報告-16の月、2日、1枚目
旅路の途中
王女宮を出てから七日目、中央区に到着した。
幸か不幸か、襲撃なく中央区に到着出来た。
東の国に入ってから襲撃を受ければ、国際問題になると俺でもわかるので、西の国は本当にメッツェンを手放して終わりとしたのだろうか。
それならそれで好都合だ。
この世界は昨日から冬に入ったのだが、急に寒さが強くなったと、サクラが驚いている。
「精霊の交代を以て季節が変わるというのは、こんなにも変わるのですね」
中央区から北の国の山々が見えるのだが、既に雪景色だ。
イスイ村も数日で初雪になることを知って、目を丸くしていた。
サクラのいた世界ではもっとゆっくりと季節が移ろうらしい。
この世界でも季節の区切りと区切りの間では変化がみられるが、精霊の力のバランスが変わるため、一気に変わってくれた方が混乱が少ない。
あ、季節の祭を見せ忘れたな。
まぁ体調が悪かったから、次の春の祭を見て貰えばいいか。
東の国の祭もうまいものが食えると良いなー。
「よぉし、サクラ買い出しに行こう」
スタンツェが通行手続きと東の国への入国手続きに向かう。
ゴッセが馬車を預けに行ったので、サクラを誘って買い出しに出る。
ウィスカーも一緒に行くというし、人型から猫型になってサクラの首に絡むペアンも、もう見慣れた。
「ここは商店街ではなく、建物を貸し出してイベント毎にお店が入れ替わる地域ということですか?」
中央区は四つの国の交流の場として永久中立の地域。
四つの国の代表者が中央役場に勤め、物産展や季節のイベントを開催し、各国からの参加者を管理する。
イベントの無い日は関所として各国の交通を管理している。
4つの出入り口、5つの公園、2本の直線道路と2本の環状道路がある。
出入口の近くに各国の入国管理局があり、その国が認めた宿泊所が設置されている。
利用客は自国の施設を使っても良いし、他国のものでも利用可能だ。
自国の建築様式で迎えられ、自国の料理を食べたいか、他国の歴史や料理、最近の情報を知りたいかで選んでいる。
中央区をただ通り過ぎるだけなら一刻あれば十分だ。
そんな教科書通りの説明に目を輝かせて、サクラは聞き入っている。
「そそ、定期的に店が入れ替わるから、たまに来て珍しいものを買っておくんだ。こっちの店は北の国の民芸品、あっちの店は南の国の食料品、ほら、西の国のラグも売ってる」
「これは・・・見ごたえがありますし、何度も来たくなりますね」
いつもの笑顔から、瞳をキラキラさせて口角が上がっている。
王女宮を出て、これからはサクラを主として支えていく。
出来る限り笑顔で過ごしてもらえるようにしたい。
「手前のお店から覗いても良いですか?」
昨日は一日中寝込んでいたけれど、体調は大丈夫なようでほっとする。
体調を崩す前の晩、雨で宿までの移動に手間取り、夜中近くに到着したが、サクラは体調が徐々に悪化していたらしい。
眠れば体調も落ち着くと考えて、早めに眠ったとサクラは話す。
けれど、ペアンの話によれば、体だけでなく心も追い込まれていたようで、強制的に魔術で眠らせたのだ。
サクラは眠りに落ちて間もなく悪夢に魘されていたようだ。
このことは本人が話すまでいうなとペアンとウィスカーから念を押され、皆頷く。
その話を聞いて、スタンツェがいつも以上に眉間に皺をよせていた。
「・・・雨と夜と馬車かよ」
少し前にサクラがスタンツェを怒った件だったなと思い出す。
まぁ、実際のところ、サクラはスタンツェが居なくなる可能性に怯えていただけだったそうだ。
スタンツェの物言いに怒っていたわけではない。
ただ、身内を似たような条件で無くしているからか、その条件が当てはまるときに、偶然だとしても誰かが傷つくのを、怖がっているのは理解出来る。
――――だから、俺の話を聞いて泣いたんだろうな。
サクラはいつもの笑顔で、元の世界の家族に何が起きたかを話してくれたことがある。
「あの事故は、私が引き起こしたものではなかったです。ですが、私が選ばず切り捨てた選択で、守ることを放棄した末路の話です。私の罪の一つです」
いつもの笑顔から少しだけ眉が上がったのに本人は気づいていないのだろう、自嘲していると感じた。
サクラの家族はそれぞれのタイミングで、雨の夜に車の事故でいなくなった。
別にサクラのせいじゃないけれど、引き留めておけばとか、今でも色々考えてしまうんだろうな。
「なぁサクラ、俺バカだからよくわかんないんだけど、こういうのは好きか?」
北の国の民芸品に、半円形の透明な石の内側に景色を彫り込んだものがある。
