29.隠し事(1)
「うーん。やっぱりデニスの黒苺のタルトはおいしい!」
机の上で尾をぱたぱたとさせながら、ガルデオン様がタルトをほおばっている。
「魔術師、食べないなら、貰ってやってもいいぞ」
「お好きにどうぞ」
ガルデオン様は、エリック様の分ももらってとてもご機嫌だ。皿を自分のそばに寄せると、ちらっとジョアンの方をみた。ジョアンは、慌てて残りのタルトを口に入れると、席をたった。ガルデオン様が「ちぇっ」と言っているのが聞こえるけど、欲張りすぎよ。私は、顔を顰めてガルデオン様に「めっ」と合図を送る。なのに、ガルデオン様には全く通じなかったようだ。そろそろっと私のお皿に近づいて、パクっと一口で私のタルトを食べてしまった。あー。デニスさんの黒苺のタルトがぁ~。
私とガルデオン様の無言の攻防はあっけなく幕を閉じてしまった・・・・。
ちらっとエリック様の様子を伺うと、エリック様は僅かに口角をあげてゆっくりとお茶を飲んでいる。
「あ・・あの、よろしかったのですか?」
「構わない。手土産に持参したものだからな。それにしても、空竜殿は甘いものに目がないな」
「甘いものは大好きだよ。でも、ボクはローゼがあん・・」とガルデオン様が言いだしたので、慌ててガルデオン様の口に干し葡萄をつっこんだ。
「ローゼがあん?」
エリック様が、緑色の目を細めて私をじっと見てくる。なんか、いやな威圧感・・・・。
「---- ガル様ったら、あーんしてだなんて・・・・恥ずかしいですわ」
私は手を口に当てると、わざとらしくうつむいた。そして、まだもごもごしているガルデオン様を引き寄せて、ぎゅうっと抱きしめた。
「本当に、ガル様は可愛くて・・・・」
「・・・そうか」
エリック様は視線をそらすと、相槌を打った。なんとか誤魔化せたかしら? ガルデオン様ってたまに余計なことを言いそうになるのよね。私は、ガルデオン様に「クロッシェのことは内緒ですよ」と囁くと、机の上に戻した。ガルデオン様の目が一瞬きゅうっと細くなったけど、うんうんと頷いてくれたので、大丈夫と思う。
ふと、ジョアンを見ると、窓にかじりついて「すげーすげー」と呟いている。私は、さりげなく席を立つと、ジョアンのそばに立った。
「ジョアン、なにがすごいの?」
「花びらがきらきらしているのが見える」
そう言われて外を見ると、加密列や薔薇の花から魔力が零れている。魔力が揺らめくと花びらが小さくキラリと輝いている。でも、それは花をよく見ていないとわからないくらいの小さな変化。
ジョアンには魔力は見えないようだけど、花びらが輝くのはわかるのね。ジョアンって、ほんと、花が大好きなんだわ。だから、ジョアンが摘んできた花がすぐ枯れてしまうというのはとても気にかかる。
「そう言ってくれるとうれしいわ・・・・・。ねえ、ジョアン、明日で構わないから、貴方の秘密の花畑の花を持ってきてもらえるかしら? ちゃんと花代は払うわ」
「いいけど・・・・どうして?」
ジョアンが疑問符いっぱいの顔をして私を見る。
「ジョアンの花がどうして枯れてしまうか、調べてみようと思うの」
「そんなことができるのか?」
「わからない。でも・・・・この目で確かめたいの」
ジョアンはしばらく考えていたけれど、「わかった。持ってくる」と約束してくれた。
あら、エリック様が私を見ているわ。どうせ、調べたって無駄だって思っているでしょ? 疑問に思ったらやってみないと気が済まないのよ。いいじゃない。調べてみたいんだから! ここであれこれ言っても負けそうなので、私はエリック様に向かってにこりと笑って見せた。すると、エリック様が慌てたように視線を外した。ふん。勝ったわ!
『トントントン トントントン』
乾いた木の板を叩く音がしたから、扉に一番近い私が扉を開けた。「やあ、ローゼ嬢。今日は・・・」と言いながら入ってきたルーカス様が、急に立ち止まり口をパクパクさせている。
「やあ。副団長。お久しぶりです」
エリック様はすっと席を立つと、胸に手をあて騎士の礼をとった。
「え?・・・・え?・・・・それは、こっちの台詞・・・・」
ルーカス様が、口をパクパクさせて後ずさる。それを見て、ルーカス様は口角をさらに上げて笑みを深くする。え? なにかしら? この微妙な雰囲気・・・・。
「副団長にここで会えるとは思ってもみませんでした。今日はどのようなご用件で?」
エリック様のわざとらしい声遣いが部屋に響き渡る。エリック様の態度は、若干ルーカス様をからかっているようにも思える。それに対して、ルーカス様はかなり及び腰だ。ルーカス様がここに来るのはいけないことなのかしら?
