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58.精霊祭(4)

「ミザリさん、そっちは祭壇に行く方向と違うような気がするんだけど……」


 泉と祭壇の場所の位置関係がなんとなく違う気がして、ミザリさんに声をかけた。


「婆様は祭壇ではなくて会場にいるのよ。支配人に教わった近道はこっちだから、大丈夫よ」


 ミザリさんが、耳に髪をかけなおしながら振り返る。その目はとても優しい。


 ―― 私ったら会場に行く道をよく知らないのに指摘してしまったようだわ。 


 私は、ミザリさんに申し訳なくなってしまった。誤魔化すように、泉を見る。

 魔力を使い果たした鈴蘭達が花を下に向けてうなだれている。香りもしなくなってしまった。私は鼻の奥がつんとする。でも、花が咲いている限り魔力も香りも戻ってくる。大丈夫。きっと大丈夫。 

そう思っていると、ふわっといい香りがしてきた。


 ――この香りって何だっただろう? 


「ねえ、ローゼちゃん、……、あっ、ローゼちゃんって呼んでいい? 魔女様っていうには可愛らしすぎるんだもの」


 ミザリさんが声をかけてきたので、考えるのをやめてミザリさんの方に視線をもどした。


「ええ。私も魔女様なんて呼ばれるのはちょっと……」

「だよねぇ。私も受付の胸のでかいお姉さんって呼ばれるのは嫌だもの」


 確かに、ミザリさんは、とても綺麗で胸が大きくて、大人の女性だ。男の人から見たらかなり魅力的だろうなぁ。私は思わず、ミザリさんの胸を見て、顔を赤くしてしまった。ミザリさんが私に近寄ってきて腕を絡める。私はますます赤くなってしまう。


「ふふっ。ローゼちゃん、耳まで赤いわよ。こうして歩くのは嫌かしら?」

「……恥ずかしいです……」


 私は消え入りそうな声をだした。ミザリさんがウフフっと笑う。


「可愛い!! 嫌じゃないなら婆様のところまでこうして歩きましょ? 女同士なんだし、いいじゃない? ま、支配人とか領主様が見たら怒られそうだけど」


ミザリさんが、片目をつぶって茶目っ気いっぱいに言う。嬉しそうなミザリさんの表情を見ていたら、いいような気がしてきた。


「婆様が首を長くして待っているわ」

「……はい」


 うわわわわわ……ミザリさんの胸が私の肘に当たる。ミザリさんからすごくいい香りがする。やっぱり、大人の女性ってこんなにも違うのかしら? ミザリさんの魅力にくらくらしそうだ。


「そうそう、ずっと疑問に思っていたんだけど、ローゼちゃんってアレクとどんな関係なの?」

「? 兄弟子ですが?」

「ううん。そうじゃなくて、付き合っているとか、そういう話」


 ミザリさんの言葉に、どきっとする。私の顔を覗き込むようにミザリさんが顔を近づけてくる。ミザリさんの蠱惑的なまなざし。真っ赤な唇。ドキドキしてくる。


「小さなころからずっと一緒にいたので、いるのが当たり前というか……」

「へえぇ。幼馴染ってわけね。じゃあさあ……、ローゼちゃんはアレクのこと好きなの?」


 ―― 私はアレクのことが好き?


 『好き』という言葉が耳に届いた途端、かぁぁっと血が顔にのぼってくる。


 どくん。どくん。


 自分の心臓の音が耳元でなり響きだした。アレクと別れた日のことを思いだして、くらくらしてくる。もし、ミザリさんに腕を絡ませていなかったら、私はその場に座り込んだかもしれない。


「そ……そんなこと、考えたこともなくて……」


 空いている方の手を頬に添えて、答えるのが精いっぱいだった。顔が熱い。


「そうなの? じゃあ、アレクのいいところってどこ?」

「えっと、落ち込んでいる時に励ましてくれるところかしら?」

「ふううん。じゃあ、アレクはローゼちゃんに優しんだ」

「そんなことないですよ。いつもは意地悪ばっかり言って……」

「そうなの? まあ、好きな子には意地悪したくなるっていうからね」

「アレクがわ、わた、私のこと好きだなんてこと……」

「そうなのぉ? ローゼちゃんのために家まで用意していたんでしょ?」


 ミザリさんがくすくす笑いながら聞く。


 ―― 恥ずかしい!!


「じゃあ、もし、アレクに『好き』とか言われたらどうするの? 付き合っちゃったりするの?」


 もう限界だった。私は意識を失いそうになって……、急にぐっと引っ張られるとふわっと誰かに抱きしめられた。同時に、唇に温かいものが触ったかと思うと口の中に草臭い薬草が入ってきた。


 ―― げほっ げほっ……


 私は、思いっきり抱きしめた人物を突き飛ばして、口の中のものを吐き出だそうと必死にお腹を押す。

えずくように咳き込みながらしゃがみこんだ。顔をあげると、目の前には辺境騎士団の服を着た人物が立っている。逆光だし、フードを深くかぶっているし誰かわからない。


 ―― 誰?


「残念だったな。ミザリ」


 ―― この声は!!!


 私は、慌てて立ち上がって、その人物のフードを後ろに引っ張った。


「あら、嫌だ、アレク。その恰好は何? どうしてここに? ルッコラ村に戻るのは明日じゃなかったの?」


 突き飛ばされたのかお尻をついていたミザリさんが起き上がり、さっきまでの甘い声とは違うひどく驚いた声をだした。


「大丈夫か? お嬢がミザリの白檀(サンダルウッド)で魅了されるとはな」


 アレクは、ミザリさんの言葉を無視して私を見る。


―― あの口の中に入ってきた薬草は、私を正気の戻すための蕺草(ドクダミ)のエキス? 


