61.精霊祭(7)
「檻から出られたのか?……それにしてもずいぶんと背が縮んだものだ。なんか変なもんでも食ったのか?」
簀巻きにしたガッシュさんを担ぎながらにやにやしたアレクがやってきた。そして、私とエリック様の前にガッシュさんを放り投げる。どすんという重たい音。
―― 痛そう。
地面に叩きつけられたガッシュさんは、小さなうめき声をあげる。駆け寄ろうとしたところをエリック様にそっと止められる。そうだった。ガッシュさんは敵だ。いくら簀巻きにされているとはいえ、警戒をしなくてはいけなかった。私は、その場に踏みとどまると、アレクの方をみた。
「ええ。エリック様が氷の魔法で檻を壊してくれたわ。それにこれは檻にかけられた魔法のせいよ。失礼ね!」
「エリック様?」
アレクが疑い深そうな顔をしてエリック様をじろりと見る。エリック様は、アレクの不躾な視線を軽く受け流すと、私を抱き上げた。小さくなっているから、片手で抱き上げられてしまう。私は恥ずかしくて真っ赤になった。抱き上げられるなんてお父様もしたことがないのに!
「エリック様、おろしてください」
「嫌だね。こんなチャンスはあまりないからな!」
エリック様がニコニコしながら言う。
―― 駄目だ。アレク、助けて!
アレクは苦虫を潰したような顔をして私からさっと視線を逸らした。
―― もしかして、アレクってエリック様の正体をアレクは知っているの?
アレクのピアスがキラリと光る。慌てて、アレクが、ピアスを押えて目を左右に泳がせた。
―― ん? ガルデオン様が作った魔法のピアスが光った?
アレクが、ピアスを押えたまま頷いた。
―― もしかして、私の声、聞こえているの?
アレクが、ピアスを押えたまま、今度は二回頷いた。
―― ええええええぇぇぇぇ?!
「煩い!」
眉を思いっきり顰めてアレクが怒鳴った。エリック様が怪訝そうにアレクを見る。アレクは、「ちっこいちっこい虫が……」といいながら、顔のまわりを手で追い払う仕草をして誤魔化している。
あっ。聞こえてんだ。でも、捕まっているとはいえここにはガッシュさんもいるし、迂闊なことを言えない。困ったわ。なんて言おうと考えていると、エリック様がアレクに声をかけた。
「ローゼは私が連れて帰る。もうすぐ騎士団が来るから、お前はここで待機していろ」
「はぃ……」
アレクのすごくやる気のない声。仮にも辺境騎士団の服を着ているのだから、ちゃんとすればいいのに。そんな私のやきもきを無視して、アレクはやれやれと手をひろげると簀巻きになっているガッシュさんの上に座り込んだ。ガッシュさんが「ぐぇっ」とカエルを潰したような声をあげる。
―― 可哀そうに。
エリック様は私を抱きかかえながら歩き出そうとした。
「ちょ、ちょっと待ってください。私、ガッシュさんに聞きたいことが……」
「聞きたいこと? 元の大きさに戻る魔法ならそいつは知らないと思うぞ。そいつは魔力持ちじゃない」
簀巻きの中のガッシュさんの顔が真っ赤になる。やっぱり、ガッシュさんは魔法が使えないのね。
「ええ。それはわかっています。でも、まだ、黒兎の話が途中だったので……」
「黒兎?」
エリック様の眉がぴくりと動く。
「さっき、ガッシュさんと黒兎の話をしていて、……エリック様は黒兎のことを知っていますか?」
「噂だけ。穴兎という魔物が、変異したものらしい」
「穴兎?」
聞きなれない魔物の名前に、思わず聞き返してしまう。
「穴兎は、共和国でよく見かける普通の兎より耳が少し短くて目が金色の魔物だ。頭のてっぺんに角を生やしているが、臆病者で岩場の穴に隠れていることが多い。愛玩用としても人気の魔物だ」
「穴兎を捕まえたら銅貨五枚。黒兎を倒したら金貨十枚。共和国の商会の掲示板に掲示されていたのを見たことがある」