「あ・・あ・・ああ。今日は先日の薄荷水の材料を少し分けてもらうのと、杜の祭壇に出た魔物についてガルデオン殿に知恵を拝借したくて・・・・」
ルーカス様は真っ青な顔色をして、しどろもろどになっている。大型肉食動物に睨まれた小動物のようだわ。でも、ルーカス様の方が階級は上の筈なのにどうしてかしら? ルーカス様はエリック様に弱みでも握られているのかしら?
「ああ。例の毒を吐くという・・・・。それならば、私が空竜殿と話をしましょう。副団長はお忙しい身ですから、あとで報告に伺いますよ」
エリック様の言葉は丁寧で紳士的だけど、ルーカス様に「とっとと帰れ」と言っているように聞こえる。
私はどうしたらいいの? 助けを求めるようにガルデオン様を見ると、この状況が面白いのか尾をパタパタさせているだけ。だめだ、参考にならない。
「え? ・・・・え? ああ・・・わかった。・・・・よろしく頼みます・・・・」
そう言うと、ルーカス様は自ら扉を閉めて出て行ってしまった。私は扉をあけて慌てて外に出ると、ルーカス様を探した。ルーカス様はがっくり肩を落としてとぼとぼと馬の方に歩いている。すごく背中が寂しそう・・・・。
「ルーカス様! ちょっとお待ちください」
しょんぼりとしたルーカス様が顔だけこちらにむけた。私を見つけると、驚いたように二度見してから、こちらに向き直った。そして、当惑したように固まってしまった。ルーカス様は、動揺しすぎたのか顔が真っ赤だわ。
「ローゼ嬢。・・あの・・エ・・」
やっと、小さな声でぼそぼそっと言った。やはり、エリック様が怖いのか、扉が開くのを気にしているのがわかる。そんなに気になるのかしら? エリック様に弱みを握られているとか?
「エリック様ですか?」
私も声を落として聞いた。もし、私の発言で、二人の関係が悪化しても困るし・・・・。
「ああ。彼がどうしてここに?」
「村でちょっとしたトラブルに巻き込まれまして、助けていただいたのです」
「トラブル?」
トラブルと聞いて、ルーカス様がはっとしたような顔をする。私は、ルーカス様を安心させるためににこりと笑って見せた。
「もう解決したので大丈夫ですよ。それより、ガル様と話さなくてよかったのですか?」
「・・・・私より彼の方が適任だ」
ルーカス様は、真っ赤になりながら答えた。よほど、ガルデオン様と話したかったんだわ。苦手な人と鉢あわせしてしまって可哀そうに。
「苦手なのですか?」
「まあ・・・いきなり会ったから驚いただけだ」
「そうですか」
このまま帰すのも悪い気がする。・・・・そうだ。さっき、ルーカス様は、薄荷水の材料のことを言っていたわ。
「あっ。ちょっとお待ちください。今、薄荷水の材料の薬草を持ってまいりますから・・・・」
「え? あっ・・・・」
私は、ルーカス様の返事も待たずに、慌てて、薬草をとりにもどった。途中、エリック様に何か言われたような気もしたけど、無視! 無視! 「追い返したのは、貴方でしょ!」と言いたいところをぐっとがまんして、薬草を持って外に出た。さっきよりは少し元気になったんだろうか。ルーカス様は馬の隣で、近くの加密列を眺めている。
「おまたせしました。ルーカス様」
「これは何という花なのか?」
ルーカス様は、黄色の中心部を囲むように白い花弁が取り巻いている花を指している。加密列のことね。ゆらゆら揺れる小さな花はとても可憐だ。ふわふわっと揺れて加密列の魔力がルーカス様の顔まで届いた。ルーカス様の頬が少し緩んだような気がする。
「加密列と言う花です。お茶にすると精神をほぐしてくれると言われています」
「そうか。花に慰められたようだな。・・・見ているだけでも心が癒される」
ルーカス様は、そう言うとにっこり笑って、馬に乗った。私は、持っていた薬草をルーカス様に渡す。ルーカス様が顔を近づけて薬草の香りを嗅いだ。
「材料をわざわざ取りに戻ってくれてありがとう。今度はぜひその花のお茶を飲ませてくれ。最近は気を張るばかりでぴりぴりしているからな」
「わかりましたわ。お待ちしていますわ」
そして、ルーカス様が守りの魔法の木路花のあたりまで馬を走らせるのを見送った。本当によかったのかしら? それにしてもエリック様とルーカス様ってどんな関係なのかしら? 気になるけど、杜の蛇をつつくわけにもいかないわなどと、あれこれ考えながら部屋に戻ろうとした。
なんとなく、家の中を外から覗くと、エリック様とガルデオン様がぼそぼそ話をしているのがみえた。
『なぜ・・偽りの姿・・・・?』
『・・・・・・驚かせたくない・・・・』
『・・・杜の魔物・・・・』
『・・・・自分の意志に・・・・』
部屋の外だからよく聞こえないわ。何を話しているのかしら? やはり杜の祭壇にでた魔物のことかしら? 私は、静かに扉を開けて中に入った。あら、アンとジョアンの姿は見えない。
「あの・・・・ジョアンは?」
「おかえり。ローゼ。・・・・チビか?・・・チビには侍女に教わって絵本を読むよう言いつけたから、侍女とあっちに行ったよ」
ガルデオン様が水屋の方向を指しながら教えてくれた。
「そうだったんですか」
やはり、二人は水屋へ行ったのね。ガルデオン様がアンに絵本を読むように指示したってことは、ジョアンに聞かれたくない話をしていたのかしら? やはり杜の祭壇にでた魔物のこと?
