報告-16の月、11日、1枚目
到着と準備
「少し緊張しますね」
「少しで済んでいるのがおかしいと思わないのか?」
「サクラって、やっぱおもしれーなー」
西の国の王女宮を出発して十六日目、とうとう東の国に到着し、王子に会うことが確定する。
東の国の王都も大きな街で、西の国よりもシックな装いの人々が行き交っている。
宿泊先から王城へ向かうため、サクラはペアンに擬態を施してもらい、ゴッセが手掛けるフルメイクに婚約用に準備されたベールとアクセサリーと淡いピンクのドレスを身に着ける。
ゴッセはウィスカーに擬態し侍女として控えることになり、こげ茶ベースの質素なドレスを着ている。
数年前からの西の国の流行りで、婚約する女性は結婚するまで婚約者以外に顔を見せず、誠実さを表すという話を聞かされて、ゴッセが来たる時のために準備していたのではないかと、サクラは考えた。
ちなみに婚約する男性は結婚するまで口元を覆うマスクをして、他の女性を口説かない誠実さを表すらしい。
当然東の国にはそんな流行りはない。
「ベールがあれば、お相手も代行にしばらく気づかないでしょうか」
「あまり近寄らず静かにしていれば大丈夫なんじゃないー?」
メイドの仕事をゴッセに引き継いだウィスカーは、小さな妖精に変化し、鏡台の縁に腰かけている。
「それでは、絶賛引き籠ろうと思います。あ、メイドさんを何と呼べば良いでしょうか?」
サクラのメイクと装飾に並々ならぬ拘りを見せているゴッセは、メイド姿に合わせて女性の口調になる。
「メイドに話しかけなくて良いわ。スタンツェとアドソンに話しかけて、もしくは私に視線をくれれば良いの」
「優秀なメイドさんがいると助かります」
メイクが終わったサクラの首周りにペアンが陣取り、髪飾りの縁にウィスカーが腰かける。
鏡の中のサクラはいつも以上に豪華な装いで驚いてしまうが、スタンツェは別な視点で驚いていた。
「人外者の姿は見えないだろうが、見える者がいたら魔物と妖精を従えた王女なんて、卒倒する豪華さだ」
その発言を聞いて、カラカラとアドソンが笑う。
ゴッセに付き添ってもらい、馬車に向かうと、スタンツェとアドソンも正装を身に着けていた。
いつの間に着替えたのだろうかとサクラは不思議に思うが、ジャケットを羽織っただけだと聞き、少しだけ羨ましくなる。
「素材の良さも磨き上げあられた所作も、私にはない物なので、遜色ないところまで頑張っておいつきますね」
王女付きの騎士として同じ制服だと考えていたけれど、元々は魔術師と騎士なので部署が違うそうだ。
イスイ村に向かったときもそれなりの服装を纏っていたが、今回は他国の王族との謁見であるため、最上級のものを用意していたのだという。
アドソンは深い緑の軍服に身を包み、帯剣こそしていないけれど、勲章もついており、がっしりとした体格にすらりとした姿勢によく似合っている。
スタンツェは紺色のスラックスとチュニックに紺色の長いケープを纏っている。
細身に見えるけれど、ケープの下は魔力増強のために色々アクセサリーがついているそうだ。
王族にあうために魔力を増強しては敵意があるとみられないかとサクラが問うと、王女に付き従う者が貧相では面目が立たないとの返答があった。
「なるほど、わからん」
人間四人で馬車に乗り、荷物の馬車は検閲所へ預け、サクラたちは王太子が用意したという馬車に乗り込んだ。
西の国の馬車は白地に金が使われていてキラキラとしているらしいが、東の国の馬車は華やかだけどチャコールの地のため派手ではない感じがして落ち着く作りだ。
王宮の入り口で馬車が止まり、案内役の使用人の方と挨拶を交わし中に入る。
元いた世界で王城を見たことがないサクラは、他の国の王宮は滅多にみられるものではないし、ましてや内部が見られる機会は一生の一度もないので、気になってしまう。
骨董品と言われそうな味わいのあるものを見るのが好きなので、馬車と同じように王宮内も華やかだけれど落ち着く雰囲気になっていて、思わずサクラは笑顔になる。
ウィスカーが耳元で囁く。
「表情がくるくる変わってて、サクラちゃん楽しそうだねっ」
謁見の間に到着し、扉が開かれた瞬間緊張が募る。
先にいた東の国の貴族に見られながら、大広間の中央で王族の登場を待つ。
沢山の人がいるのに自分の心臓の音しか聞こえてこないという経験は、元いた世界でもほとんどない。
サクラは何も話さなくていいと言われているので、ベールの下で微笑みを絶やさなければ良いのだが、どうしても力が入ってしまう。
「ニャ」
控えめに、でもしっかりとペアンの声が聞こえ、尻尾で背中を叩かれたため、サクラは肩の力を抜く。
