報告-17の月、8日、コッヘル
一日の終わり
メッツェン嬢の幽閉の後、夜遅くまで六人は話をしていた。
ゴッセがクーデターを起こすきっかけ、スタンツェの魔術具へのこだわり、アドソンの過去の話。
コッヘルの体質、ラスパの境遇、エレバの家族の話。
すでに終わったことを我が物顔で手柄にするなど、恥ずかしいことだと思う。
けれど、これが一番穏やかにこの国を再生させるのだろう。
本当にクーデターを起こし国を奪ったとしたら、この静けさはありえないことなのだろう。
「本当に私が臨時の領主を務められるのでしょうか」
「責任につぶされると思ったら、その時は言ってくれ。サクラと皆で代わる」
「そんな簡単に代われるものなのですか」
「サクラはそんなやつらを見てきたらしいよ?詳しくはサクラに聞いてー」
予想出来る重責に、夜中にふと目が覚める。
誰もいない、知らない部屋で目覚め、ふと子どもの頃を思い出す。
体の弱い子供だったから、良く体調を壊した。
今なら理由が分かるようになったが、様々な者たちに心配と迷惑をかけて、生き残ってきた。
体調を崩して寝込んだ日を境に、見かけなくなる使用人がいると気づいたのはいつのことだろう。
乳母が居なくなった日はいつだっただろう。
僕を産んですぐに亡くなった母の代わりに、王妃は私を育ててくれた。
南の国の高位貴族の血を引く私を、北の国の王妃が育てることは大変だったのではないだろうか?
答えのでない疑問が浮かんでは消え、浮かんでは消える。
ふと、ベッド脇に置いた手紙が光っているのを見つける。
サクラさんと手紙でやり取りをしていて、そのまま眠ってしまったらしい。
無事に幕が引かれ、明日から慌ただしくなることを報告したのだ。
王女宮に来たことを話すと、サクラさんは使用人たちが戻って来てくれたことを喜び、スイーツ担当者が美味しいミルクティが作れるのだと教えてもらえたのだった。
僕が寝落ちしてしまったことに気付いたからか、サクラさんの言葉が増えていた。
――――コッヘルさんが受けるべき自由は、もう少しで手に入ると考えています。今は私自身が身動きが取れない身で申し訳ないのです
打算だらけの婚約、破棄を見据えた契約なのに、その言葉は誠実そのもので、本当に自由を取り戻してくれそうな気がしてくる。
いつの間にか微笑んでいることに気が付いて、誤魔化すために王女宮散歩をしてみようと思いつく。
サクラさんも夜中に散策をしたことがあるそうだ。
「首周りにペアンくんがいて、ポケットにウィスカーさんがいましたから」
不用心ではないかとの質問に最強の返事を貰った気がする。
僕の仮の婚約者様は、魔物と妖精に守られた方だったなと、苦笑してしまう。
この世界で魔物と妖精に守護を受けるなど、どれだけ異質なことかは実感していないのだろう。
魔術も魔力も高くはなく、剣術が出来る訳でもない。
特殊な知識はあるそうだけれど、この世界では使い物にならないらしく、まだ見せてもらったことはない。
魔物と西の国の者たちは政が出来ると話していたから、今後その力を発揮していくのだろう。
今まで出会った貴族女性とは全く違う人柄で、その真っすぐな眼差しから目を逸らすことが出来ない。
何を見て何を考えているのかを、ゆっくり聞いてみたい気がしてくる。
不思議な方だ。
夜の散策でサクラさんのお勧めの場所は図書館だそうだ。
凛とした空気が一層張りつめて、一人でいるはずなのに誰かがいるような、でも誰もいないような感覚に陥るらしい。
サクラさんはそこで心と頭の棚卸をして、大切なものと、今必要なものと、今は不要なものをより分けるのだという。
「眠れなかったのか?」
同じようなことをしたくなって、説明だけ受けた図書館に向うことにした。
客室の扉を開けたところに、ゴッセが居て驚く。
護衛として三人分の部屋を見守ってくれていたようだ。
迷惑をかけるわけには行かないと部屋に戻ろうとしたところ、散策に付き合ってくれると言われる。
二人とも無言のまま歩き続け、図書館に到着する。
ゴッセが鍵を開けてくれた。
