報告-11の月、14日、1枚目
知らない天井
サクラはいつも通り目覚めた。はずだった。
「・・・えっと・・・ここはどこですか?」
ベッドから身を起こすと、部屋の隅の小さな椅子に男性が座っている。
スタンツェのようなシルバーの髪に黒い瞳の青年は、サクラと同じくらいの年齢に見える。
思わず声を掛けた。
「・・・どこかは教えてあげられない。でも命の危険はない場所」
「ふむ。この部屋にいる限りは、命は取られないということですね」
「うん。逃げ出そうとしたり、ここに来る人に危害を加えなければ生きていられる」
あくまで軟禁ということだ。そして移動することはあまりなく、世話人がいるという事になる。
目の前にいる青年男性の単独犯ではなさそうだ。
「なるほど・・・貴方のことを三つ質問しても良いですか?あぁ、私はサクラと申します」
「・・・シャ」
「サ。サ・ク・ラです」
「シャ」
「サ」
「・・・サクラ。サクラで良いのかな?」
この世界に来て今まで、桜の発音を一回で言えた人がいなかったので、既に何度も繰り返してきているやりとりをこなす。
三回言ってダメなら、クラに変えるのが定番だ。
逆説的に言えば、この人は『サクラ』とは初めて話す人になる。
「はい。ありがとうございます。クラの方が、発音が楽でしたら、クラと呼んで頂いても良いです」
「んーサクラの方が何となく美しいから、そのままで。僕は何とでも呼んで。家の名前とかは言えないけれど、好きに呼んでくれて良い」
発音は何とかなったようだ。
そして家の名前は『ない』のではなく、『言えない』のであれば、貴族の可能性があるということになる。
「構いません。では、一つ目の質問を。あなたはここに来てどのくらい経ちますか?」
「どうだろう・・・忘れちゃった」
一瞬視線が窓の方に向いた。
これが意味するところが判断付かず、サクラは思考を切り替える。
個人空間の確保は可能か、どこまで動けるのかを確認したい。
「そうですか。では、二つ目、貴方はこの部屋に寝泊まりしていますか?」
「ううん、僕の部屋はこっち。扉の向こう側に同じ造りの部屋がもう一つあって、そこで寝泊まりしている。それと、この部屋の反対側の扉はお風呂とトイレの部屋。申し訳ないけれど、そこは共用」
サクラが目覚めた部屋には四つの扉がついている。
今目覚めたベッドの右横についている黒の扉はクローゼット用、左横についている青の扉は風呂、トイレ用、斜め左にある深緑の扉が世話人の出入り用、ベッドの足元側の壁についているアイボリーの扉はこの青年の部屋だそうだ。
この部屋にはベッド、いくつかの本が収まっている棚、青年が座っているダイニングテーブルのセット、そして一人掛けのソファと小さなサイドテーブルが置いてある。
大きくはないが明るい日差しの入ってくる窓はすりガラスで外は見えず、扉よりも暗い緑のカーテンがついている。
ぐるっと見回して配置を理解したサクラは頷く。
「分かりました。ベッド、お風呂、トイレの心配がないのは嬉しいです」
「うん、食事の時間は決まっている。昼前と夕に二回、冷めているけれど珈琲も付いてくる」
「あら、珈琲は紅茶に変更可能でしょうかねぇ。私は珈琲が飲めないのです」
「へぇ、サクラは大人ではないの?」
「大人だからと言って、全ての人が珈琲を飲めるわけではありませんよ」
「そういえば、そうだね。変更はあとで聞いてみよう」
交渉が可能らしい。加えて、食生活の心配はないのだろう。
目の前の人間がここに数日から数年いるとしても、やせ細っているようには見えない。
肌艶の良さからは、ある程度食事も美味しく、健康に配慮されていると見える。
「はい。それから、三つ目、ここの部屋にいる間に本を読んだり、書き物をすることは出来ますか?」
「うん。メモで頼めば買い与えてくれるよ。逃げ出さなければ、生活の保障はしてくれる」
「では、色々お願いすると思いますが、ここに居ますね」
命と最低限の生活の保障があれば、十分時間を潰せるだろう。
さっきからそっと背中に寄り添ってくれているペアンがいるから、少なくとも西の国にある世界の中にいることは分かる。
スタンツェが使い魔を消してしまわなければ、何とかなるから大人しくしておけば良いと、開き直る。
寝間着ではあるものの、布団に入ったままの会話は失礼だろうと、ベッドに腰かけ直す。
青年は微笑みながらも、その動作をじっと観察している。
「・・・ねぇ・・・サクラは怖くないの?知らないところに閉じ込められて」
「怖くないと言えば嘘になりますが、逃げなければ良いというルールが分かっていれば問題ありません。制限の範囲内で、いかに生活を豊かにしていくかに重きを置くだけです」
「そっかぁ、サクラは大人だね」
「大人でも珈琲は飲めませんがね」
「確かにそうだ」
ふふと小さく笑う男性を見ながら、サクラは敵か味方か判断できないと考える。
話が終わったと同時に、無表情のメイドがワゴンを押して入ってくる。
青年が静かにその様子を見ていたので、サクラも静かにしていた。
サクラのいた部屋のテーブルに二人分の料理を並べていく。
定食スタイルで全ての食事が一つのトレイに乗っている。
そして、元の世界で外食したときのように、最後にレシートのようなものとペンを置いて、部屋を出て行った。
「この紙に欲しいものを書いておくと良いよ。朝食を下げに、またメイドが来るから、渡すんだ」
「分かりました。教えてくださってありがとうございます」
青年とテーブルで向き合い、食事を始める。
皆と食事を出来ない寂しさを感じたので、胸の前で両手を握り、口元を隠していただきますと挨拶をした。
ベッドから降りたときから、いつも通りに首周りでじっと様子を伺ってくれていたペアンが、ふわりと尻尾を動かした。
サクラは何の情報もない中で闇雲に動くよりは、ここで生活している方が安全だと判断する。
ここが西の国かどうかよりも、ペアンが存在出来る世界だということが、サクラに安心感を与えた。
前の世界でもペアンがいる世界でもないところに飛ばされたのであれば、サクラは何も出来ないが、恐らく二度目の異世界転生はしていない。
そして、恐らく自分が連れ去られただけで、王女宮の皆に危害が及んだ気はしていない。
窓から入ってくる光を見れば、雨の夜が終わり、夜明けは過ぎたと考えられる。
サクラは、自分が帰る場所はメッツェンたちの元だと、静かに戦う覚悟を決めた。
死ぬこと以外かすり傷って名言がありましてね。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます
連日23時アップ予定です。




