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45.白来路花の行方(1)



「朝から、ゆっくりお茶を飲むことが出来ることが、こんなに幸せなことだとは思わなかったわ」


 私は、薄荷(ハッカ)の香りがするお茶を飲み、ほおっとため息をついた。スゥーとする薄荷の香りが、頭をすっきりさせる。そして、まだわずかに湯気が残っているゆでたてのジャガイモにバターをつけて食べる。バターに来路花(セージ)の葉を刻んだものが入っているわ。アンのお手製の『来路花バター』。

 ああ……美味しい。


「アン、もう体は大丈夫?」

「この通り、元気いっぱいです!」


 アンが、にっこり笑う。


「ねえ、アン。そう言えば、砂糖とか、バターとか、どうやって手に入れているの?」

「お嬢様が倒れた日、領主様が自ら馬車をひいて持ってこられました」

「領主様が?」

「はい」

「どうして?」

「いろいろ世話になるからと」

「は?」

「なので、今、水屋の食料は充実しております!」


 アンが胸を張って答えたけれど、私の方は、頭の中が疑問符だらけだ。


「アン、ルッコラ村の領主様とお知り合いなの?」

「いいえ。でも、サミュエル=ネル様は『宵の杜の魔女様によろしくお伝えください』とおっしゃっていました」


 確か、ルッコラ村の領主は冷徹無比な策略家として有名で、王の番犬。北のリッチモンド、南のネル。

その人物が、わざわざ自分でここへ来たの? 私のことを探りに来たのかしら? 


「サミュエル=ネル様?」

「はい。……おそらく、ネル商会の支配人のご兄弟かと。瓜二つの顔をしていました」


 確かに、ネル商会は共和国とも取引があり、ルッコラ村の中でも押さえておきたい要な商会だ。領主の息がかかっていても不思議はない。ネル支配人から領主へ『宵の杜の魔女の家に住み着いた者がいる』と話がいって、様子を見に来たというところかしら? 

 他になにか理由があるのではないかと考えていると、アンの暢気な声が耳に届いた。


「とても、お優しそうな方でした。女性だけでは不便はないか、食べ物は足りているかなどといろいろ心配なさってくれて、……。そうでした! いろいろありすぎて、すっかり忘れておりました。領主様から、お預かりしていたものがあるのです」


 アンが持ってきたのは、茶色くなった古い絵本と青銅色の小瓶とブランケットだった。


「小瓶は宵の杜の魔女様から預かっていたものだそうです。絵本とブランケットは、ルッコラ村のことを知って頂きたいからとおっしゃっていました。お渡しするのが遅くなってしまい、申し訳ありません」

「私は起きたらすぐ出かけたし、帰ってきたらアンが大怪我していたのよ。渡す余裕などなかったわ。それより見てみましょう」


 にっこり笑うと、アンに食器を片付けるよう頼んだ。綺麗に片付いた机の上に、ブランケットを広げる。表側は織物のように縦糸と横糸が見えるけれど、ひっくり返してみると、裏側は、うねうねと糸が絡んでいる。見れば見るほど不思議だわ。まるで糸が模様のようになっている。


「不思議な織り方ね。すごく気になるわ」

「ほどいてみます?」

「ほどいたら直せそうにもないからやめておくわ」


 ブランケットを畳むと、魔女から預かったという小瓶を手に取った。青銅色の小瓶は片手で持てるくらいの大きさで、重さも感じさせない。魔方陣かしら? 見たこともない繊細な模様が全体に施されている。見れば見るほど不思議な瓶だった。おまけに、あちこち見ても開け口がどこにあるかわからない。振ると微かに音がするようなしないような……なんだろう? シーフウィル様に聞かないと判らないものかもしれない。私は、そっと机の上に置いた。


 最後に絵本を手に取った。「ウィルとブルーベリータルト」という題名の絵本は、ウィルという悪戯好きの精霊が村の少女リィに恋をするという話だった。舞台はルッコラ村を彷彿させるような魔の森が隣接する小さな村。なにげないやりとりが微笑ましい。でも、最後は……。

 ウィルが恋した少女リィはルル編みという編み物が得意な少女で、編み物をしている場面が多い。ウィルとお喋りしながら、あるいは領主の館で、あるいは閉じ込められた塔の中で、幸せそうに編み物をしている。 


 この挿絵のブランケットの模様。領主様が持ってきたブランケットと同じ模様のように見えるわ。ということは、ブランケットの編み方はルル編みというのね。


「このブランケットはルル編みっていうんですね。てっきり織物だと思っていました」


 横から絵本を覗いていたアンが感心したような声をあげた。


「そうみたいね。ねえ、アン、ここを見て。ガル様がもらった『精霊のかぎ針』は、この絵本の中に出てくる『かぎ針』と同じ形をしているわ。私が持っている『かぎ針』と違うかぎ針だったから不思議に思っていたけど、やっとわかったわ。ガル様がもらった『かぎ針』はルル編み用のかぎ針なのよ」


