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56.精霊祭(2)


 馬車が止まり、扉が開く。花の香りが一斉に押し寄せてきた。薔薇(バラ)百合(ユリ)薫衣草(ラベンダー)……。花の香りの洪水だ。


 ―― 凄い! たくさんの花が溢れている。


 花畑の奥に祭壇がある。まるで花の海の浮かぶ島だ。ここから祭壇まで敷かれている石畳の脇には、加密列(カモミール)来路花(セージ)の鉢。石畳の両側は花畑が広がっていて、ところどころに花で作った馬や、鳥、竜などの立像がある。あの竜は、全身が天竺牡丹(ダリア)だわ。


 「ローゼ……」


 先に降りたエリック様が手を差し出している。慌てて、私はその手に手をのせ馬車から降りる。


 「魔法なの?……」


 私の小さな呟きを拾った領主様がにっこりと笑った。


 「少し使いましたが、ほとんどは人の手によるものです。鉢や立像など前もって作れるものは以前から用意しておりました。植栽の方は昨晩から行っておりましたが間に合わず、今朝からは花売りの子ども達に手伝ってもらってます」


 領主様が指さした先には、危なっかしい手つきで加密列(カモミール)の苗が入った手押し車を押している子どもがいた。顔を真っ赤にさせながら、バランスをとろうとよたよたしている姿が可愛らしい。


「そうそう、ジョアンも来ておりますよ」

「えっ? ジョアンが? どこに?」


 領主様が真っ赤の天竺牡丹(ダリア)で作られた竜の像の方を指した。短い翼。赤い鱗。火竜がモデルね。ドラゴネット様がみたらどう言ったかしら。


「なんでも職人が作っている竜を『これは竜じゃない』と言って、『じゃあお前やれ!』と竜を作った職人に怒鳴られたと聞いております」

「ジョアン……」


 ジョアンが知っている竜と言えばガルデオン様だわ。ガルデオン様は翼が大きくて、身体が小さい。竜にしてはもふもふしているし、目も群青色だ。赤毛のジョアンとガルデオン様が初めて会った時のことを思いだして、くすっと笑う。精霊と間違えて怒られたこと、お菓子をとられまいと一口で食べてむせてしまったこと。数日前のことなのに、ずいぶん前のような気がしてしまう。あれから、本当にいろいろあったわ。ジョアンに、花を持ってきてと頼んだけど、あれからどうしたのかしら? ジョアンが鉄葎(カナムグラ)で怪我をした日、見送りもできずに帰してしまった。ジョアンの妹も騎士団で治療をしてもらっていると聞いたけれど、ジョアンのことはしこりのように心の隅にひっかかっている。


「寄って行かれますか?」と言う領主様の言葉に、私の隣に立つエリック様が首を振った。エリック様は明らかに領主様を警戒している。領主様が私に話しかけないよう、立ち位置を変えながら歩いている。始終にこやかな領主様に対してエリック様は気難しい顔だ。どうしてかはわからないけれど、領主様に隙を見せてはいけないんだわ。なら、私もエリック様に従おう。ジョアンのところに行きたい気持ちをぐっとこらえて、私も小さく首をふる。


「そうですか。それは、……残念ですね」と領主様が呟いた。そして、落胆の気持ちを隠そうともせず肩を落してとぼとぼと歩く。領主様の背中を見ていると、罪悪感が湧いてくる。私は困って、エリック様の顔を見た。エリック様は、「騙されてはいけない。あれも演技だ」と小さな声で私に囁く。とても優しそうな方なのに、……見極めきれないわ。三人とも黙って、花が咲き乱れている石畳を歩いた。こつこつと靴の音だけが響く。

 

「ご主人様~」


 使用人の洋服を着た緑の髪の男の人が、大声で叫びながらこちらに走ってきた。私達の前で止まると、膝に手をあてて荒い息を整えた。


「ハァ、ハァ……。こちらにいらしたのですか。まだ、式典まで一刻あるというのに、トック達長老会が入り口で祈りを始めています。会場に花を入れたいのですが、邪魔で……おっと、本音が、……申し訳ありません。長老会のご老人方にどこかで待っていて欲しいのですが、どこにご案内すればよろしいでしょう?」

