報告-11の月、9日、1枚目
初めての休日
「さて、やっぱり出掛けなくて済みそうです」
こちらの世界に降り立ってから、初めての休日を貰った。
そもそも、ここ数日はまともに働いた気がしていないけれど、彼らからすると休んでいないそうだ。
初日、買い物をすることが視察のお仕事という時点で、サクラは不思議な感覚になる。
昨晩、夕食の片づけを終えて、執務室に戻ってきたサクラに、スタンツェが声をかけた。
出掛ける予定があるのかとの問いに、城の中で過ごすと返答したサクラ。
この世界をよく知らないサクラがフラフラと出掛けるのは、警備上問題だと認識が一致する。
「素直に心配だって言えばいいのに」
「何か?」
メッツェンがぽつりと呟いた言葉をサクラは聞き取れなかったが、すぐ近くにいたスタンツェは聞き取ったようで、片眉と左の口角が上がる笑みを浮かべた。
スタンツェの機嫌が悪いときの笑顔だ。ヒールな笑顔とでも表現しておきたい。
メッツェンが冷え冷えとした空気に怯える中、サクラは伝える。
「街の視察と、先程アドソンさんと一緒に中庭に出た以外は、自室、執務室、厨房にしか行っていません。行き方が分かりません」
スタンツェとメッツェンは数回目を瞬く。
「・・・流石にこれは監禁に当たるではなくて?」
顔色が悪くなった二人を置いて、サクラは退勤した。
そんなやりとりがあったため、猶更出掛けるつもりはない。
「ペアンくんものんびり過ごしてくださいね」
「・・・ニャ」
「不満そうですが、どこかに行けという訳ではないのです。ずっと警戒していなくても大丈夫という意味ですよ」
「ニャー」
尻尾を軽く振って、ベッドの上に丸くなるペアン。
魔猫が元になっている使い魔はきっちり言語を理解しているのだと、サクラは改めて感心する。
早々に自室内の掃除も終わったので、ペアンと一緒に王女宮を探検して、図書館に行こうと決める。
自室からメッツェンの執務室前を通り、大広間や祈祷室、厨房、洗濯室、売店などフラフラと見て回る。
偶然中庭が見えて、アドソンを探してしまったが、紐の長い訓練服を着ている騎士はいなかった。
図書館に向かう途中、不意に後ろから声を掛けられて、サクラは驚く。
振り返ると執事長のホーマンがいた。
「クラ、どうされましたか?」
「あ・・・ホーマン様、おはようございます」
「名前は間違えていませんよ。今まであまり貴方とお話する機会がありませんので、メッツェン様への対応で困ったことはないか聞こうと思ったのです」
「メッツェン様には良くして頂いております。王宮での振る舞いなど全く分からない未熟者ですが、お支え出来るように早くなりたいと考えております」
「えぇ、・・・励みなさい。貴方の立場はとても光栄なものですから。・・・ところで、どちらに行く予定だったのですか?」
「今日はお休みを頂いているので、城の部署の配置を確認してから、図書館に行こうと考えていました」
「・・・ふむ・・・こちらは逆方向ですね。・・・ご一緒しても良いですか?」
「はっ・・・道順を教えていただければ、ありがたく思います・・・」
「えぇ、良いですよ。仕事はある程度片付いておりますので」
「ありがとうございます」
図書館までの道をしっかりと覚えていなかったので、道案内をしてくれる方が居て心強い。
そして反対方向だったなんて、恥ずかしく、サクラは赤面する。
ホーマンは穏やかな口調で話しかけ、歩調をサクラに合わせている。
スマートなエスコートがナイスオールド!
