報告-15の月、14日、1枚目
動き出す
14の月の末にお願いした制服は試作品が出来上がり、メッツェンの『お目通し』も終わった。
ガッチガチに緊張しているマチューとヘガールに、メッツェンがお忍びで何度も店を訪れたことがあると話すと、二人は文字通り膝から崩れ落ちていた。
続けてメッツェンは、腕が確かなのは分かっていたからこそ、サクラが二人に依頼したいと言い出した時に反対しなかったと明かす。
このまま腕を磨いて欲しいとまとめたところで、感動した二人が泣いてしまい、お開きとなったのはつい先日のことだ。
洗濯部のお針子さんたちも修行の一環として、共に全力で仕立ててくれているらしい。
そんな微笑ましい報告書を読んでいるはずの、メッツェンのお顔が暗く歪んでいる。
珈琲を淹れて振り返ったサクラは、何事かと驚く。
スタンツェが催促するように机の一通のお手紙を指でつつき、メッツェンはひどく嫌そうに開封し、物凄く嫌そうに読み、深々と溜息をつき、もう一度歪んだ顔になっている。
元々美しいお顔なので、圧が凄い。
「・・・はぁ・・・とうとう来たわ」
「やはりそうですか・・・で、どこに?」
「東ね」
「あーまだ、まともな所か」
「救われるところは・・・そうね・・・・東で良かったわ」
不穏な空気の三人に、サクラはこっそりコーヒーと紅茶を出す。
部屋の隅に待機しようとしたサクラを、メッツェンがソファに座るよう促す。
必要な情報が降りてくると判断したサクラはアドソンの反対側のソファに座る。
小さく深呼吸をしたメッツェンがサクラを伺う。
「ねぇ・・・サクラ・・・・お願いがあるんだけど・・・」
「承知いたしました。お話を進めていただいて構いません」
サクラは朗らかに、しかし明確に答える。
純粋に驚いたのであろう大きく開いた瞳が可愛らしいアドソンと、自嘲にも聴こえそうだがどこか楽し気なスタンツェが声を上げる。
「えっ、サクラ、何の話か分かったの?すげーな」
「主の話は聞く価値すらないということですか?」
いつも通りの笑顔のサクラは、小さく首を横に振る。
「サクラ、きちんと聞いてちょうだい・・・貴方に東の国の第二王太子と結婚し」
「分かりました。良いですよ」
「は?」
「ほー、サクラは本当に面白いやつだなっ」
「・・・サクラ・・・・あたくしが言ったことですが・・・本当に良いの?」
「良いも何も、そのために私を生かしておいたのではないですか?」
「・・・えっと・・・そんなつもりはなかったとは言わないわ。けれど、貴方の自由を奪うものよ?抵抗してみても良いんじゃないかしら?」
「いえいえ、メッツェン様が【お願い】なんてしなくても、命令すればいいだけのことです。わざわざ私のことを気にかけて、お願いというのであれば、それは私が承諾すれば叶えて差し上げられることなのでしょう?」
サクラが微笑みながら、メッツェンを見つめる。
その視線に耐えられなくなったのか、そっとメッツェンは俯く。
「・・・そうなのだけれど、あたくしは・・・」
「では、お話を伺いますが、私が断ることはありませんので、ご安心くださいね。それとも形式に則って、三つの質問から始めますか?」
「・・・今日は質問は止めておくわ」
沈痛な面持ちという表現が当てはまるようなメッツェンの姿に、サクラは心に留めておいたことを口にする。
「そもそも、メッツェン様はご結婚の話は嫌がると思っていましたし、私はまともな結婚は出来ないと思っ」
「そこまでだ」
「誰だっ」
とげとげした声を荒らげるアドソンに、目前が真っ暗になったサクラは、誰も気が付いていない侵入者が現れたと悟った。
ウィスカーが左側から近づいているまでは分かった。
右側の執務机に座っているメッツェンに視線を戻そうとしたところで、後ろから抱きしめられて目隠しされる。
懐かしいような柑橘類の香りがした。
そして、ウィスカーらしい人が左手を握っている。
つまり、敵ではないのだろう。
サクラは、体に入った力を抜く。
「お前は・・・」
「我は知識の魔物。宝石の妖精と共にサクラに守護を与えている者だ」
「・・・守護だと?」
「サクラちゃんに贈ったあたしたちの守護は普段隠してるんだ、人間には見えないの、ほら」
目隠しをされたまま、サクラは声の聞こえる方向にきょろきょろと視線を動かす。
「・・・黄色と青・・・まさか・・・本当に守護を受けているのか」
「ちょっとこれ、どういう・・・」
慌てるメッツェンとスタンツェの声だけが聞こえる。
アドソンは皆のことを見ながら、現状把握に努めているのだろうなと予測する。
その折に、男性の溜息が耳の傍で聞こえる。
「はぁ・・・守護を与えている者の婚礼などと不愉快な話をしてくれるでない」
サクラはやはり敵ではないと結論付けた。
可能性の一つを確認するために、口を開く。
「・・・そうはいかないのですよ、ペアンくん、ウィスカーさん」
「・・・サクラ?・・・汝は我を知っておったのか?」
「えっと、多分知らないですよ。・・・目を隠している手を動かしたいのですが、ペアンくんはそのままの姿で良いですか?戻りますか?」
「・・・戻らぬ」
「ではお顔を見せ下さいね」
ペアンの手を取り、目隠しを外す。
サクラが振り返れば、青い瞳に紺色の長く編み込まれた髪の男性が立っていた。
色合いが少し変わっているが、先日イスイ村の慰労会で出会った男性に似ている。
うっすらとしか記憶はないが、崩落現場で助けてくれた人だと感じる。
「・・・えっと、この姿でお会いするのは・・・三回目の初めまして、ですね」
「・・・あぁ、そうだ。よく覚えているな」
俯きながらも小さく頷くペアン。
元いた世界のロシアンブルーを思い起こさせる猫型の使い魔が、人型を取ると凛とした空気を持つ男性になるのだと感心した。
視線を合わせてくれないペアンに対して、サクラは顔をよく見ようとぴょこぴょこと動き、視線を合わせようとする。
ウィスカーが肩を震わせて声を出さずに笑っている。
残された三人は、サクラの奇行に呆然としているようだ。
やっと動き出しますよ・・・。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます
連日23時アップ予定です。




