30.隠し事(2)
「ローゼ、お前、・・・・宵の杜の魔女が作ったという不思議な花を作ることができるな?」
エリック様の緑色の目が私をじっと見ている。誤魔化そうか、正直に話そうか、頭の中で何度も考える。手に入れたものを失うのではないかとそれが不安。エリック様は私に何を求めているのだろう?
「・・・・宵の杜の魔女が作ったという不思議な花がどんなものかわかりませんので、お答えのしようがありません・・・・」
「そうか。では、質問を変えよう。お前、不思議なものを作ることが出来るな?」
困った。ここはとりあえず、質問を質問で返してみよう。
「不思議なものとは?」
「わかっているだろう? 魔力をつかったものだ」
エリック様が少し含みのある言い方をしてきた。余計なことはいいたくない。どう答えようかと悩む。ちらっとガルデオン様を見ると、ガルデオン様はあらぬ方向を見ている。助け舟は出してくれないみたいだ。
「・・・・」
「お前も往生際がわるい奴だ。まず、お前の持っているそのポシェット。ジョアンに中を見せた時に、僅かだが植物の魔力が零れた。植物の魔力をなんらかの方法で繋ぎとめているだろう?」
私ははっとして、自分のポシェットを触った。ジョアンだけに見えるように開けたつもりだったのに、エリック様に見られていたとは迂闊だった。
「・・・・これを私が作ったとは言い切れないのでは?」
エリック様が追い打ちをかけるように、にやっと笑った。
「侍女に『おそろいのポシェットを作ってもらえるとは、お前はいい主人を持ったな』と言ったら、とても嬉しそうに頷いていたぞ」
そうか! わかった。エリック様は、言質をとりたいだけなんだわ。それなら、誤魔化しても無駄だわ。さっさとこの茶番を終わらせよう。
「そうです。私が作りました」
私はやけ気味にそっぽを向いて答えた。
「ほお。それで、何で作った?」
エリック様が身を乗り出して、私のポシェットに手を伸ばそうとする。私は、とられまいとキッと睨んだ。このくらいの抵抗は許してほしい。
「これで編みました」
私はそう言うと、ポシェットから『精霊のかぎ針』を取り出した。エリック様が覗き込むように見てくる。触らせろとか、渡せとか言って、取り上げれてしまうかもしれない。私は慌てて、ポシェットの中にしまい込んだ。イメルダの時と同じ轍を踏みたくない。
「どういうものかますます気になるところだが、・・・・今回は許してやる。お前が隠さずに教えてくれたからな」
エリック様は、にやっと笑うと、足を組み替えて座りなおした。よし! これで終わった!
「では、話はこのくらいで」
私はさっさと立ち上がろうとした。すると、エリック様がぎゅっと私の右腕を掴んだ。触れられている右腕が熱い。私は、またぽすんと椅子に座ってしまった。エリック様がさっきより近くに寄ってきている。さっき、ルーカス様が怯えてたのがわかるような気がする。今度は私が小動物。
「まだ、話は終わっていない。さっき、ガルは『好きなものはお前があん・・』と言った。
ガルの好きなものはそれを使って作ったものか?」
「はい・・・・」
「それを作れるか?」
「それは・・・・」
私は、ガルデオン様の方を見た。
「魔術師は、今は敵ではないから大丈夫だよ。わかっていてローゼを問い詰めたんだ。クロッシェのことも隠さなくていい」
ガルデオン様がぽてぽて机の上を歩いて、こちらにきた。尾がパタパタ揺れているということは、大丈夫だということよね?
「ガル様がそういうなら、編みましょう。しかし、少し準備が必要なので、準備してきても構いませんか?」
「ああ。構わない。ガルとは宵の杜の魔物の話をしなくてはいけないからな」
エリック様が私の腕を離してくれた。ああ。よかった。私は立ち上がると魔力糸を作りにいこうとした。
今度は、ガルデオン様がエリック様の前の椅子の上に立っている。
「魔物ではない。ルーカスが言うから確認してきた。あれは、悪しき精霊が憑りついた竜だ」
ガルデオン様、いつのまに見に行ってきたの?