メッツェンから亡くなった王妃様の執事で、同様に従事してくださっている方と聞いている。
細身のスリーピースの執事服に、懐中時計とか片眼鏡とか、サクラが憧れる執事姿をパーフェクトに具現化しているため、つい笑顔になってしまう。
そんなことを表情に出しては、メイド失格なのでグッと顔に力を入れて、デレデレになりそうな表情を固める。
少し歩いた先に重厚感ばっちりの黒い扉が現れる。
学校の図書館というよりも、市立図書館のほうが規模が近いと思わせるほどの広さに、無数の本棚が置かれている。
全体的に落ち着いた色合いで統一されていて、華美な装飾はされていない。
本を守るために直射日光が当たらないような工夫が随所に見られているけれど、薄暗いという印象はない。
もしかして、奥の方に階段があって、禁書とかは別の階にあるのだろうか?とサクラはワクワクした。
「ここはとても素敵ですね」
「おや、ここを見るのは初めてですか?」
「はい、初めてです。勉強のためにお借りしたい本もスタンツェ様が手配してくださるので、私自身がここに来ることはありませんでした」
「ふむ・・・そうですか・・・では欲しい本がありましたら、言って頂ければご案内しますよ」
サクラが配置図はないかとキョロキョロしていると、ホルスが助け舟を出してくれた。
ここに来たのは、この世界の一般的な料理についてもっと知りたいと思ったから。
前の世界の食材と大きく変わるものはないか、似たような料理はどこまであるのかを知りたい。
それに伝統料理はその地域の特産品が元になっていることが多いので、農業を知るには丁度いい。
「えっと・・・伝統料理のレシピなどが書いてある本はありますか?」
「伝統料理?宮廷料理で宜しいですか?」
「いえ、出来れば地方の一般家庭の料理が編纂されていると嬉しいです」
「それは・・・料理の魔術の棚か、伝統の棚か、地方から上がってくる報告か・・・あぁ、厨房や他の使用人たちに直接聞いてみるのも良いかと思いますよ」
「なるほど!では、本は数冊だけお借りして、厨房の方からお話を聞いてきます」
本だけではなく、当事者の方に話を聞けばよかったのだ。
出身地方の料理を教えてもらうだけなら、相手がどんな人かどんな境遇かは知らなくても聞ける。
「それが良いでしょう。今から行かれるのであれば、私も一緒に行きますよ」
「・・・では、お願い出来ますでしょうか?」
「えぇ、本の貸し出しの手続きを行いますね」
「あ、ありがとうございます」
「いえ、この手続きは魔力がある程度必要なので、スタンツェ様が代わりに行っていたのだと推測致します。ですので、今は私が代理で貸し出しますね」
手続きにすら魔力が必要だとは知らなかった。
この世界のことを知らないサクラの代わりに、スタンツェは色々なところで調整してくれていたと感謝する。
手続きを終えて、厨房に二人と一匹で移動する。
朝食の忙しい時間が終わっていたのと、ホーマンからの紹介があり、皆快く話に応じてくれた。
朝食を取り忘れていたことに今更気づいたサクラが、盛大にお腹を鳴らしたことも、皆の緊張感をほぐしてくれた。
「・・・みっ、皆さん、よろしくお願いしますっ!」
厨房の料理人以外にも給仕係の方々も手伝ってくれて、東西南北、海岸沿い、山岳地帯と様々な料理を教えてもらう。
地図では二十の領地に分かれていることを知っていたが、同じ海岸沿いでも、味付けや素材に違いがあった。
料理長のミクスターから、せっかくだからと夕食のまかない料理は南方の海岸沿いの料理になり、出身地の若者が喜んでいた。
料理長を表す背の高いコック帽をかぶったミクスターは、モースと同じように黒い瞳に緑のラインが入っている。
人体の不思議だと、サクラは見つめてしまった。
明朝のまかない料理は北の国との国境付近にある村の煮込み料理となるそうだ。
料理人の一人がおばあ様に教わり代々引き継がれているレシピだという。
明日以降も様々な地域の伝統料理を披露しようという案が出たので、賛同しておいた
翌日、その話をしたサクラに対して、地方に出掛けることの多いアドソンが付け足す。
「遠征とかでたまに食べるんだよなー。その土地の食材を使ってる食堂とかで、たまにうまい料理に合うと、幸せになる」
それならば、メッツェンもスタンツェも食べてみたいと言い出す。
偉い人達も賄い料理を食べると伝えると一斉に皆が怯えだし、厨房が阿鼻叫喚の地となるまで、あと一日。
休日の8時起床、幸せな二度寝も良い物です。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます
連日23時アップ予定です。




