34.閑話 ある魔術師の想い
お読みいただきありがとうございます。
今回も別視点の閑話になっています。
「・・・・なぜ、結界魔法と認識障害魔法を?」
ルーカスの部屋を出て、一人しばらく暗い廊下を歩いていると、闇の中から声が聞こえてきた。
「お前が聞いているのが分かったからだ。ルッコラ村領主、サミュエル=ネル」
「貴方の目は誤魔化せませんね。エド・「ここでは、エリックだ」」
「そうでした。エリック様」
闇の中の人物はくっくっと笑っている。エリックが声のする方を見ると濃い緑色の広袖の丈の長いシャツを着た領主のサミュエル=ネルが現れた。
「今日は、派手な魔法を使って、ひったくりの少年を捕まえたとか」
「なんだ。もう知っていたのか」
相変わらず情報の早いことだと、エリックは感心した。そして、何を考えているのかと領主を探るように見据えた。領主も微笑みながらエリックを見返してくるが、その表情はまったく読み取れない。
「『あっという間に真っ赤な薔薇の枝から蔓が伸びて少年の足に絡みついた』と買い出しにでていた料理人見習いが興奮して話しているのを耳にしました」
「ほう?」
エリックは、わずかに眉をひそめた。
「『まるで、『魔法使いとお姫様』という絵本の出会いの場面を見ているような美しいお二人だった』と頬を染めていましたよ」
屋敷の中では、恋物語のように女性たちの噂になっているだろう。さきほど屋敷に来た時に、少し離れたところで騒いでいる女性達がいたことを思い出し、エリックはますます眉をひそめて、苦い草を噛んだ様な顔をした。
「・・・・仕組んだのは、お前たちか?」
「いいえ、滅相もない。私でしたらもっと劇的な出会いを用意いたします。それこそ、姫が恋に落ちるような・・・・」
領主は、にこやかに答えた。エリックは、この大人は自分が望めば、それこそ物語のような出会いを用意するだろうと思い肩をすくめた。共和国との境、それも宵の杜という皇国にとっては重要な拠点の領主である。陛下の信頼も篤い。いつもにこやかにしているけれど、一筋縄ではいかない人物だと再認識した。
「・・・・ということは、ことの顛末の報告はすでに届いているのか?」
「私は領民とも良好な関係を築いておりますので・・・・。それで、杜の魔女はいかがでしたか?」
「いかがと聞かれても、答えようがない」
エリックは、困った顔をした。今日、話したばかりである。素直で優しい女性だと思ったが、それだけではないような気がする。一緒にいて、楽しい反面なんだかもやもやしたりもした。しかし、それを口にすれば、領主は彼が忠誠を誓っている人物にいらぬことを進言するのは目に見えている。
ここは、話を切り替えようとエリックは思った。そこで、領主の言葉で気になったことを聞いた。
「・・・・ローゼを『宵の杜の魔女』と認めるのか?」
領主は、ふむと顎に手をやり、思案しているそぶりをする。やりづらい。この一言につきるなとエリックは思った。
「まあ、今回の魔物討伐次第だと思いますが・・・・」
「お前はどこまで知っている?」
「一応、領主ですからね。それ相応のことは」
領主は、目を細くして一層笑みを深めた。
「教えてはくれないってことか?」
「いえ、エリック様がお持ちの情報とほぼ変わりませんよ。
ただ、杜の魔女がいれば今回のようなことは起きなかったのではないかと思ってしまうのです。だから、彼女に対する期待は高い。しかし、一方で私は杜の魔女に頼らずなんとかしたいとも思っているのです。
・・・・うるさい鼠もうろうろしているようなので、私はこれで失礼します。ご武運をお祈りしています」
