報告-11の月、20日、ウィスカーとペアン
序盤ウィスカー視点、中盤ペアン視点、終盤喧嘩でお送りします。
あたしはウィスカーと名付けてもらった宝玉、今はシトリンの妖精。
サクラちゃんは急にこの世界に呼ばれたんだって。
無謀なことをする人間がいるんだね。
妖精だってそんなことをしたら、死ぬか、元の姿に戻っちゃうと思う。
痛そうだからやらないけど、妖精の王なら出来るかな。
サクラちゃんは不思議な子。
この世界の人間を入れ物にしているけれど、この世界の香りじゃないの。
凛とした声色に、真っすぐに投げかけてくる眼差し、時折上がるキュッと引き締まった唇。
この世界で美しいと言われる者たちには入らないけれど、サクラちゃんが沢山話してくれて、魔力をくれるから、あたしはサクラちゃんが好きになったの。
サクラちゃんは知らないけれど、あたしは宝石だから大切だと思ってくれることが魔力に変わるんだ。
だから、手紙を貰って自分の力で妖精に育つことが出来たの。
サクラちゃんの料理は魔力が入っているんだけど、料理の魔術とは違うのよね。
魔術みたいに縛られるものじゃなくて、食べてもらう人のためにって思いがあたしの魔力になるから、サクラちゃんの料理を食べると元気になれる。
あたしは妖精だから選択すれば男にもなれるんだけど、女のままでサクラちゃんとずっと一緒にいたいな。
沢山話して、沢山出掛けて、手をつないで、一緒にご飯を食べて。
幸せってやつをサクラちゃんは私に沢山くれるから、契約者じゃなくて、このままでいたい。
監視者になるのかな・・・家族が良いんだけどな。
それにはサクラちゃんを見張っているペアンを消さないといけない気がする。
アイツがサクラちゃんの愛情を奪っていくなら・・・。
――――皆でおやつを食べると幸せですね。ウィスカーさんもペアンくんも一緒に食べてくれて、ありがとうございます。
サクラちゃんはあたしとアイツに一緒にいると幸せだと言ってくれた。
アイツは消さないほうが良いのかな・・・。
――――使い魔が妖精になって、サクラの寵愛を独占する気か
我はサクラに名付けられし者、ペアン。
ウィスカーは元々メッツェンのメイドとしての役目があったが、今はサクラの元にいる。
スタンツェが我を召喚し、サクラに仕えよと命じたあの日、すでに隣にいた。
大きな魔術を持たない人間に見えたが、サクラの魔術は我が見つけ出したのだ。
知識の魔物として生まれた我が、新しい魔術の顕現を守り育むのは当たり前ではないか。
今はスタンツェの命令ではなく、我がサクラの監視者として存在しているのだ。
スタンツェには気づかれぬように使い魔から魔物に生まれ直したことで、魔力の容量は大幅に増えた。
見える知識も格段と広がったが、やはりサクラの異世界の知識は味わい深い。
サクラの知識に触れることで我の魔力はどんどん蓄積されている。
サクラは、真っすぐな眼差しで以前の世界との差異を見つけ出し、理解しようと考えを巡らすときにキュッと引き締まる唇、他者を受け入れようと伸ばすその小さな手の力強さ、失われたものを懐かしむ弱さではなく、これからをつかみ取っていくその姿勢が素晴らしい。
我は人型を取りその横に並び立つことも出来るが、今はそのときではない。
サクラは我の猫型を『理想の猫の具現化』だと評する。
色合い、毛並み、耳や目の形など、言葉にすることで伝わる魔力が私に蓄積される。
それであれば、語られる知識を何一つ取りこぼさないように、いつでもその近くにいられる猫型が最良だ。
加えて、その柔らかな小さな手が愛情という力を持って、我を撫でてくれることが喜びだ。
そして、サクラが偶然生み出した「文字の魔術」はとても興味深い。
一つの文字であるのに奇怪な形をとり、多くの音や意味がこもる。
同じものを表すのにいくつもの形をとる。
絵画の魔術に近いがその文字を読む音は音楽の魔術であり、その文字を書くリズムは舞踏の魔術である。
サクラの文字の魔術を料理の魔術と組み合わせられるかはこれからの課題であるが、恐らくサクラの知識の中に候補があるであろう。
この世界にまだ面白いものが残っていたとは。
しかし、今のサクラはウィスカーを必要としているのが明らかだ。
我に全ての知識を委ねてもらいたいのに、ウィスカーにも授けようとしている。
恐らくサクラは人外者に求められる愛し子なのだ。
だが、誰にも譲らぬ。攫われることも、傷つけることも許さん。
知識を司る魔物として我にもたらされぬ知識は、こぼれゆく愛情なのだ。
愛情は恩寵だ、こぼれゆく余分はいらぬ。
ウィスカーという名前を付けた知識ですら零れゆくのが惜しい。
――――皆でおやつを食べると幸せですね。ウィスカーさんもペアンくんも一緒に食べてくれて、ありがとうございます。
