31.加密列のクロッシェ(1)
家の中に入ると、待ち構えていてようにガルデオン様がぱたぱたと近づいてきた。えっ? あと少しで手が届くというところで、止まってしまった。どうしたのかしら???
「あーローゼ! なに摘んできたの? 青生臭いにおいがする。・・・・あっ蕺草か・・・・。魔力ならともかく花まで取ってくる必要はなかったじゃないか!」
ガルデオン様が鉤爪で鼻を抑えている。私より魔力の香りに敏感なガルデオン様のことだ。蕺草の匂いは鼻につくのだろう・・・・。
「苦手でしたか? アン! お願いがあるの!」
私はこの部屋にいないアンを呼んだ。
「お嬢様。どうなされました?」
アンが水屋の扉から出てきた。アンの後ろからジョアンも顔をのぞかせている。出会いが悪かったけれど、よかった。すっかり懐いたようね。
「この、蕺草を乾かすのを、水屋の方でお願いしてもいい?」
「構いませんが。蕺草を摘むなんて、お嬢様にしては珍しいですね。いつもは匂いが苦手だと言って、ゼルじいさんに頼んでばかりいらしたのに・・・・」
庭師のゼル。久しぶりに聞く名前だわ。おばあさまが元気なころからいつも温室の手入れをお願いしていた老人。口数は多くないけれど、丁寧に植物の育て方を教えてくれた。肥料のやり方、剪定の仕方等々・・・・。『お嬢様のような公爵令嬢には必要ないことですがね』っというのが口癖だったわ。ふふふ。懐かしい。
「そうなんだけど・・・・。蕺草って、毒消しになるから、乾燥して薬草にしようかと思っているの。これからは、薬草の好き嫌いも言っていられないもの。
でも、ガル様も苦手なようなので、水屋の裏で乾燥してもらえる?
・・・・あっ。それから、アン。水屋の近くの七竈のあたりに貧乏葛があったわ。悪いけれど、ジョアンと一緒に手入れをしておいてくれる?」
「わかりました。七竈のあたりですね。行きますよ。ジョアン」
アンは蕺草を受け取ると、さっとジョアンに蕺草を渡した。アンも少し顔をしかめているから苦手なのかもしれない。
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「はあ。やっと息がつけるよ。でも、蕺草を使おうと思うなんて、ローゼも変わっているね」
珍しく、ガルデオン様が私から距離をとったところに陣取って座っている。まだ、匂いが残っているのかしら・・・・?
「乾燥させれば、さほど匂わなくなりますよ。お肌にもいいし、作っておいて損はないと思います。それに、さっきの話で出た毒を解毒させることができるかもしれないじゃないですか」
きっかけは、解毒作用があるから今回の『悪しき精霊』対策のために蕺草を採取しようと思ったけど、よくよく考えたら、蕺草には他に使い道があることを思い出した。
今の季節、蕺草は簡単に手に入る。今のうちに、乾燥させたり、チンキを作っておけば、お肌に悩む女性に売るとかできるかもしれない。私は蕺草の匂いが苦手だけど、万能薬だもの。毒溜めと言われるくらい、食あたりにも腫れ物にも効くのだから、薬師は自分の都合で薬を選んではいけないわ。
「・・・・好きにすればいいよ。それより、加密列の魔力は取ってきた?」
「大丈夫。はじめに集めてました。部屋に行って道具をとってきますね」
私はエリック様からバスケットを受け取ると、加密列の魔力がはいった壺を机の上に置いた。あら、壺の蓋に小さな綿埃がついているわ。薬草室の手入れが不十分なのかしら? それとも外で摘んでいる時についたのかしら?