領主はにっこり笑ってそう言うと、深く礼をしてまた闇の中に姿を消した。エリックはしばらく闇の中を見ていたが、一人、暗い廊下を歩き始めた。鼠の排除は領主の方で対応するだろうから、問題ない。それよりも、エリックの頭の中は、ローゼのことでいっぱいだった。
**********
ローゼリア=リッチモンド。元老院が行った皇太子妃候補選抜試験の最終メンバーの一人。『リッチモンド公爵家の月』と称された銀の髪の女性。
皇太子妃候補試験という試験は、元老院が、皇太子が皇太子妃に全く興味を示さないことに業を煮やして勝手に行ったものだという認識だった。しかし、実際に答案を見ると、貴族たちの有り様がわかって、それはそれで情報を得ることができてよかったと思う。
ローゼリアから提出された答案は可もなく不可もなく、目立たないものだった。その容姿の美しさと家柄で残ったのだろうと思っていた。だから、あまり気乗りせず断るつもりで公爵家を訪れた。
通された客間で、待っていると、ゆるくウエーブのかかった金色の髪の女性が入ってきた。
「私は、リッチモンド公爵家の令嬢に会うためにここに来たのだが?」
執事が間違ったのかと思い、入ってきた女性に挨拶をすると戸惑いを隠せずに言った。女性は気にせずに、優雅に扉をしめて、近寄ってきた。
「ようこそお越しくださいました。私はリッチモンド公爵家の娘のイメルダですわ」
女性は、頬を染めながら、ピンクのドレスを少し摘まむと優雅に礼をした。
「は?・・・・確か、皇太子妃候補の令嬢の名前はローゼリアと聞いていたが・・・・」
「それは姉ですわ。姉は具合が悪く臥せってしております。先ほど、私を呼びつけて代わるよう言うので、私ががここへ参りました」
「は?・・・・まさか皇太子妃候補を代わって欲しいと頼まれたのか?」
「そうですわ」
「それでは、君がリッチモンド家の皇太子妃候補なのか?」
「そうです」
イメルダは、そう言うと、頬を少し赤くして笑った。
皇太子妃候補を勝手に交代していいはずがない。仮にも試験があったのだ。それを体調を理由に妹に代わってくれと頼むローゼリアの意図がわからなかった。彼女の答案を見る限り、そんな非常識な行動をとるとは思えない。もし、そうならば、ジュラルドもしくは公爵から話があるはずだ。
俺は思わず、眉をひそめて顎に手をあてた。すると、イメルダは俺の空いている方の手を握ると顔を近づけてきた。頬をほんのり上気させて、上目遣いで俺を見つめてくる。
「姉がエド様の心を煩わせてしまったのですね。なんて心のお優しいエド様。姉の臣下としてあるまじき行為は非難すべきものですが・・・・これからは私が婚約者としてエド様をお支えいたしますわ」
イメルダはそう言うと、俺の背中に手を回してぎゅっと抱きしめた。ありえない!!未婚の娘が皇太子に抱き着くなど、不敬極まりない! 手を振り払おうとしてイメルダの腕を掴んだ。指先をみると思った通り指輪はなかった。
「もし、お前が皇太子妃候補だとしたら、指輪はどうした?」
俺は不機嫌な顔つきを隠さずかなり低い声で脅したのに、イメルダは顔を上気させたままだ。怯えている雰囲気はない。
「具合の悪い姉を叩き起こして、取り上げるようなことは私にはできませんでしたの」
イメルダは、悲しそうに瞳を揺らすとうつむいたが、すぐに俺をみて微笑んだ。
「でも、エド様が望まれるのでしたら、今すぐにでも取ってきますわ。エド様のためですもの。私、具合が悪いと臥せっている姉に対しても心を強く持って接してきます。だって、エド様のためですもの」
今、二度俺のためと言った?
・・・・・『狂気のかけら』・・・・?
