報告-12の月、18日、1枚目
お酒を飲む
ホーマンの授業を終えて、昼食を手配するために執務室に来たサクラに、アドソンが声を掛ける。
「そういえばサクラ、昔は酒を飲んだのかー?」
「そうですね。・・・一通り飲んで、失敗しています」
「やらかすタイプなのかよ」
「いえ、ほとんど顔に出ず、どちらかと言えばご機嫌で、食べて、飲んで、喋ってというタイプなのですが、大切な時に悪酔いするようです」
朗らかに答えるサクラに、すかさずスタンツェが突っ込む。
「それを、やらかすタイプだと言っている」
「・・・では、そのように」
「サクラっておもしれーなー」
ツッコミを受けてもサクラは変わらず笑っている。
「元の体では少しなら大丈夫なのね。この世界ではお酒は飲んでいないと思うのだけれど、立場上色々危険なこともあるから、味くらいは知っておいた方がいいと思うの。どうかしら?」
「酒というよりは、毒や薬への抵抗を付けた方が良いということですね」
この世界=王宮という等式が成り立ちそうなほど、サクラの世界は狭い。
けれど、もし何かの折に体に入ったものが体に合わなければ、対処法がないものもあるかもしれないと考える。
「そっ・・・そうね。その通りよ。始まりとしてのお酒ね」
「分かりました。今の体の体質が分からないので、少量で種類を多めに、あとお腹に溜まる物も一緒に食べるということで良いでしょうか?それとお酒に極端に弱い人が飲む解毒剤があれば、助かります」
「用意しておこう」
「では、今日の夕食はお酒を飲みながら、ここで食べましょう」
「んじゃそんときに、サクラのいた世界の宴会のことも教えてくれー」
「簡単な一品なら夕食に間に合わせることが出来ると思いますよ?」
「ぉ、食べてみたいな」
「前回の厨房は開いているようですので、これから作ってもいいですよ」
「・・・では、下拵えだけしてきます」
有能な執事でもあるスタンツェは、厨房が開いているのも確認済らしい。
恐らく以前から酒、毒、薬の話をしたかったのだろうなと、サクラは考える。
アレルギーでも人は死ぬものなので、お互いの理解を深めるのは良いことだと頷く。
執務室から退室して、廊下を歩きながら何を作るか悩む。
サクラ自身は食事を楽しみの一つとしていて、色々な料理を作ってみたものの、それは全て、前の世界の企業様方の努力の結晶といえる便利な調味料があったからだ。
「だしも醤油もないんですよねぇ・・・」
野菜の浅漬けから、時間があればきんぴらが作りたいとか、餃子とかと様々な食品に意識が飛んでいた。
塩、砂糖、酢、酒はワインやブランデーがあるので、厨房で他のものがあるか聞いてみようと思う。
この国の料理は美味しいけれど、やはり洋食で、和食に使う調味料には出会えていなかった。
伝統料理を紹介する本も読んだが、記載はなかった。
お酒もエールとか、スピリット系があるとまた作れるものが変わるし、香辛料は欲しい。
こんなときには専門職を頼るのが一番だとサクラは知っている。
「では、乾杯」
夕刻、スタンツェが約束通り、沢山の種類のお酒を少しずつ飲めるように手配してくれていた。
様々な種類のグラスに色とりどりのお酒が入っていて、サクラは上機嫌だった。
それと、サクラの交渉の結果、ウィスカーとペアンも同席することになった。
結局サクラは鳥もも肉の巨大な揚げ物を作り、漬けタレを数種類用意してみた。
物珍しさもあり、酒の席は和やかに進む。
「サクラ、体調に変化はないかしら?」
「少し酔っている感じはありますが、吐き気はないです。顔が真っ赤になっていますか?」
「見た目の変化もそうないわ。お酒を全く受け付けない体ではないのね」
「そうですね。安心しました。ただ、今回は初めてなので、あまり大量には摂取しないようにします」
元いた世界でのペースでつまみをお腹に納めながら、会話を楽しむサクラ。
メッツェンは優雅に、スタンツェは度数が高そうなお酒を小さなグラスでカパカパと、アドソンはエールのようなスパークリングのお酒を飲んでいる。
用意した揚げ物にかじりついていたアドソンが、サクラに問う。
「なぁ、サクラー、前の世界の料理について知りたいんだけど」
「・・・はぁぃ」
「サクラ?酔っぱらったの?」
「失礼ですね。少し酔っていますが、そこまでではないです」
「・・・これは危ないかな?」
「さぁな」
「えっ、サクラ、これ全部飲んだの?」
スタンツェが飲んでいるグラスと同じサイズで、数口分の様々な酒を用意していた。
約二十種類のはずだが、全て空になっている。
