62.エピローグ
「なんで、こうなっちゃったのだろう。アン、どう思う?」
トンテンカンテン、木を打つ音が庭に響く。目下、魔女の家の隣に新しく建物を作っている最中だ。薬草室に籠っているわけにもいかず、私は庭にでてお茶を飲むことにした。小さな椅子とテーブルは、建物を作っている人たちが気を利かせて作ってくれた。
さくっ……。
スサーヌさんが持ってきた新しいお菓子を口に入れる。今度は白枇杷の代わりに薔薇のジャムが挟んである。このアーモンドと卵白で作った焼き菓子には、マキャロンって名前がついたらしい。
――美味しい。口の中に薔薇の香りが広がる。甘すぎず、大人の女性が好きそうな味だわ。
薔薇のジャムってことはエリック様の話を盛り込んで売るのかしら? また一つ手に取ると口の中に入れる。私の隣でお茶を入れていたアンが口を開く。
「……そうですねぇ。やはり、アレクが悪いんじゃないですか?」
アレクの評価は相変わらず辛口だ。
「?」
「精霊祭の時、アレクはお嬢様を守り切れなかった、あれは大幅減点対象です!」
「でも、あれは……」
「お嬢様はアレクに甘いんだから! 『でも』も『だって』もありません。完全にアレクが自分を過信したのです!」
アンがぷりぷりしながら言う。
「それにくらべ、エリック様は、お嬢様を救い出したのですから、エリック様の意見が通って当然です!」
そう、いま建てている建物の発案者はエリック様だ。
「エリック様がいるととても心強いけれど、お忙しいのに悪いわ」
エリック様は、本当は皇国の皇子様だ。公務もあれば、騎士団の魔術師としての仕事もある。それなのに、ここにいていいのかしら? 不安になる。
「……エリック様もお嬢様のそばにいたいんですよ」
「? 友人としてなら大歓迎だけれど、皇太子妃候補としてなら私は条件に合わないわ。イメルダに指輪をあげてしまったのよ?」
何もついていない自分の指をひらひらさせる。アンがあきれたような顔をして小さくため息をついた。
「王妃様達はそう思っていないかもしれませんよ?」
「それは、もっと困るわ。私、皇太子妃なんてなりたくないもの」
「でも、いま召し上がっているマキャロン、どうみたってエリック様とお嬢様の恋物語を流行らせて既成事実を作りたいという思惑がみえみえです。……まあ、逆に領主様はお嬢様にここにいてもらえるよう画策しているようですけど」
アンが考えるような仕草をしながら家の方を見て、「……、アレクが『辺境騎士団第ゼロ師団長』なんて笑ってしまいますけどね」というと本当に笑いだしてしまった。
「アン、そこは笑うところではないわよ。アレクはなりたくて師団長になったのではないのだから……」
私は、アンをたしなめるように軽く睨んだ。アンがぺろりと舌をだす。
精霊祭の後、アレクは商会をよくわからない規律違反でクビになり、かわりに『辺境騎士団第ゼロ師団長』という役職を領主様から拝命した。主な仕事は、宵の杜の警備と杜の魔女の護衛。
エリック様が、「『第ゼロ師団』には執務室や控室も必要だ。利便性を考えると、宵の杜に最も近い魔女の家がいいが、手狭だ。新しく建物を作ることを提案する」と言ったらしい。当然、アレクは「師団長にもなりたくないし、家の隣に建物は必要ない!!」と猛反対をした。けれど、領主様もエリック様も無視して話をすすめて、現在に至る。エリック様は名簿に魔術師登録して、ルーカス様も団長の仕事を指導しなくてはいけないという理由を作って副団長に登録してしまった。そのため二人の部屋も新しい建物内に作られる予定になっている。アレクはますますぶすっとして、ご機嫌斜めだ。
「……領主様は杜を守りたいのよ」
私は庭の先に広がる宵の杜に目をうつした。
「……ねえ、アン。この先どうなるのかしら? やっぱり、共和国と戦いが始まると思う?」
「詳しいことはわかりませんが……、『辺境騎士団第ゼロ師団』は布石のような気がします」
「私もそう思うわ。……人同士が傷つけあうのも嫌だけれど、杜が戦場になって傷つくも嫌だわ」
荒れ果てた精霊の里を思い出して、思わず身震いをする。
「私はお嬢様が傷つくのが嫌です」
「ありがとう、アン。そう言ってくれると嬉しいわ」
「だから、嫌だと思いながら皇太子妃になったり、義務感から共和国へ行ったりするのはなしでお願いします」
いつになく、アンが真剣な目で私の目を覗き込む。アンはお見通しなのかしら?
