報告-14の月、6日、2枚目
雨降って地固まると良いな
「サクラ、質問をしても良いかしら?」
「はい、なんでしょう?」
いつもと変わらない笑顔があって、メッツェンは安心する。
ただ、サクラの笑顔以外はほとんど見ないことに気付く。
初めて出掛けた時に、馬に驚いて怯えていたくらいか。
あとは・・・文具屋で不思議そうにインクを見ていたと思う。
市場で柄の悪い男たちを手玉に取ったときは・・・いつもと同じ笑顔だった気がする。
思考がそれてしまったと、目の前の二人のやりとりに意識を戻す。
先程まで話していた村の復興支援についてのやりとりを再開する。
「きちんと調べないと分かりませんが、あの地域に生息する薬草は、私の世界にあるものと似ているんです。私のように魔力が少ない人にも薬が行きわたるようにするには、植物からポーションが作れるようになることも必要だと思います」
「なるほど、サクラはあの村の利用価値を探しているのね」
「はい、ただそのくらいで村を残すという選択にはならないのは分かっています。この国の医術の浸透具合や医術を受けるまでの時間を考えれば、あの村はもっと市街地に近い方が良いのは分かっています。例えば子供たちが学校に行くならば通学時間は生活に影響を与えますし、大人の足でも通勤は大変でしょう」
「そうね」
「なぁ、サクラ、この世界は平民の子供が通う学校はないぞー」
アドソンがツッコミ、静かに話を聞いていたスタンツェが小さく片手を上げる。
「あぁ、前に少し話したが、恐らくサクラが話していた高等教育を受ける機関は『円卓の魔術師』が設けている施設だ。貴族の子供たちは家庭教師に教えを乞う」
「そうですね。メッツェン様は家庭教師で育ち、スタンツェさんは円卓で・・・アドソンさんは騎士になるまえはご自宅にいたのですか?」
「アドソンは家が代々騎士を輩出していて、一族のために自宅に宿舎があるのよ。地域に広く開放していて、平民でも試験を合格すれば騎士や傭兵になるための勉強や訓練を受けられるわ。そこで生まれ育っているから、王城で行われた騎士の試験にも一度で合格しているし、血筋も問題がないからと王族専属の騎士団で団長を務めているのよ」
「うちに人員調達の部門があるんだー。各地を回って、こいつ強くなりそうだなってやつがいれば、領主に交渉して迎えいれている。流石に攫ってはこないぞー」
アドソンの話に、小さくスタンツェが頷く。
「平民はそのくらいでないと各領地から移り住むことはほぼない」
「なるほど。教育と医療の充実はまた別問題になりますね」
メッツェン、スタンツェの補足を聞きながら、サクラはまた思考を回す。
「一か月、住民の皆様を見てきました。イスイ村の生活の利便性という意味では、自給自足と買い出しで賄っているので、やはり医療が心配なりますね 」
「えぇ、でもサクラはあの村に利用価値があるとみているのでしょう?」
「無くはないのです。ですので、国の命令ではなくて、住民の方に決めてもらえればと思いました。先程のメッツェン様の言葉は決定事項のように聞こえましたので、住民の方への説明なく実行されてしまうのは・・・つらいなと思ったのです」
「なるほどね・・・それであればあたくしは決定権を持っているわ。住民の意見を聞かずに決めてしまうことも出来るから、サクラが感じたことは間違いではないわ。ただ、今の話を聞いて、まずは聞いてみようと感じたのも確かよ」
「ありがとうございます。お手数を掛けます。それと、もし村から人がいなくなったあとの話をしても良いですか?」
メッツェンは首を傾げる。
「・・・何かしら?」
「一つは山や川の管理です。人の手が入らなくなることで良い面も悪い面もあります。一度手が入ってしまっているので、土砂崩れなどの災害が増えることもあるかも知れません」
サクラは右手の人差し指を立てて説明し、中指も立てる。
「もう一つは残った家の管理です。家が残っていれば盗賊などの隠れ家になりますし、食品が残っていれば魔獣が食べに来るかもしれません。途中の道を歩く旅人が襲われる可能性もあります。人目に付きにくいのでボヤや放火から山火事になる可能性もあります」
「・・・そうね、その危険も住民とも検討するわ」
メッツェンの言葉に肩の力を抜いたサクラは、いつもよりも微笑む。
「ありがとうございます。他に質問はありますか?」
「いいえ、今は結構よ。また聞きたいことがあれば呼んでいいのかしら?」
