報告-11の月、10日、2枚目
気分転換になれば良いなという、上司からの気遣い
サクラとメッツェンは毒見の話をする。
「はい。水の段階で1回、茶葉を蒸して1回、カップは紅茶を入れる直前で一度洗ってあります。淹れ終えたときに、残った紅茶の方を毒見しました」
「そんなに毒見したの?」
メッツェンは毒を検出できるスプーンで1回かき混ぜてから紅茶に口を付けた。
――――そのスプーンがあれば、毒見役は必要ないんじゃないかな?
ローブ服のスタンツェさんと騎士服のアドソンさんも入ってきたので、頼まれたコーヒーを出す。
「サクラー、今日の一つ目の質問。得意料理はある?」
唐突な質問だったけれど、隠すようなこともないので正直に返答する。
サクラは一通りの料理は出来るが、調味料、冷凍食品、料理の選択肢などの日本の食生活の豊かさは農家さん、企業の皆さんなど料理に関わる全ての人の努力の結晶だと思っている。
「ふぅ~ん・・・じゃぁ二つ目の質問。夕食を作ってくれる?」
「へ?・・・・えっと、私が皆さんに・・・ということですか?」
唐突な質問第二弾が来て、さすがに面食らってしまった。
王族とか貴族の皆さんに何かあって、処刑でもされたら困るのだけれども。
「そうそう、料理はなんでも良いんだ。俺は遠征で野営に慣れてるから何でも食うし、メッツェンだって毎日料理人の食事じゃ飽きるからさ」
「・・・分かりました。作るのは構いませんが、場所はどうしましょうか。厨房をお借りするには手続きが要りますよね。邪魔になってしまいますし」
「あぁ、それなら使用人用の台所がある。夜勤の者たちが勤務交代後に使う事がある場所だ」
場所の確保という問題は、有能な執事であるスタンツェによって解決されてしまった。
有能さが悔しい。
ついでに食材も器材も一声かければどうにでもなった。
有能さというか権力は素晴らしいと、サクラは小さく溜息をついてしまう。
「では、こちらから確認です。メッツェン様は好き嫌いはありますか?」
「あたくしはトマトが好きよ。香りが強すぎるハーブは苦手ね」
「分かりました。アドソンさんとスタンツェさんも食べられないものはありますか?」
「俺は何でも食えるよ。スタンツェは何も食べないから、なんでもいいんじゃないかな」
「お前な・・・食事は・・・美味しいと思えないから・・・何でもいい」
好き嫌いであれば良いのだけれど、アレルギーはなさそうで、サクラはほっとする。
先日のミルクティで気づけばよかったのだけど、この世界にアレルギーの概念はあるのだろうか。
食事の時に聞いてみることにする。
食事の準備時間は今から夕食の時間までという破格の待遇だった。
ウィスカーも荷物を持つために退室していいとのことだったので、一旦部屋に戻り使用人が荷物を運ぶ為に支給されている籠を持つ。
「ウィスカーさんの食べられないものはありますか?」
首を傾げて、目を瞬くウィスカーさんは、しばらく悩んで小さな声で答える。
「ほとんど食べたことがないから分からない」
元々宝石であるウィスカーは使い魔になってからも日光浴くらいで、食事をしたことがないそうだ。
サクラと出会って『食べるという行為』を学んだそうで、美味しかったと笑ってくれた。
何とも効率的な体のつくりだけれど、食べられるなら食べてみたいと言われたので、たくさん作ることにする。
「うーん・・・トマトが好きな人と食事が美味しくない人と食べたことがない人に合わせた料理とは?」
サクラは考え続けたけれど、調味料が分からない時点でどうにもならなかったので、食堂の厨房に向かう。
「ほー、賄い料理の話を聞いて、あんたに料理を頼んだのか。メッツェン様は本気で使用人の生活を知るつもりなんだな」
料理長のミクスターに声を掛けると、準備してくれると返答があった。