東の国の王子に気に入られて結婚するならば、それはそれで務めを果たせる。
もし、気に入られず国に返されるならば、それはそれで自由になれる。
どちらにしても、ここに居る五人がサクラを守ってくれていることは否定しようがないのだ。
今はそれだけでいいと、サクラは微笑むことが出来た。
膝を折り、顔を下げている中、急に華やかな音楽がなり、その時を待つ。
「東の国、国王陛下、国王妃殿下の入場である」
静かに大広間の奥の扉が開く。
衣擦れの音がするが、頭を上げることはせず、声が掛かるのを待つ。
筋肉痛になりそうなので、早めに声を掛けてほしいところだが、乙女のプライドとして微笑み続ける。
なお、ベールのせいで、東の国の人はサクラの顔がほとんど見えないことを、サクラは忘れている。
低く穏やかな男性の声で、顔を上げる様促される。
「本日、皆の者に集まってもらったのは、西の国の第一王女メッツェン嬢が、我が国の第二王太子コッヘルと婚約候補者となることが決まり、到着されたためだ。今日これよりメッツェン嬢は来月の婚約式を経て、半年後の結婚の儀までこの城で共に過ごすこととなる。くれぐれも失礼のないよう、国という家族の一員として接するように」
張り上げているわけではなく、小さいわけでもない国王のお言葉は、穏やかで力強く、歓迎されているのが伝わった。
東の国は歌の魔術の国で、国王夫妻も王子兄弟も歌の魔術を使うと聞いている。
実際目の当たりにすると、メッツェンとは系統の違う歌の魔術なのだと感じる。
もっとも慰霊祭と歓迎式では、一般人でも使う声色を変えるだろうけれども。
姿勢を直し、前を見つめる。
足が吊りそうなので、最後まで踏ん張りたいところだが、まだまだ式典が続くならば少し不安だ。
スタンツェが西の国王代理として感謝の言葉を伝え、贈り物のお品書きを渡す。
国王陛下夫妻の横に立つ赤髪に赤い目を持つ青年が立っており、コッヘルだと分かった。
臙脂の軍服を着ており、国王陛下より背が高い。
穏やかな笑顔を周りに向けており、これからうまく付き合っていければ良いなぁと、サクラは感じる。
――――私が静かに暮らしていられるように、あまり会うことがないと嬉しいなぁ。
噂では数人いる他の婚約者候補様に頑張ってもらって、私は大人しくしておこう。
第一王子は欠席と話していたけれど・・・まぁ興味がないから、会えないならそれで良いかな。
国王の挨拶の後、歓待パーティーとなり、サクラたちは両陛下にご挨拶に伺う。
「遠いところからようこそお越しくださいました。私は北の国の生まれでこちらに嫁いできましたの。どうぞ困ったときには頼ってくださいね。・・・息子は照れ屋なところがあるので、貴方が話しかけてくださると嬉しいわ」
王妃から話しかけて頂けた。
物腰柔らかな物言いに、穏やかな笑顔の王妃を見て、サクラは器の大きさを感じる。
国王を支え、王子たちを育てるには、清廉潔白だけでは過ごせないだろう。
後継者争いや政争、災害や紛争への対応もあるからこそ、芯が強くなければ生き残れない職務だと思う。
ましてや息子の嫁候補など、愛情が深ければ色々と心配するのではないかと、サクラは親の心を思い出す。
――――もしうちの子が大きくなったとき、こんな風に婚約者の方に話しかけられただろうか。
子どもたちのことは大切にしていたつもりだったけれども、子どもたちから婚約者の紹介をしてもらえたかが怪しいので、思考の外に飛ばした。
また、本当は結婚する気がなく、騙していることに罪悪感を抱いた。
けれど、婚約破棄を前提にしてきたなどと、不敬罪に問われそうな事実は、処刑になりたくないので笑顔でひた隠す。
王妃からたくさんの質問を頂き、答えていると時間が過ぎていく。
どうやらこのパーティーは顔合わせだけだったようだ。
退室の挨拶をして謁見の間から出る。
サクラは、この後に王子と数人の側近だけで、会うことになったとアドソンから伝えられた。
「えっ、何の会議をするんですか?」
「サクラ、この世界では未婚の男女は二人きりでは会わないからね」
「トップ会談とは言い得て妙だな」
「あ、その言い回し、こちらの世界にもあるんですね」
「そうらしいな?」
指定された部屋までは、東の国の騎士が案内してくれる。
ペアンが防音の魔術を展開しているため、好き勝手に会話をしているサクラ達なのでした。
一歩前に踏み出す日。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
連日23時にアップ予定です。




