報告-12の月、7日、騎士
巻き込まれた騎士様の視点
上官に着いていき、初めて王女殿下の執務室に入る。
そこにメッツェン様は不在で、代わりに文官の女性が座っていた。
公務のときにしかお傍に行けないため、メッツェン様に会えないのは少しだけがっかりした。
もちろん表情には出さない。
「連れてきたぞー」
「・・・失礼致します。お呼びでしょうか」
礼を失することがないように、左手を右胸に当て騎士の礼を取る。
座っていたソファーから立ち上がり、ローブとスカートを小さく摘まみ淑女の礼を見せる文官の女性。
ローブを羽織り、首筋から見えているブラウスは質が良い物だと思う。
落ち着いた色合いのスカート、靴は綺麗に磨かれている。
貴族としては非常識なくらいに髪が短いが、魔力の関係だろうか。
「初めまして。文官のクラと申します。私が貴方様からお話を伺いたいと我儘を申しました」
「・・・左様でございますか」
「どうぞお座りください。・・・アドソンさんも同席しますか?」
「おー良いかー?」
「本当は嫌ですが、特別に良いですよ!」
「クラはおもしれーな」
上官と軽口を叩くクラ様。
ソファに座ると、メッツェン様付きのメイドが紅茶を用意してくれる。
笑顔も物腰も柔らかで、ふわふわした印象の文官は、どうも苦手だ。
きっと他の貴族令嬢と同じで世間知らずで、何の苦労もしていないのだろう。
剣を握ることも体を鍛えることも、土埃の中を走ることも嫌がるだろうなと、小さく溜息をついてしまう。
クラ様はメイドに声をかけ、別室に向かわれる。
今、お茶を運んで来た侍女は、確か王女付きではなかっただろうか?
今日は外部の執務はなかったはずだから、一時的に部屋から離れているのだろう。
少ししたら、メッツェン様にお会いできるかもしれないと思うと、少し気分が上がる。
別室から戻ってきたクラ様は、クッションを多量に抱えている。
「ちょっと背中にクッション入れますね。はい、寄りかかってください。あと毛布を掛けておいてください」
何事かと驚いている間に、言われた通りの姿勢になる。
いくつものクッションに挟まれ、毛布を掛けられ、身動きがとりづらい。
クラ様も同じ姿勢になるようにクッションを重ねて、毛布を被っている。
「なんだ、なんだ、だらけているなー」
上官が機嫌の良さそうな声を出して笑っている。
「体調が悪いと話したのはアドソンさんですよ。ここまで来て気を使って体を休められないのは、今後の仕事に支障を来します」
「まぁそうだけど・・・俺にもクッションをくれー」
「はい、どうぞ。さて、騎士様、そのままの姿勢で良いので、お話を聞かせてくださいね」
何がなんだか分からないが、話をすることになったらしい。
他の者には体調が良くないことは伝えていないのだが、どうやらバレていたらしい。
メイドが淹れてくれた紅茶は、体が温まる効果があるとのことで、独特の風味がした。
仕事中ではあるが、菓子も摘まめと言う。
咳払いをしたクラ様が、私に問う。
「騎士様は王女の護衛に就いていらっしゃると聞きました。騎士様のお仕事とは、考える強さとはなんですか?」
「・・・私が考える、ですか」
「はい、求められる騎士道ではなく、騎士様自身が目指す先です」
騎士たる者こうであれ、とはよく言われる。
では、私が騎士に選ばれて、自分が目指すものとしたら?
「私の目指す先・・・どのような相手からも王女殿下をお護りすることです」
背筋を伸ばし、クラ様を見据えて答える。
「力入ってますよー。クッションに戻ってくださいね。騎士様はメッツェン様を護るお仕事を全うするのが目標なのですね。訓練は対人戦が中心ですか?」
「はい。例えば移動中の馬車を襲われたなどの想定訓練を、他の騎士と共に行っています」
「なるほど、他にはどのような想定訓練があるのですか?」
「視察先で魔物に遭遇した場合など、えっと、どこまでお話しても良いのでしょうか?」
クラ様からの質問に誠実に答えたいと思うが、守秘義務や機密事項はどうなるのか、上官の様子を伺う。
「俺は全部話しても良いと思ってるー。話したくない部分は自分で決めていいぞー」
いつも通りの軽い返答があり、慌てたクラ様から補足が入る。
「あっ、済みません。もしかしたら失礼な質問もあるかと思いますので、そのときには応えなくて良いのです。尋問ではないので、話せる部分だけお話ください」
「畏まりました」
「では、次からは質問を変えますね。騎士様は他の男性騎士と同じような訓練をしていますか?同じ寮に住んで、同じ食事を食べているのですか?」
「はい。訓練は男性騎士らと共に行い、騎士に就任した頃は女性のみの大部屋で、今は女性騎士を束ねる役に昇格しましたので個室に移っています。食事は王女宮の食堂を利用しています。夜警も他の騎士たち同様交代で行います」
「分かりました。次の質問は、騎士様はドレスを着て舞踏会に出席したことはありますか?」
「・・・いえ、ありません。元々私は下級貴族の生まれですので、王城などでの舞踏会は護衛としてしか参加したことはありません」
「なるほど。では、騎士様は魔術師との対戦はしたことがありますか?」