最近、その彫りに色を付けられるようになったらしい、取り込まれた景色が鮮やかに見える。
気づかなかった振りをして、雨が降る森を馬車が走り抜けるものを指差した。
その隣のものを指差したようにも見える曖昧さを保とうと、指が微かに震える。
「前半の文章がおかしい気がしますが・・・わぁ素敵ですね。元いた世界にも似たようなものがありました。ガラスという素材をレーザーという技術で内側に模様を刻むのですが・・・・綺麗な景色ですね・・・・これを買おうかな・・・アドソンさん、教えてくれてありがとうございます」
サクラは説明しながら悩むという器用なことをしながら、結局、雨と馬車の民芸品を購入した。
じつは夜をイメージしてると店員から言われ心配したが、サクラは顔色を変えなかった。
いつも通りのサクラのままだった。
怖いことを怖いと言えない人間は、いつか心が折れてしまうことを知っている。
魔獣との闘いなんて恐怖の連続だからだ、
仲間に怖いことも失敗したことも言えないようでは、信頼関係は築けない。
首周りのペアンはいつもどおり目をつぶっている。
ウィスカーも先の店を覗いている。
「なぁサクラ。俺さ、バカだから言われないと分かんないんだ。何かいつもと違うなーくらいは分かるんだけど、感情の揺れとかって、実は良く分かってない」
「えっと・・・今の会話で、アドソンさんはご自身を卑下する必要はないですよ。私も良く分からないなーと、思考を放棄するときがあります。感情の揺れも分からないです」
「そうなの?」
「はい。えっと・・・私たちは生きてきた文化も環境も違うので、そもそもの前提が違うのです。見える景色は違うのですが、心を添わせることは出来ると思います。ですので、私は」
「えっと、サクラ、たぶんそれ以上は難しい」
一生懸命言葉を尽くそうとしてくれるのはサクラの良いところなのだが、スタンツェみたいに理解してやれないことも多い。
分からないと言えば、こちらに合わせて言葉を選んでくれるから、サクラは面白いんだよな。
「あっ、すみません・・・例えば、アドソンさんは舞踏の魔術を使いますよね。風の魔力を持っています」
「そそ、魔術を流しながらステップを踏む。攻撃用と防御用があるけれど、どちらも扱うには鍛練も才能も必要」
「そのようですね。ただ、私のように知識が少ない者からみると、全ての舞踏の魔術はステップを覚えてしまえば、全部使えるんじゃないかって考えてしまうんです。あと音楽の魔術と一緒に使うとか」
「は?」
「・・・という感じで、アドソンさんから見た事象と、私から見た事象は違うんです。常識が違うので同じような反応をするときもあるし、違うときもあるんです」
「あぁ、なんとなくわかった。それで・・・ステップを変える・・・いや属性の魔力はどうなるんだ?」
「元々、魔術は人外者と人間が楽しく交流するためのものだと学んだので、おもてなしの方法はなんでもいいのでは?」
「気持ちが大切なのはわかるけどなー・・・そこらへんはスタンツェに聞くしかないか。風の魔力って言ってもそよ風から嵐、北風から南風とか色々と種類が分かれているんだ。それを属性ごと乗り越えるのは出来ないと思っていたんだが・・・まぁ・・・聞いてみるかー」
「聞いてみましょうか。あぁ、戻ってきてくれたウィスカーさん、ずっと聞いていたペアンくんどう思いますか?」
「ニャッ、ウォン」
「えっ」
首元でサクラの話を聞いていたペアンはもちろん聞こえていたはずで、離れながらもこちらを気にかけていたウィスカーも内容は聞こえていたのだろう。
サクラの問いに、二人が沈黙を貫く。
「・・・ペアンくんは黙秘ですかね?」
「ニャーン」
「分かりました。否定しないということは出来るようです。ウィスカーさんも出来るということで良いですか?」
「あ、うん・・・でも、向き不向きはあるし、細かい調整はしづらいよっ」
「ニャッ」
「では、頑張れば出来ますね。私も諦め悪く魔術を教わろうと思います」
いつもの笑顔で、無謀にも思えることをさらっと言い放つサクラ。
それを実践するのは俺たちの役目なんじゃないかなー?
「・・・サクラっておもしれーな」
「よく言われます。ではお土産も買いましたし、戻ってスタンツェさんに聞いてみましょう!」
「おー」
いきなり魔力の属性を変える話をされたスタンツェが頭を抱えるまで、もう少し。
東の国到着までアドソンとゴッセが嬉々として特訓し、ポーションを大量消費してスタンツェが胃を痛める日々が始まった。
変化の兆し
ここまで読んでくださり、ありがとうございます
連日23時にアップ予定です。




