57.精霊祭(3)
前回最後に登場した侍女の名前を「エミリア」から「スサーヌ」に変更します。
エリックと最初の文字がかぶっていてわかりにくいと判断したためです。
もっと前に気づけばよかったのですが、ごめんなさい。
目の前には、完全に拗ねた顔つきのエリック様が座っていた。聞けば、スサーヌさんは、王妃様付きの侍女で、エリック様に内緒でここへ来たらしい。スサーヌさんはにこにこ笑っている。これって、もしかして、勝てない相手かも。
私は、どうしていいかわからず、笑顔を張りつかせる。鈴蘭の形をした可愛らしいお菓子にも、ベルガモットの香りがふわっと香る紅茶にも手をつけられない。どのくらい、じっとしていただろう。突然、ふふっと小さな笑い声が聞こえてきた。スサーヌさんだ。
「エド様、いつまで拗ねていらっしゃるのですか? 魔女様が困っていらっしゃるではありませんか」
「おまえのせいだ」
エリック様がそっぽをむいたまま答える。年に似合わないこどもっぽい仕草に、私も思わず笑みがこぼれそうになる。エリック様よりスサーヌさんの方が一枚上手だった。スサーヌさんはにこにこ笑って私の方をみた。
「魔女様。子どものように拗ねているエド様はほっておいておきましょう。今日のために特別に王妃様が用意したお菓子です。ぜひ、お召し上がりください」
「王妃様が?」
びっくりしたわたしが、目を僅かに大きくするだけですんだことを褒めてもらいたい。
「外側はアーモンドと卵白で作った焼き菓子で、中に白枇杷のジャムを挟んであります。魔女様をイメージして作らせたそうです」
私がどうしたらいいかわからずにいると、エリック様が一つお菓子をとって口に入れた。
「はぁ……、魔女の話を盛り込んで、王都で売り出すつもりだろう?」
エリック様が眉を顰めながら、もう一つお菓子を口に入れた。ゆっくり味わうようにお菓子を咀嚼すると、こくんと飲み込んだ。
「母上は、菓子の流行を作るのが好きなのだ。『流行を作れば経済がまわり、王族の地位が盤石になる』と言っているが、結局は自分の趣味だ。いつも振り回されるのは俺達だ」
「エド様」
スサーヌさんがエリック様をたしなめるように睨む。
「だいたい、スサーヌ、お前がここに来てぐいぐい話をしたら、ローゼがひいてしまうだろう」
エリック様が大きくため息をつきながらティーカップに口をつけた。
「魔女様のことを、ローゼ様とお呼びしているのですね」
嬉しそうにスサーヌさんがポケットからノートを取り出すと、メモを書きだした。エリック様が慌てて、席を立つと、スサーヌさんにせまる。
「おい!」
「王妃様から、よくよく見て、聞いてくるように仰せつかっております」
しれっとした顔をしてスサーヌさんが答える。これは、もし、私が何かしゃべったりしたら、すべてメモされるんじゃないかしら? 私は顔が引きつるのがわかった。
「ほら、スサーヌ、お前がそんなことをするから、ローゼが……」
文句をいうエリック様をするっと無視して、スサーヌさんが私の方によってきた。
「ささ、魔女様も、おひとつ、いかがですか? ジャムに使っている白枇杷は北の地にあるリッチモンド領の特産です。ご覧になったことはございますか? 普通の枇杷よりも少し白っぽく、小さく、まるくて、可愛らしい枇杷なのですよ。『先代公爵夫人のエグランティア様がとてもお好きだった』と王妃様がおっしゃっておりました。エグランティア様には何度かお会いしたことがありますが、侍女の私にも気さくに声をかけてくださるとても優しい方でした。もう、お亡くなりになられたのでお会いすることは叶いませんが、もし、魔女様もエグランティア様にお会いしたらきっと魅了されるでしょう。そんなとても素敵な方でした」
―― えっ? それって……?
