報告-14の月、7日、1枚目
新しい事実
その日、メッツェンは朝から大忙しで、華美ではないが綺麗なドレスに素敵な装飾具をつけていた。
昼前に到着した場所で慰霊祭を行い、鎮魂の歌を捧げた。
美しく物悲しいその音色に、サクラは思わず酔いしれる。
望郷や人との思い出を呼び覚ますような効果があるのか、元居た世界での出来事を思い出しそうになり、慌てて背筋を伸ばす。
周りのものたちも頭を下げ、聞き入っているが、今は仕事の時間だ。
主催は地元の領主、そこにメッツェンが招かれたという構図。
今回の災害があった村を治めている領主が頼った隣の領地での慰霊祭、慰労会になる。
被災者の宿や新しい住居の支援などで、たくさんお世話になった方のようだ。
サクラは、そこらへんの調整をスタンツェとこちらの領主に任せていたので詳細を知らない。
慰霊祭の後に懇談会という名前の『舞踏会』があると聞かされている。
馬車で慰霊祭の場所から舞踏会へ移動する途中、前提の話をする。
『メッツェン様』はお外では勝手気ままで高慢な姫と恐れられているが、その美しい外見と歌声の素晴らしさから『歌の女神』とも呼ばれているそうだ。
数々のトラブルに見舞われてきたスタンツェとアドソンは、苦々しそうな顔をしながら、そんな両極端なエピソードをいくつか教えてくれた。
ニコニコと微笑む『メッツェン様』の後ろに吹雪が見えた気がする。
サクラは褒め称えることに徹した。
メッツェンの身支度と同時に、サクラ、ウィスカー、モースも着替える。
慰霊祭はメッツェンが純白、他は黒服であったが、慰労会では華々しい服装が好まれるとのことだった。
メッツェンは金色の髪にピンクの瞳であるため、くっきりとしたピンクに白・金・銀のレースが重ねられたドレス、大粒のピンクサファイアのアクセサリーで包まれている。
なぜか飾り立てられたサクラは短くした髪はそのままに、クラシカルな紺地に金・銀・白の糸で装飾されたドレス、パールとシトリンの控えめなアクセサリーを付けている。
ウィスカーとモースは侍女服を少し華やかにした程度であり、サクラは差が出来たことを切なく感じる。
「公の場で、クラはメッツェン様の相談役候補者として傍に付き添います。侍女とは違う立場となりますので、そのような顔は控えなさい・・・いつものふてぶてしい笑みでも浮かべていれば、味方も出来ますでしょう」
そんなモースからの励ましに、サクラはいつもの調子を取り戻す。
舞踏会では乾杯の挨拶があり、メッツェンは挨拶に来た人々に微笑みかけていた。
華やかな会場の隅に、スティーレが立っているのを発見する。
今は立場上近づくことは出来ないが、スタンツェを経由して果物やデザートを届けてもらうようにした。
イスイ村での災害支援の慰労会ではあるが、サクラの予想通り災害とは関係のない人たちで埋め尽くされている。
参加費を支援金として集めるための会であれば構わないが、その辺りはスタンツェに後ほど聞くこととした。
どうしても領主と1曲ダンスを披露しなければならないということで、メッツェンはエスコートを受け会場の中央に歩いて行く。
「私はダンスの練習をしていませんが、踊ることになりますか?」
思わずモースに話しかけてしまうが、扇子で隠しているので睨まないで欲しいと、サクラは苦笑する。
横から近づいてきたウィスカーから、今の間なら抜けても大丈夫だと教えてもらい、生理現象を解決しに大広間を出た。
出て廊下をまっすぐ行けばトイレがあると教えて貰えたので、怒られない程度に早足で歩く。
使い魔がいるからと護衛は断った。
「これはこれは美しい方。歌の女神には妖精が寄り添っているようですね」
しかし、廊下に出た途端、後ろから男性に話しかけられる。
振り返る前にペアンにスタンツェ様を呼んできて欲しいと伝える。
首回りから抜け出したペアンくんは瞬時に消える。
声を聞いたことがないため不審者である可能性を考えながら振り返り、けれどもこちらが身分が低い可能性があるため、跪礼をして頭を下げておく。