「鍵を持っているのは、皆に内緒だよ」
大きさは東の国の王城と同じくらいだろうか、小さな灯だけを手元に持ち、奥に歩いていく。
棚ごとの特徴を説明してくれて、ゴッセのお気に入りの椅子を教えてもらう。
図書館の空気を感じることが出来るけれど、相手からは死角になる場所で、ゆっくりと過ごすことが出来るそうだ。
奥に進むとふと淡く光が漏れてくる扉に目が引かれる。
二人で見つめあい、二人で頷く。
消灯を忘れたのか、まだ誰かがいるのか気になって、そっと扉を開ける。
漆黒の椅子と机に高く積まれた本が見えた。
「なんだ、招待の声が聞こえたのか?」
深く静かな低い声が聞こえ、二人とも警戒する。
「ん?王と王子ではないのか。あぁ、別物か。まぁ良い、こちらに座れ」
本の向こうから手招きされて、突如現れた椅子を示される。
ゴッセと顔を見合わせる。
「・・・座らせていただこうか」
「そうだな」
小さな白い空間に、白い長髪、灰色の目を持った男性が座っている。
なんとなく、人外者のような気がして、背筋が伸びてしまう。
男性が手を振ると、ふわりとテーブルの上にコーヒーが出される。
「毒は入れてないよ」
「・・・頂きます」
「・・・ありがとうございます」
二人でほんの一口だけ飲み物に口を付ける。
カップに向けた視線から前を向くと、新しい椅子に男性は座っていた。
やはり人外者なのだろう、失礼がないようにとゴッセからの視線を感じる。
顎に手をあて、首を傾げる姿が、妙になまめかしい。
「・・・ふむ・・・君たちはどちらが王だい?あの子はどちらについたのかな?」
「王?あの子というのは」
「愛し子だよ」
「・・・・サクラさんのことですか?」
「そうだね、サクラという名前だった。今はあの面白い子はどこにいるんだい?」
「サクラは今、東の国に待機しております。私たちが任務を終えて、戻れば合流出来ます」
「そっかぁ、また知識と一緒に遊びに来るように伝えておいて」
「はい、ありがとうございます」
威圧感は全くないが、気安さもない。
王族の気品ともいわれる優雅な動き、低く落ち着きのある声、今まで感じたことのない魔力の揺れがあった。
ゴッセが先に口を開く。
「・・・あの、大変失礼ですが、この城を守られている尊き御方でしょうか。伝え話としてはお聞きしていたのですが、なにぶんお目に掛かる機会がありませんでしたので、失礼があってはいけないと思いまして・・・」
「うん、俺は古城の妖精と呼ばれているよ。あぁ、君が王子なのだね。そしてこちらの君が王のようだな」
古城の妖精殿が、ゴッセを王子、僕を王と指差す。
「私が王・・・ですか?」
「うん、サクラと君と君は・・・あぁ面倒だな。今の名前は何というんだい?」
「今・・・は・・・ゴッセと言います」
「私はコッヘルと申します」
何故、今の名前としたのかは全く分からないが、名を名乗る。
「うん、分かった。ゴッセ、君はこの城の王子だったね。世界を閉じていれば、その絡めとられた命が潰えていた者だ。そしてコッヘル、君は王の器はあるが、体が耐えられなかった者だ。失うことでさらに心も弱っていたのだろう。二人ともよく生き延びてこれたものだ」
抽象的な言葉遣いで、すぐには意図が理解出来ないが、二人とも随分と危ない運命だったようだと知る。
先程聞いたゴッセの話や、自分自身の体質を言い当てられたと分かり、思わず二人で顔を見合わせる。
「気づいていないのであれば、運命の目隠しがあったのだろうな。もしくは阻害されていたのだろう。サクラが吸収することで緩和されたことも多いようだな」
「サクラさんが吸収しているのですか?」
「俺たちに悪影響を及ぼすものが、サクラに向かっているというのですか?」
「そう怒りを露わにするな。俺が仕向けているものではないんだ。どちらかと言えばあの子がかき集めているのだよ。そして、それを<知識の>が処理している。コッヘルはあの子に会って、体の調子は崩していないかい?」