私は頭の中で必死に考える。私をイメージしたお菓子にわざわざリッチモンド領の特産を使うということは、私がリッチモンド所縁の娘だと知っていると伝えたいのだろう。でも、スサーヌさんはまどろっこしい言い方をした。王妃様はリッチモンド家の娘としてではなく、宵の杜の魔女として扱うと伝えたい……?
私は慎重に言葉を選ぶことにした。
「ええ。私が住んでいる魔女の家の庭にもあります」
「そうでしたか。魔女様の家にもあるとは知らず、つい、余計なことを申しました」
スサーヌさんがそれ以上話そうとしないので、私は、鈴蘭の形をしたお菓子を一つ手に取って口に入れた。小さな焼き菓子だから、クッキーのように一口で食べることが出来る。卵白とアーモンドで作っているからクッキーよりも軽い。生地がサクっとしているから中の白枇杷のジャムのしっとり感がたまらない。私は思わず頬を緩めて呟いた。
「……美味しい……」
スサーヌさんがにこにこしている。私は黙って紅茶に口をつけた。柑橘系のすっとした香りが鼻を抜ける。王妃様の優しい心遣いに触れたような気がして、私はとても嬉しい気持ちになった。
******
「……以上で 私の話はおしまいだ。例年なら、ここで終わりだが、今年は、宵の杜の魔女がルッコラ村に現れた……」
領主様が私を紹介する。私はエリック様にエスコートしてもらいながら、祭壇の中央に立つ。目の前の広場には、大勢の人がいて、緊張で震える。
「大丈夫。隣には俺がついている。歓声がおさまったら、薔薇のクロッシェを投げてくれ。薔薇の魔法を唱えよう」
エリック様が小さく囁く。私は頷いて、前を向く。一度目を閉じる。人の歓声がすうぅっと引いていく、感じられるのは、杜の花たちが揺れる風。匂い。それから……優しい魔力。
私は静かにエリック様から離れて、みんなの前に一人立つ。「……ローゼ……」と慌てたようなエリック様の声が耳に届く。私は小さく首をふった。
「エリック様、薔薇の魔法はいりません。私は私に出来ることをしますわ」
「そうか……」
エリック様が私に近づこうと出した足を元に戻す。私は、エリック様に笑いかけた。エリック様に頼ってばかりではいけない。
「魔女様~」
「ローゼさま~」
歓声が凄い。私は、細く長く息を吐いた。肺の中が空っぽになったら、花の香りがする空気が体中にはいってきた。薔薇、茉莉花、薫衣草、主張の強い香りに混ざって、加密列、来路花、香水薄荷、微かな香りも届く。
思った以上に、心が落ち着いている。きっと、杜が見守っていてくれるからだ。私は前を向いた。
―― あっ。アンとニコラさんだ。
右端にアン達を見つけた。手には昨日用意した薔薇の花束を抱えている。アンとニコラさんの間にいる小さな女の子はきっとキリちゃんね。にこにこ笑っているから調子がいいのかしら? よかった。
私は、口角が少し上がるのを自覚した。大丈夫。私に出来ることをすればいい。歓声が止んで、みんなが息を殺して私を見ているのが手に取るようにわかる。私は精一杯笑顔を作った。
「私達のせいで傷ついたというのに精霊王は、私達に『皆に幸あれ』と願っています。精霊王の願いに応えるべく私は、精霊王が愛するこの杜を守りたい。皆さんの祝福を願いたい。でも、私一人では、この杜を守ることも皆さんを幸せにすることもできません。みなさんの助けが必要です。どうか、私に手を貸してください」
私は頭を下げた。誰も何も言わない。
―― どうしよう。やはり魔法を使えばよかったのかしら……。
いたたまれない気持ちでいると、泉からふわっと鈴蘭の魔力が流れ込んできた。それに呼応するように、祭壇を飾っている花たちの魔力があふれ始めた。最初は目に見えなかった魔力が少しずつ小さな白い花びらに変わる。そして、風に乗り、会場を舞い始める。
「うわ……」
「すげぇ……」
「温かい……」
小さな歓声が次第に大きな歓声に変わる。
「精霊王さまー」
「ローゼ様!」
会場には大きな大きな歓声がいつまでも続いた。
******
「さすが、ローゼだな。見事な魔法だった」
「いえ……。泉の鈴蘭たちが……」
私は小さく首をふる。祭壇を逃げるように後にした私とエリック様は、泉の横の東屋に戻った。お茶を入れ終わったスサーヌさんは必死でメモを取っている。私とエリック様は顔を見合わせて肩をすくめた。
トントンっと小さく扉を叩く音がする。エリック様が出ると、ジョンが立っていた。
「騎士団の方が面会を求めていますが、どうなされますか?」
「誰だろう? 名前は名乗ったか?」
「はい。ジュラルドと言えばわかるとおっしゃっておりました」
―― ジュド兄さま?