「いつでもお呼びください」
立ち上がり跪礼を見せるサクラ。
いつもであれば部屋の隅にウィスカーと立つのであるが、今は動かず少し俯いている。
メッツェンは話しかけるべきか逡巡する。
「・・・メッツェン様、シャツのボタンはまだ持っていらっしゃいますか?」
「あ、取りに来ると話していたボタンよね?・・・でもせっかくだから、城に戻ってから渡すわ。皆で城に帰るんでしょう?」
「もちろんですよ。・・・私はある程度の成果は上げられましたか?」
いつも笑顔のサクラが少し上目遣いで成果を問う。
メッツェンは、サクラがこの一か月不安ながらも懸命に成果を上げようともがいてきたのだと理解した。
いつもと変わらない笑顔の下に、どれだけの葛藤や不安があったのだろうか。
「何を言っているの?貴方や貴方が連れて行った人たちは現地で住民を助け、傷を癒し、再建の手伝いをしたのでしょう?最初に行った者たちは重労働ではあったけれど、とても働きやすかったという者もいたわ。悲しいこともあったようだけど、今は皆穏やかに過ごせているようね」
「今はまだひと月です。ここから先何度も思い出して、心が傷つけられてしまうと思います。支援は形を変えて、継続していかなければなりません。まだその準備は整っていません」
メッツェンとしては、慰霊祭が終われば、サクラが王女宮に戻ってくる位の心づもりでいた。
けれど、サクラは今後の長期的な支援という視線で、今まで報告と返答をしていたのだ。
それは解釈がすれ違うのだろう。
「・・・サクラはそんなことも考えていたの。今はどこまで見ているのかしら?」
「今は・・・まだ分かりません。住民の皆さんがどこで何をして暮らすのかを選んでもらってから、皆さんと相談したいと思っています」
「住む場所によって異なる、と?」
「いえ、誰がどこにどのように暮らすのかで変わります。求めるものが変わりますからね」
「そう・・・・支援が必要な者がいるということは見えているのね。その支援はいつまで続けるの?」
「・・・それも住民の方一人一人によって違いますし、その時にならないと分かりません」
「そんなに長く続ける必要があるのね。サクラはそんな経験があるのかしら?」
「前に少し話しましたが、大きな戦争は私の祖父母の時代にありました。幸い私は戦時を知りません。ただ技術によって伝えられていることもありますので、全く知らないわけではありません。それから災害の多い国ですので、局地的な大雨で川が氾濫して、山が崩れたという話は毎年のようにありました」
「そんなに危ない国なのに、違う国に行こうとは思わなかったの?」
「・・・ふむ。メッツェン様は魔物や妖精がいる国は危ないから、違う国に来た方が良いと言われて、行きますか?」
「えっ・・・そうね、危ないかも知れないけれど、恩恵もあるから検討するくらいかしら・・・災害に恩恵もあるのかしら?」
「災害自体は災厄です。人の命や生活を奪うものです。ただ、私の国ではそこをうまく付き合う知恵があったように思います。ヤオヨロズの神々が・・・この世界の魔物と妖精を全部まとめたような考えです。そのヤオヨロズの神々が我々人間に対して警告や怒り、悲しみを表現したものとして災害を捉えている人がいました」
「神の警告?魔物や妖精の・・・怒り・・・何となくわかるわ。それは危険だけれど、その神々から受ける恩恵もあるってことね」
「はい」
興味深い考え方を知ることが出来たとメッツェンは満足する。
今度こそ、サクラは壁際に寄って、ウィスカーと共に指示を待っている。
部屋は違うが、見慣れた場所に見慣れた人物がいるということは、酷く安心する。
その後、メッツェンの執務が落ち着いたところで、翌日の慰霊祭や慰労会についての打ち合わせに入っていった。
「えっ、私もドレスを着るんですか」
「王女の側近として受けた教育はどこ行った」
「やっぱ、サクラはおもしれーな」
メッツェンをサクラ、モース、ウィスカーで着飾っていくのではなく、モースがサクラの身支度を整えるということだ。
「大丈夫よ、サクラのサイズに合ったドレスはもう到着してあるわ」
モースが来た理由を嫌というほどに理解したサクラであった。
モースとウィスカーに追い詰められるサクラなのでした。
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