どちらにしても、明日でも薬草室の掃除をしよう。私は、綿埃を他の人に気づかれないようにそっと手で払った。
そして、もう一度、バスケットを覗くと、加密列と蕺草の魔力がはいった壺があるだけだった。よかった。バスケットの底は汚れていないみたい。私が部屋を出ようと扉に手をかけた。すると、エリック様が声をかけてきた。
「私も一緒に行っていいだろうか?」
私が振り返ると、エリック様はきらきらの笑顔で私を見ている。そんな期待に満ちた顔をしてもだめだ。まだ掃除も不十分な薬草室には絶対にいれたくない。断る理由を探さなきゃ。
「だめです。薬草があるとは言え、結婚前の女性の部屋です。むやみに男性をお入れするわけにはいきません」
「・・・・そ・・・そうだな。悪かった」
エリック様が珍しく、口籠る。そして、黙って、近くの椅子に座った。私は断り理由がエリック様に殊の外通用したので、エリック様に見えないように小さく『よし!』と手を握って部屋を出て行った。
薬草室で、空のスピンドルを手に取った時、隣の来路花の魔力が紡がれているスピンドルが目に入った。なんとなく目についたので、私は来路花の魔力糸が紡がれているスピンドルも手に取ってバスケットにつめると部屋にもどった。
「おまたせしました。これで、魔力を糸にします」
私は、空のスピンドルをエリック様に見せた。木の棒をエリック様がじっとみる。「これは・・・・」と言っているので、似たようなものを見たことがあるのかもしれない。
「糸にするまで少し時間がかかりますが、エリック様はどうなされますか?」
「私のことは気にしなくていい。植物の魔力を糸にすることも気になるので、ここで見学させてもらう」
エリック様はそう言うと、私の隣に椅子を持ってきて座った。そんなに近くに座らないで! 心臓がバクバクいって、手が震えてしまうわ。
「そんなに近くで見られたら、緊張してしまいます。せめて、机の反対側にお座りください」
「・・・・わかった。そうしよう」
エリック様は、仕方がないなと肩をすくめると机の反対側に座った。
「それから、これは、来路花の魔力を糸に紡いだものです」
私は、来路花の魔力糸が紡がれているスピンドルをエリック様の前に置いた。エリック様の目が釘付けになっている。そして納得したようにひとつ頷いた。
「やはり、スピンドルというのは、綿花を紡ぐ紡ぎ棒に似ているな」
「紡ぎ棒? エリック様は綿花を紡いだことがあるのですか?」
「ああ。昔、服はどうやって作られるのかと家庭教師に聞いたことがあってな。その家庭教師は、私を綿花畑と装飾ギルドに連れて行ったのだ。その時、自分で木綿の糸を紡いだ」
「それはとてもいい思い出ですね。私は、綿花から綿糸を紡いだことがないのでうらやましいです」
家庭教師と装飾ギルドに行って、木綿の糸を紡ぐ体験をするなんて、やはりエリック様は変わっている。何事もやってみたい性格なのかしら。
私は、加密列の魔力が入った壺の蓋をとると、魔力糸を紡ぎ始めた。エリック様は、興味深げに私の手元を見ている。
「確かに、同じだな。しかし、私よりも上手に紡ぐ」
「褒めていただきありがとうございます」
「それにしても、魔力糸は、綺麗だ。・・・・やはり植物の魔力だからか?」
エリック様は紡がれていく加密列の魔力糸を眺めながら目を細めている。だんだん、声が小さくなってぶつぶつ言っているところをみると、自分の世界に入ってしまったのだろう。エリック様って実は研究狂なのかもしれない。意外にもエリック様に邪魔をされなかったので、私は魔力糸を紡ぐことに没頭することができた。
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「次は、この魔力糸を使って編みます」
「編む?」
「そうです。この『精霊のかぎ針』は魔力を編むことができる棒なのです。今日は、ガル様の希望で加密列の花を編みます」
私の言葉を聞いて、ガルデオン様が私のそばにやってくる。パタパタっと飛び上がると、ちゃっかり机の上に座った。蕺草の匂いはもう大丈夫なのかしら?
