報告-11の月、8日、3枚目
サクラのお仕事話
メイドの身分であるサクラとウィスカーが同席するという異例の昼食中。
動作は美しいのに、どんどんと食事を進めるアドソンが、動作が美しく優雅に食事中のスタンツェに声を掛ける。
「なぁ、スタンツェー、視察はいかなくて良いのか?サクラが待ってたぞ」
「ん?中止だと言っただろう?」
スタンツェ以外のメンバーの頭上に『?』が浮かんだ。
「・・・あ、聞き逃していました」
「・・・あたくしも知らなかったから、今回はスタンツェの手配漏れね」
メッツェンの援護射撃が入る。
眉を顰めるスタンツェだが、すぐに切り替えてくれた。
「・・・そうです・・・ね。サクラ、待たせていたなら悪かったな」
「いえ、業務を教わっていたので、見通しが立って良かったです」
皆での食事が終わり、片付けに向かうウィスカー、紅茶を淹れるサクラ。
「そんじゃ、俺は出てくるわ」
「あ、アドソンさん、どこかに行きますか?」
「ん?訓練だな。サクラ、剣術は得意かー?」
「子どもの頃に木の棒を振り回したくらいですね」
「悪ガキだなっ。で、何かあったか?」
アドソンは軽口を叩きながらも、こちらをよく観察していて、気にかけてくれる優しい人だ。
「訓練の前と後で先日買ったものを試したいので、協力して頂きたいです」
「おっ、んじゃ今日の俺の分の質問を一つ増やして良いか?」
「はい、良いですよ」
「よし、決まった!何をすれば良いんだー?走るかー?」
「そうですね・・・訓練前に、このソファに天井に向けて寝て貰って良いですか?計測したいです」
アドソンに断りを入れて、サクラは自室から荷物を持ってくる。
木のコップ、巻き尺、時計、本、ノートとペンが入っている。
「・・・ねぇサクラたちは何をしているの?」
執務に取り掛かっていたメッツェンが堪らず声を掛ける。
横に立つスタンツェも怪訝そうな顔をしている。
アドソンはソファに横たわりながら、興味深そうに荷物を覗いている。
「アドソンさんの体を診るんです」
「は?」
「さっ、サクラ・・・親しくもない殿方の体を見るだなんて・・・」
「メッツェン様にお願いしたら不敬ですし、スタンツェさんはお仕事中ですので、アドソンさんにお願いしたんです」
「そっそうね・・・そういうことなら、アドソンが良い・・・」
アドソンを生贄にすることが決まった。
「メッツェン様・・・」
「とりあえず俺は面白そうだから良いよ。全部脱げば良いの?」
「全部でも良いんですが、ひとまず、布の面積を減らせば測れます。シャツをはだけて貰って、ズボンは必要な時に捲りますね」
メッツェンとスタンツェの口から小さく悲鳴が聞こえた気がする。
ペアンは尻尾をぶんぶんしていて前が見えなくなるため、サクラは引き剥がそうとする。
「んーそれなら鍛錬着で良いかな。薄い袖無しのシャツに膝上の薄いズボンだ。終わったらそのまま訓練に行く」
「あ、良いですね。お願いします」
「んじゃ着替えてくる。俺がいない間に、サクラは質問に答えるなよ」
「はい。良いですよ」
ペアンにソファで待っているように視線を送って、頭を撫でる。
くるりと丸くなり眠る態勢に入ったペアンは、拗ねてしまったようだ。
「・・・ねぇサクラ」
「はい。質問ならアドソンさんが戻ってきてからでお願いします」
「むぅ・・・あたくしはアドソンの上司よ?先に聞いても良いでしょう?」
「説明を二回すると、二回目はおまけがつく可能性が高いですが、一回目で良いですか?」
「・・・アドソンと一緒に話を聞きます。でも、しっかり説明してちょうだい」
「はい、承知しました」
笑顔のサクラと、ちょっと不満そうなメッツェン、表情が真顔に戻ったスタンツェの構図に、戻って来たウィスカーが首を傾げる。
「戻ったぞー。これで良いのか」
「チュニックと半ズボンですね、観察しやすくて良いのですが・・・腰紐がとても長いですね」
一昨日着ていたものと同じ形の訓練服は、やはり腰紐が長く、犬のリードのように見える。
そして、紐を踏んだら転んでしまうのか実験したくなるサクラであった。
「これの方が動きやすいんだー」
「こうやって緩く着るから、アドソンのお陰で!騎士服の腰紐は禁止、全体的に規定が厳しくなったの」
「みんな一々煩かったもんなぁ」
「事情を把握したので、説明に入りますね。今日の質問は全員で三つ、加えてアドソンさん用の質問が一つです。質問に対して嘘はつきません。ただし都合の悪いことは省いて話すこともあるかもしれません」
ついつい微笑ましく見てしまったが、気を取り直してサクラは話す。
「分かったわ」
「アドソンさんはそのままじっとしていてください。服の仕立てのようにサイズを測ります」
「わかったー」
ソファーの上に寝転がるアドソンを巻き尺で計測するサクラ。
ゆっくりと身の上を話始める。
「測りながら話ますね。まず私の仕事の話から。私は元の世界でカンゴシとして、医術師と共に働いていました。人が人の命を救う場所に居ました」
「医術師自体ではなくて手伝いか?」
「手伝いのように見えるかも知れません。例えばアドソンさんが片腕を切られたとします。医術師さんが居れば・・・医魔術の本ではぴったり治せるようですね。その場に医魔術師が居ない場合はどうしていますか?」