サクラはウィスカーも含めた幸せがあるという。
愛情を奪っていくだけのウィスカーにも存在の意義があるのだろうかと、寝ているサクラをこっそりと見つめた。
我に向ける愛情と、ウィスカーに向ける愛情は、眼差しの違いで分かる。
あの眼差しを我に向けることはない。
スタンツェにも向けることのない、あの眼差しの中の思いは何なのか。
ウィスカーが失われたときにあの眼差しも失われるのか。
もしそうであれば、我はどうすべきであろうか。
「ねぇ・・・ちょっとあたしと話をしてくれないかな」
サクラが眠った夜更けに、宝石の中からウィスカーが話しかけてくる。
サクラを風の魔法で防音に包み、ウィスカーを人型にし、我も人型を取る。
「・・・ねぇ、人型になれるなんて聞いてないよっ」
「否。人型を取る必要がなかったからだ。今の我は使い魔ではなく、汝のように独立した存在になっている」
「うーん・・・それはサクラちゃんの魔力のせい?」
「あぁ、サクラの知識の魔力は凄まじいからな。全てを受け入れるために生まれ直した。スタンツェも知らないはずだ」
サクラの椅子に座るウィスカーと、ベッドの端に腰かける我は、月明りの下で対峙している。
防音の風はサクラを優しく包んでいる。
数度目を瞬いたウィスカーは、首を傾げる。
「知識?『知識の魔物』なの?魔物が使い魔やってるの?」
「肯定する。今の依り代はスタンツェの魔法書のひとつだ。戯れに召喚をすり替わってみたのだ」
「知識か・・・そっかー・・・んー・・・知識なら良いのかなー」
「何か言ったか」
「ねぇ、なんでサクラちゃんを『文房具』に攫われるような危険な目に合わせたの?」
「否。あれは危険なものではない。我とサクラだけの時間を過ごすのに役立ったのだ」
「それ・・・サクラちゃんには言ってないのよね?」
「あぁサクラには猫として接しておるぞ。我から話しかけたことはない」
「そっか・・・えっと、一つ取引をしたいの。あたしはこのまま女の子でいるから、アンタは猫なり男なりでいてよ。あたしの領域を奪わないなら、あたしにくれたサクラちゃんの知識をアンタに渡すわ」
「ふむ・・・宝石として魔力を注がれるために女で居ると」
「宝石としてじゃなくて、女の子の友達ってやつだね。家族でもなく伴侶でもない、無条件に愛情を注がれる存在の一つで、今の生活の中では一番サクラちゃんに近い立場なの。素敵でしょ?」
「友か・・・・いついかなるときも身近な存在として、互いに磨きあい、頼られ、微笑まれる立場を選ぶのか。・・・・良いだろう。我の領域を侵さず、知識を捧げるのであれば、その取引に応じよう。して、対価は何を求める?」
「いや、聞いてた?あたしの領域を侵さないのが対価よ」
長く息を吐きだすウィスカー。
「あとアンタは何でも食べられるってサクラちゃんに教えてあげてっ。異世界の知識で、猫が食べられないものは避けて料理しているからねー」
「なんだと・・・そのような知識を元に行動しているのか。それは損失になる。分かったどうにかして伝えようぞ」
サクラが口にしていない知識を知り、目を見開いてしまった。
「じゃぁ取引成立ね。アンタを消さないで済んで良かったわ」
「同感だ。良き取引であった」
ウィスカーが宝石に戻ったのを確認し、我も猫型に戻り、防音の風を解除する。
やはりサクラの知識は底知れぬ。
配慮という目に見えない形での知識の享受があるのであれば、ウィスカーがそれを学ぶことで、我にも利がある。
我に齎される愛情をウィスカーは欲していないのであれば、サクラを守るには良い盾となるだろう。
メッツェンたち人間の防御だけでは薄いが、我とウィスカーの魔力があれば、サクラを害するものは少なくなる。
異世界の知識とこの世界の知識の融合を果たすのに、サクラの身の安全は不可欠だ。
守りが強固になる算段に満足し、サクラの横に丸くなる。
身じろぎして、そっと開いたサクラの瞳は我の尻尾を追いかけ、また閉じられる。
サクラは我の背中を優しくなでて、深く息を吐き、眠りに落ちていく。
何を感じ、何を思って私を撫でたのか、どんな意味を持った呼吸であったのか、いつか聞かせてくれるだろうか。
新たな知識の欠片に高揚しながらも、静かにサクラを見つめる。
あぁ明日はどんな知識を得られるのだろうか。
猫さんに紅茶も良くないですが、魔猫のためサクラは少量から摂取させています。
下痢、嘔吐、痙攣などのアレルギー症状が起きていないか、こっそり観察されているペアンでした。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
連日23時アップ予定です。