午前中にメッツェンの宣言があったものの、使用人の中では現状を知らないだろうという空気があったそうだ。
いきなり使用人と親し気に話をされても恐縮してしまうが、使用人の食べ物を口にしたいと考えるくらい、興味があるのは有難いと話す。
いつか使用人の食堂にでも来て、交流してくれれば良いとミクスターは笑う。
サクラは明日にでも一緒に来ようと考える。
フライパン、鍋、包丁、まな板、カトラリー系をウィスカーに持ってもらうことにして、食材を選ぶ。
豚肉の切り落とし、ベーコン、トマト、ジャガイモ、玉ねぎ、ニンジン、豆、作り置きのコンソメスープ、オリーブオイル、塩、胡椒、パスタはファルファッレのようなものを見つけたので少し分けてもらう。
食材庫から出ようとして扉の向こうにいるウィスカーを見た時に、パンケーキを作りたくなる。
小麦粉、卵、牛乳、バター、砂糖、はちみつを追加で少しずつもらう。
メイド用の籠が一杯になってしまい、慌てたが何とか持ち運べた。
「お日様のイメージで作ってみようかな」
騎士の方々が使うらしい小型の厨房に荷物を運びこみ、コンロ二口、小さい水道、調理用のテーブルを確認する。
本日もウィスカーがコンロやオーブンのに魔力を通してくれる。
横にあるレバーを傾けて、空気の入り方を調整して、火力の調整をするようだ。
「ウィスカーさんとペアンくんは少し離れてみていてください」
一人と一匹はその場にあった椅子に座ってくれる。
サクラはミネストローネとハンバーグを作ることにした。
野菜を細かく刻み終わり、オリーブオイルで軽く炒めるのにウィスカーを頼る。
サクラは、弱火にして水気が出てくるか焦げ目が出来たら、全体をかきまぜるように伝える。
しかし、ウィスカーは鍋を至近距離で覗き込むので、肩から落ちた髪を焦がしそうになる。
サクラは慌てて髪を掬い上げ、すぐに焦げるものではないと説明し、顔を離すように言う。
「これを使ってください」
ノートとペンを括っていたリボンで、ウィスカーの髪をまとめる。
背筋を伸ばしゆっくりかき混ぜる姿をみて、安堵の溜息をつく。
綺麗な髪の毛が焼けこげるのはとても悲しい気持ちになると、サクラはしみじみ思う。
元々髪にそこまで執着がなかったサクラも、この世界に来たときにチリチリとなった髪を見て、切なく感じたものだ。
野菜を鍋に入れて煮込む間に、ハンバーグを用意する。
ウィスカーに刻んでもらい、下味をつけた豚肉を丸めて、ベーコンで包んで形成とした。
ついでに、フライパンでジャガイモを素揚げにし、ファルファッレをゆでる。
文化の違いなのか、ウィスカーさんが「蝶」が舞っていると興奮するが、サクラには「リボン」に見える。
茹で上がったファルファッレをスープに泳がせる。
仕上げにハンバーグもどきをフライパンで焼く。
「はい、完成しましたー!」
ウィスカーには、メッツェンの部屋と厨房の往復で、フライパン、鍋と5人分の皿・カトラリーをワゴンに乗せて運んでもらう。
その間にサクラはウィスカー用に貰ってきた材料を混ぜて、パンケーキを作る。
甘さは控え目にして、砂糖とはちみつを後から掛けてもらう形にする。
戻ってきたウィスカーに、皿洗いをしながらサクラが声を掛ける。
「このパンケーキはウィスカーさん用です。お肉が食べられないかもしれないので・・・今日作ったものの中で気にいったものを教えてください。また作ります」
ウィスカーは目を丸くして驚くが、すぐに口角がキュッと上がり満面の笑みを見せてくれる。
「大変お待たせしました」
コース料理などではないので一般市民の食べ方として、パンは籠に入れてセルフ方式に、スープはカップにしたのでお替りは申告制とした。
ハンバーグだけはポテトを添えてちょっと豪華にしてある。
ソースは作れなかったので、必要なら塩コショウを足す予定だ。
なぜか再びサクラも食事の輪に入ることになったので、ウィスカーも一緒にとしっかりお願いする。