「さて、三人になったところで、聞きたいのだが・・・・」
エリック様が私に隣に座るよう促した。やはり、これはジョアンに聞かれてはまずい話をするのだわ。まだ、解毒の作用がある薬草の調べが終わっていなかった。ここは、『これでわかる薬草のすべて事典』を持ってきた方がいいかもしれない。 私が腰をあげようとした時だった。エリック様が椅子を寄せて、私の手を握った。はい??? そして、息がかかるほど近い距離で囁いた。
「さて、これで逃げられないぞ。ローゼ」
「ひゃい?」
エリック様の柔らかく色気のある声に、思わず変な声をあげてしまった。心臓がバクバクする。
それより、なにより、この距離近すぎる! 近すぎる!
「魔術師! 近すぎるぞ! ローゼはボクのローゼなんだからね!」
「ふん。無粋だぞ。ガル」
エリック様の手が私の顎を持ち上げ、自分の方にむかせた。エリック様が私の目を覗き込んでくる。
「・・・・・・ローゼ、無粋な空竜はほっておいて、私を見てくれないか?」
エリック様の艶っぽい声が耳に届く。あわあわ・・・・顔がほてっていく・・・・ 頭がじんじんしてくる・・・
ない!ない!ない! こんな・・こんな・・・! 気が遠くなりそう・・・・。
『バサ・・・バサ・・・バサ・・・・』
風を切る音が聞こえて、私のまわりで風が起こる。冷たい風が顔にあたる。ああ!! 私は目を瞬かせた。ああ! 私は咄嗟にエリック様の手を払い、距離をとった。
ガルデオン様が私を庇うために、私とエリック様の間に風を送ってくれたのだわ。のぼせた頭を冷やしてくれたのね。
「ガル、邪魔だ」
エリック様が冷たい声をだして、私達の目の前で翼をばさばさしているガルデオン様を掴もうとした。ガルデオン様は器用に逃げ回り、尾でエリック様をペシペシ叩いている。
「やだもん。ローゼはボクのローゼなんだよ」
「そう言っているのはお前だけだ」
「だいたいお前は・・・「はあ、仕方ない」」
エリック様がガルデオン様の言葉を聞いて、椅子をずらして座りなおした。でも、眉をひそめてすごく不機嫌そうな顔をしている。
私はというとエリック様が離れても、まだ心臓がバクバクしている。私は自分を落ちつけようと大きく息をすって・・・・。
「はあああ」
私は思わず大きな声を出して息を吐いてしまった。
それを聞いて、今まで不機嫌そうに黙っていたエリック様がはっはっはっはと大声で笑いだした。
「大抵の女性は、手を握って囁けば、なんでも話してくれるというのに。変な邪魔ははいるわ、ローゼ、お前は動揺しまくるわ、予定がくるってしまった」
「エリック様、卑怯です。聞きたいことがあるなら、ちゃんと真面目に話してください! 心臓がバクバクしすぎて止まるかと思いました」
突然、色仕掛けで迫って来るなんて、反則だわ。ただでさえ恰好良くて、私の許容量を大幅に超えているというのに。でも、エリック様ってこんなに大きな声で笑う人なんだ。怒っていた気持ちが次第に落ち着いてきて、私もなんだか許せるような気がしてきた。
私の口角が上がったことにエリック様が気づいたようだ。笑うのをやめると、私の方に座りなおして(今度はちゃんとした距離だったので、良しとしよう!)、私の目をみた。エリック様の緑色の目が深くなったように感じる。今度は真面目に話すのね。
「悪かった。悪かった。さて・・・・」
ぎくっ。何を問い詰められるのだろう。思い当たる点がありすぎる。
「ローゼ、お前、・・・・宵の杜の魔女が作ったという不思議な花を作ることができるな?」
いつもお読みくださりありがとうございます。