「ローゼ、早く編んで! 早く!!」
「ガル様、そんなにせかさないでください。ちょっと試したいこともあるので、少し待っていてください」
ガルデオン様が尾で机をペシペシ叩くので、私は膝の上にのせていた加密列の魔力が入った壺を落としそうになった。なんか集中できない。
「ガル! お前が私の前に陣取ると、ローゼの手元が見えない」
エリック様は、ガルデオン様をひょいと摘まみ上げると、腕の中に抱えた。
「ボクはそういう趣味はない! はなせ! 魔術師!」
「ローゼの気が散るだろ。お前もおとなしくここで待て」
エリック様がガルデオン様の頭をぽんぽんとする。ガルデオン様ががるると小さく唸ったけど、我慢したようだ。
私は気を取り直して、加密列の花を編み出した。エリック様がほおっと感心したように声をあげている。花芯のところに魔力を少し入れるとふっくらとしていい感じになった。1つ出来上がったので、私はふうっと息を吹きかけると、エリック様とガルデオン様の前に置いた。すると、あっという間にガルデオン様の腕が伸びて、口の中に入れてしまった。
「ふう。やっぱり、ローゼが編むクロッシェは美味しいね」
「出来上がったと思ったら、ガルがすぐに口にいれてしまって、私にはよく見えなかったではないか!」
「ふん、ローゼのクロッシェはボクのものだからね!」
私は大きくため息をついた。ガルデオン様のクロッシェへの執着を思うと、嬉しい反面、最近ちょっとめんどくさくなってきたことは黙っていよう。
「ガル様。ガル様ももう少し待っていてください。せめて、10個編むまでは、おとなしくエリック様の腕の中にいてください」
「えー。やだ」
ガルデオン様がエリック様から逃れようと、身をよじっている。エリック様は腕をぎゅうっとしてガルデオン様を閉じ込めている。
「ガル様。さきほど、私のタルトも食べましたよね? 私の言うことも少しは聞いてくださってもいいと思うのですが・・・・」
私は精霊のかぎ針でこつんと机をたたくと、片方の眉をあげてガルデオン様に向かって冷たく言った。食べ物の恨みは怖いのだ。
「・・・・わかったよ。10個編むまで我慢するよ」
「わかって頂けたとは光栄です」
ガルデオン様とエリック様がこそこそと「ローゼって怒らせると怖い」とかなんとか言っているけれど無視!
やっと静かになったので、私は気を取り直して、加密列のクロッシェを編み始めた。編み終わったクロッシェはバスケットの中にいれておく。机の上に置いておいたら、クロッシェの前で涎をたらして目をギラギラしそうだもの。そんなことをさられたら、こっちの精神が削られてしまうわ。
「・・・・・よし、10個編み終わりましたわ」
「やったあ。はやくはやく!」
ガルデオン様とエリック様が身を乗り出してきた。
私はバスケットの中から加密列のクロッシェをとりだした。
「あれ?」
私、10個編んだのに、1つ足りないわ。数え間違えたのかしら?
「どうしたの? ローゼ。はやく頂戴!」
ガルデオン様がうきうきした声をあげる。
「それが、10個編んだつもりだったのですが、9個しかなくて・・・・」
「数え間違えたんじゃない? ボクは9個でも構わないよ」
「そうですね・・・・」
なんとなく腑に落ちなくて、バスケットの中をもう一度よく見た。あら? バスケットの中に白い綿埃が入っている。薬草室ってそんなに汚れていたかしら? 掃除は確定ね。私はふうとため息をついて、バスケットの中の綿埃をつまんだ。
「・・・・・・・た・・・い・・・・」
空耳かしら? 声が聞こえたような・・・・?
「あー!! ローゼ、それ!」
エリック様の腕の中から私を見ていたガルデオン様が、私の手を指さしている。その腕がふるふる震えている。
「それが、クロッシェを食べた!!!!」
ガルデオン様はエリック様の腕の中から抜け出すと、机の上に立って、翼を大きく広げてがるると威嚇を始めた。
「ガル様。どうしたのですか?」
私はびっくりして思わず手を引っ込めてしまった。私の手の中にあった綿埃がふわふわっと舞い上がった。ガルデオン様はその綿埃を爪で押さえ込もうとするけれど、綿埃はふわふわっと逃げて行ってしまった。綿埃を追いかけてガルデオン様が飛び上がった。
「ボクだって我慢していたんだ!! それを抜け駆けして! このへんちくりん!」
ガルデオン様が物凄い剣幕で、綿埃に文句を言っている。
「ガル様、私が数え間違えただけよ・・・・。もう1つ編むから、そんな風に怒らなくても・・・・」
あまりにも我慢させすぎて、ガルデオン様、どうにかなってしまったのかしら? それとも私に怒りたいのに怒れなくて綿埃のせいにして間接的に怒っているのかしら? どうしよう・・・・。
「ガル。いくら我慢できなかったとはいえ、その・・・・綿埃に怒っても・・・・」
エリック様も困惑したような顔をしてガルデオン様に声をかけた。そして、立ち上がってガルデオン様を捕まえようと手を伸ばした。
「ちがう! ボクとしたことが気づかなかった。・・・・それは精霊だ!」
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