59.精霊祭(5)
―― アレク!! 助けて!!
私の心の叫び声が聞こえたのか、アレクが振り返る。アレクがすごく嫌そうに眉を顰めているのがわかった。私だって、油断したのが悪いと思っている。でも、どうにもならない。心臓がどくん、どくんと、耳元でなって煩い。この距離ではアレクは助けに来れない。ここは自分一人で乗り切らなきゃいけない。血が頭にのぼって顔が熱い。叫びだしたいのを必死でこらえる。
―― 余裕がなくても口角を上げて微笑むのよ! 公爵令嬢の意地を見せなさい!!
絶体絶命な時ほど、余裕があるようにふるまうのが貴族だ。怯える気持ちを隣に立つ人物に悟られないように、口角を無理やりあげて微笑もうと神経を集中させる。弱いところを見せてはだめ! 微笑むのよ!
息が止まりそうになるから、なるべく顔を動かさないように息を吐けるだけ吐いて、そうすれば自然と空気が肺に入ってくるから!
―― 落ち着け、落ち着け、私!
一度目をぎゅうっと瞑ってから、なるべく自分に向けられている剣を見ないようにちらっと横を見る。オレンジ色の髪の彼は、私の知っている真面目な騎士様だったはずだ。でも、今は黒い装束に身を包んでいるせいか、とても冷たく感じる。そして、人の感情を持っていないような昏い目をしている。
「……ガッシュさん……」
「プルメリア、そいつから剣を取り上げて斬れ」
私の呼びかけを無視して、ガッシュさんがミザリさんに指示を出す。
―― ミザリさんってプルメリアさんっていうの?
困った顔をしてミザリさんがこちらを見る。そして、アレクに「形勢逆転ね。ダイジョブよ。ローゼちゃんは大切な客人としてもてなすから」など言っているのが聞こえてきた。アレクは肩をすくめて、両手を広げ手のひらを見せた。持っていた剣は地面に転がっていく。それを拾おうとミザリさんがしゃがんだ。
「……兄様、この剣、持ち上げられないくらい重いわ……」
剣に手をかけたミザリさんが持ち上げきれずにいる。
「そりゃ、そうさ。その剣は俺専用の契約魔法がかけられているからな。お前のような女には持ち上げられるはずもない」
アレクは、両手をひろげたまま、くっくっと笑った。
「面倒な……」
ガッシュさんが、私にあてていた半月刀をミザリさんに投げると、私の手をぎゅっと引っ張って足早に歩き出した。後ろで剣と剣がぶつかる音がする。
「嫌よ!! 離してよ!!」
私は連れて行かれまいと、必死になってじたばたと抵抗する。掴まれた手を振りほどこうと抗ってみる。あんまりにも抵抗するものだから、髪に編みこまれていた加密列の花も髪飾りも地面に落ちていく。でも、そんなことに構っていられない。ここで、連れていかれるわけにはいかない! 半月刀を突きつけられた恐怖なんかどこかに飛んで行ってしまった。ただただ、もがいて、もがいて……。噛みついたっていいわよね? 私がガッシュさんの腕に口を近づけた。
「面倒な……」
ガッシュさんが空いている手を振り上げた。
―― まずい!! 叩かれて気絶させられる!
私は思わず目を閉じた。でも、痛みはこなくて、…… 自分がふわふわ浮かんでいるような感覚が襲ってきたので、慌てて目を開けた。
―― えっ? これって……。囚人用の檻……。
私は、よく囚人を護送する際に使われる檻の中にいた。どこにあったの? さっき手を振り上げたということは、杜の中に隠していたの? そんな疑問がぐるぐるまわるけれど、ガッシュさんに聞いても教えてくれないだろうし、今は考えるのをやめよう。
この囚人用の檻、特徴は、中に閉じ込めた人物の様子がわかるように透明な球体で、空中に浮遊させることが可能。おまけに、この檻は、看守の後ろを自動的に追うようになっている。護送するときに囚人に逃げられることもないし、囚人に攻撃されることもない。おまけに、囚人のために馬や馬車を使う必要もなければ、護送する人に肉体的負荷はほとんどない。この檻を見せてもらった時は、なんて画期的だろうと思ったけれど、まさか自分が中に入るとは思わなかった。どうやったら抜け出せるんだろう? でも、囚人用の檻なんだから、大抵のことは通用しないよね……。アレクが叩き斬ってくれるのを待つしかないかしら……。
球体をどんどんどんと叩いた。案の定、びくともしない。球体は空中にふわふわしながら、ガッシュさんの後ろを追う。
―― まずい! このままだとガッシュさんに連れて行かれてしまう。
急に焦りだしてまわりを見渡した。アレクはどこ? ここは杜のどこ? 泉は見える? 祭壇は? ガルデオン様に教わった探知魔法を展開しようと魔法を唱えるけれど、何も現れない。この檻の中って、魔法が無効化されるの?