「医術師ギルドに駆け込むか、その系統の魔術を持っているものに頼むか、ポーションで治すか・・・片腕を治すとなるとポーションの金額は馬車一台以上はするな」
「ふむ・・・そうするとお金が無い者は治せませんね。その時はどうしていますか?」
「死ぬかな」
「思いの外選択肢が少なかったです」
魔獣のいる世界では怪我は絶えないし、平民の食糧事情は豊かではないという。
大都市の中でも貧富の差は大きく、田舎に行けば露骨に生活・医療水準は下がるそうだ。
「私の仕事は、医術師さんの治療の手伝い、もしくは指示を受けてポーションで腕からの血を止めることもあります。メインの仕事は傷が化膿しないように薬を飲ませ、食事を提供し、慣れない片手での生活を介助し、新しい生活をどう送って行くのかを共に考えるものでした」
「それは・・・仕事が多いのでは?家のことまでやっていたら専属のメイドということになるのでしょう?」
「あぁその人の家に行くのではないのです。働く場所は・・・この世界で言えば医術師ギルドに宿泊施設がついていて、そこの怪我や病気の方々が泊まり込むのです。家族は家にいて、本人の体調落ち着けば帰ります。あっ、アドソンさん、くすぐったいと思うのですが、そのままで」
「おー、それが買ったやつか、ちょっとくすぐったいな」
「・・・・それでサクラは今何をしているの?どう見てもアドソンのお腹に顔を乗せているけれど・・・」
「この器具でお腹や胸の音を聞いています」
「音?」
「聞いてみますか?コップみたいな単純な器具ですが、色々聞こえるんです。」
アドソンの腹の上に器具を乗せ、空いた穴にメッツェンの耳を当ててもらう。
「水のような音が聞こえるわ。ギュルギュルともグーとも・・・不思議ね」
「アドソンさんとスタンツェさんはお互いに聞いてくださいね」
「ふむ…」
「聞いて頂いたところで、時間を計ります。アドソンさんはそのまま寝ていて下さい」
胸、腹の音、手首の脈を測るサクラ。
計測しながらも、前の世界の医療、福祉、介護、災害支援、教育などの話が出る。
いつの間にかスタンツェも計測されていた。
同じくらいの背丈でも、筋肉量は変わるし、心拍数はあまり差がなかった。
体温計と血圧計も欲しいところだが、そもそもその技術があるのか、魔術でなんとか出来るのか、まだサクラには分からないことが多い。
メモを取り終わったところで、次の話題に入る。
「今はこういった生の情報を集めたいです。私は魔力がないので、どこまでも自力で頑張るしかないのですが、どこまで何をやれるのかが分からないのです」
「あたくしがサクラを雇っていて、後ろ盾があるというのに?」
唇を尖らせて『不機嫌』アピールをしてくるメッツェンに、サクラが朗らかに答える。
「それは物理的ではなく、立場としての後ろ盾です。んー例えば、この世界は二十か月あって、ひと月が二十日ということも知らない人間ですので、知らない人と話をしたら、常識がないと言われることでしょう」
「・・・もしあたくしが社交界で貴方に合って、一年が二十か月あることを驚かれたら、学がないと判断するわね」
理解してもらえたなら良いとサクラは頷き、言葉を続ける。
「はい。初めてお会いしたときに、メッツェン様の興味が私から無くなれば、処分されることが決まりましたが」
「あれはっ」
「いえ、そこは良いんです」
「良いのか」
「はい。どちらにしてもあの時死んでいますからね。違う体にたまたま入れただけであって、今は貰った時間でどこまで役に立てるかを試したいのです」
スタンツェの眉間に皺が寄りながらも、眉尻が下がった顔は特技にしても良いのではないかとサクラは感じる。
アドソン、メッツェンも心なしか眉尻が下がっている。
「・・・処分のことは一先ず置いておくわ。あたくしの役に立ちたいという気持ちは受け取ります」
「ありがとうございます。誠心誠意お仕え致します」
しっかりと礼をするサクラ。
小さな溜息をついたメッツェン。
「それであれば、サクラに一つ任務を与えるわ」
「・・・メッツェン様、それは」
「大丈夫よ。皆の懸念を一つ潰すだけ。ねぇサクラ、貴方は勉強することは嫌いではないわよね?」
「はい。出来れば独学だけでなく、どなたかに教えを請いたいです」
「では、決まりね。サクラ、貴方はこの国で一番の知識の宝庫になりなさい」
メッツェンの言いたいことが予測されたのか、スタンツェが遮ろうとした。
けれどメッツェンは続けた。
ということは、これからのサクラにとって不可欠な任務なのだと感じた。
「分かりました」
「即決。サクラっておもしれーな」
「・・・サクラ、自分の言っていることが分かっているのですか?」
「私自身が学びたいと感じ、メッツェン様が学べと命じ、そのゴール地点を設定されたのであれば、全力でこなすだけですね」
「ほらね、スタンツェ。決まったのだから、あの二人を呼びなさい」
「・・・畏まりました」
にんまり笑顔のメッツェン。
小さく溜息を吐き出し、スタンツェは執事モードで執務室を出て行った。
聴診器の初期型は木のコップのような形をしていました。
血圧は馬の左頸動脈に金属の棒を指したところから始まります。
体温計は水の膨張を利用したことが始まりです。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
連日23時にアップ予定です。