「それは・・・ラスパが今まで対処してくれましたので、変わりはないですが・・・そうですね、サクラさんの食事は身構えずに食べていました。調子が悪くなったことはないです」
サクラさんには元の世界の知識があり、対応した食事を提供してくれているから、体調が悪化しないのだと考えていた。
どうやら単純な話ではないようだ。
「あぁ、良くはなっていなくとも、悪くならないというのも因果だ」
小さく頷いた古城の妖精殿はゴッセに話しかける。
「ゴッセはあの子に会って、選べるようになったかい?」
「・・・えぇ・・・俺の人生に自由と選択肢を与えてくれたのは、彼女でしたね。昔のままで、もし今のような結論になったとしても、俺は笑うことは出来なかったと思います」
「うん、今までの君の心を支えてきた者たちが、今の君をみて微笑んでくれるならば、良い因果が結べたということだよ」
「・・・ありがとうございます」
少しだけはにかむゴッセは、やっと自由を実感しているのだろうと感じた。
また小さく頷いた妖精殿は、朗らかな表情から唇を引き締める。
「・・・ところで君たちはこれからどうするのかな?王がいない城は朽ち果てるだけの代物だよ。城の繁栄は国の繁栄でもある。国の在り方に正しさは求めないが、悪しきものは崩しておいた方が、俺自身の存在意義が保たれる」
人の入れ替わりなど、人外者には影響しないと考えていたけれど、古城から生まれた妖精であれば、この城の持ち主がいなくなると、存在が薄れてしまうのだろうか。
それとも何かを揶揄しているのだろうか、分からない。
「それは・・・これから新しい国づくりを行います。俺は一騎士となっていますので、ここに居る東の国の者たちとサクラたちに手伝ってもらうつもりです」
「私は元々王位継承権すら危ぶまれてきたので、代表として立つ資格があるかは分かりませんが、名が必要とされるだけでも構いません。仲間となってくれたものたちと、人生をやり直したいと考えています」
「そうか、ではコッヘルを代表者として、俺は君たちを監視することとしよう。契約ではない、愛し子でもない。裏切りや失望があれば俺はすぐに立ち去るが、俺がここに居る間は居心地の良い城となることを約束しよう」
人外者が人間と関わる時には、契約者・監視者・愛し子に分けられると聞いた。
父上は歌の魔物殿の契約者、サクラさんは人外者の愛し子だ。
そして目の前の妖精殿は監視者になってくださるという。
「それは・・・願ってもいないお言葉です。ゴッセ、私が代表で良いのですか?」
「え、この流れでそれを聞くの?」
目を見開いたゴッセはツッコミを入れて来るし、妖精殿は肩を震わせている。
質問を間違ったのかと焦る。
「先程、王と王子の話をしたね。それぞれの役割を互いが補いあえば良いのさ。王子と五人の騎士でもいい、王と五人の影でも良い、サクラのことを王と据えて人外者との交渉を行っても良い。案外、うまくやっていけるかもしれんな」
「・・・なるほど、それであれば・・・ご期待に添えるよう協力して参ります」
「うん、良い城は良い者たちの歴史が続いて欲しいからね。そのための監視者だ。・・・さて、なんだか随分話し込んでしまった気がするよ。この扉をそろそろ閉めよう。次はサクラも連れておいで、あの子が見る世界は、私も興味深いのだよ」
図書館の奥で古城の妖精に出会った。
監視者だけが分からなかったが、契約の下の協力体制ではなく、こちらが以下に監視する者の期待を越えられるかによるのだと知った。
契約者は一人での契約になるが、監視者は多くの者たちと協力して期待を越えれば良いのだ。
来るときと同じようにゴッセと二人で黙って歩くが、心なしか歩調がいつもより早い気がする。
眠っているだろうけれど、皆を起こして話を聞かせてやろう。
驚くかも知れないし、喜ぶかもしれない。
手伝ってくれる人たちが居て、見守ってくれる者がいる。
僕はなんと幸せな者だろう。
新たな仲間、新たな歩み。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
連日23時アップ予定です。