思わず口に出しそうになり、お茶と一緒に飲み込む。危ない、危ない。
「それはなおさらおかしい。ジュラルドがここに来るはずがない」
「では、お断りしますか?」
エリック様が眉間に皺を寄せて考え込んでいる。
「いや、罠だと判るように相手も言ってきたのだ。会わないわけにはいかないだろう。ただ、ここに連れてくるのは危険だ。私が、そいつが待っている場所まで行こう。スサーヌ、あとを頼む」
エリック様はジョンに連れられて東屋を出て行った。扉が閉まると、スサーヌさんが満面の笑みで私の方をむいた。手にはノートを握りしめている。
「エド様がいなくなってくださったのです。この機会を逃す手はありません。魔女様、覚悟はよろしいですか?」
「はい?」
ぞわざわっと背中に悪寒が走る。誰か助けて!!
再び、トントンっと小さく扉を叩く音がする。助かったぁ! スサーヌさんからちっという舌打ちが聞こえたのは聞こえなかったことにしよう。侍女は舌打ちなんかしないものですからね!
スサーヌさんが扉を開けると、そこにはミザリさんが立っていた。
「よかったぁ。ここにいたのね! 婆様が『どうしても魔女様に会いたい』って言うから、支配人に頼んでここを教えてもらってきたの。婆様に会ってもらえるかしら?」
「無理です」
スサーヌさんが、難しい顔をして断って扉を閉めようとした。
「ミザリさん?」
私は、小さく声をかけた。ミザリさんが嬉しそうに笑った。
「覚えていてくれた? 嬉しいわ。そうそう、アレクは明日くらいには戻ってくるわよ。この前、向こうの商会から連絡があったから……。それでね、話は元に戻るけど、婆様に会ってもらえないかな?」
――どうしよう……?
「魔女様、こちらの方とはお知り合いなのですか?」
「ええ。ネル商会の受付嬢の方です。お婆様と言う方にも一度お会いして、宵の杜の魔女のことをお聞きしたことがあります」
「ネル商会の……。それでは、そのお婆様はいづこに?」
「婆様は足腰が悪いから、会場にいるわ。もう式典も終わっているけど……」
ここにいてもスサーヌさんの質問攻めにあうし、会場にはアン達もいた。会場ならここから一人で行ける。
うん。大丈夫だ。
「スサーヌさん、ちょっと行ってきます」
スサーヌさんはまだ難しい顔をしている。でも、少しだけ迷いが見える。
「そう言えば、弟君はどうしたの? 今日は一緒じゃないの? 弟君にもぜひ会いたいって婆様、言っていたんだけどなぁ。また、今度、商会の方に来てもらうしかないかなぁ。残念だなぁ」
ミザリさんがとても残念そうに眉を寄せる。
「ガルはちょっと用事を言いつけていて……」
「そっかぁ。ほんと残念だなぁ。婆様、今日は具合がいいから連れてこれたけれど、いい年だから寝込むことも多いしなぁ……」
「スサーヌさん、大丈夫です! すぐ帰ってきます」
私はそう言うと、にっこり笑って席を立った。そして、ミザリさんと一緒に東屋をあとにしたのだった。