「ジョンも大変ですね。トック達も相変わらず気が早い人たちです。待つとなると、会場の外になりますが、それはそれで問題になるでしょう。そうですねぇ、……」


 領主様がちらりと私の方を振り返った。


「ではトック達に『宵の杜の魔女様が祭壇に立たれます。精霊王と竜王に愛されたとても美しい星の女神のようなお方です。ルッコラ村に奇跡をもたらしてくれることでしょう。ぜひとも長老方には生き証人になって頂きたい』と伝えなさい。そうすれば、我先に最前列に自分達が座る椅子を用意し始めるでしょう。ジョンはそれを咎めず、『椅子に座ってお待ちください』とでも言えばいいでしょう」


 私は領主様の言葉を聞いて、エリック様の腕に添えている自分の手に力がはいる。エリック様は、私が隠れるよう私とジョンの間に位置を変えた。


「えっ……杜の魔女様??」


 ジョンが顔を上げてキョロキョロッとあたりを見回した。そして、エリック様の後ろに少しだけ隠れている私を見つけ出し、凝視し、ぱくぱくっと口を動かし……崩れるように膝をつく。手を組み合わせて、私を見る姿は、まるで祈りをしているようだ。私は驚いて助けを求めるようにエリック様を見た。エリック様の腕に添えている手にさらに力が入る。


「ジョン。魔女殿が困っている。立て」


 エリック様が私を気遣うように声をかけた。ジョンは大きく首を振って立ち上がろうともしない。


「いいえ、滅相もない。星の女神のように美しく慈悲深い魔女様にお会いできて、私は幸せでございます。今日、このように精霊祭を行えるのも、魔女様が、悪霊に襲われた精霊の里から精霊王様を救い出し、竜王国より竜王様を召喚し、泉の毒で狂暴化していた竜を鎮めたと聞いております。泉は浄化され、魔物達も杜の奥に帰って行きました。村の者は、みな感謝しております」


 ジョンは頭をさらに深く下げた。領主様がうんうんと頷いている。


「ちょ……ちょっとやめてください。私はそんな凄いことしてません」


 私は真っ赤になる。


「いえ。凄いことなんですよ。今日は、みんな、魔女様にお会いできるのを楽しみにしております」


 領主様はさらに笑みを深めた。そして、そっとジョンの肩をたたくと、持ち場に戻るようにと指示をだした。ジョンは頷くと、立ち上がり、何度も何度も振り返りながら立ち去った。


「お前が、昨日のことに脚色してあちこちで話したからだろう」


 エリック様は、じろりと領主様を睨む。領主様が『そうでしたっけ?』ととぼけた。


「精霊王様を助けたのも、竜王様を呼んだのも本当のことではありませんか? 私は自分の目の前で起こったことを、()()()()()()()()()()()()()吟遊詩人達に話しただけですよ。彼らが大げさなのは世の常。いつものことではありませんか……。エドワード様の雄姿も歌の中にありましたよ。馬を走らせ愛する魔女を守るために魔獣に立ち向かう銀の髪の皇子はまるで月の化身のようだったとかなんとか。皇妃様の耳に届くのも時間の問題ですね」

「うるさい。お前が吟遊詩人に広めるように言ったのではないか! お前の目論見通り、今朝、母上から歌劇にすると連絡が入った。まったく……」


 耳まで真っ赤にしたエリック様が怒った声をだした。領主様がちょっと肩をすくめると、私達の前を歩き出した。


 ――え? 吟遊詩人が何を歌っているの? 私のこと? エリック様のこと? 吟遊詩人の歌といえばラブロマンスか英雄譚かどちらかじゃない?!


 前に聞いた吟遊詩人の歌を思いだして、私は急に恥ずかしくなってきた。エリック様に伝わったのか、エリック様は私の耳に顔を近づけて囁いた。


「気にするな。領主はいつもあんな感じだ。『恋だ』『愛だ』という芝居がかった情報を流して民衆の心を掴もうとしている」

「そう……なのですか?」


 エリック様の息が耳にかかり、『恋だ』、『愛だ』が聞こえてきたので私はますます顔を赤くした。

私は自分の前を歩く領主様の背中を見た。今、領主様の顔を見ることもできず、私はただ顔を俯かせて足元を見て歩くしかできなかった。あれ? 気づいたら祭壇の正面が右側に見える。会場を設営している祭壇のほうには回らず、泉の方へ行くようだ。祭壇近くで椅子を運ぶ人たち、花を植える人たちを横目に見ながら、祭壇横の別の扉を開ける。


 「祭壇正面は準備の最中なので、こちらから泉にご案内いたします。ここは祭壇の下を通って泉に通じる通路です。少々黴臭くて狭いのが難点ですが、ご辛抱ください」


 中に入ってみると、姫向日葵(ヒメミマワリ)の鉢植えと鈴蘭水仙(スノーフレーク)の鉢植えが並べられていた。白と黄色のまるで灯篭のようだわ。黴臭いと言っていたけれど、そんなことは全然感じなかった。ふわっといい香りが鼻をくすぐる。柱に巻き付けられた茉莉花(ジャスミン)の香りとともに微かに鈴蘭(スズラン)の香りがする。


 ―― あっ。鈴蘭!


