろう。
サクラは見つかってはいけないと判断し、侵入者の死角である執務机の下に滑り込む。
ペアンは首周りに居てくれるため、そっと撫でながら様子を伺う。
――――断絶の魔術を掛けたはずでは?
「何をしている?」
執務机と豪奢な椅子の隙間に収まったサクラを、暗闇から赤い瞳が見つめる。
サクラは声に反応して顔を上げたが、その赤い瞳にからめとられたように動けなくなった。
――――微かに聞こえた靴擦れの音はベッドの方に向かったはず。
「あ・・・のっ・・・お答えいたします・・・・ですが、ここから出ても宜しいでしょうか?」
「・・・あぁそうですね。・・・こちらでお話を聞かせて貰っても?」
必死で声を出せば赤い瞳の男は、サクラの声に思い当たったのか、鋭い視線を瞬きの間にしまい込み、いつもの穏やかな視線に戻った。
――――やはりコッヘル様だ。
サクラが机の下から這い出るのを待ちながら、コッヘルは執務机の椅子を指差して微笑んでいる。
今のサクラの格好は『メイドのクラ』に見えているはずだ。
一国の王子とメイドの身分差など明確であるため、丁寧な言葉遣いすら不要である。
今この場で怪しい者としてサクラを拘束したところで、サクラに発言権は与えられないだろう。
――――そこに座れば拘束されるだろうな
素直に従って拘束されるよりは、一度戦ってみるのも良いと、サクラは口を開く。
「畏まりました。しかし、メイドとしてはお客様に紅茶の一つもお出ししなければ、主に怒られてしまいます。お茶を入れてもよろしいでしょうか?」
「・・・この部屋から出ないのであれば許可します」
優雅に顎先に指をつけて、首を傾げる王太子は、青い光が差し込む薄暗がりの中で赤い光を纏う。
――――こんな時に許可するんだ?動じないタイプなのかしら?
「・・・・ありがとうございます」
サクラは跪礼をして、部屋の明かりを灯し、棚から紅茶セットを持ち出す。
少しでも落ち着くための時間を稼ぎたいが、もたもたすれば怪しまれるだろう。
湯を沸かし、夜に似合う穏やかな香りの茶葉から紅茶を入れる。
出来る限り手元をあちらに見せて、敵意がないことを示す。
「・・・そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
コッヘルから声が掛かり、出来る限り穏やかに微笑む。
視線は鋭いが、物腰が柔らかなのは流石だと、サクラは関心する。
男女の力の差があるため、向こうは余り警戒していないのかも知れない。
様々な思考を巡らせながら、手順は踏み外さない。
紅茶を蒸している間に、お茶菓子を準備したいが、どうしても作業的に背中を見せる瞬間があるのだ。
姿が見えないだけで、エレバとラスパも近くにいるのだろう。
用意したお茶菓子はサクラが作ったもので、コッヘルが食べられる範囲の材料しか使っていない。
振り返れば、コッヘルが座るソファの左右に、エレバとラスパが控えていた。
笑う余裕は全くないはずなのに、仲が良いなぁとサクラは口角を上げてしまう。
コトリ
テーブルに三つ目のカップを置いた瞬間に、サクラの視界にサラリと金髪が落ちて来る。
瞬きながら顔を上げると、三人のお客様は目を見開いている。
目の前にいるはずのメイドが、急に王女になったのだ、それは驚くだろう。
その反応に気付かない振りをして、三人の対面のソファに浅く腰掛ける。
出来る限り優雅に、穏やかな微笑みを絶やさずに、姿勢を正す。
――――さぁ戦闘開始です。
「お待ち頂きまして、有難く存じます。それでは先程東の国の王子より頂きました質問にお答えいたします。宣言と致しまして、これより私は嘘偽りは口に致しません」
頷くコッヘル、何かを言いかけて口を噤んだラスパ、鋭いまなざしで見つめるエレバ、役割分担があるのだろう。
信頼関係というのは素敵なことだ。
「・・・では、まず、貴方の言い分から伺います」
詰問してもいいはずなのに、この王太子は穏やかな声で話しかけてくれた。
「では、前提としてのお話から。私は西の国の王女メッツェンであり、メイドのクラでございます。そのどちらもが欠けてはいけません」
「それは認めます」
「・・・はい」
サクラはコッヘルが素直に認めたことに驚いた。
エレバとラスパも肩が揺れ、目を見開いたことから、驚いていると推測される。
コッヘル様だけが人の違いを認識している?しかし、サクラを本物のメッツェンとして疑ってはいないのか?なぜサクラの今の発言を信じたのか。
サクラが二の句を継ぐために顔を上げると、コッヘルが口を開く。
「・・・なぜ?メイドの格好をしたのですか?」
この質問から、コッヘルはやはり王女のメッツェンとメイドのクラは同一人物だと考えていると分かる。
「・・・なぜと問われれば、自由が欲しかったからとお答えします。王女という立場での自由と、メイドという立場での自由は違いますので、たまに入れ替わってのびのびと暮らしていました。街に出て自由に買い物がしたうぃ、誰かに付き添われずに図書を読み、散策したものです。その経験から学んだ知識を、コッヘル様たちに披露しています」
サクラの返事に、コッヘルは小さく頷く。
「なるほど・・・それではもう一つ伺います。貴方がサクラ嬢だとして、なぜもう一人のメイドや騎士たちがこちらに助けに来ないのでしょうか」
「そっ、それは・・・」
本当の貴族、王族であれば、いくら自分で料理が出来るとしても、騎士や侍女を呼び出すのが普通である。
だが、サクラは一人で物事を進めてしまった。
サクラの感情の中では、三人は不在で、ウィスカーは宝石から呼び出さないとならない。
今この場にゴッセたちが来ても、上手く誤魔化すための打ち合わせは出来ない。
一瞬サクラが返答に詰まった瞬間、先程薄くカーテンを開けて置いた窓が勢いよく開く。
「それは、私は西の国の姫メッツェンであり、メイドのクラでございます、から」
声にの主を見ると、久しぶりに見る本物の『メッツェン様』とスタンツェ、アドソンがいた。
ニヤリと挑戦的な笑みを見せるメッツェンに、サクラは反射的に叫んだ。
「そこから入ったら土がつくでしょう!」
人はテンパると、突拍子もないことを叫びますね。
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連日23時アップ予定です




