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52.白来路花の行方(8)


 ()()()を引きずった跡をたどって行くと、その先に一本の木があることに気がついた。走り寄ってみると、私の背丈ほどの白来路花。けれど、真っ黒。そう、茶色く枯れているのではなくて、真っ黒に枯れている。私とエリック様は注意深く、木のまわりを歩いた。


……何……これ……


 声がでない。体が震える。気づいたときには、私は白来路花から黒い大きな塊を縛っている紐をほどいた。どさっ音を立てて黒い塊が地面に落ちる。地面に横たわったそれを眺める。小さな翼? 短い前足?……火竜?


「泉で助けた竜と同じような形をしている。火竜か」


 エリック様が私の腕を掴んでいた。私はエリック様を振り払うと駆け寄り、黒い竜を抱き上げた。……ずるっと力なく落ちていく。……重い。


「だめだ。ローゼ。それはもう……」


 エリック様の沈んた声が聞こえてくる。


「……助けなきゃ、助けなきゃ……」


 真っ黒な竜を抱きしめてうわごとのように呟く。どうすればいい? 私は側に落ちていた自分の籠に手を伸ばした。ゴトッ……。手が届かず籠が転がる。籠から転がり出た薔薇、茶樹(ニヤウリ)来路花(セージ)のクロッシェ。真っ黒な塊を片方で抱きしめたまま茶樹を取ろうと手を伸ばす。その手をエリック様が掴んで首をふる。


「……ダメ! この子は助けなきゃいけないの!」


 私は、エリック様の手を振りほどいて、茶樹のクロッシェを竜にあてる。あてた部分の色が変わる。でも、すぐに元の黒色に戻ってしまう。今度は、治癒魔法を唱えながら茶樹のクロッシェをあてる。虹色に一瞬光ったけれど、また元の黒色に戻ってしまった。


「ローゼリア。よく見ろ。もう、それは息をしていない。それに、その色。あの黒い靄と同じ色だ! お前が今度は毒にやられる。離れろ!」


エリック様が、次の茶樹のクロッシェに手を伸ばす私の手を握って引っ張る。私は我儘な子どものように首をふる。


「竜だもの! ドラゴネット様が探している竜だもの! 何かの拍子に息を吹きかもしれない!」


 毒消しにも浄化もできる茶樹のクロッシェは駄目だった。でも、一瞬でも色が変わったのだもの。たぶん、効果はあるはず。量が足りないのだわ。だから、諦めきれない。考えて。考えて。私に出来ることは一体何? 私は竜をそっと撫ぜた。全身黒くなってしまったのね。どれだけ苦しかったのだろう? どれだけ辛かったのだろう? 私の涙が次から次へと竜に落ちる。……何? 私の胸の部分が青く光り始めた。竜王様の台詞が頭の中に蘇る。


『一度だけ水に関する魔法が使える。浄化するのもよし、雨をふらせるのもよし。呪文は…』



 そうだった! クロッシェ以外に私には特別なものが二つあったのだわ。私は、竜をを抱きかかえなおすと、竜王様の首飾りを握りしめ、教わった呪文と小さく唱えた。


 ――どうか、どうかこの子を助けてください。


「ん?」


 地面に散らばっているクロッシェを籠に入れていたエリック様が空を仰いだ。


「雨か? ……そうか、竜王の雨か!」


 エリック様の声で、あたりを見る。ポツ…ポツ…地面に淡い青色の光? 雨? ……雨だわ。


 私の上にも、竜の上にも雨が落ちてくる。雨の当たった部分が淡く青く光る。エリック様の銀の髪も雨に濡れてキラキラしている。そのうち地面全体が淡く青く光りだした。白来路花全体がぼわっと光る。黒いものが雨で流れされていく。


「浄化されている」


 エリック様の呟きが耳に聞こえる。私も竜を抱えて願う。


 ――どうか、どうか竜王様の魔法でこの子を助けてください。


 不意に、パリン、っと私が握りしめていた竜王様の首飾りが割れる音が耳に響いた。握りしてていた手から粉々になった魔石が零れる。


 えっ?

