51.白来路花の行方(7)
「ウォォォォ……」
魔物達の低い地鳴りのような声が響く。十匹? 二十匹? 祭壇の入り口には所狭しと魔物が集まっていた。どの魔物もじっと私達を見ている。
エリック様が、短く詠唱を唱えると七竈のリングがキラリと光る。エリック様が光の魔力をのせてぶぉんと大きく剣を振る。虹色の光が剣の先から放たれて四方に広がって行く。後ろにいるというのに、私は膝をつきそうになった。
魔物世界は弱肉強食だ。魔力の強いものには従うのが習性だ。エリック様が放った魔力は、目の前のサイレントベアよりも、右側にいるレッドウルフよりも大きい。普段なら、逃げるか頭を垂れて従順の態度を取るかどちらかだ。エリック様の魔力を受けたサイレントベアが「ぐぉ……」と膝をついた。それなのに、殺気をさらにたてて、睨み返す真っ赤な目をぎらぎらさせている。のそっと立ち上がると、「ヴォォォォ……」と咆哮をあげる。両手を広げ、大きな爪で空を切る。完全に戦闘態勢。一歩、一歩、地面を踏みつぶしして、近づいてくる。他の魔物たちもずりずりっと近づいてくる。
「…… やっかいだな」
エリック様が小さく呟いた。
「俺を信じて、絶対にここを動くな!」
「でも……」
「適材適所だ。ローゼは探索と治癒。俺は攻撃。これだけの数だが、負ける気はしない」
「……。わかりました。せめてこれを」
私は籠の中から薔薇のクロッシェを一つ取り出した。
「ありがとう。心強いが、ガルに怒られそうだな」
エリック様は左手でクロッシェを掴むとポケットに突っ込んだ。
「相手をしてやる。俺は敵には容赦をしない性質だからな!」
エリック様が身をかがめて剣を下げたまま走り出した。あっという間にサイレントベアに走り寄ったかと思うと、下げていた剣を引き上げた。光の軌道がサイレントベアに走る。
「ぐふっ」
重苦しい獣のくぐもった声。
サイレントベアが後ろにのけぞる。エリック様が持つ剣の光が丸い大きな弧を描いたかと思うと、サイレントベアにもう一本光の軌道が走る。サイレントベアに走っている二本の光の軌道が大きく輝いたかと思うと、もうそこにはサイレントベアはいなかった。小さな魔物が後ずさりをする。エリック様は今度は、氷の魔法をのせてぶぉんと大きく剣を振る。ウサギより小さな魔物達はその場で凍り付く。
反対に数十匹のレッドウルフがその身をかがめ、一斉にエリック様にとびかかろうと跳躍。
――危ない!!
私は、何かできないかと籠の中に手を入れた。私が手にしたクロッシェを投げる前に、レッドウルフ達はエリック様の防御魔法に弾かれてすっ飛んだ。べしゃっ。地面に叩きつけられる。怪我をしたのか気を失ったのか、レッドウルフ達は動かない。エリック様は次々と魔物を倒していく。確かに、強い。私はエリック様に心の中で声援を送っていた。ふと、何かの音が耳に届いた。
シャキシャキ……シャキシャキ……
私は、はっとして地面を見た。数百匹のスコーピオンが毒針の尾を持ち上げて、祭壇の階段を登ろうとしている。音は、スコーピオンがハサミを震わせている音だった。普通のサソリとほとんど変わらない大きさのスコーピオンは、サソリよりも強力なハサミと毒を持っている。殻も魔石並みに硬くて普通の剣では剣の方が折れてしまう。そのハサミは鼠の首くらいならなんなく切ってしまう。その毒針で刺されれば半刻として命が持たない。それが、まさに目と鼻の先で、私を狙っている。それも所狭しと祭壇の階段の下にいる。
「きゃああ……」
私は慌てて口に手をあてた。でも、私の悲鳴がエリック様に届いたのか、アナグマのような魔物と戦いながらこちらを見た。その一瞬に、アナグマのような魔物がエリック様の左腕にとびかかった。
―― 応戦中のエリック様に頼れない。自分で何とかしないと!
私は防御魔法を唱えて、籠の中に手を入れてなにかないかと探す。
シャキシャキ……シャキシャキ……ブチッ……
祭壇の階段に苦労していた一匹のスコーピオンを他のスコーピオンがハサミで切った。その死骸を土台にして祭壇の階段を上る。それが祭壇の階段のあちこちでおこった。それからはあっという間だった。
ガンガン……ガンガン……
スコーピオンが私を取り囲む。防御魔法の壁にハサミをガンガン当てる。私の防御魔法はエリック様みたいに敵を弾き飛ばすことなんてできない。
ガンガンガン……ガンガンガン……
弱い私の防御魔法の壁には少しずつひびが入っていく。怖くて目を閉じた。
ガンガンガン…………………
……ん?