メッツェンの応接室の広いテーブルで中央にメッツェン、右隣にアドソンさん、一人分空けてウィスカー、左隣にスタンツェ、一人分空けてサクラが座る。
「ねぇサクラ、あたくしもあれを食べたいわ」
メッツェンは目ざとくパンケーキを見つけて指摘してくるが、今は待っていて欲しい。
これはサクラとウィスカーがハンバーグを半分にする分の補填だと説明する。
メッツェンだけでなく、アドソンも目をキラキラさせて、食べたいと訴えてくる。
あと視界の隅でペアンも尻尾を振ってアピールしている。
「・・・では、明日以降のおやつの時間に作りますね。今はこちらを食べてみてください。お口にあうといいのですが」
会話の途中で元気なアドソンさんの声が聞こえてくる。
「よぉーし、食べちゃおうかなぁ!なぁ、サクラの国では食前にどんな祈りを捧げるんだ?」
「・・・祈り・・・私の国は確か少し特殊なので一般的な言葉は、いただきます、ですね。食材の命を頂き、自分の命とさせて頂きます。加えて、作ってくれた人や食事を与えてくれた人に料理を頂くと感謝する言葉です」
「へぇ、短い祈りだけど、色んな言葉が含まれているんだなー」
「はい。ですので、小さい子供たちも覚えやすいんです」
頷きながら料理を見つめているアドソンは、ご飯を待っている大型犬の様だった。
「では、いただきます!」
号令のように発せられた言葉に、皆がつられていただきますと言い、食べ始める。
「へぇ肉がしっかりしているのに、柔らかいな。油もしっかりあるけど牛ほどくどくない」
「豚肉のハンバーグです。厨房にあったベーコンを巻いているので、そこで味の厚みが出ています」
「このスープのトマトは一種類なの?甘いけれど酸味があるわ」
「つぶしたトマトとカットしたトマトを入れています。ほんの少しだけビネガーを入れていますが、ほとんど食材の味ですね」
「・・・悪くない」
「スタンツェさん、パンはここの料理人さんのですので、料理人さんを誉めてあげてくださいね」
「パンじゃない。スープだ」
「わぁそれはありがとうございます。嬉しいですね」
三人からそれぞれコメントを貰い、サクラは安堵する。
ちらりとウィスカーさんを見ると口いっぱいにパンケーキを詰め込んで、モグモグとしていた。
スープのカップは既に空っぽで、パンケーキも食べられたようだ。
「ハンバーグはここに置いておきますね」
コース料理ならばマナー違反だろう切り分けをして、ウィスカーのお皿に乗せる。
恐る恐るハンバーグに手を出すウィスカーを固唾を飲んで見守るが、頷いてくれたのでサクラはホッとする。
「お肉も食べられるようで良かったです」
豚肉、スープ・パンケーキの食材が食べられると分かったので、夜食を作りたくなったときは一緒に料理が出来そうだと、嬉しくなる。
アドソンがハンバーグを、サクラ以外の全員がスープをお替りしたので、全ての料理が売り切れとなった。
「おやつのパンケーキはそんなに時間がかからないので、明日以降に指示して頂ければその時に厨房に行って作ってきますね」
食後の紅茶をウィスカーが入れてくれるため、サクラは片付けのため退室する。
ミルクティのときよりもしっかりとした料理を作った。
誰かが私の料理を食べてくれるのは、いつ振りだろうか。
サクラは食べてくれる人がいる幸せをそっと噛みしめる。
そして、尻尾をしたんしたんと打ち付けるペアンを横目に見て、追加でパンケーキを作ることになった。
食い物の恨みは怖いと、この世界でも思うのだった。
ただ食い意地が張っているだけの上司かもしれない。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
20話までアップ出来ました。
毎日一定数の閲覧があることをとても喜んでいます。
連日23時アップ予定です。




