報告-11の月、18日、1枚目
努力の方向性
隔離生活五日目の朝。
今日も美味しい朝食をいただき、サクラは欲しいものを記入する紙を見つめる。
「・・・サクラ、何か悩んでいるの?」
「そうなんです。こんなに良くしてもらっているので、お礼の文を添えているのですが、毎回同じ色のインクだと見慣れてしまって、新鮮味がないかなぁと。与えて頂いている身分で、申し訳ない限りですが」
贅沢な軟禁生活だと、サクラは眉尻を下げる。
「ふむ。女性は贈る相手や季節によって便箋の柄を変えるから、サクラもそうしたいの?」
「しっかりとしたお手紙を書ければ嬉しいですが、この紙はあくまで私の我儘を書くものなので、メモだと思います。なので、珍しい色のインクを貰って、紙自体に装飾を描こうかなぁと」
「・・・サクラは絵画の魔術を使えるの?」
「いえ、魔力はほとんどありませんし、魔術を学べる環境にいませんでした」
「へぇ、それでも絵を描くんだ?」
「小さなお花とか、子どもたちの落書き程度ですよ。少量でも沢山の色のインクがあれば、華やかになるかなぁと」
朗らかに笑顔を見せながら、サクラは手にしたペンで空中に花の絵を描く。
スティーブンはその様子を見ながら、話を続ける。
「例えば?」
「そうですね、私の好きな色は紺、黒、青ですが、贈る相手がいるのならば赤や緑も欲しいところです」
「白も欲しい?」
「あぁ、白も良いですね!珍しいものだと聞いています。・・・・売っているんですか、スティーブンさん」
サクラは意図的に小さく名前を呼んでみた。
「あぁ、試作して・・・今・・・なんと言った?」
答えようとして、一瞬動きを止めた青年は、目を見開く。
「スティーブンさんとお呼びしました。文具店の支配人でいらっしゃいますよね」
サクラはあくまでいつも通りの笑顔を保つ。
今までに見たことがないような笑顔で青年が答える。
「はは、良く分かりましたね、お嬢さん」
「見た目が違っていたので、確証は持てなかったのですが、いくつか疑問点がありました」
「ふむ。もし私がその支配人であったら、どうなさいますか?」
表情を引き締め直した青年、口調が変わっていることには気づいていないらしい。
「交渉したいです」
「・・・交渉?」
訝しむ様子で、首を傾げる青年に、サクラは話を続ける。
「はい。今回の急な対応の真意は分かりませんが、スティーブンさんが私との時間を取りたかったというのは伝わりました。その上で、私が欲しがったものは何でも与えてくださいましたね。その感想を楽しみにしていらっしゃいました」
「えぇ、貴方の口元から紡がれる感想はとても甘美な調べでした」
「はい。与えて頂いた書籍は経年の味わいが出ていましたが、ノートやペンは新品で、スティーブンさんのお店にあったものの中でも高級品の棚に合ったものです。とても書き心地の良いものばかりでした。これは雑に扱う存在の者には渡さないものだと感じたので、今後もお付き合いさせていただく約束が出来れば、交渉の余地があるのではないかと思いました」
サクラはここで与えられた物は全て丁寧に作られたものだと、本心から考えていた。
華美ではないがシンプル過ぎず、肌触りの良いワンピースは、恐らくあの姉妹のお店のものだろう。
紅茶は、ミルクティという未知の飲み物のために合う茶葉を選んでくれたあの店のものだと思う。
化粧品もお菓子も知っているもので、なにより文房具はスティーブンの店にあったものだ。
身分や貧富の差が大きいこの世界で、利益のないただの女が過ごすために、ここまで心を砕いてもらえることはそうないだろう。
いつの間にか俯いていたサクラが顔を上げると、表情が抜け落ちた青年が間近にいた。
怒っているような表情にも見える。
しばしの静寂のあと、身を乗り出して口を先に開いたのは青年だった。
「・・・その約束は守れますか?・・・私は・・・貴方を監禁したのですよ?立派な犯罪者でしょう?」
「えっと・・・んー・・・一つ目は私がスティーブンさんの取り扱う文房具の品ぞろえを気に入っているので、お店を潰したくないのです。二つ目は私の持っている文房具の知識をスティーブンさんに商品化していただいて、ビジネスパートナーになって欲しいんです。三つ目は私はメッツェン様への恩返しを優先したいのです。ここで開放していただければ、『良きお友達』として末永く、定期的な文房具談義の場としてお茶会を開きたいと思います」
顔が間近にあるのだが、椅子に座っているために身を引くことが出来ないサクラは、出来る限りの笑顔を保ち、青年の方に指折り数えながら、腕を伸ばして距離を離す。
サクラからの提案を険しい顔で聞いていた青年は、長く溜息をつくと表情を崩した。
サクラには泣くのを我慢しているように見えた。
「なるほど、なんとも甘い誘惑です。ですが、お約束は出来ないのではないかと?」
「職場の者たちからは無傷で返せば、不問とすると言われております」
「不問?」
小首を傾げる青年に、説明を続ける。
「えぇ、スティーブンさんにはお話していなかったのですが、こちらとあちらは連絡手段がございます。先日職場の者がお店に伺ったのではないでしょうか?そこで白いインクの話をしましたよね」
「・・・なるほど、私は貴方の策略に引っ掛かったということですね?」
「はい、どのタイミングでお名前を呼ぼうか考えていましたので、きっかけをくださってありがとうございます」
「・・・ふふ、想像以上に面白いお嬢様です。私が解放すると嘯いて、貴方を背後から殺してしまったらどうするのですか?」
朗らかに殺害予告されるが、サクラは動じない。
「その時は、その時ですね。貴方が手にするはずだった興味深い文房具の知識が消えるだけです」
「なるほど、今度は脅迫ですか」
「あくまで交渉です。私としては主の下に返していただければそれで良いですし、処分されてしまうならばそれはそれで。中途半端にここで軟禁生活というのが、少々辛くなってきました」
「分かりました。身近に置いて眺める恩寵ではなく、末永くお付き合いいただける栄誉を取りましょう」
「ありがとうございます」
そっと肩の力を抜くサクラ。
まだ完全には手放してもらえていないだろうけれど、言質は取った。
「・・・もっと早くに貴方に出会いたかったものです」
眉尻を下げて青年は呟く。
「私が王女宮に入ったのはスティーブンさんに会った日の二日前でした。これからのことを考えると、早い方なのではないでしょうか?」
「なるほど、運命とは手厳しいものだ」
「そうですね。運命の女神という方がいらしゃるのなら、会って聞いてみたいことは沢山ありますね」
「・・・ふむ。聞いたことはありませんが、時を司る魔物や、人が急いでいるときに邪魔をするのが楽しい妖精などもいますので、どこかにいるかも知れませんね」
「そうなんですね。やっぱりここは楽しいところです」
「貴方の周りには魔物や妖精が多くいたのでしょうか?」
「私は見ていませんが、もしかしたら今まですれ違っていたことはあるかも知れません。魔術に触れるようになったのも、ごく最近なんです」
「なるほど、ますます興味深い方だ」
笑顔を返したサクラに、軽く一礼をするスティーブン。
食後の紅茶は既に飲み終えてあり、退席していった。
サクラは残った紅茶を飲み、メモにお礼を認めることとした。
商売人としての先見の明によりスティーブンは、軟禁よりもパートナーを選びました。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
連日23時にアップ予定です。