不意にスコーピオンが叩く音が消えた。防御魔法が壊されたのだわ。私は竜王様にもらった首飾りを握りしめた。……不意に薔薇の香りが鼻をかすめた。薔薇? 私は目を開けた。すると、大きくひびの入った私の防御魔法の壁を添うように薔薇がその蔓を伸ばし、葉を伸ばし、スコーピオンを絡めて真っ赤な花を咲かせているのが見えた。祭壇一面が真っ赤な薔薇でいっぱいになっている。
「ふう……間に合ったな」
声をするほうを見ると、薔薇の蔓越しにエリック様が祭壇の階段を上ってくるのが見えた。エリック様が七竈のリングを握りしめて氷魔法を唱える。パリパリパリと音を立てて凍る薔薇。薔薇に絡められていたスコーピオンも凍りついた。もう一度エリック様が魔法を唱える。
パリンという音と一緒に薔薇とスコーピオンが私の防御魔法の壁と一緒に砕け散った。
キラキラキラ…と、目の前を舞う氷の結晶。
私は思わず、氷の結晶を掴もうと手を伸ばした。すると手を握り返してくる人がいた。エリック様だ。ほっとしたような顔をして立っている。髪の毛が少し乱れているけれど、息はさほどあがっていない。でも、左の二の腕から血が出ている。やはり、私が悲鳴をあげたから怪我をしたのだわ。私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「ローゼに貰った薔薇が役に立った」
「??」
「ローゼのクロッシェだ。クロッシェがお前を守った」
「えっ?」
私は改めて自分の持っていた籠を見た。私が持ってきたのは、ガルデオン様にあげようと思っていた籠だった。確かに、エリック様に一輪渡した。でも、薔薇のクロッシェがあんな風に蔓を伸ばして花を咲かせるとは思わなかった。エリック様の魔力回復になればとくらいしか思いつかなかったのに。私がエリック様と自分の籠を交互に見ていると、エリック様が軽く笑っているのがわかった。
「あれは薔薇の魔力で作ったものだ。ガルの菓子以外にも用途はある」
「そうなのですか?」
「俺は薔薇の魔法が得意だからな」
そうだった。村で薔薇の蔓を伸ばしてジョアンを捕まえてくれたわ。生花を対価にして魔法を使えるのなら、クロッシェを使えばもっと大きな魔法が使えるのね。さすが、皇国一の魔術師だわ。
「助けていただきありがとうございます。腕を怪我されているようなので、手当を」
「このくらいかすり傷だ」
「痛くありませんから、腕を見せてください」
私は、にっこり笑うと籠の中から来路花の葉を取り出して、遠慮するエリック様の二の腕にあてた。やはり、魔物に引っかかれている。私のせいだ。「ごめんなさい。早く治りますように」と小さく呟いた。
エリック様がごにょごにょ言葉にならないことを呟いている。うまく聞き取れない。私が首を少しかしげていると、エリック様がにっこり笑った。
「さあ、精霊の住処へ案内を頼む」
******
「これか。確かにこれではわからないな」
エリック様が呟いた。私達の目の前には、来路花の守りの魔法があった。秘匿の魔法も重ねてかけられているので、守りの魔法の中は見えない。遠くから見ると草や木が生えているようにみえるだけだ。来路花自体、貧乏葛や鉄葎に巻きつかれていてよくわからないようになっている。うまく隠している。エリック様も感心したようにほおっとため息をついている。
私は、そっと守りの魔法を触った。ふわっと何かにあたる。その先には手は伸ばせない。
「私は、『精霊のかぎ針』の所有者である杜の魔女です。中に入れてください」
私はポシェットから、『精霊のかぎ針』をとりだし、もう一度守りの魔法を触った。今度は、私を遮るものはなった。一歩足を出すとなんなく中に入ることができた。振り返ると、エリック様も守りの魔法の中にいた。
「……まだ、先が見えないな」
確かに。私は一つ頷くと、前を向いた。目の前は来路花に取り囲まれた岩山が広がっている。でも、この岩山は幻と私の五感が囁く。不自然。違和感。エリック様もそう感じたのか七竈のリングを触っている。
「二重に守りの魔法がかけられているのでしょう。それに、幻燈の魔法も」
私は近くの来路花に、『精霊のかぎ針』をそっとあてた。ゆらゆらっと岩山が消える。予想通り! 私とエリック様は顔を見合わせてにっこり笑った。さあ、これで精霊の住処に行ける。こんなにも強い守りの魔法をかけているのだもの。この先は絶対精霊の住処。私は自分の予想に確信が持てて嬉しくなった。ほんの少し顔が上気する。けれど、岩山が消えて、目の前に現れた光景を見た途端、私は水を浴びたかのように冷たいものが全身を走った。
「……ひどい……」
私は口に震える手をあてた。目の前の薫衣草は、茶色い葉が僅かにのこった枝が地面からでている。ふらふらっと少し進むと、薔薇を見つけた。枝の先にある花は茶色く枯れてしまっている。……何もかもが枯れてしまっている! それも故意的な悪質なものが原因で!
「……なにがあったの?」
私はぺたりとその場に座り込んでしまった。エリック様が私のそばに来て手を差し伸べた。私はいやいやと首をふった。なにかあったと思っていたけれど、すべて枯れてしまっていたなんて……。
「戦争のあとのような土地だな。ローゼの言う通り、ここでなにか事件があったのだろう」
「でも何が?」
「それはわからない。でも、あそこを見ろ」
エリック様が30fほど先の場所を指した。私はエリック様の手を借りてのろのろと立ちあがった。
「あれは、何かをひきずった跡だ。あれを辿れば黒い靄の原因にたどり着けるのではないか?」
「……」
「植物は強い。今は枯れてしまっているが、また息を吹き返すこともある。まずは、黒い靄の原因を突き止めることが優先するべきではないか?」
エリック様が幼子に話しかけるようにゆっくりとした口調で話した。植物は強い? 私は目を瞬かせた。そして、ゆっくりとエリック様の言葉を頭の中で反芻してみる。そうだ。山火事になっても、植物はまた新しい芽をだす。どんなに傷ついても、雨がふり、時間が経てば新しい花が咲く。
「そうでしたわ。……あまりにもひどくてショックを受けていましたが、もう大丈夫です。私もエリック様の意見に賛成です。さあ、行きましょう」