「お嬢様は、お嬢様の思うように生きていいんです」
「私の好きなように?」
「そうです」
「……、私、ここにいていいのかしら……」
思わず、心の中で悩んでいたことを口にする。アンがにっこり笑って、私の手をとる。
「当然です。ここは間違いなくお嬢様の居場所です! アレクも私もお嬢様が心地よく暮らせることが一番大事なんです! そのためなら、どんな努力だって惜しみません!!」
きっぱりとしたアンの言葉に動揺したけれど、素直に嬉しいと感じる。
「ぶれないわねっ」
恥ずかしくて思わず茶化したような言葉遣いになってしまう。
「当然です! お嬢様だって、編むことに対する関心はぶれないじゃないですか。領主様から聞きましたよ。今度、お屋敷に『ルル編み』を習いに行く約束をしたって」
「そうね。お互い様ね」
アンもにっこりと笑う。私も笑う。アンと二人で笑い合うと、アンがコホンと咳払いをした。
「……、実は、悔しいけれどちょっとだけアレクに感謝しているんです。こんなに可愛らしいお嬢様のお世話ができる機会をくれたのですから……」
「……そう? 小さくなってアンに迷惑をかけていると思っていたわ」
「全然問題なしです! むしろ逆です! ……だって、お嬢様を抱き上げられるなんて、幸せすぎます」
アンが満面の笑みを浮かべながらもじもじしている。確かに、私の体はまだ元に戻っていなくて、あのときのまま小さい。私の大きさを元に戻すには、檻にかけられた魔法を解除しなくてはいけなかった。檻はエリック様の魔法で粉々になってしまったから、どんな魔法がかかっていたかもわからない。責任を感じたエリック様が大きさを戻そうとあれこれ試したけれど、どの魔法もだめだった。ガッシュさんを問い詰めても、「俺にはできない。ざまあみろ」の一点張りだし。
エリック様の落ち込みようったら、へんにゃりとした青草みたいでいくら慰めても元気にならなかった。アレクに宵の杜へと連れ出されて……、やっと「まだ、俺も修行が足りない」と皇都のお城に帰っていった。
小さいままでも全然構わないとアンは言ってくれるけれど、いつまでもこのままというわけにはいかない。やはり、ここは一度竜王国に行ってみよう。私がそう決心した時だった。
「おーい、お嬢!」
井戸の方から、アレクがやってくる。手には、何か花を持っている。ふっと鈴蘭の香りが鼻をかすめた。思い違いかと思い、もう一度今度はゆっくりと息を吸い込む。やはりこの香り、さっぱりとした優しい香り。鈴蘭の香り。でも、ちょっとだけ違う。なんだろう? そう思って考え込んでいると、目の前に鈴蘭が差し出された。
「ほらっ」
「あっ……」
私は息を飲んだ。白いはずの鈴蘭が本当に本当にうっすらと紫色がかっている??
「鈴蘭の色が……」
「おう。昨日と比べてほんの少し違うよな?」
「ええ」
私は、そっとそっと手に取る。弱々しい魔力。でも、これは今までの鈴蘭の魔力とは違う。
―― 鈴蘭が!!!
嬉しすぎて、息が止まるかと思った。私は顔をほころばせながら、アンに飛びついた。
「アン! 鈴蘭の色が戻ってきたわ!! 急いで、ファニール様達のところに行くわ」
「はい! お嬢様!!」
私を抱きかかえなおしてアンが歩き出そうとすると、アレクが声をかけてきた。
「俺は?」
「アレクは留守番! 問題ないわ。アンも一緒だし!! 夕方にはちゃんと戻ってくるわ。約束する!」
にこにこのアンとは対照的に、ふくれっ面のアレクが立っていた。
「りょ……」
「アレク、私の代わりに片づけをお願いするわ」
勝ち誇ったようにアンがアレクに言った。
「いやだね。自分で片付けろよ」
「アレクのケチ」
「お前に言われたくない」
私は、そんな二人のやりとりを聞いていて、ふふふっと笑いだした。
「どうしたのですか? お嬢様」
「ううん。アレクとアンって、子犬がじゃれている感じがすると思ったらおかしくて」
「「そんなことありません!」ないだろ!」
二人の言葉が重なる。アレクとアンが顔を見合わせて笑いだした。笑い声にまわりの植物達の魔力が反応して、ゆらゆら空に舞い上がって行った。魔力が見えないアレクとアンもなにかを見るように空を見上げている。
アンが言ってくれたように、ここは私がいたいと望む私の居場所。私が守りたいと思っている大切な場所。
私は自分が出来ることを少しでも増やして、守れる手をひろげよう。
この先のことなんかわからない。でも、きっと未来は私達に微笑んでくれるはず!
だって、こんなにも空は青くて、花は咲き乱れて、魔力と幸せに溢れているのだから!!
最後まで読んでいただきありがとうございます。
感謝しかありません。
回収しきれていない部分も多々あるので、この先は第二部として新たにおはなしを紡ぐつもりです。
よかったら、また読みに来てください。よろしくお願いします。