「・・・おや、そう畏まらずに。メッツェン様のお付きの者であれば、私と然程階位は変わりません。貴女のお名前は?」
下の者から話しかけてはいけないが、名前を問われれば答えないといけないルールであったと、モースからの教えを思い出す。
慰労会ではメッツェンと領主が主人公であって、サクラの紹介はされていない。
けれど、メッツェンの付き添いというのは一目瞭然で、そこに取り入ろうと一人になったところを狙って話しかけてくるのだから、碌な男ではないだろうなと、サクラは頭を上げる。
スタンツェが来るまで黙っていられればいいが、あまり待たせると失礼に当たるかも知れないと、顔を上げ口を開くことにした。
「・・・私は・・・」
「すまないが、こちらの女性は私の連れでね。・・・彼女にどんな用だい?」
サクラの背後から、もう一つ知らない声が聞こえる。
知らない男性に名前を聞かれ戸惑っている所に、知らない男性が絡んでくるこの状態。
トイレに行きたいだけなのに、なぜこんなにも面倒なことになってしまったのかと、小さく息を吐く。
サクラを連れの女性だという人の顔はまだ見られていないが、サクラに名を問うてきた男性は引き攣った顔をしている。
「・・・おや・・・人違いだったようですな。大変失礼致しました。・・・それでは」
サクラはまだ名乗っていないが、背筋が寒くなってきている。
後ろの人が何かしているのかも知れないので、振り返らずに前の男性を見つめる。
知らぬが仏というではないか、この世界に仏様がおられるかは知らんけど。
青白い顔で、颯爽と踵を返す男性に逃げ足が速いなぁと感心していると、後ろの男性に手を取られる。
思わず手を引こうとするが、男性の左肘に手を添えられてしまい、エスコートされるように歩くことになった。
柑橘系のような爽やかな香りが届く。
「あぁ、驚かれていますか?ひとまず貴方が目的地に着くように案内していますよ。そのまま手を取っていてもらえると嬉しい」
どこかで嗅いだことのある香りに、目を見開いて、手と男性の顔を見比べてしまったので、補足説明が入った。
目的地がバレているのは恥ずかしい限りだが、案内してもらえるなら何よりだと、気持ちを切り替える。
「あぁ、こちらです。さすがに中までご一緒は出来ないので、こちらでお別れですね。いつかまたお会いできるときを楽しみにしています。お嬢さん」
男性は高級店の扉のようにトイレの扉を、丁寧に丁寧に開けて中に入れてくれ、扉を閉めてくれた。
足音は聞こえなかったため、サクラには男性がどこに行ったのかは分からない。
トイレに行った目的を果たして、廊下に出た時には、機嫌が悪そうなスタンツェと、その足元でゆらゆらと尻尾を振るペアンが待っていてくれた。
スタンツェはサクラに手を差し伸べる。
会場までのエスコートが必要なのだと、モースからの教えを思い出す。
「・・・さっきの男のことは気にするな。メッツェン様に取り入るために、お前に声を掛けただけだ」
「えぇ、それは分かっていました。目的地にたどり着けないと困ったことになるなぁと考えているうちに、解決したのでほっとしました。来てくださってありがとうございます」
「あぁ、メッツェン様が宿に戻られる。行くぞ」
スタンツェの言う男性が一人なのか二人なのかは分からないが、サクラは深く聞かなかった。
必要だと判断されれば情報が降りてくるだろう。
二人目の男性はどこかであったことがある気がするが、思い出せないままに忘れる。
きっとご縁があればまた会えるし、必要があれば向こうから会いに来てくれるだろうとサクラは考える。
メッツェン達に合流し、慰労会から退席した。
一般人がドレスを着る機会は結婚式くらいだと思いますが、相当重いですよね。
優雅に歩くとか凄いことです。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
連日23時アップ予定です




