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報告-16月、18日、ゴッセ

命の価値

 エレバからの講義は、どちらかと言えば討論会に近い形になってきた。

執務机に座ってペンを執るサクラと、その斜め横に置いた椅子に座るエレバが、目線を合わせて話し込んでいる。

未婚の男女が室内で二人きりでいたなどという不名誉な噂が立たないよう、今日は俺様が同席してやっている。

執務机に座るサクラと椅子に座るエレバ、俺で正三角形になる位置に立つ。


 スタンツェはやりたい研究があるらしい。

アドソンはさっきまでいたはずだが、空間魔術の中で訓練でもしているのかもしれない。

最近体がなまっているとボヤいたら、意外にもウィスカーが訓練相手になってくれるという。

それならばと、スタンツェとウィスカーが厨房の奥にもう一つ部屋を増やした訳だ。


 サクラたちに提供するお茶のお替りは準備されているので、ウィスカーがいなくても問題はない。

あの子は何かに集中すると飲食や睡眠を忘れるから、こちらが注意しておかないといけない。

首周りに今もペアンがいるので防犯には役立つが、生活の管理は出来ないらしい。

そもそも人外者が人間のことを気にするのが規格外なのだけど。


「サクラさんの国にもあると思いますが、我が国にも孤児や低所得者の多く住む地域があります」

「・・・そうですね。難しい問題です」

「もし貴方が国王であった場合はどのように解決しますか?」

「その質問への答えは両国の国王への不敬罪が適応されるかと思いますが、いかがお考えですか?」

「私は他言致しませんよ」

エレバは苦笑交じりに柔らかく笑う。

初日に比べれば、警戒心が解けたのか、信用したのか、どちらなのだろうか。

サクラはいつも通りの笑顔で答えている。


サクラは『不敬罪』と記したノートから、エレバに視線を動かし答える。

強調しなくても良いんじゃないか、それ。

「・・・ふむ。まず孤児と低所得者は切り離して考えます。子供たちの健やかな成長と成人の就労への支援は根本は同じですが、分けますね」

「ふむ」

「孤児と呼ばれる人たちは親から生まれ、親から離れないと生まれません。であれば、親から生まれることへの支援と、親が離れなければならないことへの支援、そして子供本人の成長への支援を行う必要があります。生まれることは医術と行政、離れなければならないことは行政、成長の支援は保育、教育、行政の支援を考えます」

「なるほど、これは不敬罪に当たりそうですね」

「えぇ、不敬罪になりたくありませんので、ここで止めてもよろしいですか?」

「いえ、私は口外しませんので、お続けください」

止めてもいいかと苦笑交じりに答えるサクラに、少しだけ声のトーンが上がったエレバが続きを促す。


「分かりました。低所得者に関しては、仕事に魔術が使われる以上、差が生まれてしまうことは仕方がありません。ですが、教育課程で魔術の扱いを学び、本人の意思と適性の見極めで不要な苦労を負う事を避けて、仕事に就くことは出来ると思います」

「なるほど」

「もちろん職の偏りや時代による需要の流動はあると思いますが、それでも全ての方に一度は様々な職の経験を受けられる場があるのは、無駄ではないと考えます。その上で、職に就いていて、勤勉な勤務態度であるにも関わらず生活が立ち行かない場合は、他に原因があるため、個人の努力ではなく行政の介入が必要になるのではないでしょうか?」

「ふむ・・・サクラ嬢のお話では、低所得は個人の責任ではないと?」

「真っ当に働く者が真っ当な賃金を得ることで、華美ではないものの、穏やかに過ごせる世界を作り出すのが国の仕事だと言っています。その上で何かに大金をつぎ込んでしまい貯蓄が出来ないのか、大病を患い、家族の面倒を見るなどで収入以上に支出が多くなるなどのトラブルに見舞われるのか、まったく状況が違いますので、そこに必要となる支援が変わります」

サクラは器用に単語をノートに記している。

元々持っている考えを言葉にしているから、単語だけ書いておけば、後で何を答えたかの記録は可能なのだろう。


エレバは余程興味深いのか、顎に指をあて、首を傾げながら、さらに質問してくる。

姿勢が前傾になっていることにも気づいていないようだ。

殺気や怒気ではないから、もう少し様子を見る。

「なるほど、ではお聞きしたいのですが、国の税収を上げるにはどのようにしたらいいでしょうか?」

「この国の税収の制度のもう少し勉強しないと何とも言えませんが、国の支出を下げ、国の収入を上げること。そのための国民の収入を上げる事、国民一人一人の就労期間を長くすることなどを提案します。元気に長く働ける人が増えることが、税収を増やすことにつながります。ただこれは諸刃の剣です」

「ほう?」

エレバの片眉があがる。

スタンツェも同じ癖を持っているが、魔術師全員が同じ癖を持っているわけではないと言いたい。


「働かない者、働けないものを卑下する世界になる可能性があります。生きている価値が若さや働くことに重きを置くようになれば、無意味に傷つけられるものが増えます。長生きできるようになった結果、仕事は出来ないがまだ生きられるという者が増えます。そのときに、収入と支出のバランスが崩れます。そこの支援も必要です」