「いえ・・・この質問はどういう意図があるのでしょうか?」
「あっ、申し訳ございません。騎士様たちのことを学び始めたところだったので、興味本位で質問してしまいました・・・」
頬が赤くなるクラ様は、話始める前よりも警戒しなくて良い人のように思えた。
何かの依頼を受け、ここで騎士の話を聞きたいのだろう。
上官が話していいと許可を出している以上は、ある程度答える気持ちになった。
「クラは何か気づいたかー?」
「気づいたというよりも疑問が湧きました。せっかくの女性騎士様なのに、男性騎士様と同じ訓練しかしていないのは勿体ないなぁと。せっかくの目標から遠ざかっているなぁと感じました」
「・・・どういうことでしょう。私が弱いという事でしょうか?」
前言撤回。
もっと強くなるために一時も訓練を欠かしたくないのだが、これも仕事だからここに来たというのに。
文官に騎士の仕事を理解するのは無理な話なのだろう。
「いえ、騎士様はお強いと思います。ただ先程の目標はどんな相手からも殿下を守るということなのに、危険性が狭い範囲でしか想定されていないと感じたんです」
「想定が狭い?」
「はい。王女様の護衛だからこそ女性の騎士であれば、剣を使えない場所でも王女様の命を狙う方法に対応していなければならないと思います」
それについては概ね同意する。
王女宮は護衛対象が女性であるため、男性騎士が入れない場所での護衛もある。
そのため私を含めた女性騎士が少数精鋭で在籍している。
「・・・例えば貴族令嬢とのお茶会で飲み物に毒を入れるとか」
「それは毒見がおります」
「あぁもしもの話です。毒見の方が味を確かめた後に、毒を入れるとか。無味無臭の遅発性の毒を入れるとか、部屋の空気に毒を混ぜるとか方法はいくらでもあるでしょう?そのときにどうなさいますか?」
「応援を呼びます」
「貴方様しか護衛が居なくて、応援を呼びに行っている間に、お客様である令嬢にトドメを刺されたら?」
「それは・・・」
「長剣を持っていらっしゃいますが、視察先が小さな部屋だとしたら、振り回しづらくないですか?魔法で襲われたらどうしますか?」
「それは・・・」
「クラ、あまりいじめるなよー」
「済みません・・・」
気まずそうに背中を一層丸めてクッションに埋もれるクラ様。
虐められたという気持ちはないが、想定に漏れがあるのではないかとの疑問は、私も抱いた。
顔の高さまで両手を挙げた上官が、小さく溜息をつく。
「俺がそういう想定をした訓練をしていないからなー。俺の不手際だ」
「いえ、ご指摘頂いたことは全て想定できることでした。殿下の身の回りで護衛するものとして対応出来ないのは恥ずべきことです」
「この前、メイドが一人いなくなった話があるだろう?そのときに、宮内の点検と鍛練の強化はしていたけれど、想定訓練まではやってなかったから、まぁ良い機会だなー」
「クラ様・・・恥を晒すようですが、私たち女性騎士はどのように力をつけるべきでしょうか?」
「えっと・・・私には戦闘自体の知識、技術はもちろん、皆さまのように体力もないのです。ただ、先程のように悪巧みを考えるのは得意ですので、想定集を作ることは可能です。想定訓練までは行かなくても、想定に対してお返事を頂くだけでも違うのではないでしょうか?一つだけの正答を用意する必要はありません。いつか実際に事態起こった時に対処して、被害が最小限に収まることが大切です」
「なるほど・・・大変恐縮ですが、しばらくはクラ様より直接指導をいただくことはできますでしょうか?」
「えっ・・・メッツェン様とアドソンさんが許可をくだされば、良いですよ」
「メッツェンの為になるんだし、良いんじゃないかー。仕事の日の午後なら調整付けられるだろう」
「ぜひよろしくお願い致します」
「あ、はい。メッツェン様がかえってきたら報告しておきます。宜しくお願いします!そしたら、何日かに一回女性騎士様とお話する機会を頂いても良いですか?作戦会議がしたいです」
「我々はお呼びいただければ、いつでも参ります」
「クラ、その作戦会議は俺も参加して良いか―?」
「良いですよー。ではまず明日、午後のお茶の時間の時に大広間でお会いしましょう」
「大広間?・・・分かりました。女性騎士全員で参ります」
「はい、明日が楽しみですね!今日は体を温めて、ゆっくり休んでください。他の騎士様にもゆっくり休むようにお伝えくださいね」
「・・・承知しました」
不思議な人だ。
物言いは柔らかで、戦闘などしたことはないのだろうが、女王陛下を害する危険性は的確に我々の弱点を突いてきた。
仲間たちに説明して、明後日の訓練に向かうとする。
クラ様を決して侮るなと説得するところから始めないといけないが、そこは私の交渉力次第か。
明日の会議、どんなことが起こるのやら・・・楽しみだ。
作中の飲食物はアップルジンジャーティー、ココアクッキー。
サクラは醤油が手に入ったら、生姜焼きが食べたいと考えています。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
連日23時にアップ予定です。




