報告-17の月、9日、エレバ
王城広場は処刑の場
それは不思議な光景だった。
夕暮れの王城前の広場に集まった民衆は、オレンジの髪を目印にホプキンスを探していた。
我々と共に現れたホプキンスを、捕縛されたと受け取り、荒ぶる感情がヒリヒリと火傷のように迫ってくる。
ホプキンスはコッヘルに視線を動かし、コッヘルはわずかに頷くことで答える。
「おーい、皆、聞こえるか?」
スタンツェがサクラ嬢の発案を元に作った拡声器を使い、ホプキンスの声を広場全体に届かせる。
オレンジの髪とオレンジの瞳、右目の上の傷跡から精悍な印象を与えるが、この男は話始めるとコッヘルやラスパと同じような雰囲気を纏う。
力んでいる声でも震えている声でもなく、この男の普段通りの話し方なのだろうと感じる。
ザワザワとどよめきが波のように大きくなり、静かになったのを確認して、ホプキンスは続ける。
「あんたらが協力してくれたおかげで、王と王子は死んだ。約束通り、この国は新しく生まれ変わる」
声だけを聴いた遠くの民衆は喜びの声を上げている。
広場で我々の姿が見える者たちの表情は戸惑い、焦り、恐怖だ。
「なぁ、俺達が語ったこの国の未来は、俺達の手で生きて行きやすい国にすることだったよな。だから、色んなことを変えて行かなきゃなんねぇんだ。悪いヤツがいなくなりました。皆幸せに暮らしましたとさ、とは行かねぇ。それは皆分かっているはずだ」
戸惑う空気が場を支配し、誰も声が発せない。
「んで、だ。皆の力をかりなきゃなんねぇ。俺一人じゃ足も手も頭もたんねぇんだ」
静かに頷く者たちが視界の端に移る。
王城内に潜伏し、大広間での騒動のうちに、日はとっくに暮れていた。
魔石灯の儚い揺らめきが、我々と民衆の間の境界のようで、結界のようにも映る。
「そんでな、ずっと俺の横にいるこいつらの話をしたい。・・・この国のお姫さんが嫁いだ東の国の王子だ」
あちこちで驚きの声があがり、それは罵声に変わる。
裏切り者だと、東の国の間者だと人々は口々に言う。
そして、誰かが皿を投げたのだろう、何かが割れる音がした。
一瞬動きを止めた民衆と、様子を見ていた我々の間に、ほのかな光を纏う女性が降って来た。
金色に光る長い髪、白い礼装が揺らめき、彗星の瞬きのようにみえ、着地の優雅さは息を飲む美しさだった。
「皆様、ごきげんよう」
空から光る女性が降ってくるだけでも驚きであるが、国を出たはずの女王がいるのだから、民衆はさぞかし驚いているのだろう。
こちらに背を向けているため確認は出来ないが、声と背格好からして『本物の』メッツェン嬢だ。
その立ち姿に圧倒された民衆は、自然と跪いている。
「この度の王族による横暴を、心より謝罪致します。国民の皆様が終止符を打ってくださり、感謝しています」
東の国に届いていた『我儘放題の傲慢な王女』は片鱗もなく、慰霊祭の祈祷で見せる凛とした横顔を見つめる。
西の国の民衆の前では一人の巫女として、務めを果たしていたのだと、最初で最後の祈りを見守る。
「私も王族の一人として処刑を望みましたが、これから変わりゆく国の在り方を見届けるようにと恩赦を頂きました。生涯を賭して国の発展を祈ります」
鎮魂歌に込めた癒しの魔術を民衆に届け、王女は立ち上がる。
「皆様の生活の安定と国の発展のため、私の婚約者は共にホプキンスさんを支えてくださることを約束してくれています。私が祈りを、彼が実益を担い、これまでの貴族と平民の在り方も変えていきますので、どうか、新しい国に力を貸してください。お願い申し上げます」
王女の最後の言葉を終え、また一つ跪礼を見せ、民衆に顔を向ける。
「・・・俺は明日生きてるかどうかを心配しながら暮らす国をどうにかしたい。今日産まれた子供が立派な大人になれる国を作りたい。どこで生まれたって、親がいなくたって、足とか手とかが一本くらいなくたって、たったそれだけだって笑って暮らしせる国がいい。案外悪くない人生だったなって思って死ねる国が良いんだ。だから、使えるもんは全部使って、ここにいる皆で国を作りたいんだ。力を貸してくれ」
ホプキンスの先程よりも小さな声に、その場にいた全員の視線が集中している。
そっと肩に手を伸ばしたのはコッヘルだった。
ふわりと優しい旋律が広場に広がる。
歌の魔術はコッヘルもゴッセも扱う。
メッツェンとしての仕事をこなすための鎮魂歌を除けば、ゴッセは風の攻撃型の魔術を使う。
対してコッヘルは火の魔力を込めて人々の防御力や攻撃力を上げる魔術を使える。
攻撃性を高めてしまうこともあるが、今の魔力量は高揚感に繋がる程度に抑えている。
「皆様、初めまして。ホプキンスさんとメッツェン嬢と共に、ここに引っ越してきましたコッヘルと申します。新しく生まれ変わるこの国では、平民も貴族も分け隔てなく暮らしていけるようになるとのことで、私も一市民として精一杯貢献できればと考えています。どうか、私のことも受け入れて貰えないでしょうか」
「王族を一市民に入れられる訳がねぇだろうがっ」
「えー、せっかくここまで来たのに・・・」
柔らかい空気のままに挨拶をしたコッヘルに、ホプキンスが思わずツッコミを入れてしまう。
不敬罪を問われるような場であるが、ここにいる騎士たちは誰も動かない。
朗らかなコッヘルに毒気を抜かれているように見える。
民衆も呆気に取られていたが、穏やかに話を続けるホプキンスとコッヘルに、肩の力が抜けたようだ。
今ここで反対意見を上げる者はいないようで、こちらも少しだけ息を吐く。
ホプキンスとコッヘルの前に進み出たメッツェン嬢が、口を開く。
「皆様、この国をお願い致します。陰ながらこの国の発展を願います」
短い祈祷文を添えた歌を響かせ、王女は騎士と共に退席した。
「そしたら、今から色々と取り決めを作っていく。一度壊れちまった生活をまずは落ち着かせられるにするから、皆数日待っていてくれ。宜しくなー」
最後は普段通りの口調のホプキンスが場を締めて、王城に戻ることとなった。
この大陸にある他の三つの国は王制を取っており、短期間だけ東の国が保護した形となるが、他の二国から横やりを入れられずに国の制度を変えるために必要なことだ。
民衆から選ばれた王が、人々の手を借り国を運営していくことになるのだが、そこに自分が関わることになるとは考えもしなかった。
もし私が平民だったとして、命を賭して王を倒し、他国の王子の介入を許してまで、王になりたいと望むのだろうか。
目の前の男は自らが王となる覚悟を決めて、ここまで辿り着いたという。
灯火のようなオレンジの瞳がまっすぐに先だけを見据えているのを、不思議な気持ちで見つめていた。
古き体制が死んで、新しい体制が生まれる。
多くの矛盾を孕んで、それでも希望を見出す瞬間。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
連日23時アップ予定です。




