44.悪しき精霊に憑りつかれた竜(5)
「ほう、これが襟巻か」
ドラゴネット様が、茶樹と白来路花と来路花の襟巻を首にかけた。巻き付けるには長さがちょっと足りない。首に淡い黄緑色の襟飾りをつけているように見える。ファニール様が襟巻に向かって作用範囲が大きくなる魔法をかけた。襟飾りしか見えなかったクロッシェが、ドラゴネット様を包む。まるで、ほわほわっと光る大きな服を着ているようだ。ファニール様の魔法は凄い。私は、ほおっと口を少し開けて見惚れてしまう。
「お嬢様」とアンが私の袖をくいくいと引っ張る。そうだった。自分用の星糖がはいった巾着の中から、3つほど星糖を取り出した。
「これが、今人間の世界で手に入る星糖ですが、ドラゴネット様ものと同じですか?」
ドラゴネット様が、私の掌の中の星糖をよく見ようと、顔を近づけてくる。鼻息で、星糖が飛んで行ってしまいそう。ドラゴネット様はじっと見つめているだけで、何も言わない。
「食べてみてはいかがですか?」
私は、ドラゴネット様の口の中に、星糖を入れた。
「……」
「どうですか?」
おそるおそる聞く。もし、ドラゴネット様がいう星糖がこれじゃなかったらと思うと、不安で胸がどくどくする。煩く鳴っている胸に手をあてて、目を瞑っているドラゴネット様を見た。私の隣でアンが唾を飲み込むのがわかった。
「ああ……甘い……。星糖だ」
「よかった」
私とアンは、ほっと胸を撫でおろした。これで夢の中に行く準備は出来たのだわ。
「シーフウィル!」
竜王様が、私の頭の上に乗っているシーフウィル様を摘む。シーフウィル様が竜王様の手の中で光る。
「……もっと優しく扱え!!」
「あとはどうすればいいのだ?」
「レヴィアタン。 お前が髪に挿している桜の枝のクロッシェをドラゴネットに渡せ!」
「?」
「幼い竜はその手に、お前の持っている桜の枝のクロッシェと火竜の鱗を持っている。ドラゴネットの道標となるだろう」
竜王様は頷くと、髪を束ねるのに使っていた桜の枝のクロッシェを髪から抜くと、ドラゴネットの服に挿した。
「ドラゴネット、幼い竜のことを強く思え。自身の鱗と桜がお前を導くだろう」
「帰りは?」
「お前の大切なものがお前を呼ぶだろう」
シーフウィル様がふわふわっとドラゴネット様のまわりを飛び回った。光がドラゴネット様を包み、あたり一面桜の香りがしたかと思うと、ドラゴネット様が『どすん』と倒れた。
「心配はいらない。心が出かけただけだ。あとは帰ってくるのを待つしかない。ローゼリア、何か編んでもらえないか?さすがに少し疲れた」
頼りなさげにふらふらしながら、シーフウィル様が私の方に飛んできた。私は慌てて両手を広げて、シーフウィル様を捕まえた。そして、籠の中に入れた。シーフウィル様は今までの輝きがなく、ただの綿埃のようになってしまっている。私は籠を近くの机の上に置くと、ファニール様のほうへ歩いて行った。
「ファニール様、何を編めばいいと思いますか?」
「鈴蘭がよかろう。薄紫色のものはないが白い普通の鈴蘭なら温室にある」
「えーボク、白薔薇がいい!」
「……鈴蘭を編んだことがありません。鈴蘭の編み方も教わることはできますか?」
「ああ」
「えーボク、白薔薇がいい!」
今まで静かにしていたガルデオン様が、大声で騒ぎ始めた。私は、ガルデオン様の台詞をするっと無視して、図書館を出ようとした。ガルデオン様が、竜王様に首を押さえられているのが見えた。翼をばたばたさせている。
「ガルは、我と一緒に火竜の都へ行くぞ。ドラゴネットの大切なものを取りにいかねばならん」
「えーやだ!やだ!」
ガルデオン様がすごく嫌そうな顔をしてバタバタ暴れながら竜王様を見る。まるで、駄々っ子のよう。竜王様が「決定事項だ」と言うと、がるるっと唸りながら竜王様の服に噛みついた。竜王様が手を離すと、ガルデオン様はアンのところまで飛んできた。
「なら、侍女、お前は草むしりだ」
「ドラゴネット様の大切なものと言えば、酢漿草ですね!酢漿草集めだと言ってください」
アンが、にっこり笑っている。なんだか楽しそうだ。私は、ふふっと笑うと、先を行くファニール様を追いかけた。
******
鈴蘭の魔力を集め終わると、私は図書館に戻りクロッシェ作りを始めた。鈴蘭は、中に小さな丸い魔力玉を入れてそれを包むようにして編み上げる。すると、ぷっくりとした丸い鈴蘭が出来上がる。今まで編んだものとは編み方が全然違って面白い。
