報告-13の月、5日、2枚目
最期の時に手を握る存在。
村に到着したのは日が暮れてからだった。
サクラの提案がスタンツェ、アドソンに寄って指示となり、それぞれの持ち場で支援が展開されていく。
騎士たちは周囲の安全の確保、テント設営、調理、魔獣への対応を行う。
魔術師は風呂場の設営、傷の治療、調理の手伝いを行う。
使用人及びミクリッツたち平民はそれぞれが出来ることをその場その場でサクラに指示を仰いでいく。
ミクリッツの夫たちの大工は魔術師や騎士と、住宅の修繕、家づくりについて動き出した。
サクラは事前に用意してもらっていた旗を持ち歩き、各所で声を拾う。
簡単の調理場では、パン、スープ、ハムサラダとクッキーが全員に配られる。
「おいしい」
母親にスープを飲ませて貰った小さい子から力が宿る言葉がこぼれる。
その場で形成し突貫工事で作った風呂場では、短時間だけれども暖かい入浴を住民に提供出来た。
「あーすっきりした」
清潔な衣類を身に着けた青年が、力を抜いた言葉をこぼす。
医療処置用の大きなテントでは、幸い大きな怪我をした者はいないそうだ。
高齢者や病気がちの者、何らかの症状が出ている者を経過観察としてカルテを作っている。
ポーションを薄めて擦り傷に塗る魔術師もいた。
「助かった」
食料を確保するために森に入り、裂傷が出来た壮年の男が、安堵の言葉をこぼす。
仮の住居として設営されたテントでは、子供たちの中に眠れない、夜泣きがあるものがいたので、家族全員でまとまって休めるようにしてもらった。
「お外にいなくて良いの?」
城のメイドの一人が女の子の要望に応えたいと、この後に絵本の朗読会を開くことの提案を受ける。
サクラは拾える限りの声を拾い、明日の作業案を頭の中で展開する。
これから騎士たちの数名は、アドソンの手配で夜の巡回に回る。
スタンツェの指示で魔術師たちは一気に魔力を使ったため、早めに休息をとるそうだ。
明日は洗濯をお願いしたいと話したところ、引き攣った笑顔を見せてくれた。
スタンツェの説得に期待したいとサクラは願う。
村の住民たちがテントに入り、灯が少なくなったころに、サクラは土砂崩れ現場に向かう。
ペアンはいつも通り首周りにいるが、後ろからアドソンが声を掛ける。
「サクラー、複数人で動けって言ったのはサクラだろー?勝手にどっか行くなよー」
「そうでしたね・・・すみません」
「どこに行きたいんだ?」
「使い魔さんと一緒に土砂崩れを見に行こうと思いまして」
二回の土砂崩れにより、村の三分の一が押し流され、粉塵や泥でほとんどの家が汚れている。
灯の全くない村の路地をサクラとアドソンは歩いていく。
「夜に無謀だなー。まぁ俺と一緒なら良いけれど、あまり近づくなよ」
「ありがとうございます。明るくなってから行こうと思ったのですが、やはり気になりまして」
「何が気になったのか聞きながら、行こうか」
魔石を埋め込んだ小さなランプを片手に、ゆっくりと歩むサクラ。
岩場でも湿地でも歩きなれているアドソンはペースを合わせる。
「二回目の土砂崩れでは村の住民は被害がなかったと聞きました。でも一度目は被害が出ていますし、気づかれていない命が失われたかもしれません。それを見に来ました」
「それはどうやって確かめるんだ?人の魔術では難しいぞ」
「確かめるというか、まぁ見に来ただけです。何か・・・欠片でも見つかれば良いと思っただけですよ」
月は雲に隠れており、ランプの光が届かない範囲は暗い。
「それは・・・・明日でも良かったんじゃないのか?」
「ふふ、だからちょっとだけ、一人で、見に来ようと思ったんですよ」
「なるほどねー」
避難場所の高台から村を抜けて、山の麓に近づくとサクラは見慣れぬ光景に出会う。
「あの、アドソンさん・・・あちらの方々はどなた様ですか?」
「あぁ・・・死の妖精だ。下級の妖精が迎えに来たんだな」
「妖精さんには階位があるんですね。作法やご挨拶の仕方はありますか?」
「一礼すれば良いはずだが、気に入られれば連れていかれることもある」
「・・・まずは一礼ですね」
黒い帽子に黒いコートを着た掌くらいの大きさの妖精が、山が崩れたところに飛んでいた。
青白く光る妖精は遠目にも存在感があった。
アドソンとサクラは近づいてくる妖精に一礼して通り過ぎようとしたが、妖精は通り過ぎた後、方向転換して二人に近づいてきた。
いきなり逃げ出しては、妖精の機嫌を損ねるかもしれないので、二人とも黙って歩く。
今この瞬間、サクラには対応が分からないため、アドソンが頼みの綱だ。
ペアンを撫でて心を落ち着かせる。
土砂崩れの現場に辿りついたころ、サクラの髪の毛を妖精が引っ張った。
「グルルルル、シャー」
「・・・あっ、ペアンくんありがとうございます」
ペアンの威嚇に、妖精たちは逃げていった。
感謝の意を込めて、撫でまわしておく。