ガッシュさんの上に座っているアレクが両手を広げて十本の指を私にみせる。そんな子どもに説明するようなしぐさをしなくてもいいのに。むうっと私は唇を尖らせた。
「アレクは倒したことがあるの?」
「ない。俺は共和国では仕事をしないからな」
「じゃあ、どうして穴兎が黒兎になるの?」
「冒険者の間では、共和国の議長が闇の魔法を……」
「義父上はそんなことはしない!!」
簀巻き状態のガッシュさんが、バタバタ暴れながら叫んだ。
エリック様が「義父上? しかし、俺が知っているのは……」と言いかけて、慌てて口をつぐむ。共和国のことを、共和国人であるガッシュさんの前であれこれいうのは得策ではない。そう判断したのね。でも、私には気になることがいくつかあって、ガッシュさんに確認をとりたい。
「ガッシュさん、黒兎というのは穴兎とどこが違うのですか?」
アレクの下でじたばたとあがいていたガッシュさんが、暴れるのをやめた。
「黒兎は家畜や野菜を根こそぎ食べる上に、人を喰う」
「人を食べるだなんて……。 でも、兎なんでしょ? 騎士様達なら倒せるのでは?」
「何百、何千という数の群れになって襲うのだぞ。……斬っても斬ってもきりがない……」
ガッシュさんの目が揺れている。きっと、黒兎を倒そうと努力したんだわ。でも、できなかった。だから、黒兎のいない皇国の土地が欲しくなった。ちょっと飛躍しすぎかもしれないけど、そう考えるのが妥当よね?
「もし、黒兎を退治することができたら、戦争はおこさないでくれますか?」
「……それは…………できない……と思う」
「ローゼ……」と小さくエリック様が私に声をかけて、首をふった。ガッシュさんにその質問をするべきではないと言いたいのかしら? そうね。ガッシュさんの一存で、戦争をやめることは出来ないかもしれない。でも……。 黒兎を退治すれば戦争を回避できるかもなんて思ったのは、間違っているのかしら? 私は少し頬を膨らませて考えてみた。でも、答えなんて見つからない。情報が少なすぎる。
エリック様が、開いている方の手で私の髪を優しく撫ぜた。
「もう、聞きたいことはいいかい?」
ガッシュさんとの会話は終わりだということね。
「はい……」
私は、頷くしかなかった。
「それでは、俺達は先に泉に戻ろう。騎士団がくるといろいろややこしくなる」
「……スサーヌさんには悪いことをしました」
「いや、どうせ、俺がいないからって、根掘り葉掘り聞こうと迫ったんだろう? あいつもあいつに指示をだした母上も悪い。気にしなくていい」
エリック様がにっこりと私に笑いかけた。私も、少しだけ口角を上げて見せる。そうでもしないと泣きそうだったんだもの。安堵、不安、失望、反省、……、いろんな気持ちがまぜこぜになっていて、うまく自分の中で整理がつかない。
ふと見ると、青い釣鐘水仙が風に揺れている。
「釣鐘水仙か……」
エリック様が小さく呟いた。
「母上に、昔、『連れて行かれるから釣鐘水仙の花畑には近づかないように』って何度も言われたことを思いだしたよ」
「私もおばあさまに、言われましたわ。でも、誰に連れて行かれるかまでは教えてくれなかったような気がします」
「俺もだよ。……でも、今回、釣鐘水仙の花畑に行ったお姫様を連れて帰ることができて、本当によかった」
エリック様は小さく呟くと、私の頬にそっと自分の頬を近づけた。その温かさが、不確かな自分を温めてくれたような気がして、嬉しくなった。
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泉のそばの東屋に戻ってみると、驚いたことに、領主様とネル商会の支配人と婆様がのんびりお茶をしていた。婆様は精霊祭にミザリさんと来ていたのは本当だった。婆様は、ガルデオン様に『精霊のかぎ針』を渡したことも、ただにこにこしてお菓子を食べていた。




