43.悪しき精霊に憑りつかれた竜(4)
目をしょぼしょぼさせながら編んでいると、扉を叩く音がした。ルーカス様が椅子から立ちあがって、剣に手をかける。しかし、すぐにその警戒を解いた。
扉を開けて入ってきた人物は、手には少し大きめの箱を持っている銀の髪をした青年だった。エリック様よね? どう声をかけよう・・・? エリック様(だと思う人物)も、眉をへの字にして困った表情をした。口をもごもごっと動かしているけれど、声にならない。なんとなく気まずい雰囲気。何か言わなきゃ。私は意を決して、口を開こうとした時だった。
「魔術師!!」
ガルデオン様が大きな声をあげた。やっぱり、エリック様でよかったのね。私はほっと小さく息をした。エリック様も同じだったようで、大げさにガルデオン様の頭をわしゃわしゃと撫ぜている。
「聞いていたが、人型だと子どもなんだな」
「その箱の中身は何? 甘い匂いがするんだけど!」
「土産だ」
ガルデオン様のわくわくした目が箱に釘付けだ。
「わ―い!!」
「人型だと、言動まで子どもになるのか?」
エリック様は机の上に箱を置いて蓋を開けた。中には、タルトの他に、渦巻きをしたケーキや黄色いものが入った白い陶器が入っていた。ガルデオン様は机に身を乗り出して、箱の中を覗きこんでいる。
「ねえ、この白い陶器の中身は? 揺らすとゆらゆらするんだけど!」
ガルデオン様が白い陶器を指している。
「皇都で流行りだしたプディングと言うらしい。底に砂糖を煮詰めたものがはいっているから、スプーンですくって食べるといいと聞いた」
次は渦巻き。
「じゃあ、こっちの渦巻きは?」
「バタークリームを挟んで、巻いたものらしい」
「へえええ! どれも食べたいんだけど!」
「……好きにしろ」
「やったね!」
ガルデオン様は、アンに一番大きなお皿に全種類のケーキを乗せてもらうと机の隅を陣取った。
私は、なるべく普通を装ってエリック様に声をかけた。
「おかえりなさいませ。エリック様」
「あ、……ああ」
エリック様は明らかに動揺したような声を出したかと思うと、顔を覆ってしまった。そして、パンとご自分の頬を叩いた。そして、私の方を向いて、ふんわりと笑った。
「ただいま、ローゼ」
「あの……」
「ごめん。……ちょっと待っててくれ」
片手を上げて私が話すのを制すると、エリック様はルーカス様の方に歩いて行った。
「だいぶ良くなったみたいだな」
「問題ありません。大切な七竈のリングをありがとうございました」
「もう、大丈夫か?」
「はい」
「そうか」
エリック様はルーカス様から七竈のリングを受け取った。そして、二人は騎士達が仲間内でする、腕と腕を合わせる仕草をして抱き合った。ルーカス様はそのまま椅子に座り、エリック様は私の方へとやってきた。私の正面に立つと、背筋をしゃんと伸ばして私をまっすぐ見た。私も椅子から立ちあがった。
「……すまない。これが本当の俺だ。今まで、認識障害の魔法をかけていた」
エリック様が頭を下げた。どうしていいかわからず、ルーカス様の方を見たが、ルーカス様椅子に座ってお茶を飲んでいる。助け舟は出さないつもりらしい。肩が少しこわばっているのは、聞いてくれるなと言いたいのだと思う。謝罪なんて必要ないのに。私だって、エリック様を騙しているのだから。私は、小さく呟いた。
「……理由を聞いても?」
「ああ。ローゼに会いたかったからだ」
エリック様が顔を上げると、私の手をとり、私の目を見た。揶揄っているような雰囲気はない。私に会いたかった? 「どうして?」と聞く前に、エリック様が口を開いた。
「俺は、ウラヌヘイム皇国皇太子、エドワード。……ローゼリア、お前の旦那候補だった男だ」
「ええぇ??」
私の素っ頓狂な声が部屋に響いた。淑女にあるまじき声に慌てて口を押えて、まわりをきょろきょろ見回した。ガルデオン様はケーキを夢中で食べていたし、ルーカス様は聞こえないふりをしてお茶を飲んでいる。エリック様は、にっこり笑って立っていた。
確かに、ルーカス様より偉そうな態度をしていたから、高貴な人だとは思っていたけれど、皇太子だったとは! その上、わたしのことまでばれていたとは!