「それは今とあまり変わらないでは?」

困惑しているエレバに、サクラは微笑む。

これ以上話すと元いた世界の話を絡めないといけない気がするから、サクラは笑ってごまかすのだろうか。


「今がそうであれば、改善案を考えるのみですね」

「そうですね・・・では、健康であり続けるにはどうしたら良いとお考えですか?」

「はい、今日はそこまでー」

両手を頭の上で交差させて、議論を止める。

やっぱり元の世界の話になりそうだった。


俺はエレバに向かって話しかける。

「東の国とはまだ正式に婚約していないのに、西の国の至宝をやすやすと手渡す気はないよ」

「・・・そうでしたね。大変失礼を致しました。明日からはまた通常の講義といたします」

「それでしたら、明日は医魔術を教えてください」

「サクラ・・・」

「政策ではなくて、医魔術についてのみの講義ですよね?サクラさんは癒しの魔術は持っていらっしゃらないかと」

「えぇ、だからと言って、知らなくて良いということはないですよね?貧困や孤児の政策に切っても切り離せないのが医療ですから」

「それもそうですね。分かりました」

「では、明日もよろしくお願いします」


サクラが優雅に跪礼を見せ、エレバは退室となった。


俺は長いソファーに横たわり、長い溜息を吐いた。

「サクラ~しゃべりすぎてハラハラした」

「・・・サクラってやっぱおもしれーな」

いつの間にかアドソンとウィスカーが戻って来た。

アドソンは汗をかいている様子だが、ウィスカーはいつも通り。

良い訓練になったのだろうか?

俺も手合わせを願いたい。


「サクラ、あの知識は君の元の世界を基にしているんだよね?」

「はい。実在する施設や制度を基に話していました。使う場所がない知識ですが、まだ語れますよ?」

「それは実際人を使う立場になってから、披露した方がよさそうだなー」

「そんな立場が与えられるとは思えませんが・・・そうですね、その時までは閉まっておきます」

紅茶を飲みながら、サクラはのほほんと微笑む。


サクラは身内に物凄く甘いのだと、この数か月で良く分かった。

エレバがその知識を欲しいと言えば、思い出せる限り語りつくすのだろうと予想するが、俺の勘は間違っていないだろう。

でも、今日は俺の言い分に合わせてくれたから、まぁ良いかな。


 サクラが東の国に齎す知識は、本人が知っている限りのものではなくて、俺達が自由になるために改編していると、以前言われた。

貴族制度に慣れている人間には目新しく、提案した人間は目立つ功績となりやすく、反対意見が出にくいものを選んでいるらしい。

実際にその制度を見たことがないため、言い切られてしまえば、こちらは受け入れるしかないのだから、不思議なものだ。


 うんと甘くしてみた珈琲を飲みながら、サクラのいた世界のことを考えていると、アドソンがサクラに質問する。

「ちなみに明日の題材を医魔術にしたのは、データを取るのかー?」

「そうなんです、エレバさんならデータを取らせてくださるかなぁと思いましてっ!」

「ちょっと待て、身体測定をするつもりなのか?」

未婚の女性が未婚の男性の服を脱がせて、体のあちこちのサイズを測るなんて、変態だと思われるからやめてほしい。

そんな理由で追放されるのは、流石に恥ずかしいから、止めてくれ。


首を傾げたサクラは答える。

「はい、ずっと我慢してましたので」

「その嬉しそうな顔でエレバを見るなよ・・・ペアンになんて言われるか分からない」

「む・・・気を付けます」

気を付ける気はないのだろうと一気に脱力感を覚える。



猫型から人型に戻ったペアンは、サクラをぎゅうぎゅうに抱きしめる。

「サクラは我のものだ!」

「サクラちゃんはあたしのものだよっ!」

「私は私のものですよ?」

ペアンとウィスカーの叫びに、冷静にツッコミを入れるサクラ。

全員おかしいからな?

アドソンはケラケラ笑いながら話しかける。

「ペアン、データを取るなとは言わないのかー?」

「言ったところでいつか襲うだろう・・・」

「失礼ですねぇ。ちゃんと許可をもぎ取りますよ?」

「もぎ取るなよ」

「やっぱ、サクラはおもしれーな」

良い笑顔のサクラの横で、不満げなペアンがサクラの袖を引っ張っている。


俺はとばっちりがこちらに来ないように、少しでも話題を変えることにした。

「あっ、サクラ、今日のお茶会はどのドレスにするんだ?ペアンに選んでもらいなよ。ね、ウィスカー」

「えっ、今日はあたしがサクラちゃんのドレスを選ぶんだよっ」

「ペアンの機嫌が悪いから、話を合わせてくれー!」

「ペアンのヤキモチなんていつものことじゃーん!」

人間の面倒は見られても、人外者の面倒までは見切れない!


「スタンツェー、どうにかしてくれー!」

収集が付かず、珍しくゴッセが叫ぶまで後1分。


医療も教育も貧困政策も、国がその価値をどう定めるかで変わりますね。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

連日23時アップ予定です。

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