鈴蘭のクロッシェが編み終わると、シーフウィル様が入っている籠にいれていく。ふとみると、鈴蘭のクロッシェが籠いっぱいになっていた。シーフウィル様は鈴蘭のクロッシェに埋もれてしまっている。元気になったら出てくるかしら? 鈴蘭はこのくらいにして、私は白薔薇の魔力糸を手にした。
魔女の家の守りの魔法を強化したり、竜王国と魔女の家を繋げる扉を作ったり、本当はいろいろ頑張っている。白薔薇のクロッシェが欲しいという我儘くらいきいてあげたい。ガルデオン様のことを思いながら、白薔薇のクロッシェを編んだ。
図書館の入り口ががやがやしてきた。顔を上げると、見慣れた箱が運び込まれてきた。アナ様の箱だ。
「『ドラゴネットの大切なものは何か』、と塔にいた火竜達に聞いたところ、『これだ』と言ったのでな。持ってきた。覚えているか? ローゼリアが修理してくれたアナスタシアの箱だ」
箱を運んできた火竜の後ろから竜王様が、ふわりと笑いながら入ってきた。
「今では、一番のお気に入りだそうだ。時間があると箱の中を覗いているらしいぞ」
ドラゴネット様が起きている時には聞けそうもない話を聞いて、私はとても嬉しくなった。
アナ様の箱から手元に目を戻してかぎ針を動かしていると、期待に満ちた声が竜王様の後ろからする。
「ローゼ、それって、それって、もしかして、もしかしなくても?」
「ガル様のお気に入りの白薔薇のクロッシェですわ」
私は、編みあがった白薔薇のクロッシェが入っている籠を見せた。
「やったぁ!!! さっき、ファニールとローゼはボクの台詞を無視して温室に行くから、ボクはてっきり……」
「そうですね。火竜の塔に行っても、かなりしょげていらっしゃいましたよね。『ボクよりファニール様が「侍女!」』」
ガルデオン様がアンに向かって翼を使って風をかける。アンが持っていた酢漿草が飛ばされそうだ。
「ガル様! せっかく、アンが摘んできた酢漿草を吹き飛ばさないでください」
「だってぇ。侍女が余計なことを言うから」
ガルデオン様は私のそばに飛んできて、ごにょごにょ言い訳を始めた。ガルデオン様を見ると、私に聞こえないように「ふん」と言っている。アンはつんとしてそっぽを向いている。ほんと、仲の良いこと。
「アン、摘んできた酢漿草を、ドラゴネット様のそばに置いてくれる?」
「了解です!」
アンはガルデオン様にむかってべぇっと舌を出すと、酢漿草をドラゴネット様のそばに置いた。
「ルシル様がドラゴネット様を迎えに行ってくださいますように」
私は、ドラゴネット様のそばに置かれた酢漿草に願いを込めた。摘んできた酢漿草に僅かに残っていた魔力がが少し光ったような気がするけれど、気のせいかもしれない。
私は編みあがった白薔薇のクロッシェに息を吹きかけると、籠をガルデオン様の前に置いた。
「ガル様。いろいろお疲れ様でした。アンに素敵な指輪をありがとうございます」
「ローゼだけだよぉー。ボクのことを思ってくれているのは!」
ガルデオン様はそう言うと、白薔薇のクロッシェをぱくりと食べ始めた。
「あーおいしい。加密列のなかなか良かったけど、やっぱり白薔薇が一番だよ! そういえば、鈴蘭のクロッシェも編んだの?」
ガルデオン様は、シーフウィル様が入っている籠をつついている。
「同じ白でも、全然違うね。こっちのは小さくて丸っこいんだ。シーフの奴、これがいいって言っていたけど、僕にはわかんないや」
「好みはそれぞれです。私も、ガルデオン様がクロッシェとお菓子に固執する理由がよくわかりません」
「そんなものかな」
ガルデオン様がそおっと鈴蘭のクロッシェの籠に手を伸ばす。一つ摘まみ上げると、ぱくりっと口に入れた。文句を言っても食べるんだ。私は思わず、片眉をあげてガルデオン様を見た。ガルデオン様はそんな私には気づかず、にこにこしている。
「あ、美味しい。白薔薇のクロッシェがタルトだとしたら、鈴蘭は星糖みたい。ほろっと溶けてしまう。中に魔力玉を入れたの? 小さいのに、魔力がぎゅっと押し込められている感じがする。でも、やっぱ、ボクは白薔薇がいいな」
「ガルデオン! 食べたなあー」
鈴蘭のクロッシェの籠から声がすると思ったら、手の平くらいの小さな男の人が現れた。濃い緑の髪、
何枚も重ねられた透き通るような生地の服を着ている。顔立ちも整っていて、綺麗としか言い表せない。
声はシーフウィル様の声で、シーフウィル様がいたところから出てきたから、シーフウィル様よね?