直感的に、俺は、イメルダの中に『狂気のかけら』を感じた。背中がぞくりとする。この『エド様のため』と言って狂気に支配され道を外していったものが何人いただろうか・・・・。思い出したくもない。
俺は、力なく首を振って、近くのソファーに腰を落とした。イメルダは、体を密着させて俺の横に座った。俺の手を握りしめて、俺の肩に顔を預けている。俺はイメルダを諫めることもできず、どうすれば切り抜けられるかそればかり必死に考えた。
「エド様。皇太子妃候補は他にもいるのですか?」
イメルダが甘えた声で聞いてくる。俺の心の内を全く考えていないそぶりに、膝が震えてくる。俺は開いている方の手で、膝を押さえて、無理やり笑って見せた。余裕がなくても余裕があるように微笑むのは皇族や貴族の矜持。
「ああ。5人ほどな」
「5人もいるのですかぁ? その者達からも指輪を取り上げてこなくてはいけませんかぁ?」
「その必要はない。今まで会った皇太子妃候補はどの令嬢も、髪は一つにまとめ、きつい目で私をみるばかりで、女性らしさのかけらもなかった」
「そうなんですか・・・・ふふ・・・・それは皇太子妃候補失格ですね・・・・」
「ああ。ぎすぎすした女性は疲れるからな。
逆に、春の妖精のような女性が側にいてくれたら心が安らぐのかもしれないが・・・」
「・・・ふふ・・・エド様ったら・・・・」
イメルダが顔を真っ赤にして俺を見た。やりすぎたかと思ったが、他の皇太子妃候補の安全のためである。仕方がない・・・・。
それから、俺は、なんだかんだといって、イメルダを向かいのソファーに座りなおさせ、侍女にお茶のお代わりを頼み、お喋りをすることに成功した。お喋りをしている限りでは、先ほど垣間見た狂気のかけらは見つからない。はにかみながら話すしぐさは、甘え上手で庇護欲をそそりそうな感じがした。あれは、俺が『エド様のため』という言葉に過敏になってしまっただけかもしれない。俺はほっと心の中で安堵のため息をついた。
帰り際、イメルダは、俺の手を握ると、頬を染めた。
「私が皇太子妃になりますから婚約者にしてください」
そう小さく言った後で、顔を真っ赤にしてうつむいている。その態度は可愛らしい願いを口にする小さな子どものように見えた。
「皇太子妃候補選抜試験を受けて指輪の持ち主になっていたら、その可能性もあっただろうけど・・・・。
もう、皇太子妃候補の選定は終わってしまった。覆すことは私にも元老院にもできない。
君はまだ若い。これから、すばらしい出会いがあるはずだ」
そう言い聞かせて、俺はリッチモンド公爵家をあとにした。・・・・はずだった・・・・。
*******
翌日には公爵から、「ローゼリアは薬草が原因で顔がただれてしまい、皇太子妃候補を辞退して修道院行きを望んでいる。しかし、指輪については、妹のイメルダに指輪を譲渡したいとの本人の強い希望があるので検討してほしい」との連絡をうけた。一方、元老院はローゼリア逃亡説を唱えて第一騎士団に捜索をさせた。さらには、兄であるジュラルドは、俺と離れたかったのかルッコラ村に行きたいと元老院を脅していた。わからないことだらけで、俺はいらいらしていた。そんな中、ルッコラ村に銀の髪の女性が現れたと報告をうけた。
自分の目でみて、自分が判断しないといけないと思い、ルッコラ村へきた。
そして、ローゼに出会った。
本人は自分の事を隠したいのだろうが、銀色の髪は前見たときよりは短くなっているがその輝きは変わらず、ライトスティールブルー色の瞳はそのままだ。名前もそのまま名乗っている。
・・・・認識障害の魔法もかけずに自分の正体を誤魔化せると思っているのだろうか? あの美しさだ。一度見たことのあるものにはローゼリア本人であるとわかるはずだ。現に、ルーカスにばれている。おそらく、領主もリッチモンド公爵も陛下でさえ把握していると考えるのが妥当だろう。
それに対して自分の事はばれていないだろうと思い行動しているローゼは、抜けているというか世間知らずというか。・・・・・元老院に連れ戻されないよう守ってやらなくてはいけないな。
ローゼは、答案から垣間見えるおとなしい女性ではなく、イメルダの言うような非常識な不届きものでもなく、自分の足で立とうと努力している女性だった。皇国第一魔術師の称号を持つ俺の知らない魔法を知っているとても不思議な女性でもあった。
植物の魔力を編んで、その植物由来の魔法具を作り出している。彼女の作ったクロッシェは心地よく癖になりそうなものだった。彼女の首から下げられている小さな深緑の魔石からはその大きさからは考えられないほどの加護があふれている。空竜は、自分の物だと言って憚らない。
おそらく、・・・・・精霊も彼女に手を貸すだろう。
明日からのことを思うといろいろなことが頭にチラついて、今夜は当分眠れそうにもない・・・・・。
イメルダは、自分の都合良いように皇太子に話していたこと
皇太子は、実はそれほどチャラ男ではなかったこと、
ばれていないと思っているローゼですが、みんなにばればれであること、
・・・・・・・・・・・ 知ってました?
次回は本篇にもどります。