 

 突然、竜から黒い靄の蔓が伸びてきた。その蔓はあっという間に伸びて、竜を抱きあげていた私の腕にからみつく。

 

「あっ……」

「ローゼ!」


 エリック様が聖剣を抜いて、蔓を切ろうと持ち上げた。蔓がうねうねと動く。剣が揺れる。エリック様が一瞬躊躇する。蔓はあっという間に私を取り囲み世界は真っ黒になってしまった。


「ローゼリアぁ!」


……エリック様の悲鳴は耳に届かなかった。



******


 私は、真っ黒な世界で目を開けた。となりに竜がいる気配がする。何も見えないのに竜だってわかるところが不思議だったけれど、妙に納得できた。きっと、ここは不思議な世界。夢の世界。


「あなた誰?」

「ワタシ、リア」

「ここは?」

「ドーラ様ノトコロニイキタイ。サッキカラドーラ様ノ気配ガスルノニ近寄レナイ」

「じゃあ、私が連れて行ってあげる。ここから出られるかしら?」

「イイエ。ワタシ、アナタノ身体ハワタシノモノ!!」


 私はとなりにいた竜に突き飛ばされた。途端、自分の感覚が不確かになり、私は慌てて小さく小さく丸まることにした……。



******



「ローゼ!ローゼ!大丈夫か?」

「ええ。大丈夫。ドーラ様のところに行かなきゃ」

「ああ。そうだな。立てるか?」

「大丈夫」


 差し出された手を振りほどくと、走り出した。ドーラ様のところへ。ドーラ様が泉のところにいる。ワタシは嬉しくて嬉しくて、風のように走ってドーラ様のところへ行った。


「ドーラ様!!」

「あ? ローゼリア。どう……、……リアか?」


 ドーラ様が首を少し傾けて聞く。人型のドーラ様を初めてみたけれど、すごくかっこいい!!さすがドーラ様、赤い髪も素敵! ワタシはドーラ様に近寄った。ドーラ様の目にワタシが映る。……そうか、ドーラ様が戸惑っているのはこの体のせい。でも、リアって呼んでくれた。ワタシのことわかるんだ。さすが、ドーラ様!


「そう! リアよ!」


ワタシは胸を張った。ドーラ様は眩しそうにに目を細めるとふっと笑った。


「そうか。リアか。やっと会えたな。ずいぶん探したぞ」


 ドーラ様がワタシを抱き上げてくれる。なんて、幸せ! 人間なんか大嫌いだけど、この体ならいいかもしれない。竜の硬い体と違ってドーラ様の手の温かさがじわっと体に伝わってくる。ワタシはふふふっと笑った。


「会いたかったぁ!」


 ワタシはドーラ様の首に手を回す。頬にちゅっとキスをする。柔らかなドーラ様の頬が赤黒くなる。一瞬ドーラ様がびっくりしたように目を大きくしたけれど、きつくワタシを抱きしめてくれた。

 ドーラ様がそっとワタシを地面に置いた。そっと頭を撫ぜてくれる。嬉しい。ドーラ様のまわりを黒い靄を立ち上らせながら、ぴょんぴょん飛び回った。こんなに体が軽いのは初めて! 足元で揺れる布も可愛い。


「リア。その体は、どうした? ……ローゼリアは?」


 ドーラ様の言葉に足を止める。なんで人間のことを聞くの? ふんぬぅ。


「ドーラ様、この体はリアのものよ!」


――気に入らない! キニイラナイ! キニイラナイ!


 ワタシは頬を膨らませて、ダンダンと地団駄を踏んだ。地面から伸びた黒い靄がドーラ様をぎゅうっと締め付ける。ドーラ様の眉間に皺がよった。だって、ドーラ様が悪いのよ! 人間のことを考えるなんて!

すこし眉をさげて苦しそうな、悲しそうな顔のドーラ様はじっと黒い靄に絡まれたままでいる。


――ちがう!! ドーラ様を苦しめたいわけではないの!


 ワタシは目を瞑って右手に杜で見つけたドーラ様の鱗を呼び寄せた。ぎゅっと握ると気持ちが落ち着いてくる。ドーラ様を締め付けていた黒い靄が霧散する。ドーラ様がげほげほっと咳をする。


「……ドーラ様に会いたくて、会いたくて、やっと、ドーラ様の鱗を見つけたの…… もう嬉しくって嬉しくって……」

「……迎えに行くのが遅れてすまなかった」


 ドーラ様が頭を下げる。私はううんと首をふる。


「ドーラ様は悪くないよ。ちゃんと迎えに来たじゃない?」

「ああ」

「……ラーシュを見つけてくれてありがと」

「お前は勇敢で優しい子だ。ずっとラーシュを守ってきたのだろう?」


 ああ! やっぱり、ドーラ様だ! ワタシのこともすべてお見通しなのね。泣きたいくらい嬉しい。


「うん。ワタシ、おねえちゃんだもの」


 ラーシュはまだ小さくて、ワタシが守ってあげなきゃいけないって、いっぱい頑張ったの。ドーラ様、やっぱりわかってくれてたんだ。ワタシの心のどこかで、チリッとなにかが動いた。