「ちなみに悪しき精霊は、『澱み』から生まれる。竜が近づくと、憑りつかれやすいんだ。だから、ボクは近づけない。あれは・・・・・・・まだ幼い火竜だ・・・。火竜に悪しき精霊が憑りついて、火ではなくて毒を吐いているんだ」
ガルデオン様が鉤爪をぎゅっと丸めた。
「あの火竜を助ける。だから、今回は魔術師と手を組む」
ガルデオン様が ぴしっと鉤爪をエリック様の方に向ける。
「それは光栄だな。しかし、その火竜を殺せば済む話ではないのか?」
エリック様が冷たい目でガルデオン様を見据える。
「火竜を殺すのは絶対にだめだ。もし、火竜を殺したら、お前の国を滅ぼすと思え」
エリック様に対してガルデオン様がとても低い声で、唸り声をあげた。いつもと違うガルデオン様の威圧に私は何も言えなくなってしまった。怖い。やはり、ガルデオン様は空竜の長なんだ・・・・。
でも、ちらっと見ると、エリック様は平気な顔をして、座っていた。ガルデオン様が怖くないのかしら?それどころか、意地悪そうな笑みまで浮かべている。
「わかった。殺さないと誓おう。・・・・ところで・・・・ガル、ローゼが怖がっているぞ。化けの皮が剥がれてかけているがいいのか?」
「あっ」
ガルデオン様から威圧が急になくなり、鉤爪を合わせてもじもじし始めた。
「ローゼ、ごめんね。魔術師が変なこと言うから、ついムキになっちゃった。ねえ、ローゼ、クロッシェは作ってくれるんでしょ? 今日は、加密列の小さな花がいいなあ。さっき、ルーカスと約束していたでしょ?」
ああ、これは通常運転のガルデオン様だ。でも、私は、ガルデオン様を怒らせないようにしようと心に誓った。見た目はいくら可愛くてもガルデオン様は空竜の長なんだわ。ガルデオン様のことを再認識しつつ、私は頼まれた加密列のことを考え始めた。
加密列って、真ん中をこんもり山にして、そのまわりに小さな花びらを何枚もつける編み方だったかしら? 自分の記憶を辿ってみる。昔、おばあさまに習った時、山が上手に編めなかったことを思い出した。そうだ、山の中に魔力の塊を入れてみよう。ついでに乾燥させる分も摘んでこよう。ふふふ。なんだか考えるだけで楽しくなってきたわ。
「わかりました。加密列ですね。私は、クロッシェを作る用意をするので、失礼しますね」
「ローゼ、楽しそう。顔がにまにましているね」
部屋を出ていく私の後ろからガルデオン様が声をかけてきた。私は振り返って、にっこり笑った。
「よかったな。怖がらなくて」
「ふん。当然さ。なんたってボクは・・・・」
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ふふふん。加密列の魔力を集めながら、私は花畑を見回した。ここにはたくさんの植物が育っている。あれ? やっぱ、生えていたのね。貧乏葛が絡みついている場所を見つけた。あとで根から抜かなきゃいけないわ。ジョアンとアンにやってもらおう。
そう言えば、解毒作用がある薬草を探しているんだったわ。何かいいものなかしら?
あそこに生えている蕺草なら、解毒作用があるけど・・・・ありきたりすぎる?
でも、なんとなく臭いから苦手なのよね。・・・・そんなこと言っていられないわ。後て少し集めてみよう。
「ほほう。そうやって、植物の魔力を集めるのか・・・・」
ぎょっとなって慌てて振り返ると、すぐ後ろにエリック様が立っていた。声をかけられるまで気配がわからなかった。たぶん、私が考えごとに没頭しすぎていたんだわ。
「・・・・びっくりしました。家の中でガル様と話していたのではないですか?」
「ローゼがどうやって植物の魔力を集めるか知りたくて、出てきてしまった。植物に魔力があることは知っていたが、集められるとは知らなかった」
確かに、皇国では、魔力と言えば魔石が一般的だ。
「この宵の杜は魔力が豊富なので、植物からも魔力が零れています。しかし、普通の場所では魔力がある植物を探す方が大変です」
「確かに、皇都の庭園に咲いている植物からはほとんど魔力が感じられないな」
「ここが特別な場所なのです」
この宵の杜が特別なんだ。ここは魔力が多い場所だから、ここにいる生き物の多くは魔力を帯びている。
「そうだな」
エリック様は私の隣にしゃがみこんだ。しばらくの間、私が魔力を絡めて壺に入れているのを眺めていた。口角が上がっているから、とても興味があるんだと思う。
「・・・・私も魔力集めをやってみたいのだが、その・・・・魔力を集めた道具を借りることはできないだろうか?」
あれ? エリック様のことだからもっと高飛車に頼むのだと思ったわ。自分を抑えて頼むってことは、よほど気になるのね? これで貸さなかったら拗ねるかな?