「スタンツェの使い魔って、妖精を威嚇するんだなー」
「使い魔さんも階級があるんでしたっけ?」
「そうらしいね。スタンツェに聞かないと詳しいことは分からないけれど、人形みたいに指示しないと動かないものも、人間と同じくらいに意思を持ったものもいるらしいー」
「では、今回は意思を持って守ってくれたんでしょうね。ずっと様子を見ていて、髪を引っ張ったので威嚇してくれたように感じました」
「うん、そうなんじゃないかな」
「ありがたいことですねぇ。あ・・・あの妖精さんたちがここに居たということは、この下にいる方の魂を運んでくれたという事でしょうか?」
「そうなるね。普段なら葬列の最初か最後に訪れることが多いんだけど、今回のことはこのまま眠ってもらうことになるだろうから、迎えに来たんだろうね」
サクラはじっと土砂が崩れたところを見つめ、騎士の礼を取る。
「突然で驚いたことでしょう。今はしばしお休みください。」
アドソンも一緒に礼をして、来た道を戻る。
やはり月明りは雲に遮られ、時折風が吹き抜ける音がするだけだった。
先程はなかったはずの小石にサクラが躓き、アドソンが支える。
何となくそのまま手をつなぎ、避難場所に向かう。
温かい手の感触にサクラは力を抜く。
「・・・アドソンさんは先程のような死の妖精さんを見たことがあるんですよね」
「うん、何度か、ね」
「・・・うまく伝わるか分かりませんが、ここは優しい世界だと感じました」
「そう?」
「魔獣や人外者からの死が身近にあることは、幸せではないかも知れませんが・・・」
アドソンは小首を傾げるが、静かに聞いている。
サクラは前だけを向いて、アドソンの手の温かさだけを感じていた。
「死を迎えるそのときに、誰かが近くに居てくれて、その時が来たのだと周りの人が知ることが出来るのは、優しい世界だと思います」
アドソンが立ち止まり、サクラは顔を上げる。
「んー・・・妖精だけじゃなくて魔物もいるんだ。疫病とか嗜虐とかもいるから、死は清らかなものじゃないけど・・・そうだね・・・一人で彷徨っている訳じゃないなら少しほっとするかな」
アドソンは前髪がいつもより下がっていて、目元が見えづらい。
声も普段よりも硬いけれど、最後まで言い切った後に薄く口角があがる。
サクラは振り返り、先程までいた場所を見つめる。
雲の多い夜空は風によって、雲の隙間が生まれる。
「・・・私のいた世界には生きること、老いること、病むこと、死ぬことの苦しみがあるという考え方がありましたよ。それぞれの苦しみは知っているつもりでいます」
「サクラの人生も色々あったんだなー」
「そうですね。でもそれはこちらの世界の皆さんも、色々なことがあった人達だと思っていますよ」
「そっか・・・そう思ってくれているだけでも嬉しいよ。なぁ、いつかサクラの昔のことを聞いたら教えてくれるか?」
「いつでも答えますし、いつでもお話を聞きますよ。うまくまとまらなくても、例え醜い感情であってもそれが貴方自身であるならば、受け止めます。力はありませんが、寄りかかってもらえるならば、支えます」
アドソンは土砂崩れを見つめるサクラの横顔を見る。
サクラも視線を感じて、アドソンを見る。
目線が合った瞬間、アドソンがふわりと笑う。
「ねぇ、サクラは誰に対してもそうやって受け止めてくれるの?」
「そうですね・・・仕事で聞く場合は情報の一つとして聞いています。個人としてお話を聞くのは・・・友達が少なかったので、経験は少ないです」
「へぇ・・・仕事ねぇ」
「皆さんは個人的に聞きますね。それと、明日からの仕事はそちらを中心にやっていきます。暇そうに見えるかもしれませんが、大切なことなので、お時間があれば一緒に取り組んでもらえると嬉しいです」
いつも通りの笑顔を見せるサクラ、首を傾げるアドソン。
手をつないだまま、また歩き出す。
隙間から力強い月の光が注ぎ、暗闇になれた夜目にはランプが無くとも歩けそうなくらいに見える。
「何をやるかはよく分からないけれど、楽しいことなら張り切って乗るよー」
「んー楽しいかは人それぞれですね・・・・やっぱり、まずは生活の再建ですので、アドソンさんには家の修理や安全の確保をお願いします」
「はいよ。じゃぁ俺は夜警に行くね。サクラはちゃんと寝るんだよー」
「はい。今度は大人しくテントに戻ります」
「うん」
「・・・アドソンさん・・・ありがとうございました」
「うん?一人で行動しないように言ったのはサクラだよ。俺は付き添っただけー。じゃ、また明日」
「また明日」
二人とも温かさが残る手を振り、サクラはテントに戻る。
「おやすみなさい、また明日」
死は誰にも等しく訪れるから、そこに至るまでの物語を大切にしたいサクラなのです。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
連日23時にアップ予定です。