 歩いて行くと少しずつ鈴蘭の香りが強くなる。通路の先にある扉の前で、領主様が振り返った。


「この先は、泉になります」


 もったいぶったように扉を開ける。ぐっと鈴蘭の香りが押し寄せてくる。目の前には、泉一面にさわさわっと鈴蘭が揺れていた。


「白い……」


 私の口から零れた言葉に、領主様は一層笑みを深くした。「これも、すべて魔女様のおかげです」となんとか、領主様が言っているけれど、耳に入ってこない。私は泉一面の白い鈴蘭に釘付けだった。シーフウィル様の話だと、ここの鈴蘭の色は薄紫色だったはず。


「『次に花を咲かせるときにはもう少し色がつくだろう』だそうだ」


 エリック様が私に聞こえる小さな声で囁いた。シーフウィル様も竜王国に行ってしまい、すべて元通りというわけにはいかないと改めて思う。

 私はエリック様から手を離すと一人泉に近づき、一番近くにあった鈴蘭を触ろうとしゃがみこんだ。小さな鈴蘭が風に揺れる。ほわわっと淡い魔力が零れる。まだ、魔力的にも十分ではなくて弱々しい。でも、泉からは甘いアーモンドのような香りはしない。毒は浄化されたのだわ。私は、手の中にある鈴蘭に「はやく元気になってね」と小さく声をかけた。ふるるっと魔力が私の頬に触れる。私は立ち上がると、エリック様の方をみた。


「本当に、あの時、ガル様の魔法を使わなくてよかったですわ」

「……そうだな。植物は本当に強い」


 後ろで扉を開けたまま立っていた領主様がコホンと咳払いをした。


「式典まで、あちらに作りました東屋でお待ちください。急ごしらえのものなので、テーブルと椅子しかございませんが、お許しください」

「それもまた、吟遊詩人に話すのだろう?」

「当然です。吟遊詩人に、今日の精霊祭のことを細かく教えてくれと頼まれております故」


 領主様の顔を見ると満面の笑みをしている。


「領主様、私はここで立って待っていても構いませんが……」


 私の言葉を聞いて、下がり気味の眉をさらに下げて領主様がとても困った顔をする。


「魔女様を立たせて待たせておくなど、私にはできません。そのようなことをしたら、私の母をはじめ、屋敷のものや領民から、何を言われるか……考えただけでも恐ろしい……。どうか、後生です。お願いです。東屋でお待ちくださいませ」


 そう言うと、ぶるぶるっと身を震わせた。そして両手で自分を抱きしめている。


「そう……なのですか?」

「はい。だから、私のためと思って、皇太子様とお待ちください。皇太子様もせっかくの機会ですので、眉間の皺をとってお過ごしください」

「これはお前のせいだ」


 エリック様が眉間に手をあてて答える。


「では、私はいろいろ準備がございますので、時間になりましたら使いのものを送ります。また、侍女を一人東屋に向かわせておりますので、その者をお使いください」


 そう言って、領主様は立ち去った。残された私とエリック様は顔を見合わせた。


「さて、仕方ない。領主の策略にのるのも癪だが、東屋にむかうとするか。ローゼには迷惑をかける」

「いえ……」


 たわいもない話をしながら、東屋に向かう。小さな東屋は、まるで絵本の中に出てくる動物の家。まあるい窓にまあるい扉。


 お喋りをしながら扉を開けたエリック様が、急に動きを止めた。目が大きく開いている。


「……スサーヌ……」


 隣にいた私に、エリック様の沈んだ声が届く。どうしたのかしら? 私は一歩足を進めて、部屋の中を見回す。部屋の中には、少し白い髪の女性が立っていた。領主様が言っていた侍女の方? その女性は私と視線が合うと、にっこり笑って頭を下げた。


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