「・・・・わかりました」
エリック様は笑みを深くすると、右手を私の方に出した。私は、加密列の魔力を集めていたかぎ針を、エリック様の右手の上に置こうと近づけた。
「つっ・・・・」
エリック様が左手で右手を押さえて、顔を顰めている。
「どうしたのですか?」
「残念ながらそれを触ることは私にはできないようだ。他の者が触れないように術が施されているのだろう」
エリック様は、残念そうな顔をして私が持っているかぎ針を見ている。このかぎ針にそんな術が施されているなんて知らなかったわ。でも、イメルダやアレクは持つことが出来た。一族や魔力がない人間には無害なのかしら?
「知りませんでした。これは祖母の形見なのですが、詳しいことを聞く前に亡くなってしまって・・・・」
エリック様は、「そうか」と言うと黙ってしまった。
「祖母が亡くなったのはずいぶん前で、気持ちの整理はついているから大丈夫です。それより、ちょっと待っていてもらえませんか? 蓋をしますから」
エリック様が頷いたので、私は近くに生えていた天竺葵の葉のうえに魔方陣を描いて呪文を唱えた。エリック様がじっと私の魔方陣を見ているのがわかる。
「それは?」
「ある竜の方に教わった魔法です」
「そうか。綺麗な魔方陣だ。使ってみたいが、葉が壺の蓋になるという魔法は何に使えるだろう?」
エリック様が柔らかく笑ったので、私も思わずつられてふふふっと笑った。
「エリック様は魔法がお好きなんですか?」
「ああ。大好きだ」
あ、この人ってこんな風に笑ったりはにかんだりするんだ。さっきまで怖いと思っていたけど、ちょっとだけ怖くなくなったみたい。私は自分がエリック様に対する警戒心が少しなくなっていくのがわかった。それは、なんとなくエリック様に伝わったようだ。
「そのバスケットは持とう」
エリック様はそう言って、壺が入っているバスケットに手を伸ばした。
「ありがとうございます。家の中に戻る前に、もう一か所、あの蕺草の魔力も集めたいのですがよろしいですか?」
「構わない。付き合おう」
私は立ち上がると、スカートの裾を軽くたたいて歩き出した。エリック様は私の後をゆっくりとついてくる。蕺草の生えている場所にくると私はしゃがんで、蕺草の葉から魔力を救い上げて、壺に入れ始めた。やっぱりこの臭いはちょっと苦手だ。
エリック様は、私が魔力を集めているのをしげしげと見ている。興味深々だ。
「蕺草の魔力を集めてどうするんだ?」
「はい。毒消しの材料にならないかと思って・・・・」
エリック様が蕺草の葉の先をちょんちょんと触っている。エリック様も苦手なのかしら?
「さっきの竜の毒か・・・・」
「はい。竜の毒に当たった時に使えないかと思って・・・・。そういえば、悪しき精霊を倒すにはどうすればいいとガル様は言っていましたか?」
「ああ。1つは聖魔法で精霊だけを倒す方法、もう1つは精霊の興味をひくものでおびき寄せる方法らしい。しかし、聖魔法で精霊だけを倒すのはかなり難しいとも言っていた」
「興味をひくもの?」
「それは、ローゼの腕の見せ所だとガルはいっていたが?」
「????」
「もどれば、ガルが説明するだろう」
蕺草の臭いが苦手な私は、少し取るとさっさと蓋をして立ちあがった。
「もう終わりか?」
「はい、この独特の臭いが少し苦手でして・・・・」
「・・・・私も実は苦手だ。体にいいと師匠がよくお茶にしていたが、かなり独特の味だった。しかし、それが毒消しになるのか?」
「わかりません。でも、何もしないわけにもいかないので、解毒作用があると言われている薬草を集めてみようと思って・・・・」
「たしかに、やってみないとわからないな。私もできる限り協力しよう」
「ありがとうございます」
「しかし、まずは、ローゼがどうやってこの植物の魔力を繋ぎとめるのか、それを知りたい」
エリック様は捕食者の目で私をじっと見ると、にやりと笑った。
お読みいただきありがとうございます。
いろいろ悩んでしまって、更新が遅くなってしまいました。ごめんなさい。
今後もお付き合いいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。