―― 外の景色をよく見て考えなくては!!
少しでも情報を得ようと今度はゆっくりと見渡した。
―― ん?
少しずつだけど、私のまわりの景色が大きくなっていくような気がする。もしかして、私がいるこの空間が縮んでいる? このまま消される? 血の気がひいていく。
「ガッシュさん……」
私は得体のしれない恐怖と戦いながらガッシュさんに聞いた。。
「その檻には檻の中の空間が小さくなる魔法がかけられている。五刻ほどすれば瓶くらいの大きさになる。お前も精霊ほどの大きさになるというわけだ。ま、義父上のところについたら魔法を解いてやるから安心しろ」
珍しく、ガッシュさんが私の方をみて答えた。
―― この檻って会話は出来るのね。
話せると判ってちょっとだけほっとする。義父上って誰だろうと思いつつも聞いても答えてくれそうもないから黙っていることにした。
ガッシュさんは、どんどん杜の中を歩いて行く。私はその背中を見ながらあれこれ考える。球体の中では何もすることがないのだもの。球体は勝手にガッシュさんにくっついていくし、魔法は使えないし。
少し口調も穏やかになった? さっきまでの昏い目も少し輝きを戻してきた? これからどこへ行くのだろう? やはり、共和国かしら? 義父上って言うくらいだから、偉い人のところに行くのかしら?
考えても答えが出てこない。ガッシュさんが、岩を上ったり、木の根を飛び越えたりしながら、杜の中を進んで行く。
ガッシュさんの後ろ姿を見ているうちに少し気持ちが落ち着いてきた。やっぱり、刃物で脅かされているのと違って、球体の中じゃあ恐怖は薄れてくるものなのね。それに、疲れもしないし。杜の中だし。することがないから、まわりをみたり、花を探したりする。普段あまり人が来ないかなり杜の中でも深いところを歩いているようだわ。花の魔力も多くて花から零れて小川のように木の間を流れている。日陰の好きな花がちらほら咲いている。白や黄緑がかった寒芍薬の花がひっそりと咲いている。あっ! あそこにあるのは、行者葫! この時期にしてはとても珍しい。私は思わず、じっとみてしまう。ここがどこかわかるといいのに。アレクが好きな食べ物。お肉と一緒に炒めたら、一人で食べてしまう。いつも、食堂で大騒ぎしていたことを思いだして、ふふふっと笑いそうになる。ぐっと我慢して悲しそうな顔を作る。
私もずいぶん神経が図太くなったなぁと変なところで感心する。まあ、五刻かかって精霊の大きさになると言っていたから、消えてしまうわけではない。じゃあ、元に戻れる方法があるから怖くない。そう思ったら、共和国までは安全が保障されている球体の中も悪くない気がしてきた。
それに、アレクが見つけてくれてここから脱出できると妙な自信が私の中にあった。
それよりも、ガッシュさんから情報を引き出さなくては! 話しかけてみようと決心する。
「これからどこへ行くの?」
「我らはカシュール共和国に戻る。今回の作戦は失敗に終わったが、お前を手に入れることができた。義父上もお許しくださるだろう」
「私は何もできないのに……」
今回の作戦って、リアとラーシュのことね。私の中で、ドラゴネット様達の姿がちらついて心がちりちりと痛む。
「何を寝ぼけたことを。お前は宵の杜の魔女だろ? さっきの式典でこの杜の魔力を操ったではないか」
「あれは、杜が助けてくれたの」
「ならば、問題ない」
ガッシュさんが目の前の木の枝を短剣で払う。随分歩きづらそうだ。木が邪魔しているのは、道なき道を歩いているせいかしら? 私は檻の中なので、全然問題ないけど。思わず、宵の杜に初めてきた時、私とアンが苦労して歩いているのに鼻歌を歌いながら飛んでいたガルデオン様のことを思いだした。思わず鼻歌を歌いだしそうになるのをぐっとこらえて神妙な顔を作る。
「……お前がいれば、杜を支配することができる。皇国を攻めるのには十分だ」
『皇国を攻める』――そうだったわ。その言葉に心がドキリとする。暢気に鼻歌を心の中で歌っている場合じゃないわ!
「やはり、戦いをするつもりなの?」
「…………」
答える気がないのかガッシュさんが黙ってしまう。しばらく、二人とも黙って杜の中を進んだ。
「……お前は、黒兎に会ったことはあるか?」
「ないわ。でも、共和国では黒兎に襲われるって噂は聞いたことがあるけど、本当なの?」
「ああ。今、共和国は……」
ガッシュさんは黒兎について話しだそうとしたところで、突然杜の木がなくなり大きな岩の前にでた。
「よし! この岩を超えれば、共和国だ!」
ガッシュさんが嬉しそうな声をあげた。