私は、そうだと言ってくれる人を探してきょろきょろした。すると竜王様が近寄ってきて声をかけてくれた。
「シーフウィル、姿は戻ったが、まだ大きさは小さいな」
「ふん。まだ、足りぬのだ。魔力を奪われる前に呪詛をかけられたからな。それより、ガルデオン!あれだけ鈴蘭をけなしたくせに、食べたな!返せ!!」
「ふふふん、もうお腹の中さ。返せないよーだ」
ガルデオン様とシーフウィル様が空中で追いかけっこを始めた。竜王様がやれやれと肩をすくめて、ガルデオン様の首を捕まえた。
「ガル。シーフウィルにお前の白薔薇を1つ分けてやれ。シーフウィルもそれで我慢しろ」
「えー、白薔薇はボクのだよ」
「お前がシーフウィルの鈴蘭を食べたのであろう? 人間の言う『とりかえっこ』というやつだ」
竜王様に怖い顔をされて、ガルデオン様がしぶしぶ白薔薇のクロッシェを1つシーフウィル様に渡した。体の半分近くあるクロッシェを両手で抱えて、シーフウィル様が食べ始めた。
「大きいだけで破廉恥だと思っていたが、なかなか美味だ。さくっとしていて、食べ応えがある」
白薔薇を食べながらシーフウィル様が呟いている。ガルデオン様もシーフウィル様も、相手の好きなものを口にすることができたから、これからはお互いを認め合うことができるといいのに。
「これで、もう追いかけっこをするのは止めよ。話がすすまぬ」
竜王様に睨まれて、ガルデオン様もシーフウィル様も小さく「はい」と返事をした。竜王様は、今度はファニール様の方をむいた。
「さて、次は、薄紫色の鈴蘭の在処だが、ヨルムヴィルムは起きたのか?」
「ああ。桜の香りで起こせた。ただ、ヨルムヴィルムは、宵の杜、ルーの泉、古の契約者の庭、秘匿の庭、魔女の庭、と言ってまた眠りについた。これでは、私にはどこにあるかわからない」
ファニール様が、歯切れの悪い口調で答えた。
「ルーの泉は、ボクが初めてにローゼに出会った森の近くにあるよ。ボク、行ってみてくるよ」
ガルデオン様が図書館から出て行った。
「では、私は、魔女の庭をもう一度、ゆっくり探してみますわ。鈴蘭は背丈も小さいですし、紫色の花は多く咲いているので見落としているかもしれません。それに、友人達が、自分達の知っている温室を探してみると言って出かけていきました。彼らの帰りを待ってみます」
私は、アンに目配せをした。
「そうだな。一度、魔女の家に戻り、ゆっくりとしてくるがいい。人間にとっては食事も眠りも大切だ」
「わかりました。今日はもう戻ります」
「ドラゴネットのこと、礼を言う」
竜王様が、私に近寄り、ぎゅっと抱きしめて、不思議な言葉で小さく唱えた。次にアンに近寄り、同じようにぎゅっと抱きしめて、不思議な言葉で小さく唱えた。何を唱えたがわからなかったけれど、きっと私達を思ってくれた言葉に違いない。だって、こんなにも穏やかかな気持ちになれたのだから……。
少し推敲しました。