私は、目を白黒させながら、わずかに後ろに下がった。いつでも、逃げられるようにしなくては! 素早く、アンの位置を確認し、扉の位置を確認した。
「い、いつからですの?」
「初めて村で会った時から……かな?」
エリック様、もといエドワード様が少しあきれたような声をだした。
「どうしておわかりになられたのですか?」
「ローゼ、お前は名前もそのままだし、髪も銀のままだし、ばれない方が難しいと思うぞ?」
え? ばれない方が難しい? 私は自分の髪をぺたぺたと触ってみた。確かに、銀のままだ。銀の髪といえば、貴族だって言っているものじゃない! そこまで考えつかなかったわ。
「……もしかして、ルーカス様も?」
「かもしれないと思っていたが、確証は持てなかった」
ティーカップを持ったまま、ルーカス様が答えた。
「……そうだったんですか」
私は、へなへなっと椅子に座り込んでしまった。
「まあ、お互いばれてよかったんじゃない?」
口いっぱいにケーキをほおばっていたガルデオン様が、もごもごさせながら声をかけてきた。
「連れ戻したりは?」
一番気になることを小さな声で聞く。
「「しない」」
ルーカス様とエドワード様の声が重なった。
「お前は、宵の杜の魔女だろ? ローゼリア嬢は病気療養だ。……そうだ。これは、ご所望の星糖」
エドワード様が、にやりと笑いながら、ローブの内ポケットから小さな巾着を二つ取り出した。
「ありがとうございます。でも、どうして二つ?」
「一つは頼まれたもの、もう一つは、ローゼに」
エドワード様が、少し照れたように頭をかいている。私は一つは机の上に置いて、もう一つの巾着の紐を緩めた。
「……ありがとうございます。アンと二人で大事に食べますね」
きらきらっとした小さな星糖がたくさん入っている。私は、アンを呼んで、二人で一つずつ口に入れた。口の中に入れた瞬間、ほろっと溶ける。砂糖の甘さが口いっぱいに広がる。私とアンは顔を見合わせてにっこり笑った。
「ところで、何を作っていた?」
エドワード様が、テーブルに置かれている襟巻を指して聞いた。
「竜を助けるためのアイテムですわ。この星糖もその一つ。あと一つが揃えばいいのですが、それが難しくて……」
「あと一つとは?」
エドワード様が聞き返した。
「薄紫色の鈴蘭です」
「薄紫色の鈴蘭?」
エドワード様もルーカス様の首をひねっている。鈴蘭と言えば白か桃色だもの。私だって、薄紫色の鈴蘭を見たことがない。
「精霊を呼ぶには、薄紫色の鈴蘭の花の魔力で鈴蘭のブーケを作るがいいと言われました」
「宵の杜は鈴蘭があちこち自生していたはず」
ルーカス様が思い出したように言った。
「宵の杜の鈴蘭は、黒装束に毒を入れられて、毒入りの鈴蘭になってしまったそうです。今は宵の杜にはないと聞いています」
「ならば、……」
エドワード様が思案するように手を顎に当てて目を閉じた。
「皇都にある花はすべて集めたと豪語している母上に頼んで、母上の温室を探してもらおう。あとは、ここの領主だな。あいつは持っているかもしれない。」
「そうだな。領主なら持っていそうだ。あとは、ネル商会か……」
二人が話し合っているところに、私は「あの、」と声をかけた。エドワード様が、私の方を向き直る。
「あの……以前、ルーカス様からお見舞いに鈴蘭のブーケを頂きましたが、あれはどこで手に入れられましたか? 宵の杜の鈴蘭は、毒のせいで赤黒くなっていると聞きました。しかし、頂いた鈴蘭は白かったのを覚えています。もしかしたらと思って……」
自分の仮説があっているか自信がない。自分の声がだんだんしりすぼみになっていくのは、許してほしい。でも、あの鈴蘭のブーケは、ガルデオン様がぶつぶつ言うくらい、とてもいい香りがして花持ちもよかった。