「もう大丈夫だ。ラーシュは安全なところにいて、次期に迎えが来る。ところで、リア……お前の本当の身体は、どこにある?」


 ドーラ様が優しくワタシの両手を握ると、ワタシの目を覗き込んできた。ドーラ様の目に、人間の姿の私が映る。


「これが今のワタシの体よ?」


 あの体はもう動かない。嫌な思い出しかない体なんていらない。この体で十分。ドーラ様に触れることができて、ドーラ様に抱きしめてもらえる。この手が動くのが嬉しくてワタシはぺたぺたとドーラ様を触る。じゅっと何かが焦げる匂い。ドーラ様がぐっと悲鳴にならない声をもらす。 


「……それはローゼリアの身体だ」


 眉を下げてとても困った顔で見てくる。どうして、ワタシをとても困った子どもを見るような目で見るの?


「これからはこれがワタシの体よ! あの体は、オレンジ色の髪の人間が使えないようにしたのよ!」


 ダンダンダンダンっと、地面を踏み鳴らす。黒い靄がもわっと立ちあがる。人間なんて、この靄で死んでしまえばいいのだわ! ワタシがふんぬぅと怒っていると、ドーラ様がワタシを優しく抱きしめた。


「すまなかった」


 耳元でドーラ様の声がする。ちょっとくすぐったい。ちょっとだけ気分がよくなった。


「ドーラ様が悪いわけじゃないわ。悪いのは人間よ」

「そうだな。俺も悪いのは人間だと思っていた。しかしな、俺には大事な人間の友人もいるのだ」

「…………」

「人間の中にはいいやつもいる」

「……ワタシもこの体は嫌じゃないわ」


 ワタシはドーラ様の腕の中でもぞもぞする。手に入れた体を触ってみる。竜と違ってあちこち柔らかい。


「そうか」

「だから、この人間の身体でこれからドーラ様のそばにいるよ」


 すうっとドーラ様がワタシを離した。ワタシの手を握るとワタシの目を覗き込んだ。


「いいや。それはだめだ。その人間の姿では火竜の都には連れて行けない」


 えっ? この人間の姿は駄目なの? 地面に漂っている黒い靄がゆらゆら揺れる。ドーラ様が優しくワタシの頬に顔を近づけた。そして、耳元で囁いた。 


「ああ。だから、そこから出てこい! お前のすべてを受け止めてやるから、そこから出てこい、リア!」


 ドーラ様の強い言葉にびっくりして、ドーラ様から数歩後ろに下がってしまった。顔が真っ赤になる。耳が熱いのがわかる。ドーラ様を見るとにっこり笑っている。 


「ほ……ほんと?」

「ああ」


 ドーラ様が人型から竜の姿に戻った。ああ、いつものドーラ様だ。人型もかっこいいと思ったけれど、やっぱりドーラ様は竜の姿が一番だわ。ワタシは嬉しくなった。世界で一番大好きなドーラ様。そのドーラ様が手を開いて待っている。ワタシはこの体を捨てて、ドーラ様の胸に飛び込んだ。


「リア、それですべてか?」

「ううん。……全部いるの?」

「ああ。お前の全部だ。全部受け止めてやる」


 ドーラ様が耳元でそう言うから、ワタシは杜の中に散らばっているワタシの欠片を呼び寄せた。


「これで全部だよ?」

「ああ。それでいい。本当につらい思いをさせて悪かった。お前ひとりにはしないから安心しろ。これからは俺が傍で守ってやるからな」


「うん!ドーラ様、大好き!!」


 ドーラ様がワタシの言葉に答えるかのようにワタシを抱きしめて、大きく吠えた。ドーラ様の炎は温かい。ずっと守ってくれるって言ってくれた。だから大丈夫。辛いこともたくさんあったけど、ドーラ様に会えて本当によかった。真っ黒な世界なんか大嫌いだったの。ドーラ様の赤い世界が一番すき。ドーラ様に抱きしめられて、ワタシの耳に届いた最後の音がドーラ様の声で本当によか……た…………


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