 私はリリィがかぎ針を手にしている挿絵を指した。


「そうなんですか?」

「でも、どうやって編むのかしら? この挿絵では、糸が何重にも針に絡まっているようにみえるわ」


 私は、顔を挿絵に近づけて目を細めた。でも、だめだわ。糸がどう絡まっているかわからない。


「画家の手違いでは?」

「きっと、ルル編みはこうやって編むのだわ。気になる。この編み方を知りたい!」


 思わず本音が零れる。それを見てアンがふふっと笑う。私は少し恥ずかしくなって、顔に手をあてた。


「村で聞いてみるのはどうでしょう?」

「そうねぇ……デニスさん達に相談してみようかしら?」


 『トン・・トン・・・トン』と入り口の扉を叩く音がする。続いて、「アンさーーん! ローゼちゃーーん!!」とニコラさんの元気な声がする。


 噂をすれば影ね。私は、アンと顔を見合わせてふふふっと笑った。大きな部屋の入り口の扉を開けると、ブルーベリーをいれた籠を持っているニコラさんが立っていた。


「アンさん、ケガをしたんだって?」


 心配そうな顔をして、ニコラさんがアンを見る。でも、エリック―もといエドワード様が、なんて言ったかわからない。困った。


「ネル商会に行ったら『もう出た』と言われるし、ジョアンの家に行ったらアンさんはいないし……ほんと焦った!」


 ニコラさんが、大きく手を動かして話を始めた。後ろできゅっと縛っている茶色い髪の毛が猫の尻尾のように揺れる。


「お約束したのに、ジョアンの家に行くことができず申し訳ありません」


 アンが、頭を下げて謝る。


「まあ、ケガしたんじゃしょうがないじゃない? 代わりに来たエリック様が、キリとジョアンを騎士団の治癒師のところに連れて行ったよ。それより、足、大丈夫?」

「……お嬢様が治してくださいました」


 アンが、探るような声で答えた。


「でも、冷静なアンさんが、椅子の角に足をぶつけて足の指を折るだなんて……」


 ニコラさんが、目尻を下げている。なんだか、笑いをこらえているようだ。エリックーもといエドワード様は何を言ったの?


「…な…」

「隠しても駄目よ。痛くてわんわん泣いていたんですって? エリック様がキリちゃんに話しているのを聞いちゃった」


 それを聞いて、アンの目が泳いで、顔が真っ赤になった。


「きっと、エリック様はひどく痛がっているキリちゃんを慰めようとアンの怪我を少し大げさに話をしただけですよ。そんな子どもみたいに、わんわん泣くだなんて……。それより、キリちゃんの具合はどうですか?」

「さすが、騎士団の治癒師よ。今のところ痛みはないって。でも、しばらく騎士団で治療するらしい」

「それはよかったわ。ところで、ジョアンは?」

「しばらくキリちゃんの付き添いをしているって」

「心配ですものね」


 エリック様は、ジョアンとキリちゃんを保護したってことよね? なら、もう安心ね。アンもほっとしたように、「ああ……よかった」と呟いた。


 ニコラさんが、ポンッと手を叩いた。


「そうだ!! 今日は別の用事で来たのよ」

「どうしたのですか?」

「うん。薔薇の花を少し分けて欲しいの」

「?」

「この前、買い取った薔薇、日持ちもいいし、香りもいいし……ぜひ、精霊祭で使わせて! ちゃんと代金は払うから、……ね?……お願いします!」


 ニコラさんが、頭をさげて、頭の上で手をすりすりと合わせている。


「ええ。構わないですが、どのくらい必要ですか? 薔薇以外にも加密列とかもありますが?」

「薔薇がいいわ。私、薔薇の花が一番好きなの。高貴な感じがするじゃない? きっと精霊王様もお気に召すと思うの!」


 薔薇のすばらしさを熱く語るニコラさんに、シーフウィル様の好みは鈴蘭だとは言えなかった。


「わかりました。いつまでに、何本くらい必要ですか?」

「明後日の精霊祭までに、50本用意してほしいのだけど、大丈夫?」


 そう言われて、私は今の庭の状態を考えてみた。先日、村へ持っていったのが、50本ほどだからなんとかなるかしら?


「庭を見ないとなんともいえませんが、……色は混ざっても大丈夫ですか?」

「急だし、無理は言えない」

「参考までに何に使われるか聞いても?」


 精霊祭でどうのように使うのだろう? 


「精霊祭は初めてだったわね。精霊様は花がお好きだから、あちこちに花を飾るの。昔は祭壇に続く道にも花を敷き詰めていたと聞いているわ。お祭りの最後に、祭壇がある杜の泉に、お願いをしながら花を添えるの。精霊王様が気に入れば、その願いは聞き届けられるんだって。だから、いい花を用意したいじゃない?」


 急に、そこまで楽しそうに話していたニコラさんの顔が曇る。


「でも、今年は、泉に竜が現れているのよ。騎士団が明日までに討伐できなければ、今年は延期になるかもしれない。 領主様が、明日の夕方、開催するかどうか判断するっていう話をさっき長たちが話していた」


 ニコラさんが今の村の状況を教えてくれた。ラーシュのことはもう村の人は知っているのね。討伐対象になってしまっている。早く助け出さなくては! 私はアンと目配せをしながら、ニコラさんの様子を伺う。


「でももし、竜を討伐できなければ、村の真ん中の噴水を泉に見立てて精霊祭をするんだって! だから、私は、薔薇とお菓子の準備をするの! ほら、ブルーベリーも宵の杜で摘んできたから、あとは兄さんがタルトを焼くだけよ」


 ニコラさんが籠を持ち上げてにっこり笑った。


「それは楽しみですね。ちなみに、ニコラさんの願いって聞いてもいいですか?」

「もちろん! 私の願いは『すてきな恋人ができますように』よ! 今年こそは、背が高くて、顔がよくて、優しくて、お金持ちで、私のことを大切にしてくれるすてきな恋人を作って、兄さんをぎゃふんと言わせてやるんだから!!」


読んでいただきありがとうございます。


うだるような暑さですが、お体にはお気をつけてお過ごしくださいませ。


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