「あれは、ガッシュに見舞いの花を用意するよう頼んだのだ」
「ガッシュ? お前の世話係の辺境騎士団のオレンジ鶏冠か! さっき、治療師のところで見かけた」
「?……ガッシュは、今日非番のはず……」
エドワード様とルーカス様が、はっとしたように目を大きくするとお互いの顔を見合わせた。
「ルーカス、騎士団に戻るぞ」
「ああ」
ルーカス様も出かけるために、靴紐を結びなおし始めた。
「薄紫色の鈴蘭は、必ず手に入れて戻ってこよう。皇都を往復する可能性もあるから、明後日に来ることにする」
エドワード様が、扉に手をかけながら言った。私は慌ててお願いをする。
「鈴蘭は必ず鉢で持ってきてください。切り花にしてしまうと、魔力が無くなってしまいます」
「わかった。ルーカス、急ぐぞ」
ルーカス様も靴紐を結び終えて、椅子に掛けてあった剣を手に取った。
「ローゼ嬢。何度も助けてもらい礼を言う」
ルーカス様は深く頭を下げると、先に扉の向こうに出て行ったエドワード様を追いかけて行った。
******
「行っちゃったね」
「エリック……もとい皇太子様にお茶も出さず仕舞いでした」
アンが、少しバツ悪そうな口調で言った。
「ふふ。エドワード様はきっと気にしていないから大丈夫よ。それより、私のことはばれていたのね。なんだか、損した気分だわ」
私は、ちょっと頬を膨らませた。別に怒っているわけではないわ。ばれないようにあたふたしていた私はきっと滑稽だったろうなと思うと、少しだけ癪に障る。私はエリック様ーエドワード様のことはちっとも知らなかったのだもの。
「でも、連れ戻さないっておっしゃってくれたじゃないですか? よかったですね」
「そうね」
「それに、薄紫色の鈴蘭を探しに出かけてくれたじゃありませんか。皇妃様の温室まで調べるとか。薄紫色の鈴蘭、見つかるといいですね」
「ええ。きっと、見つかると思うわ。だから、今私が出来ることを精一杯することにするわ」
私は机の上に置いてある、編みかけの襟巻を手にした。
「ドラゴネット様の襟巻ですか?」
「そうよ。これを編み終わったら、竜王国に一緒に行ってくれる?」
「はい」
「よかった。アンがいてくれると、頑張れるわ」
竜王国に行ったら、何をしようかと話していると、ケーキを食べ終わったガルデオン様が傍に寄ってきた。アンの前でもじもじしている。いつもの強気な雰囲気が消えている。
「わ……悪かった。ボクが留守番しろって言ってさ」
「ガルデオン様、とんでもありません。私の危機管理能力が足らず、お嬢様にもガルデオン様も心配をかけました。本当に申し訳ありませんでした」
アンが深々と頭をさげた。
すると、ガルデオン様がそっぽを向きながら、小さな濃い群青色の魔石が埋め込まれた指輪をアンに差し出した。ガルデオン様の目と同じ色だ。
「これは?」
「空竜の指輪だ。それを握ってガルと叫べば、お前のまわりにつむじ風が起きる」
「例の必殺草むしり?」
「ふん。もう、ケガするなよ。それから、レヴィの首飾りはローゼに返せ」
「ありがとうございます」
アンは丁寧に頭をさげてお礼を言うと、嬉しそうに指輪をはめた。そして、手を少し高く上げて指輪を眺めている。ガルデオン様は「ふん」と言いながらも、満足そうな顔をして自分の椅子に戻っていった。
だから、席に戻ったガルデオン様の呟きは、指輪を眺めているアンには届かなかった。
「……ルーカスにはベッドを貸すし、レヴィの首飾りはするし、まったく気に入らない」
少し推敲しました。基本的な内容に変更はありません