 どおりで、草臭くて苦くて私の苦手な味。けれども、その臭さと苦さのおかげで正気に戻ることができたわ。私は目をきつく瞑って大きく息を吐けるだけ吐いた。新鮮な杜の空気が入ってくる。


「ええ。もう大丈夫。アレク、ありがとう」

「ひどい顔だぞ」


 アレクがマントを外すと、私の口元をふいた。恥ずかしいやら、悔しいやら、情けないやらで私はそっぽをむいた。


「もう大丈夫そうだな。蕺草は相変わらず嫌いなんだな」

「ほっておいて……けれども、おかげで正気に戻れたわ」


 ――ミザリさんから香るとてもいい香りは白檀だったんだ。


「それより、どうして……?」

「この恰好か? それともミザリのことか?」

「どっちもよ」


 私は不貞腐れたように頬を膨らませた。ミザリさんがどうして魅了魔法を使ったの? アレクがどうしてここにいるの? わからないことだらけ。でも、アレクのことは後でゆっくり聞けばいい。まずは、ミザリさんだ。私はミザリさんの方に向き直った。ミザリさんは唇とぎゅっと噛んで立っている。


「ミザリさん、どうして?」

「予定外の人が来たから計画が駄目になったじゃない」


 ミザリさんがアレクを睨みつけながら答えた。


「だから、最初に残念だったなって言っただろ?」

「貴方がもどってくるのは明日だったでしょ? なのにどうして?」

「お嬢が呼んだからだ」

「「呼んだ?」」


 私とミザリさんの声が重なった。アレクは呆れたように肩をすくめて両手を広げた。説明する気はないらしい。


「ミザリさん、どうして?」


 私はもう一度ミザリさんに声をかけた。


「私達には貴女が必要だからよ」


 そう言うとミザリさんが胸もとに手を入れると小さな笛を取り出して鳴らした。聞き取れないような高い音が杜に響く。ぱらぱらっと黒装束の人達が三人駆け寄ってきた。そしてミザリさんの横に立ってわずかに曲がった細身の片刃刀の剣を抜いた。


 ―― 初めてみる剣だわ。きっとあれが半月刀だわ。


 エリック様の話によると、アンを襲ったのは半月刀をもった黒装束。


「ミザリさん、アンを襲ったのは……」


 私の言葉をきいてアレクが片足をさげた。見覚えのある剣先が目に入る。ミザリさんが黒装束の後ろに下がった。ピリピリとした緊張が走る。


「……そのとおりよ。私達は貴女と話がしたかった。それなのに、邪魔ばかりはいって……。初めて会った時に気がつけばよかったと今更後悔しているわ」


 ミザリさんの言葉を合図に、三人の黒装束が一気に襲い掛かってきた。アレクが私を庇うように立つ。カキーン、カキーンと剣と半月刀がぶつかる。黒装束の狙いは私だ。だから、アレクから離れないように必死でアレクの腕を掴んだ。アレクが一瞬振り返ると、にやりと笑った。その隙をついて一人の黒装束が半月刀を振り上げて走り寄ってくる。その振り上げられた半月刀をアレクが自分の剣を振り上げて受け止めて、力いっぱい跳ね飛ばした。くるくるくるっと、半月刀が宙に飛ぶ。アレクが剣先を黒装束にむけると。じりじりと後ろに下がった。


「アレク!!」


 もう一人の黒装束がアレクの隙をつくように半月刀を左側から振り下ろした。慌てて私は結界魔法をかける。結界魔法に弾かれて、黒装束が後ろに倒れた。


「お嬢にしては上出来じゃないか!」

「対価がないからちょっとの時間しかもたないわ」

「問題なし!!」


 そう叫ぶと、アレクは私のかけた結界魔法の外に飛び出した。さっきまでの受け止める剣ではなくて、飛んだり走りこんだりして相手を追い詰めて行く。早すぎてどう戦っているのか私にはわからない。ただ、三人相手だというのに、全然負けていないということだけはわかる。あっという間に、三人とも動けなくなって呻くしか出来なくなった。持っていた彼らの半月刀はすべて、どこかに飛んで行ってしまっている。


 ―― 結界魔法、持ちこたえられてよかった。


 ほっとして、アレクとミザリさんを見る。アレクはミザリさんに近づくと剣先を向けた。ミザリさんが青ざめた顔をして立っている。


「もうお嬢に手を出すな」

「アレク、貴方なら今の共和国の状況を知っているでしょ? 私達には魔女が必要なのよ。だからお願い、魔女を渡して。貴方が望むなら貴方も一緒にきてもいい。……いいえ、一緒に来て私達と一緒に戦ってほしいの」


 ミザリさんの目をじっと見ていたアレクが剣を下げた。ミザリさんが耳に髪をかけなおして頬に手を添えた。少しだけ口角を上げて明らかに安堵した顔つき。真っ赤な唇が微かに震える。すると、風に乗って、微かに白檀の香りが鼻に届いた。


 ―― これは?


「……俺には効果なしだぜ。あきらめな」

「そんなぁ……」


 魅了魔法。ミザリさんから香るいい香りが白檀だと今ならわかる。ミザリさんが困ったような泣きそうな顔をする。しばらく私達三人が身動きもせずに立っていると……。


 私のすぐ後ろで、ぱきっと誰かが小枝を踏みつける音がする。私は慌てて音のする方を向く。


「だめじゃないか。プルメリア。魔女一人連れて来いっていったのに」


 誰かが私の手を捕まえて、力いっぱいぐいっと引っ張った。痛いと叫ぶ暇もなく私の頬に冷たい感触があたる。その冷たい感触の原因を知ろうと目線を下げると半月刀の先が頬にあたっているのが見えた……。



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