「えぇ、出されたものは責任もって飲みますよ!」
いつも通りの笑顔のサクラは言い切る。
スタンツェは眉を顰め、メッツェンはこめかみを押さえて俯く。
「・・・無駄な責任感を出してきたな」
「元々そういう子なんだと思う・・・」
「・・・それはそうと・・・アドソンさん、ここに座ってくださいっ」
「へっ?」
「ここっ!ここに座るっ!ここっ」
長いソファに座るサクラの隣のスペースをバシバシ叩く。
表情は変わらないが、幾分か頬が赤いように見える。
そこそこの量を飲んでいるのは確定なので、酔っているはずだが、三人は対応に困る。
「わ・・・分かったっ。・・・失礼しまぁす・・・」
そっと座ったアドソンを見ながら、満足そうに笑うサクラ。
どう行動するかが分からず、相手を伺うアドソン。
風の魔力を練って、不意な行動に対応できるようにしている。
サクラがアドソンの方に手を伸ばす。
アドソンの前にペアンが即座に割り込み、人の座高と同じサイズに膨らむと、毛並みにサクラの手が触れる。
「・・・はわぁっ・・・素敵な毛並みです。ずっと撫でていたい。猫吸いたい・・・」
途端に蕩けるような笑顔になるサクラ。
ペアンを撫でつけ、抱きしめる。
小さく溜息をつくペアンと、何が起こったのか分からない三人、のんびりとお酒を飲むウィスカー。
はっと現実を理解し、何となく助かったと距離を取るアドソン。
サクラはペアンを抱きしめ、首元の匂いを嗅いでいるらしく、息遣いが荒い。
「えっと・・・サクラ・・・何をしているのか教えて」
そっと小声で質問するメッツェンに、猫の毛並みからさっと顔を上げたサクラは言い切る
「ネコスイです!」
「ネコスイとは?」
「・・・ネコスイ」
「これは全身全霊をもって猫様を味わう崇高な行為です。このフォルム、この手触り、温もり・・・全てを味わい尽くす至極の時間なのです」
「なるほど、わからん」
「・・・サクラは幸せなのね」
「はいっ!」
「サクラっておもしれーなー」
ふんすっと鼻息荒く、笑顔になるサクラと、誇らしげに胸を張る猫の使い魔に、なんとも言えない表情の三人、のんびりとお酒を飲むウィスカー。
「えへへ、幸せです。いつも頑張っているメッツェン様に拾われて、スタンツェさんはちょっと神経質に見えるけれど困っている人を放っておけない優しい人で、あっけらかんとしているけれどしっかり見守ってくれているアドソンさん。・・・ウィスカーさんにペアンくん・・・私はここに来られて幸せです」
猫吸いを楽しみながらそのままペアンを抱きしめて眠ってしまうサクラ。
ウィスカーが横抱きにして部屋に連れて行くことになった。
三人は残った酒を飲みほしてしまうことにした。
サクラの分はサクラが飲み干しているので、自分たちが用意した分だけを、ゆっくり消費する。
「サクラはこんなところでも幸せだと思うんだね。閉じ込められているのに」
「・・・お互い利用しあっているんだ、利があるなら良いんじゃないか。ただ、使い魔に名前を与えたのが気になる」
「これからもここに居てくれると良いなぁ。まぁ俺たち次第かー」
三人は口々にこれからのことを話しあう。
酒もおかずも無くなった頃、お開きになった。
「おはようございます。昨晩の記憶がほとんどないのですが、何か失礼はあったでしょうか」
二日酔いはないが、途中から記憶がないサクラは、目覚めた瞬間に青褪めていた。
失礼なことをしてしまったのではないかと怯え、ウィスカーに慰められた。
メッツェンたちに謝罪をと覚悟を決めてきたのだ。
「サクラ、おはよう。・・・いえ、何もなかったわ」
「・・・それなら良いのですが、もうお酒は飲まない方が良いですか?」
「いえ、お酒も薬も毒も少しずつ慣れた方が良いから、あたくしたちと一緒なら時折飲みましょう。ただあたくし達以外の者とは、絶対にダメよ。あと今日は休日なのだから、ちゃんと休みなさい」
メッツェンが朗らかに答え、念を押す。
内輪なら良いが、部外者にあのサクラを見られたくはないと、モヤっとした気持ちを持ったのだった。
「・・・それは何かあったという事ですね」
「イイエナニモ」
慌てるサクラを見ながら、昨日のような笑顔のサクラが見られるならば、また飲むのも悪くないと表情を崩さずにメッツェンは思うのだった。
「内輪で飲むなら大丈夫よ」
毒を喰らわば皿までもと言いますね。
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連日23時にアップ予定です。




