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報告-14の月、8日、ペアン

願うこと。

祠の奥には我の依り代が置いてある。

 書物の棚に紛れ込ませている我の依り代をサクラの手に取らせるため、少し離れて興味なさげにしておく。

古文書のような書物の数々にサクラは頬を上気させている。


――――そうだ、その書物を開け。


 その瞬間の衝撃は我とサクラ様を引きはがすほどのものだった。

少し距離があったが我がいなければ、サクラ様はとうに爆発に巻き込まれて死んだであろう。

だから、我はサクラ様を守ったはずだった。

目の前にいる血だらけの彼女を見るまでは安心していた。


「・・・・っ・・・ペアンくん、無事ですか?あぁ無事ですね」

 この血まみれの小さき者は何を言っているんだ。

妖精や魔物に比べて、人間はか弱いものなのだ。

なのにこの女は我の方を心配して手を伸ばす。


「・・・怪我はしていませんか?」

 壁に打ち付けられたサクラの方が重症なのだ。

この者の特殊な体質から、赤い魔石が体中に張り付いている。

血まみれという表現になるのだろう。

痛みに顔をしかめて、それでも身を起こし、我を撫でようとし、優しい声で話しかけてくる。


「・・・大きい音がしたので、すぐにスタンツェさんたちが迎えに来てくれると思うんです」

 近づいた我の体をゆっくりと撫でる。

地盤の崩落で閉じ込められた洞窟は、奥の方で水晶の煌きが見える程度の仄暗さで、サクラの顔には影が差している。

頭から目に向かって張り付く魔石が片目を塞いでいるのだろう、開きづらそうに瞬いている。

我が人型に戻ればこんな傷など治してやれるが、戻ってしまえば本来の姿を恐れられる可能性がある。

わずかな逡巡は、次の崩落で後悔に変わる。


「・・・ぐっ・・・」

「サクラさ・・・サクラっ・・・・サクラ!」

 サクラのすぐ横で起きた崩落は、かろうじて岩盤の直撃は避けたが、細かい石が当たったようだ。

慌てて人型に戻り、隔絶の魔術を展開し、サクラ様の体を治す。

こんなときに、昨日エスコートした男だなどと発覚するのは本意ではないなどと、無駄なプライドなど早期に捨てて、彼女を守れる人型に戻るべきであった。

懺悔のように縋る気持ちで、丁寧にサクラの体の傷を確認する。


「・・・すまない」

 意識を失っているサクラ様に、一人詫びる。

以前彼女は事故で家族を失ったことを話してくれた。

後悔は尽きず、沢山の可能性の道を思い出しては全て失われたことを嘆いたそうだ。

今が似たような気持ちなのだろう。

我はこんなことも知らなかった。

今回の視察でわざわざ洞窟にやってきたのは、我の本体である魔導書をサクラ様に渡すためだ。

スタンツェは別の目的でここに来させるように仕向けた。

だが、我の愚かな策略と、陥れられるような過去の行いで、現在のサクラを傷付けてしまった。


 今までは守りたいものなどなく、我の知識を利用せんと近づくものたちを、気まぐれに扱ってきた。

そして、遠い昔の因果で、我をここに留めたい何某かの力により、崩落が起きたのだ。

恐らく記憶にすら残っていないであろう生き物どもが、その知識を使って仕掛けた暴発なのだろう。

我を傷つけるためだけではなく、我と共にあるものを処分するための魔術は、それだけで不愉快だ。


――――あぁ、不愉快だ、何某かの陰謀も、我の浅はかさも。


 この世界にない知識を泉が湧くように我に与えてくれるサクラ様は、恩寵なのだ。

決して失われてはならないものなのだ。

「・・・サクラ、すまない。もう少しだけ眠っていておくれ。傷をしっかり治すから」

「・・・ペアン・・・くん?・・・暖かい手・・・ですね・・・」

 手の傷を治しているときに、一瞬うっすらとサクラの意識が戻った。

声に驚いて顔を上げると、開いた目が合ったような気がして、息が止まる。

穏やかな表情でまた眠りについた彼女は、我の姿をどう見たのだろう。

暖かい手だと言ってくれたその微笑みは、我を拒絶したものではないのだろうか。

分からない・・・分からないが・・・起こすわけには行かない。

目を覚ました時には人型でいるわけには行かない。

今見た記憶がないのであれば、我は彼女を怖がらせてしまうかもしれない。


 傷を治し終えて、猫型に戻りスタンツェを呼ぶ。

近くまでは来ていたようで、なぜすぐに呼ばなかったのかと怒られる。

サクラの服がボロボロだが、大きな損傷がないことに気づき、こちらを訝しむように凝視してきたが、猫型のまま無言を貫いた。

あとで話をつける必要がありそうだ。


 今回のことで色々と変える必要が出てきた。

メッツェンの装飾具はサクラの命を奪わない程度のものだった。

スティーブンの首飾りは命の危機を救ってはくれない。

ウィスカーと共に贈った耳飾りは、我の慢心からか付けていないことに気付いていなかった。


――――結果がこれだ。


 こんなことでは、サクラは我の元から離れてしまうではないか。

あぁ、そうだ、我だけでなく、妖精のウィスカーの直接的な守護も贈らせよう。

契約などでは全く足りない。

メッツェンもスタンツェもアドソンも、魔力を奪い、媒体として出来る限りの守護を厚くしよう。

それに折をみて見つからない程度に我の守護を深めていこう。

愛し子の彼女を死の淵になど近寄らせて堪るものか。


――――サクラを我が城に閉じ込めたい。


永遠に安全なところにいて欲しい。

サクラの全てを我に預けて欲しい。

だが、彼女はウィスカーも人間たちも守りたいと考えている。

交流し知識を深め、実践し学び続けている。

それこそが我に甘美なる魔力を与える源なのだ、閉じ込めていては得られぬ。

・・・あぁ、どうやって守り、羽ばたかせよう。あぁ忙しくなるな。



我、汝を希う。

知識の魔物はその知識に懸けて、汝を守り、汝を愛す。

汝の微笑みと知識が他の誰にも向かないよう、汝が望む全てのことを叶えよう。

どうか、我の願いを叶えておくれ。

汝と共に永遠に歩めることを。


翌日目覚めたサクラは、いつも通りに微笑む。

「ペアンくん、おはようございます」

「ニャーン」

柔らかく抱きしめてくれる汝は、ずっと求めてきた我の恩寵なのだ。


希うこと。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

毎日23時台に接続してくださる一定数の方がいらっしゃって、励まされる思いです。

なんとか50話まで更新できましたが、東の国すらまで出て来てないので頑張ります。

連日23時にアップ予定です。


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